1章 白熱! 書道大喜利(おおぎり)
1 みんなの願いごと
「若葉ちゃん、見て。笹(ささ)がある!」
学校の玄関前のホールに、今朝の登校時はなかったものを発見して、わたし、斉賀まなみは思わず声をあげた。
「ほんとだ。そういえばもうすぐ七夕か……」
若葉ちゃんもぱっちりした目をまたたいて、大きな笹を見あげる。
笹には願いごとが書かれた短冊や、折り紙で作られた輪つづりや吹き流しがかざられていた。
今は昼休み。授業の間に先生か校務員さんが置いてくれたのかな。
こういう季節のかざりものって、風流でいいよね。
「あっ、短冊が置いてある。書こう書こう」
サインペンのふたを開けて、少し考えてから『成積が上がりますように』とシンプルな願いをつづる。
「まなみ……成績の績が、糸へんじゃなくてのぎへんになってるよ」
「えっ、糸へんだったっけ⁉」
若葉ちゃんにツッコまれてガーンとショックを受けてたら、うしろでブハッと吹きだす気配がした。
「願い、かなわなそ~」
「短冊にいのる前に、まずは漢字の特訓からだな」
大笑いをする尊と、真顔で分析する行成。
くっ、はずかしいところを見られてしまった……!
「まなみは高望みせずアレにしとけよ。もも組の時に書いてた『バナナになりたい』ってやつ」
「尊だってもも組の時は『しょうぼうしゃになれますように』だったでしょ⁉」
「若葉は何を書いたんだ?」
言いあいを始める尊とわたしの横で、行成がたずねると、若葉ちゃんはぺらりと自分の短冊を見せた。
「『スマッシュファイターズⅣでもユズリハが使えますように』」
スマファイⅣは、若葉ちゃんが好きなゲームシリーズの、制作が発表されたばかりの新作だ。
「ユズリハって、若葉ちゃんがよく使うくノ一のキャラだっけ?」
「そう。人気キャラだし、リストラされないとは思うけど、念のため。……尊と行成も何か書かない?」
「えー、めんどくさい」
「俺もべつに」
「そう言わず、せっかくだから書こうよ、なんでもいいし!」
わたしがはい、と二人に短冊をわたすと、尊はしぶしぶといった顔で、雑な字で走り書きした。
「『校長の話が短くなりますように』? あはは、たしかに朝礼はいつも長いよね」
「これ見た校長が、短くしてくれるかもだろ」
ニヤッと笑う尊。その手があったか!
「学校へのリクエストなら、わたしもいくらでも思いつくよ!『一時間目が十時からになりますように』でしょ。あと、『テストと宿題がなくなりますように』『給食で毎日デザートがつきますように』それからそれから……」
「実現の可能性は低そうだけど、まなみらしくていいと思うよ」
「成績が上がるよりは可能性あるんじゃねー?」
「尊はまたバカにして! あっ、行成も書けた?」
うなずいた行成が見せた短冊には、一言。
『笑止(しょうし』
「「「!?」」」
「あ、べつにまなみたちの願いに関してじゃないぞ。なんでもいいって言うから、使ってみたいけど日常ではなかなか使えない言葉を書いてみた」
「笑止……たしかに、魔王(まほう)とかが言うけど、リアルでは聞いたことないね」
「笑えないくらいバカバカしいって意味だけど、実際使うやつがいたら聞いた瞬間ゼッタイ笑うだろ。その矛盾点もポイント高い」
淡々(たんたん)と解説をする行成。
「行成なら使っても、ギリ違和感ないかもだけど……それはそうと、あいかわらず字がキレイだね~」
短冊を見て、ほれぼれと息をはくわたし。
行成が書いた字は、ととのってる上に力強くてメリハリがあって、習字のお手本みたい。実際、筆とすみで書くと、すごく迫力があってカッコいいんだ。
行成は日本の伝統文化は一通り、おけいこしたことがあって、特に書道は茶道と同じように小さいころからずっと練習してるんだって。
「いいな~、わたし字が下手だし、来週の書道大会もユーウツなのに……」
「ゲッ、書道大会!? そんなのあったっけ?」
「あるよ。全校生参加の『七夕書道大会』……七夕がどう関係あるのかわからないけど」

「たしか七夕って、昔は習字や手芸みたいなおけいこ事の上達を願う行事だったんだよ。だからじゃない?」
若葉ちゃんの説明に、ほーっと感心する尊とわたし。行成はそうそう、とうなずいてる。
「そうだ! 行成、書道大会の前に、一度習字を教えてくれない?」
「いいよ。うちでやるか?」
「そういうことなら私もお願い」
「オレも、土日は二時半以降なら行ける」
「じゃあ、土曜の二時半に、習字道具を持ってうちに集合してくれ」
よーし、苦手な習字も、みんなで練習するならやる気でるね。
「とりあえず、短冊をつるそう」
たくさん書いたリクエスト、もとい願い事を一つずつ笹につるしていたら、ふと、ならんでつるされた二つの短冊が目についた。
『牛山君と結婚できますように 琴井早織(こといさおり)』
『早織と結婚できますように 牛山剣(うしやまけん)』
「うひゃー、熱い! 完全に二人の世界だね⁉」
「団長たち……選手宣誓の時は照(て)れてたのに、すっかり吹っきれたな」
尊もあてられたのか、少し顔を赤くしてうなるように言う。あ、体育祭の応援団長カップルか!
「全生徒公認になって、すごい大胆になったね……無関係の私がなぜか照れちゃうよ」
「わかる。見せつけてくれるよね~」
「レンアイしてる自分たちに酔(よ)っているだけの可能性もあるけどな」
思わず赤面するわたしたちの中で、行成だけはすずしい顔で、クールな感想。
「『鳴かぬホタルが身をこがす』とも言うし」
「どういう意味?」
「口に出してあれこれ言うより、内に秘めている方が、鳴かずに光るホタルのように、身を焼きこがすほど情熱的に想っている……みたいな意味」
「へー、ステキ!」
「たしかに、大きすぎる気持ちって、なかなか口には出せないかもね」
「……………………」
尊は、なんだか居心地が悪そうな表情をしてた。
団長たちは知り合いだし、あれこれ言われるのはフクザツなのかな?
「でも、色んな人がいるしさ。団長たちの場合は気持ちが大きすぎて、どれだけ言っても足りない気分なのかも! まわりからどう見えるかとか関係ないくらい……それくらいおたがいに想いあえたら、それもすごくステキじゃない?」
わたしが言うと、行成も、「そうだな」とほほ笑んだ。
「あの二人、サービス精神あるし、もしかしたらウケねらいのとこもあるかもだけど。あと、まわりに言われてノリで書いたとか?」
尊の言葉に、そのパターンもあるか、とみんなでうなずく。
ウケねらいだとしても、こういうことが書けるなら、ラブラブなのは本当だろうし。
二人の願いごと、かなってほしいな~。
第2回へつづく(7月23日公開予定)
書籍情報
8月6日発売予定!
シリーズ1、2巻ためし読み公開中★
つばさ文庫の連載はこちらからチェック!▼