2 フォーチュン・ノート
頭の上に、ぽんっと手のひらがのっかった。
……ハッ。ここ、どこ?
まばたきしたら、そこは夕暮れの歩道橋。
下を走る車の群れに、ビルのむこうへ沈みゆく大きな太陽。
あれっ、いつの間にか帰り道!? 真ちゃんにフラれたところから、記憶がない!
「ヒヨ、生きてる?」
「ほえっ」
となりを見あげれば、幼稚園からの親友、一之瀬冴子ちゃんのちょっと心配そうな顔がある。
「う、うん。大丈夫じゃないけど、生きてる。ちゃんと」
名前のとおり、月の光みたいに冴え冴えとした雰囲気の冴ちゃん。
長い黒髪をサラサラなびかせる長身の彼女は、剣道が大好きな、現代の美少女ザムライだ。
彼女はそのキレイな顔で、あきれた息をつく。
「ヒヨ、相馬はまわりに騒がれるのニガテだって知ってるでしょ? なのに、昼やすみの校庭で告白なんて、一番ダメなシチュエーションだと思うわ」
「うぐっ!」
冴ちゃんらしい手かげんぬきのダメ出しに、わたしのズタボロ・ハートは一刀両断!
「……だってさ、占いで一番ラッキーなシチュエーションだったんだもん」
冴ちゃんにくらべて、わたしは見た目も下級生にまちがわれるほど子どもっぽい。
ヒヨってちっちゃくて、まんまヒヨコみた~い! って言われるけど、ソボクなだけで、特にかわいいわけじゃない。
だから、女子としてのミリョクがたりないぶん、大好きな「おまじない」にチカラを貸してもらおうと思ったんだけどなぁ。
わたしがこの「チトセ小学校」に転校してきたのは、つい二ヶ月まえのこと。
でも冴ちゃんと真ちゃんとは、幼稚園ではいっつも一緒の三人組だったんだ。
その後、わたしだけ私立の小学校に入って、はなればなれ。
めちゃくちゃさびしかったけど、今回イロイロあって、急にこっちに転校することになったの。
前の学校もすごく楽しかったけど、「おさななじみ二人と一緒にいたい~!」っていう願いがかなって、スーパーラッキー!!
──のはずだった。
でも、ひさびさに真ちゃんに会えたら、彼は「チトセ小学校開校以来の、超天才少年」なんて呼ばれる存在になってて。
クラスのお姫さま・ありあちゃんも真ちゃんファンだと知り、あせったあげくのコクハク!
……という、ヘタを打っちゃったわけです。
落ちついて考えてみたら、真ちゃんは今や雲の上の天才イケメン。
わたしは地上でさえずるヒヨコ。
わたしがピヨピヨ地面を右往左往してるあいだに、真ちゃんは背中のツバサをはばたかせ、どこまでもどこまでも遠い天上の世界へ……っ。
ああ、真ちゃんのシルエットが雲の上に見える。
待ってぴよー! 真ちゃん、わたしも連れてってぴよー!
「こら、ヒヨ! また特技のモウソー中? 目の焦点合ってないわよ」
冴ちゃんにガクガク肩をゆさぶられて、我にかえる。
あ、わたしすっかりヒヨコになりきってた。
彼女の言うとおり、わたしの特技──っていうか、シュミは「妄想」なんだ。
両親がコンビを組んでる少女マンガ家で、二人の代表作は『幸せ配達人☆ヨツバちゃん』。
とある少女が、魔法で人々に「幸せ」と笑顔をお届けするお話なの。
そんなマンガを読んで育ったせいかな。
わたし、おまじないみたいなロマンチックなものが大好きだし、油断すると脳みそがあっという間に妄想の国にワープしちゃう。
だから「変わってるよね~」って言われることもしょっちゅう。
今回、コクハクに失敗しちゃったの、この性格のせいもあるんじゃないかな。
ハッと気づくと、真ちゃん、よくポカンとしてるもん。
カクッと首が下に折れた。
「シュミが妄想って、やっぱ、どうにかしなきゃかなぁ……」
いつものクセで、髪をむすんでるヘアゴムを、きゅっとにぎりこんだ。
これ、本物の四つ葉のクローバーをプラスチックにとじこめた、手作りのヘアゴムなんだ。
ちっちゃい時に作ったやつで、何度もゴムを取りかえて、大切に使ってるの。
四つ葉のクローバーは、幸運を呼んでくれるラッキーアイテム!
──ってだけじゃなくって、わたしにはこれ、トクベツに大事な宝物だから。
むか~しむかし、冴ちゃんとケンカしちゃった時だ。
原因はもうなんだか思い出せないくらいで、たいしたことじゃなかったと思うんだけど。
「もう、さえちゃんと、ともだちやーめた!」
そんなふうにスネてたわたしの前に、いきなり差しだされた、ドロまみれの手。
目を上げたら、寒さにほっぺたを真っ赤にした真ちゃんだった。
そのちっちゃな手には、雨にぬれた四つ葉のクローバー。
「四つ葉のクローバーの出現確率は、およそ一万分の一。いっぽう、全人類の中でヒヨと冴子が出会える確率は、七十二億分の一。ヒヨたちが友だちになったのは、クローバーが四つ葉になるより、ずっとずっと……キセキ的な確率だったんだよ」
そう語る彼の言葉は、幼稚園児のわたしには難しすぎて、よく分かんなかったけど……。
だけど、ムリするとすぐ熱をだしちゃう真ちゃんが、小雨のなか、すんごくがんばって、一万分の一しかないクローバーを探してくれたんだ。
わたしはそっちのほうに、胸がぎゅううっと熱く、苦しくなって。
すぐさま冴ちゃんと仲なおりしに行ったわたしに、いつもほとんど表情の変わらないクールな彼が見せてくれた、……おひさまみたいな笑顔。
その笑顔に、わたし、初めての恋をしたんだ。
これをくれた本人は、きっともう、そんなコト忘れちゃってるんだろうなぁ。
今日の真ちゃんの冷ややかな瞳を思いだして、ノドがつまった。
「そんな顔しないで、ヒヨ!」
「ごふっ!」
背中に一撃、剣道少女の気合いの手刀!
ノドがつまるどころか、骨格が体からまるごと飛びだしそうになったよっ。
「相馬はね、ヒヨが転校してきたとき、すごく喜んでたよ。恋愛的なのはわからないけど、相馬がヒヨを大事に思ってるのは、たしかだから。……それに、ヒヨが来てくれてうれしかったのは、わっ、わたしもなの。またヒヨと毎日いっしょにいられて、た、楽しい、から」
ゲホゲホいいながら涙目でとなりを見ると、冴ちゃんがほっぺから首まで真っ赤に染まってる。
「さっ、冴ちゃああん……っ! わたしも冴ちゃんと毎日いっしょで超しあわせぇぇ!」
カンドーのあまり、彼女の首に飛びついてぶらさがる!
「ちょ、ちょっとヒヨ! 重くてまっすぐ歩けない!」
幼稚園のときとおんなじに、キャッキャとじゃれあう帰り道。
コクハクはうまくいかなかったけど──、わたしには冴ちゃんがいてくれる。
それって、すんごいハッピーなことだよねっ。
わたしは恥ずかしがる冴ちゃんの手を勝手につないで、ぶんぶん振る。
「じゃ、冴ちゃんっ、また来週ね!」
「またね、ヒヨ」
橋のうえでバイバイして、遠ざかる彼女の背中を見送ってた──、その時だ。
ガンッ!
「ぎゃんっ!!」
いきなり、何かカタくて重いのが、頭の上に落っこちてきた!
「痛ったぁぁっ!」
頭を両手でおさえ、その場にしゃがみこんでモンゼツ!
いったい何が起こった!?
涙ぐみながらまわりを見まわすと、歩道橋の階段にころがってる……一冊の、本?
赤い表紙の、ボロボロの本だ。
そばに、これまた古そうな羽根つきのペンが落っこちてる。
「……なんで本が、空から降ってきたんだろ」
わたしは脳天をこすりながら、空を見上げる。
オレンジの空には飛行機もなし。まさかホウキにのった魔女が横ぎってるわけでもなし。
腕を伸ばして、その本を拾ってみた。
表紙をのぞきこんだとたん──、
どきんっと心臓がジャンプして、たんこぶの痛みなんて忘れちゃった!
赤い布の表紙に、びっしり金の糸でつづられてるのは、直線がいりくんだ、ふしぎな記号。
まるで魔法の文字だ……!
「これ、魔法書!?」
震える手で本をウラにひっくり返してみて、またもやびっくりした。
裏表紙には、なぜだか日本語の解説文が書かれてる……!!
これは、あなたの願いをかなえる、魔法の「フォーチュン・ノート」です。
ただし、願いをかなえるには、まずはこのノートを使って、あなたが「たくさんの人たちの願い」をかなえなくてはいけません。
そのごほうびに、どんなことでも一つだけ、あなたの願いをかなえてあげましょう!
さぁ、いっしょに夢への第一歩を!
体じゅうの毛が、ぶわっと大きくふくらんだ気がした。
たくさんの人の願いをかなえたら、わたしの願いをかなえてもらえる。
ホ、ホントに?
このノートがあれば、「真ちゃんとおつきあいしたい!」っていう願いも、かなっちゃうの!?
きっとこれ、コクハク大失敗したわたしを見かねて、神さまが「これ使えよ」って、空から投げてくれたんだよ……!!
わたしは一応、持ち主らしきヒトがさがしてないか左右を見まわして。
さらに、「本の落とし物ですよ~」って声をあげてみて。
なんの返事もないのをカクニンしてから、本を両腕で抱きしめ、家までダッシュ!
「ただいまぁー!」
さけびながら自分の部屋に駆けこみ、スライディング正座!
頭の中の妄想では、わたしはすでに願いをかなえ、真ちゃんと休日のラブラブデート中!
公園でお弁当のおかずを交換なんてしちゃって、
──ヒヨの卵焼き、あまくておいしいね。
──真ちゃんちのは、しょっぱい系なんだねぇ。
──将来結婚したら、あまいのとしょっぱいの、順番で作ろうか。
「なぁんて! なぁんて!!」
自分の妄想に頭のてっぺんまで真っ赤になって、わたしはジタバタしながら、フォーチュン・ノートの一ページめを開く。
そのとたん、およっと指が止まった。
自分が見てるものが信じられなくて、何度も何度も、目をしばたたく。
「なんだ、これ──?」
まるっこいファンシーな文字で書かれてるのは、やたらとカワイイ内容。
好きな食べ物や、楽しかったことベスト3、など、など。
下半分は、大きな四角でかこまれた「あなたの願いごと」欄。
ウラは白紙になってて、同じような紙が何十枚と続いてる。
「これ、『プロフィール帳』、だよね……?」
ウチのクラスでも、つい最近はやってたんだ。
友だちに、プロフィールやメッセージを書いてもらって、それをいっぱい集めるの。
「えっ、えええ~~っ!? 表紙だけ魔法書に見せかけて、ただのプロフ帳って! 期待ハズレもいいとこだよぉっ」
ばたんっとゆかに倒れふし、そのまましばらく動けなかった。
ぶろろろろ、と、窓の外に、通りを走りさっていく車の音。
わたしはゆかにほっぺたを押しつけたまま、魔法のフォーチュン・ノート、もとい、ただのプロフ帳をじとっと眺める。
これ、わたしみたいな、おまじない大好きっコ向けのプロフ帳ってこと?
わざと古く見えるように布表紙をよごしたりなんて、手のこんだ商品だなぁ。
はぁっとついた息が、ノートの紙をぺらっと揺らした。
だいたい、フラれたその日に「願いをかなえてくれる魔法のノート」を拾うなんて、都合のイイことが起こるはずないよねぇ。
週明け、落ちてきた場所にもどしてこようと決めて、ぱたんと閉じる。
ああ、でも、月曜かぁ。真ちゃんと、どんな顔して会えばいいんだろ。
どおぉぉんっとのしかかってきたゲンジツに、わたしは特大のため息をついた。
第2回へつづく(12月11日公開予定)
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書籍情報
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046319128