6 すべて順調?
うちは一番うしろのドア側の席に、かえでは教室の反対側、一番うしろの窓側の席にすわることになった。
休み時間になると、クラスメイトがとぶようにやってきて、うちの席をとりかこんだ。
そのほとんどが男子だ。
「なあ、双葉たちって、ふたごなんだよな?」
「そのとおり。オレがお兄ちゃんで、かえでが妹だよ」
「やっぱり、あかねが兄ちゃんなんだ。自己紹介、堂々としてたもんな!」
「そういえば、あかね、サッカー得意なんだって? 中休みにやろうぜ」
「えっ、やるやる!」
うちは思わず食いつく。
先生は、うちらがなじめるか心配していたけど、クラスメイトはなかま外れにするどころか、興味しんしんに話しかけてくれる。
この調子なら、すぐになかよくなれそう。
緊張から一転して、期待で胸がふくらむ。
かえでのほうも、うまくやってるかな?
ちらりとかえでを見ると、あっちは、たくさんの女子にかこまれていた。
「かえでちゃん、その服かわいいね! どこで買ったの?」
「ええと、ま、前住んでたところにあるお店で……」
「かえでちゃん、ヘアアレンジも凝ってる。自分でやってるの?」
なんて、次々ととんでくる質問に、わたわたしながら答えている。
人垣のすき間から見えた、かえでの表情は、明らかにこまっていた。
かえでは、これまでも、大人数でわいわい盛りあがるタイプじゃなかったからなあ。
でも、だれの目から見ても、かえでは「かわいい女の子」みたいで、よかった。
――それにしても、こんなに簡単なことだったんだなあ。
うちは、男子になれば、お兄ちゃんらしい、カッコいいとほめてもらえる。
かえでは、女子になれば、かわいいとほめてもらえる。
うちらの中身は、なにも変わっていないのにね。
どこにおけばいいのかわからなかったパズルのピースが、急にするすると絵にはまっていく感覚だ。
とにかく、だれにもうちらのヒミツはバレなかったし、出だしはカンペキだよね!
……って、いかんいかん、かえでを助けてあげないと。
うちは女子の輪の中にもぐりこんで、かえでのそばにいく。
「なあ、なんの話してんの? オレもまぜてよ」
そんなふうに声をかけると、女子たちの視線がうちにむいて、きゃっと少しうれしそうになる。
「あかねくんはサッカーが得意なんだよね。チームとか入ってたの?」
「あ、ああ。前にいたチームでは、フォワードだったんだ」
「フォワードって?」
「相手チームに攻めこんで、点を入れるポジションのこと」
「へーっ、すごーい、なんかかっこいい!」
女子たちの質問に答えながら、目をやると、ほっと肩をおろしたかえでは、「ありがとう」と言うように、うちを見た。
ふー、今日は始業式だけだったし、あっという間に帰りの時間だなあ。
教室を出ていくクラスメイトに手をふりながら、うちもランドセルを持ちあげる。
「かえで、帰ろー!」
2人で廊下を歩いていると、ピタリとうちの足が止まる。
「あかね、どうかした?」
「ごめん、ちょっとトイレ」
なんだかんだ、けっこう緊張してたのかな、うち。
急に、いきたくなっちゃった。
すると、かえではなぜか、じっとうちの顔を見つめる。
「え、なに?」
「あかね、どっちのに入るつもり?」
「えっ、どっちのって…………あ」
そうだった! そこのところを考えてなかった!
うちは腕を組んで、必死に考える。
――男子トイレに入るべきか、女子トイレに入るべきかを……。
この学校じゃあうちは男の子なんだし、やっぱり男子トイレ?
でも、それはちょっと勇気がいる。
かといって、女子トイレに出入りするところなんか見られたら……。
家までガマンするのが一番楽……ああでも、意識すればするほど、いきたくなってくる。
えーい、ごちゃごちゃ考えるのはやめて、人気のないトイレを探そう!
「かえでは、そこで待ってて!」
「あ、あかね? ちょっと、どうするの!?」
うちは、猛烈ないきおいで階段をあがって、4階のすみにあるトイレに飛びこむ。
ここなら、まず人はこないはず。
「ふー、すっきりしたっ」
上にかかっているのれんを手でめくり、うちはトイレをあとにする。
さて、かえでのところにもどりますか。
「ねえ、あなた」
ドキッ!
階段に片足を下ろしかけたとき、とつぜん、うしろから声をかけられて、びくっととびあがる。
ふりむくと、白衣に身をつつみ、髪をひとつに結んだ女の先生がいた。
左野先生と同じか、ちょっと年上くらいかな?
女の人にしては背が高めで、すっと鼻筋のとおった、つやのある顔だちをしている。
「あなた、転校生の双葉あかねくんよね? そっくりなふたごのきょうだいがきたって、学校中でウワサになってるの」
すずやかだけど、ゆったりとした、落ちついた声音。
知らない先生を前にして、自然と背すじがのびる。
「はい、これからよろしくおねがいします。えっと、保健室の先生ですか?」
「ええ、そうよ。私の名前は、辻堂保奈美。ケガしたり、なにか悩みごとがあったりしたら、いつでも保健室に会いにきてね」
「はい、わかりました!」
うちが大きくうなずくと、辻堂先生はほほえんだ。
「いい返事ね。ところで、あかねくんって…………男の子だったよね?」
「えっ!?」
ドキッとうちの心臓が跳ねる。
「そ、そうですけど」
「じゃあ、どうしてさっき女子トイレから出てきたの?」
辻堂先生は、首をかしげている。
ウソ、見られてたの……?
ぶわあっと顔中に――いや、体中に汗がにじんだのがわかった。
……ダメよあかね、落ちついて。
冷静にっ、冷静に答えるの!
「じょ、女子トイレから? やだなあ、先生の気のせいじゃないですか?」
「でもほら、女子トイレののれんが揺れてるわ」
辻堂先生は、うちのうしろを指さす。
「えっ、ウソ!?」
あわててふりむいたけど、男女どちらののれんも、少しも揺れていなかった。
まさか、と思って、もう一度先生のほうを見ると。
「ごめんね、今のはウソ」
辻堂先生は、自分の顔の前で手を合わせる。
………………まずい。うち、カマをかけられたんだ。
頭の中で、サイレンが鳴りひびいた気がして、うちは唇をかみしめる。
やっと自分たちらしくすごせると思ったのに、ここでおしまい?
……そんなの、イヤ!
うちらのチャレンジは、これからはじまるところなのに!
どうにか、ごまかさないと……!
「ねえ、あかねくん、もしかして、なにか――」
「いやっ、今日は風が強いから、そのせいでのれんが揺れてるのかなって思って。風なんかのせいでカンちがいされたら、こまりますから。じゃあ、うち、これで失礼しまーす!」
「あっ、ちょっと」
うち、足の速さには自信があるのだ。
先生に背をむけて、一目散に階段をかけ下りる。
1階に着くと、ヒマそうに窓から外をながめていたかえでが、足音でうちに気づく。
「あっ、あかね。おそかったね、おなかくだしてたの?」
「え? いやあ~うん、そんなところ!」
ちゃんとごまかしといたし、ここでかえでに伝えて、おびえさせる必要はない……よね!
「ほら、早く帰ろ!」
辻堂先生から逃げるようにして、うちはずんずんと下駄箱へむかった。
あかねがかえでをつれて、下駄箱へむかっているころ。
「――すごい。あんなに速く階段を下りられる子、はじめて見たわ」
辻堂先生が下をのぞきこむと、すでにあかねの姿を目視することはできなかった。
「それにしても、あの子、どうして女子トイレに入っていたのかしら。のぞきとか、女子にちょっかいを出すようなタイプじゃなさそうだし……なにか事情がありそうね」
辻堂先生は、ほおに右手をあてながら、考えこむ。
「活発で運動神経バツグンな兄、あかねくんと、おとなしくてかわいらしい妹、かえでちゃんか。そして、さっきあかねくんがうっかり言った、『うち』……」
辻堂先生は、ほおにあてていた手を上に動かし、しゅるりと髪をほどく。
「――あのふたご、気になるわね」
真剣なまなざしを宙にむけるのと同時に、サラサラの黒髪が、白衣にこぼれ落ちた。
7 思いがけない大ピンチ!
かえでとうちが、いっしょに教室に入っていくと、すぐにクラスメイトが笑顔で声をかけてくれる。
「あかねくん、おはよう! かえでちゃんも!」
「おー、おはよ!」
「お、おはよう……」
新しい学校生活がはじまって、はや1週間。
特にトラブルもなく、うちらの『チャレンジ』は、うまくいっている。
「お、今日は早いな、あかね。双葉さんも、おはよ」
かるいノリでうちに話しかけてきたのは、柴沢藤司。
うちがクラスで一番なかよくなった男子だ。
「なぁあかね、今日の中休みもサッカーするだろ?」
「トーゼン! 今日も劇的ゴールを見せてやるよ」
「いつもあかねにばっか、いいとこもってかせないからな」
と、藤司が体をぶつけてくる。
うちもじゃれるようにして、かるくひじでつついてやった。
「あ、そういえばあかね、辻堂って先生のこと、知ってるか?」
その名前をきいて、思わずビクッと肩が揺れる。
辻堂先生って……この前、うちが女子トイレから出るところを見られた人だよね。
「あ、ああ、保健室の先生だよな」
「そうそう。さっき、おまえたちのことで話しかけられたんだよ」
「へっ?」
のどの奥から、変な声が出た。
「クラスメイトから見て、あのふたごになにか気になることはないか、不安そうにしていることはないかってさ。おまえら、まだ転校してきて1週間だし、気にかけてるみたいだな!」
……いやいやいや。
うちとかえでのヒミツを知らない藤司には、そう見えるんだろうけど。
それ絶対、転校生を気づかっているようにみせた、情報収集ですよね!?
原因に心あたりがあるだけに、冷や汗がとまらない。
おそるおそる、かえでのほうを見ると……。
うわああああ、目が合った!!
目をそらすこともできずにいると、かえではうちに、にっこりとほほえみかけた。
……口に出さずとも、かえでの言いたいことが、伝わってくる。
「あかね、なにをやらかしたの?」――ってね。
かえで、ふだんはおとなしいけど、怒るとすご――――く、こわいんだよなあ。
昔、かえでのぬいぐるみにジュースをこぼしちゃったときにも、ガチでおこられて……って、思いだしてる場合じゃない!
「いい先生だよな~、辻堂先生って」
「ソ、ソウダナ~」
冷や汗をぬぐいながら、藤司にあいづちを打っていると、左野先生が教室へ入ってきた。
「はーい、そろそろチャイム鳴るから席ついて~」
ふう、助かった……。
ほっとしていると、かえでがさりげなく近づいてきて、うちの耳もとでささやく。
「あかね、家に帰ったら、たっぷりときかせてもらうからね」
「は、はい……」
ううっ、ゆううつだ。
それにしても、辻堂先生はどこまでカンづいてるんだろ。
さすがに、『チャレンジ』のことまでは気づいてない……よね……?
かえでのとり調べ(!?)を受ける放課後まで、心が休まることはなかった。
はじまりは、1時間目の教室移動のために、藤司と廊下を歩いているときだった。
ふと視線を感じて、とおりすぎた階段のほうをふりむくと……。
「ひっ」
なんと、おどり場から見おろすように、辻堂先生が、じっとうちを見ていたの。
目もバッチリ合ってしまったけど、うちはサッと前にむきなおる。
や、やっぱり、めちゃくちゃ疑われてるよ、これ。
「ん? あかね、どうかしたのか?」
「い、いや、なんでも! ほら、さっさといこうぜ!」
なんとしてでも、ごまかさなくちゃ……!
それだけでは終わらず、次は、体育の授業からの帰り道。
なんとなく、地面のアリを数えながら歩いてたら、目の前の地面に大きな影ができた。
目をあげたら、そこに、辻堂先生がいた。
「うわっ!?」
い、いつの間に……。
「あのね、あかねくん。よかったら少しだけ――」
「えーっとすみません、次の授業の宿題ちょっと残ってるんで!」
じまんの脚力で、ピューッと逃げた。
さらに、給食の準備をする時間。
この学校では、配膳室まで食器や食缶をとりにいかなくちゃいけないんだけど……。
うちが白衣を着て廊下に出たとたん、おかずの入ったバットを持った辻堂先生と目が合った。
「あかねくんの担当のぶん、先生が持ってきちゃったっ」
えええっ。そ、そんな「うっかり」みたいな感じで言われても……。
給食のバットなんて、うっかり持ってこられるわけないでしょーが!
どんどん、手口が大胆になってる気がするんですけど!?
「よかったら、みんながとりにいっているあいだ、少し先生と話を――」
「あざます、じゃあオレ、かえでの手伝いをしてきますねーっ!」
もはやうちも意地になって、辻堂先生から全力ではなれた。
「はあ……つかれた……」
給食後のそうじを終えた、昼休み。
うちはたまらず、自分の席にぐったりと伏せていた。
辻堂先生……しつこい……しつこすぎる……。
学校の先生なんかより、探偵とかのほうがむいているんじゃ!?
そんなことを考えながら休んでいると、ふいに肩に手がおかれた。
「ひっ」
ま、まさか、また辻堂先生!?
おそるおそる顔をあげると、深刻そうな表情をうかべる、かえでだった。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと、放課後まで待っていられなくなった。ついてきて」
「え、ええ!?」
いつもとは立場が逆転して、うちがかえでに引きずられるように、教室を出る。
かえでがむかったのは、3階のすみっこにある空き教室だった。
人どおりも少なく、ナイショ話をするには、もってこいのロケーションだ。
「あかね。辻堂先生とどんなことがあったのか、話してくれる?」
有無を言わせない、かえでの声音におされ、うちはよわよわしく状況説明をはじめる。
「――という感じで。女子トイレから出てきたの、辻堂先生に見られてたっぽいです……」
チラリと様子をうかがうと、かえでの目が、つりあがっていた。
「もう、あかねのバカ!」
かえでがこんなに声を荒らげるなんて、めったにないことだ。
「本当にごめん……。もうちょっと気をつけてトイレから出るべきでした……」
「それだけじゃなくて、辻堂先生の前で、『チャレンジ』についてもなにか、ボロを出したんじゃない!?」
「えっ、そこはバレてないと思うけど……」
「本当に? たとえば、うっかり口をすべらせて、『うち』って言ったりとか」
「そ、それは……言ってないとおも……う。お、思いたい……」
あいまいな返事をすると、すかさずかえでのするどい視線が飛んできた。
「ちょっと、自信ないです……」
そう正直に答えると、かえでは「やっぱり」とつぶやく。
「じつは、さっき外そうじが終わったところを、辻堂先生につかまってね。こんな話をしたんだ――」
「あなた、双葉かえでちゃんよね」
ぼくが名前を呼ばれてふりむくと、人あたりのいい笑みをうかべる、白衣の先生がいた。
「そうですけど。えっと、あなたは、保健室の先生ですか?」
「そうよ。さすがふたごね、反応がそっくり。はじめまして、私は辻堂保奈美といいます、よろしくね」
辻堂……。今朝、柴沢くんにぼくらのことをたずねた人だ。
ぼくは気を引きしめながら、ペコリとおじぎをする。
「……よろしくお願いします」
「お姉ちゃんから、なにか私のこと、きいてない?」
「わたしに、姉はいませんけど」
「やだ、まちがえちゃった。お兄ちゃんだったわね」
うっかりを装っているけど、これは、絶対にわざとだ。
……まさかこの先生、ぼくとあかねのヒミツに、気づいている?
ぼくはますます心の中で、警戒心を強める。
「くわしくはきいていないんですけど、兄が、先生の誤解をまねくようなことをしたかもと心配していました。なにかカンちがいをさせてしまっていたら、すみません」
「カンちがい……ね。そう、わかったわ」
口ではそう言っているものの、まったく信じていない気がする……。
「じゃあ、わたし、そろそろ失礼しますね」
「ええ。またお話ししましょうね、かえでくん。……あら、またまちがえちゃった」
ぼくはあえてなにも言わず、その場からはなれる。
辻堂先生に背をむけると、ひとすじの汗が、ぼくのほおを伝った。
「ひぃいいいい……」
かえでの話をきき終えたうちは、思わず自分の両腕をさする。
辻堂先生ったら、あいかわらず、子ども相手にようしゃのない攻め口だ。
「とりあえず、先生のワナに引っかからずにすんだし、あかねの件もごまかしてみたけど……」
かえでは、大きくため息をつく。
辻堂先生は、確実に、うちらを疑っている。
「ぼくはもう、気が気でないよ。明日にでもあかねが、自分は女の子だって口をすべらせそうで――」
ガラリ
そのとき、ドアが開く音がして、うちらはハッと身をかたくする。
「ついに、きいてしまったわ」
ききおぼえのある、すずやかな女の人の声。
心臓をバクバクと鳴らしながら、とびらの先に目をむけると。
……そこには、汚れのない白衣をなびかせる、辻堂先生の姿があった。
「やっぱりあなたたち、本当は『あかねくん』が女の子で、『かえでちゃん』が男の子なのね」
「え、えと……いや、それはちが……」
「ここでは、これ以上話すのはやめておきましょう。それより、あとで保健室でゆっくりと……ね」
辻堂先生は、なにも言えないうちらにむかって、モナリザのようなふしぎな笑みをうかべた。
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