KADOKAWA Group
ものがたり

第1回「らしく」なんかしたくない!!!【期間限定】「ふたごチャレンジ!」1巻無料公開


6 すべて順調?

 うちは一番うしろのドア側の席に、かえでは教室の反対側、一番うしろの窓側の席にすわることになった。
 休み時間になると、クラスメイトがとぶようにやってきて、うちの席をとりかこんだ。
 そのほとんどが男子だ。
「なあ、双葉たちって、ふたごなんだよな?」
「そのとおり。オレがお兄ちゃんで、かえでが妹だよ」
「やっぱり、あかねが兄ちゃんなんだ。自己紹介、堂々としてたもんな!」
「そういえば、あかね、サッカー得意なんだって? 中休みにやろうぜ」
「えっ、やるやる!」
 うちは思わず食いつく。
 先生は、うちらがなじめるか心配していたけど、クラスメイトはなかま外れにするどころか、興味しんしんに話しかけてくれる。
 この調子なら、すぐになかよくなれそう。
 緊張から一転して、期待で胸がふくらむ。
 かえでのほうも、うまくやってるかな?
 ちらりとかえでを見ると、あっちは、たくさんの女子にかこまれていた。
「かえでちゃん、その服かわいいね! どこで買ったの?」
「ええと、ま、前住んでたところにあるお店で……」
「かえでちゃん、ヘアアレンジも凝ってる。自分でやってるの?」
 なんて、次々ととんでくる質問に、わたわたしながら答えている。
 人垣のすき間から見えた、かえでの表情は、明らかにこまっていた。
 かえでは、これまでも、大人数でわいわい盛りあがるタイプじゃなかったからなあ。
 でも、だれの目から見ても、かえでは「かわいい女の子」みたいで、よかった。
 ――それにしても、こんなに簡単なことだったんだなあ。
 うちは、男子になれば、お兄ちゃんらしい、カッコいいとほめてもらえる。
 かえでは、女子になれば、かわいいとほめてもらえる。
 うちらの中身は、なにも変わっていないのにね。
 どこにおけばいいのかわからなかったパズルのピースが、急にするすると絵にはまっていく感覚だ。
 とにかく、だれにもうちらのヒミツはバレなかったし、出だしはカンペキだよね!
 ……って、いかんいかん、かえでを助けてあげないと。
 うちは女子の輪の中にもぐりこんで、かえでのそばにいく。
「なあ、なんの話してんの? オレもまぜてよ」
 そんなふうに声をかけると、女子たちの視線がうちにむいて、きゃっと少しうれしそうになる。
「あかねくんはサッカーが得意なんだよね。チームとか入ってたの?」
「あ、ああ。前にいたチームでは、フォワードだったんだ」
「フォワードって?」
「相手チームに攻めこんで、点を入れるポジションのこと」
「へーっ、すごーい、なんかかっこいい!」
 女子たちの質問に答えながら、目をやると、ほっと肩をおろしたかえでは、「ありがとう」と言うように、うちを見た。

 ふー、今日は始業式だけだったし、あっという間に帰りの時間だなあ。
 教室を出ていくクラスメイトに手をふりながら、うちもランドセルを持ちあげる。
「かえで、帰ろー!」
 2人で廊下を歩いていると、ピタリとうちの足が止まる。
「あかね、どうかした?」
「ごめん、ちょっとトイレ」
 なんだかんだ、けっこう緊張してたのかな、うち。
 急に、いきたくなっちゃった。
 すると、かえではなぜか、じっとうちの顔を見つめる。
「え、なに?」
「あかね、どっちのに入るつもり?」
「えっ、どっちのって…………あ」
 そうだった! そこのところを考えてなかった!
 うちは腕を組んで、必死に考える。
 ――男子トイレに入るべきか、女子トイレに入るべきかを……。
 この学校じゃあうちは男の子なんだし、やっぱり男子トイレ?
 でも、それはちょっと勇気がいる。
 かといって、女子トイレに出入りするところなんか見られたら……。
 家までガマンするのが一番楽……ああでも、意識すればするほど、いきたくなってくる。
 えーい、ごちゃごちゃ考えるのはやめて、人気のないトイレを探そう!
「かえでは、そこで待ってて!」
「あ、あかね? ちょっと、どうするの!?」
 うちは、猛烈ないきおいで階段をあがって、4階のすみにあるトイレに飛びこむ。
 ここなら、まず人はこないはず。

「ふー、すっきりしたっ」
 上にかかっているのれんを手でめくり、うちはトイレをあとにする。
 さて、かえでのところにもどりますか。
「ねえ、あなた」
   ドキッ!
 階段に片足を下ろしかけたとき、とつぜん、うしろから声をかけられて、びくっととびあがる。
 ふりむくと、白衣に身をつつみ、髪をひとつに結んだ女の先生がいた。
 左野先生と同じか、ちょっと年上くらいかな?
 女の人にしては背が高めで、すっと鼻筋のとおった、つやのある顔だちをしている。
「あなた、転校生の双葉あかねくんよね? そっくりなふたごのきょうだいがきたって、学校中でウワサになってるの」
 すずやかだけど、ゆったりとした、落ちついた声音。
 知らない先生を前にして、自然と背すじがのびる。
「はい、これからよろしくおねがいします。えっと、保健室の先生ですか?」
「ええ、そうよ。私の名前は、辻堂保奈美。ケガしたり、なにか悩みごとがあったりしたら、いつでも保健室に会いにきてね」
「はい、わかりました!」
 うちが大きくうなずくと、辻堂先生はほほえんだ。
「いい返事ね。ところで、あかねくんって…………男の子だったよね?」
「えっ!?」
 ドキッとうちの心臓が跳ねる。
「そ、そうですけど」
「じゃあ、どうしてさっき女子トイレから出てきたの?」
 辻堂先生は、首をかしげている。
 ウソ、見られてたの……?
 ぶわあっと顔中に――いや、体中に汗がにじんだのがわかった。
 ……ダメよあかね、落ちついて。
 冷静にっ、冷静に答えるの!
「じょ、女子トイレから? やだなあ、先生の気のせいじゃないですか?」
「でもほら、女子トイレののれんが揺れてるわ」
 辻堂先生は、うちのうしろを指さす。
「えっ、ウソ!?」
 あわててふりむいたけど、男女どちらののれんも、少しも揺れていなかった。
 まさか、と思って、もう一度先生のほうを見ると。
「ごめんね、今のはウソ」
 辻堂先生は、自分の顔の前で手を合わせる。
 ………………まずい。うち、カマをかけられたんだ。
 頭の中で、サイレンが鳴りひびいた気がして、うちは唇をかみしめる。
 やっと自分たちらしくすごせると思ったのに、ここでおしまい?
 ……そんなの、イヤ!
 うちらのチャレンジは、これからはじまるところなのに!
 どうにか、ごまかさないと……!
「ねえ、あかねくん、もしかして、なにか――」
「いやっ、今日は風が強いから、そのせいでのれんが揺れてるのかなって思って。風なんかのせいでカンちがいされたら、こまりますから。じゃあ、うち、これで失礼しまーす!」
「あっ、ちょっと」
 うち、足の速さには自信があるのだ。
 先生に背をむけて、一目散に階段をかけ下りる。
 1階に着くと、ヒマそうに窓から外をながめていたかえでが、足音でうちに気づく。
「あっ、あかね。おそかったね、おなかくだしてたの?」
「え? いやあ~うん、そんなところ!」
 ちゃんとごまかしといたし、ここでかえでに伝えて、おびえさせる必要はない……よね!
「ほら、早く帰ろ!」
 辻堂先生から逃げるようにして、うちはずんずんと下駄箱へむかった。

 あかねがかえでをつれて、下駄箱へむかっているころ。
「――すごい。あんなに速く階段を下りられる子、はじめて見たわ」
 辻堂先生が下をのぞきこむと、すでにあかねの姿を目視することはできなかった。
「それにしても、あの子、どうして女子トイレに入っていたのかしら。のぞきとか、女子にちょっかいを出すようなタイプじゃなさそうだし……なにか事情がありそうね」
 辻堂先生は、ほおに右手をあてながら、考えこむ。
「活発で運動神経バツグンな兄、あかねくんと、おとなしくてかわいらしい妹、かえでちゃんか。そして、さっきあかねくんがうっかり言った、『うち』……」
 辻堂先生は、ほおにあてていた手を上に動かし、しゅるりと髪をほどく。
「――あのふたご、気になるわね」
 真剣なまなざしを宙にむけるのと同時に、サラサラの黒髪が、白衣にこぼれ落ちた。


7 思いがけない大ピンチ!

 かえでとうちが、いっしょに教室に入っていくと、すぐにクラスメイトが笑顔で声をかけてくれる。
「あかねくん、おはよう! かえでちゃんも!」
「おー、おはよ!」
「お、おはよう……」
 新しい学校生活がはじまって、はや1週間。
 特にトラブルもなく、うちらの『チャレンジ』は、うまくいっている。
「お、今日は早いな、あかね。双葉さんも、おはよ」
 かるいノリでうちに話しかけてきたのは、柴沢藤司。
 うちがクラスで一番なかよくなった男子だ。
「なぁあかね、今日の中休みもサッカーするだろ?」
「トーゼン! 今日も劇的ゴールを見せてやるよ」
「いつもあかねにばっか、いいとこもってかせないからな」
 と、藤司が体をぶつけてくる。
 うちもじゃれるようにして、かるくひじでつついてやった。
「あ、そういえばあかね、辻堂って先生のこと、知ってるか?」
 その名前をきいて、思わずビクッと肩が揺れる。
 辻堂先生って……この前、うちが女子トイレから出るところを見られた人だよね。
「あ、ああ、保健室の先生だよな」
「そうそう。さっき、おまえたちのことで話しかけられたんだよ」
「へっ?」
 のどの奥から、変な声が出た。
「クラスメイトから見て、あのふたごになにか気になることはないか、不安そうにしていることはないかってさ。おまえら、まだ転校してきて1週間だし、気にかけてるみたいだな!」
 ……いやいやいや。
 うちとかえでのヒミツを知らない藤司には、そう見えるんだろうけど。
 それ絶対、転校生を気づかっているようにみせた、情報収集ですよね!?
 原因に心あたりがあるだけに、冷や汗がとまらない。
 おそるおそる、かえでのほうを見ると……。
 うわああああ、目が合った!!
 目をそらすこともできずにいると、かえではうちに、にっこりとほほえみかけた。
 ……口に出さずとも、かえでの言いたいことが、伝わってくる。
「あかね、なにをやらかしたの?」――ってね。
 かえで、ふだんはおとなしいけど、怒るとすご――――く、こわいんだよなあ。
 昔、かえでのぬいぐるみにジュースをこぼしちゃったときにも、ガチでおこられて……って、思いだしてる場合じゃない!
「いい先生だよな~、辻堂先生って」
「ソ、ソウダナ~」
 冷や汗をぬぐいながら、藤司にあいづちを打っていると、左野先生が教室へ入ってきた。
「はーい、そろそろチャイム鳴るから席ついて~」
 ふう、助かった……。
 ほっとしていると、かえでがさりげなく近づいてきて、うちの耳もとでささやく。
「あかね、家に帰ったら、たっぷりときかせてもらうからね」
「は、はい……」
 ううっ、ゆううつだ。
 それにしても、辻堂先生はどこまでカンづいてるんだろ。
 さすがに、『チャレンジ』のことまでは気づいてない……よね……?

 かえでのとり調べ(!?)を受ける放課後まで、心が休まることはなかった。
 はじまりは、1時間目の教室移動のために、藤司と廊下を歩いているときだった。
 ふと視線を感じて、とおりすぎた階段のほうをふりむくと……。
「ひっ」
 なんと、おどり場から見おろすように、辻堂先生が、じっとうちを見ていたの。
 目もバッチリ合ってしまったけど、うちはサッと前にむきなおる。
 や、やっぱり、めちゃくちゃ疑われてるよ、これ。
「ん? あかね、どうかしたのか?」
「い、いや、なんでも! ほら、さっさといこうぜ!」
 なんとしてでも、ごまかさなくちゃ……!

 それだけでは終わらず、次は、体育の授業からの帰り道。
 なんとなく、地面のアリを数えながら歩いてたら、目の前の地面に大きな影ができた。
 目をあげたら、そこに、辻堂先生がいた。
「うわっ!?」
 い、いつの間に……。
「あのね、あかねくん。よかったら少しだけ――」
「えーっとすみません、次の授業の宿題ちょっと残ってるんで!」
 じまんの脚力で、ピューッと逃げた。

 さらに、給食の準備をする時間。
 この学校では、配膳室まで食器や食缶をとりにいかなくちゃいけないんだけど……。
 うちが白衣を着て廊下に出たとたん、おかずの入ったバットを持った辻堂先生と目が合った。
「あかねくんの担当のぶん、先生が持ってきちゃったっ」
 えええっ。そ、そんな「うっかり」みたいな感じで言われても……。
 給食のバットなんて、うっかり持ってこられるわけないでしょーが!
 どんどん、手口が大胆になってる気がするんですけど!?
「よかったら、みんながとりにいっているあいだ、少し先生と話を――」
「あざます、じゃあオレ、かえでの手伝いをしてきますねーっ!」
 もはやうちも意地になって、辻堂先生から全力ではなれた。

「はあ……つかれた……」
 給食後のそうじを終えた、昼休み。
 うちはたまらず、自分の席にぐったりと伏せていた。
 辻堂先生……しつこい……しつこすぎる……。
 学校の先生なんかより、探偵とかのほうがむいているんじゃ!?
 そんなことを考えながら休んでいると、ふいに肩に手がおかれた。
「ひっ」
 ま、まさか、また辻堂先生!?
 おそるおそる顔をあげると、深刻そうな表情をうかべる、かえでだった。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと、放課後まで待っていられなくなった。ついてきて」
「え、ええ!?」
 いつもとは立場が逆転して、うちがかえでに引きずられるように、教室を出る。
 かえでがむかったのは、3階のすみっこにある空き教室だった。
 人どおりも少なく、ナイショ話をするには、もってこいのロケーションだ。
「あかね。辻堂先生とどんなことがあったのか、話してくれる?」
 有無を言わせない、かえでの声音におされ、うちはよわよわしく状況説明をはじめる。
「――という感じで。女子トイレから出てきたの、辻堂先生に見られてたっぽいです……」
 チラリと様子をうかがうと、かえでの目が、つりあがっていた。
「もう、あかねのバカ!」
 かえでがこんなに声を荒らげるなんて、めったにないことだ。
「本当にごめん……。もうちょっと気をつけてトイレから出るべきでした……」
「それだけじゃなくて、辻堂先生の前で、『チャレンジ』についてもなにか、ボロを出したんじゃない!?」
「えっ、そこはバレてないと思うけど……」
「本当に? たとえば、うっかり口をすべらせて、『うち』って言ったりとか」
「そ、それは……言ってないとおも……う。お、思いたい……」
 あいまいな返事をすると、すかさずかえでのするどい視線が飛んできた。
「ちょっと、自信ないです……」
 そう正直に答えると、かえでは「やっぱり」とつぶやく。
「じつは、さっき外そうじが終わったところを、辻堂先生につかまってね。こんな話をしたんだ――」

「あなた、双葉かえでちゃんよね」
 ぼくが名前を呼ばれてふりむくと、人あたりのいい笑みをうかべる、白衣の先生がいた。
「そうですけど。えっと、あなたは、保健室の先生ですか?」
「そうよ。さすがふたごね、反応がそっくり。はじめまして、私は辻堂保奈美といいます、よろしくね」
 辻堂……。今朝、柴沢くんにぼくらのことをたずねた人だ。
 ぼくは気を引きしめながら、ペコリとおじぎをする。
「……よろしくお願いします」
「お姉ちゃんから、なにか私のこと、きいてない?」
「わたしに、姉はいませんけど」
「やだ、まちがえちゃった。お兄ちゃんだったわね」
 うっかりを装っているけど、これは、絶対にわざとだ。
 ……まさかこの先生、ぼくとあかねのヒミツに、気づいている?
 ぼくはますます心の中で、警戒心を強める。
「くわしくはきいていないんですけど、兄が、先生の誤解をまねくようなことをしたかもと心配していました。なにかカンちがいをさせてしまっていたら、すみません」
「カンちがい……ね。そう、わかったわ」
 口ではそう言っているものの、まったく信じていない気がする……。
「じゃあ、わたし、そろそろ失礼しますね」
「ええ。またお話ししましょうね、かえでくん。……あら、またまちがえちゃった」
 ぼくはあえてなにも言わず、その場からはなれる。
 辻堂先生に背をむけると、ひとすじの汗が、ぼくのほおを伝った。

「ひぃいいいい……」
 かえでの話をきき終えたうちは、思わず自分の両腕をさする。
 辻堂先生ったら、あいかわらず、子ども相手にようしゃのない攻め口だ。
「とりあえず、先生のワナに引っかからずにすんだし、あかねの件もごまかしてみたけど……」
 かえでは、大きくため息をつく。
 辻堂先生は、確実に、うちらを疑っている。
「ぼくはもう、気が気でないよ。明日にでもあかねが、自分は女の子だって口をすべらせそうで――」
   ガラリ
 そのとき、ドアが開く音がして、うちらはハッと身をかたくする。
「ついに、きいてしまったわ」
 ききおぼえのある、すずやかな女の人の声。
 心臓をバクバクと鳴らしながら、とびらの先に目をむけると。
 ……そこには、汚れのない白衣をなびかせる、辻堂先生の姿があった。
「やっぱりあなたたち、本当は『あかねくん』が女の子で、『かえでちゃん』が男の子なのね」
「え、えと……いや、それはちが……」
「ここでは、これ以上話すのはやめておきましょう。それより、あとで保健室でゆっくりと……ね」
 辻堂先生は、なにも言えないうちらにむかって、モナリザのようなふしぎな笑みをうかべた。


第2回へつづく

 

『ふたごチャレンジ!』最新10巻 好評発売中!


作: 七都 にい 絵: しめ子

定価
836円(本体760円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046323620

紙の本を買う

電子書籍を買う


作: 七都 にい 絵: しめ子

定価
814円(本体740円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321411

紙の本を買う

電子書籍を買う

年末年始はつばさ文庫を読もう!




この記事をシェアする

ページトップへ戻る