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★ストーリー★
わたし、鈴木ヤコ。小学6年生。みんなには内緒(ないしょ)だけどダンスが好きで、顔をかくしてダンス動画をインターネットに公開しているの。ある日、夜の公園でダンス動画の撮影(さつえい)をしていたら年上男子から声をかけられて!?

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第3話 雪解(ゆきど)けのバレエダンサー(後半)
バトルを受けようとしたリヒトを止めて、前に出る。
「ごめんね。こんな失礼な子、連れてきちゃって」
「気にしてないよ、このくらい。おれの幼馴染(おさななじみ)のダンサーとかもっとヤバかったし。喧嘩(けんか)っ早くてさ、ダンス始めてから喧嘩はしなくなったけど、すぐ人にダンスバトルしかけるんだよね」
「え、ちょっとこわ……」
ダンサーってリヒトみたいに優しい人だけじゃなくて、いろんな人がいるんだ……。
「それに、おれもヒオを誘(さそ)いたいと思おもってるからね。あの子はきっと、バレエよりこっちの世界に向いている」
「……? どうしてわかるの?」
リヒトは苦笑した。
「バレエでプロになるには、厳しい条件があるんだ。……だから、見たらわかってしまった。ヒオの悩(なや)みも」
もしかしてそれが関係あるのかな。ヒオが『踊(おど)るのはきらい』って言った理由にも。
ダンスバトルは、そのまま広場ですることになった。
「硬い地面でバレエ踊ると怒られるから、バトルは一曲だけね。同じ曲で、順番に踊りましょう」
ヒオは足を高く上げて、準備運動を始める。
「なんの曲にする? わたし、最近のJ─POPならだいたい踊れるけど……」
「じゃあクラシック」
『じゃあ』はおかしくない? クラシックってバレエで使う曲でしょ。絶対、ヒオの得意な曲じゃん……。
「チャイコフスキーの組曲、くるみ割り人形から『あし笛の踊り』にしましょう」
「くるみ割り人形……絵本でなら、読んだことある」
「世界三大バレエのひとつよ。前の発表会で踊ったの」
金賞取るぐらいだし、ヒオの実力なら、きっと発表会では主役だったんだろうな。
ヒオはかばんからタブレットを取り出して、操作(そうさ)する。
「曲はピアノバージョンにしてあげる。本当はフルートの演奏だけど、慣れてないとなめらかすぎて、リズムが取りにくいだろうから」
リヒトに借りた持ち運び用ようの小さなスピーカーから、曲が流れる。タラララン、と弾むような、ピアノの音。
「あ、どこかで聞いたことあるかも?」
ほっとした。これなら踊れそう。けど、リヒトが後ろから呟(つぶや)く。
「きついな」
「え?」
「クラシックバレエ用の曲は、普段(ふだん)ヤコが踊っている曲とは全然違うから。いつものようには踊れないと思う」
「じゃあ、ヒオの真似して踊ってみる。わたしけっこう、真似するの得意なんだよ」
振り付けとか、すぐ覚えられるし。でも、リヒトは首を横に振った。
「いや、バレエは、バレエ用の体ができてないと難しいんだ」
たしかに、わたしはヒオみたいに高く足を上げられない。
「だからヤコは、いつものヤコの踊り方で、いつもと違う曲に合うように、考えて踊らないといけない」
「む、むずかしそう……」
「曲を変えてもらおう。これじゃ、全然、バトルとして公平じゃない」
「……ううん。この曲で大丈夫 。ヒオの一番得意な踊りを、見たいから」
それに、普段ヒオが踊ってるのと同じ曲で踊ったら、ヒオのことが、わかるかもしれない。あんなにうまいのに、ヒオが、ダンスはきらいだと言ったわけが。
「いい度胸。審査員(しんさいん)はいないけど、勝ち負けは自分たちで決めましょう。ダンスやってるならわかるよね? 見れば、どっちの方がうまい、なんてこと」
最初に踊るのは、ヒオから。
流れ出す、軽やかな音楽に合わせて、ヒオはふわりと爪先で地面を跳びはねる。
ヒオの手足は柔(やわ)らかく、よく伸びて。ピンと伸びた背筋は空から糸に引っ張られているようにブレない。
(ヒオの体は、小さいはずなのに……すごく、大きく見 える)
そして曲は、軽やかで明るいパートから一転。ピアノの音は、激しく速くなる。
ヒオはそれに合わせて、大技をくり出した。くるりとターンをする。一回だけじゃなく、何回も、何回も繰り返し。こまのように、爪先を軸に、くるくるくると。
風を受けた髪が、ふわりと広がって円を描く。
足をぴんと伸ばせるトゥシューズじゃないから、ヒオの爪先立ちは、本番の動画よりも少し低い。服だって、舞台で着ていたのとは違う、スポーティなパンツスタイルだ。だけど、実際に踊るヒオは負けないくらいに華やかで、きらきらと輝(かが)やいてみえた。
駅前の、ごく普通の広場なのに、まるで優雅な妖精(ようせい)が舞い踊っているみたい。
わたしは息をするのも忘れて、見入った。
これが、バレエダンサーの踊り方。しなやかで、繊細(せんさい)で、優雅で……でも、芯(しん)の通ったような体からくり出される技は、華がある。
広場を通りかかった人たちも、足を止めて、ヒオの踊りを見ていた。
(……やっぱり。うまい)
ただ、うまいだけじゃない。見ていて、心が動くんだ。
(わたし……ヒオの性格はきらいだけど。ダンスは、すごく、好きだ)
踊る前のヒオは、冷たい印象だった。言葉はつららみたいに尖(とが)って、鋭くて、態度はつんと冷たい冬の空気みたい。
だけど踊っているヒオからは、真反対の印象がした。
柔らかな動きは、優しい春の日差しみたい。軽やかなステップは、見ているだけでたのしくなって、わたしまでかかとを浮かせてしまう。
(なのに。ヒオの、笑顔だけは……冷たいまま)
春になっても溶けきらない雪が、残っているみたいに。

見ているわたしはたのしいのに、ヒオは全然、ちっとも、たのしいと思ってないみたいで。それだけが、気になってしょうがなかった。
こんなに上手に踊れるのに。こんなに、人の心を動かすダンスができるのに。
(どうして、たのしそうじゃないんだろう)
曲が終わった。ヒオは、お辞儀まで完璧にしてみせた。周りで見ていた人たちは、大きな拍手(はくしゅ)をしていた。
「次はヤコの番よ」
踊る前と同じ、つんとすました態度でうながす。ヒオの集めた観客は残っていて、遠巻きに、興味津々に、わたしたちを見ていた。
……緊張(きんちょう)する。勝てるかな?
リヒトが、わたしの肩を叩(たた)いた。
「ヤコ、今は、勝つことは考えなくていい。たのしんでおいで」
「……うん!」
もう一度、曲が始まる。
クラシックは、昔からずっと、愛されてきた曲。いろんなところで使われてきたから聞いたことはあるけど、作られた時代が違うから、少し聞き慣れない感じがする。
『あし笛の踊り』……題名にもあるように、これはきっと、踊るための曲だ。
最初にヒオのダンスを見て、思ったんだ。この曲を作った人は、バレエの動きが一番きれいに見えるように、曲を作ったんじゃないかな、って。
そのくらい、ヒオの踊りは曲にぴったり合っていたから。
大昔に、バレエのために作られた曲。それに、即興でわたしがダンスをつけるのは、多分、無茶だ。どうしたらいいか、わからない。
でも、わくわくもしてるんだ。
(わからないことは、たのしい)
リヒトに会って、一緒に踊って、そう思ったから。
わからないから、なんとか自分で考えて。それで考えたダンスが、うまくハマった時、すごくたのしい、って思えるって知ったから。
まずは音楽に、耳をすませる。
テンポ自体はそんなに速くない。けど音が細かいから慌(あわ)ただしい印象かも。タンッタンッタンッと、弾むようなピアノの音は、ちょこまかと、誰かが鍵盤(けんばん)の上で駆け回ってるみたい。
こういう、音が短く弾けるような演奏のこと、なんていうんだっけ。……ええと、たしか、スタッカートだ。
タタタタッと、小刻みにピアノの音が鳴る。ヒオが、爪先立ちで小刻みに、ステップを踏んでいたパートだ。わたしは代わりに、リヒトのやっていたハウスダンスのすばやいステップを合わせてみる。
……う〜ん! なんか、リズムにはむりやり合わせられても、ステップが柔らかいバレエ曲に似合わない! どうしても、かっこよくなりすぎちゃう。
優雅な曲に、かっこいい振り付けを合わせたら面白いと思ったんだけど……。
(もっと、曲に似合うように踊れたらいいのかな?)
考える。これは、いったいどんな曲なんだろう。
普段聞いている曲と違って歌詞はないけど、曲自体にストーリーはあるはず。
この曲は『くるみ割り人形』の組曲のうちのひとつ、だっけ。絵本でなら、小さい頃に読んだことがある。たしかクリスマスのお話だ。お菓子の国で、たのしい冒険をする話だった。
(じゃあ、とびきりたのしそうに踊らなきゃ……!)
弾むピアノのスタッカートに合わせて、アイソレーションを入れてみる。
肩を、胸を、小刻みなリズムに合わせて動かして。自分自身が楽器になったつもりで、ピアノと一緒に、体で演奏をするイメージで。
(曲が、目で見ても気持ちよくなるように!)
音が伸びやかに タラララン、と響く。ヒオはここで、パッと優雅に手足を広げていた。わたしも、大きく見える動きがしたい。
(フロアムーブ!)
なめらかに、地面を滑(すべ)るように回る。あくまで、たのしげに。でも、曲の柔らかさに、少しでも似合うように、意識して。
手の動きは、ヒオのバレエの真似をした。指先に、羽みたいな繊細さが、宿るように。わたしは、ヒオのダンスが好き。好きなものは真似したいから。
そして、曲は一転、速く激しくなる。ヒオの一番すごかったパートだ。連続ターン、ヒオはこまのようにくるくると回ってみせた。
回っている時の、ピンと伸びた背筋や、少しもブレない軸足……あれは、きっとバレエで鍛(きた)えた体がなければ真似できない。わたしは、あんなふうには踊れない。
けど。わたしが今から真似をする、リヒトのジャンプターンだって。
(かっこいいんだから!)
地面を蹴って、優雅にかっこよく、ジャンプターン。
ヒオの真似っこと、リヒトの真似っこを、考えて、合 わせて、混ぜて、わたしのものにしよう。うまさでかなわないなら、せめて。これが好きだって、これがたのしいんだって、伝えよう。
ヒオのようには踊れなくても。わたしは、わたしが今、できることを、精一杯!
ジャン、と。ようやく、最後のピアノの音が鳴って、我に返った。
ヒオの番で集まった観客はまだ残っていて、拍手はまあまあの大きさ。……ヒオの時より、小さいかも。
でも、リヒトは大きく拍手をしてくれたし、ヒオは大きく目を見開いていた。最後まで、しっかりと見てくれたんだ、と思った。
わたしは、声を上げる。思ったよりも大きな声が出た。
「あ〜! 負けた……!」
たくさん動いたから、心臓がばくばくする。なんだか言葉があふれてくる。
「ヒオ、バレエってすごいね! あ、習ってるのはクラシックバレエだっけ。クラシックって、古くていいもの……みたいな意味だったよね。昔からずっと、曲に合わせて、どんな振り付けがいいかなって、考えられてきたんだろうな。わたしが、一瞬で考えたフリでかなうわけないし、ずっと練習してきたヒオにも、かなうわけなかったや。でも、たのしかった! ありがとう」
すらすらと喋(しゃべ)しゃべれたのは、踊った後でテンションが上がってるからかな。それとも、リヒトと話してちょっと慣れたからかな。
わたしはリヒトの方を向く。『ごめん、リヒト。メンバーは、探しなおしだね』と、言おうとして。その前に、ヒオが呟いた。
「どうして」
「え?」
ヒオはうつむいていて、表情は見えない。
「くやしい。あたしの方が絶対、うまいのに」
顔を上げたヒオは、涙目(なみだめ)でわたしをにらんでいた。
「どうして。そんなに、ダンスが好きって顔で、踊れるの」
* * *
あたし、渡辺氷愛の好きなものは、甘いもの。好きなことは、一番になること。
バレエを始めたのは、ママの憧(あこが)れの習い事だから。好きでもなんでもなかったけど、あたしが教室で一番うまかったから、それが続ける理由になった。
褒められるのは、気持ちがいい。コンクールでぴかぴかの表彰盾をもらうのは、最高の気分。
(あたしが、一番なんだから!)
だから、プロを目指そうと思った。だって一番をとりつづけたら、自然と、プロになるものでしょう? あたしなら、当然、なれるはず。
――そう思ってた。高学年になって、身長の伸びが、止まるまでは。
バレエの世界でプロになるには、条件がある。それは、身長がある程度高いこと。
プロのバレエ団には、身長制限があることが多いから。もちろん、小柄なまま、バレエ団で一番になったバレリーナもいるけれど……きっと、とても厳しい、茨(いばら)の道。
一年前、あたしの成長は一四〇センチ台で、ぴたりと止まってしまった。身長は伸びないのに、体重はまだまだ成長期みたいで、そっちばかり増えていく。バレリーナは、モデルくらい細身じゃないといけないのに……。
食べる量を減らして、好きだった甘いものも我慢して、なんだか毎日ずっといらいらするようになって、人に冷たく当たるようになって、友達も減って。
それで、気づいたの。
(……あ、むりかも)
あたしは、プロになれないかもしれない。って。
ううん、ものすごくがんばれば、なれるかも。でも、プロになったとして。
(この体じゃ……バレエの世界では、一番のダンサーになれない)
そう気づいたとたん、練習に集中できなくなって、一番にもなれなくなった。コンクールの金賞も発表会の主役も、あたしのものじゃ、なくなった。
(……もういいわ、もういいや)
踊るのなんて、やめちゃおう。
『一番になれなくても、好きなら続けていいんだよ』ってママは言ってくれたけど。
意味がわからなかった。
あたしは、踊るのなんて好きじゃない。一番になれないなら、きらいだ。
好きなのは、一番になることだもの。なれないなら意味がない。
……そう思ってたのに。
「やめられなかったの」
バトルが終わった後。あたしは思わずヤコにぶつけていた。誰にもずっと言えなかった、悩みを。
「あたし、ほんとはもう……踊るの、やめようと思ってたのに」
感情があふれ出してしまったのは、ヤコのダンスを見たからだ。
あたしは、意地悪をして曲を選んだ。バレエの曲なら負けるはずないと思ったから。
実際、ヤコのダンスはなんだかちぐはぐ。いきなりバレエの曲に、ストリートのダンスを合わせるなんて、うまくできっこなくて当たり前。
でもあたしは、ヤコのダンスを見たとたん。くやしくて、くやしくて、しかたなかった。だって踊ってるヤコは、ずうっと、たのしそうだったから。
……心が、揺さぶられてしまったの。
泣くのは、ぎりぎりで耐えた。でも、涙があふれるみたいに、言葉がどんどんあふれてしまう。
「だって! 全然身長伸びないし、好きなもの我慢してるのに体重ばっか増えるし、このままじゃプロになれない、どうすればいいかわからなくて、一番にもなれなくなって、あたしは、全然たのしくないのに……。
踊るのがやめられないの。プロになるって、小さな頃から思ってたから、諦(あき)らめられない。……こんなに苦しいのに!」
わかってほしいんじゃない。わからせて、やりたかった。
踊るのをたのしいと思えない、あたしの気持ちを。
「ずるい。ヤコはそんなに、たのしそうに踊れるなんて」
……レッスンに通って、周りの子たちと自分を比べるたびに、思ってた。たのしそうに踊る子はきらい。遊ぶみたいに踊る子はきらい。好きだからって理由で踊れる子は、きらいだ、って。
だって一番になることしかたのしくない、あたしとは違うから。
(ずるい、ずるい……うらやましい。あたしだって、踊るのがたのしかったなら……)
やめようとか、やめられないとか、きっとこんなに悩んだりしなかったのに。
ヤコはあたしの言葉に、返事をしなかった。だまってじっと何かを考えて、それから、ゆっくりと口を開いた。
「ヒオは、一番になるのが好きなんだよね」
「……そうよ」
「じゃあ、うまくなるのは、好き?」
あたしは考える。
「好きよ。当然。だって、うまくなったら一番になれるもの」
ヤコは、ひとりごとみたいに、言った。
「なんだ。ヒオ、ダンス好きじゃん」
「……は?」
「あ、えっとね。そう思った理由はね」
ヤコの声は弾んでいた。ダンスの興奮が冷めないみたいに。教室ではいつも静かなのに、踊った後はよく喋るんだ、と思った。
「わたしさ、塾に通ってるんだ。算数のテストの点が悪すぎて、親に怒られて。それで塾行ってからは、ちょっと算数できるようになったんだけどね。……ぜんっぜんうれしくないの。なんか、どうでもいいかな〜って感じ」
……なんの話?
「不思議だよね。ダンスなら、できることが増えて前よりうまくなったら、すっごくうれしいのに。好きなことじゃないと、うまくなるのもうれしくないんだね」
そこまで聞いて、ヤコがなにを言おうとしているのか、わかった気がした。
「うまくなるのが好きなら、ヒオは、きっとダンスが好きなんだよ」
「あ……」
……あたし、ダンスのこと、好きだったの?
練習を続けた毎日のことを、思い出す。初めてタピルエットーンができるようになった日のこと、初めて、ソロ曲を踊れるようになった日のこと、初めてトゥシューズで踊れるようになった日のこと……。
たのしかったかは、わからない。練習はいつもたいへんだったから。でも、ひとつひとつできることが増えていったのは、たしかにうれしかったはず。
うれしかったのは、好きだったから……。
ヤコは真っ直ぐに、あたしの目を見る。
「わたしは、プロとかわからないから。ヒオの気持ちもわからないかも。だけど」
踊る前はおどおどして、全然目線が合わなかったくせに。
「わたしは、ヒオの踊りが好きだから。ヒオとバトルするのが、たのしかったから。友達になりたいって、思ったから」
ヤコは、堂々と、あたしに手を伸ばす。
「わたしと一緒にダンス、しよ?」
――踊るのは、好き。
好きだけど、たのしくない。あたしは一番になるのが好きだから。一番になることはたいへんで、なれなかったら苦しくて、たのしさを感じるヒマなんてないから。
でも、あたしを誘うヤコの瞳(ひとみ)は、きらきらとたのしそうに輝やいている。星のよう……ううん、星よりも、もっと眩しい光かも。
ねえ、もしかして。
たのしそうに踊る、あなたと一緒なら。
(あたしにも、たのしさがわかるかな)
* * *
わたしは、ヒオをチームに誘いながら、どきどきしていた。
バトルには負けた〜って思ってたけど。ヒオはわたしのダンスを『たのしそう』って褒めてくれたし。もしかしたら、やっぱりチームに入るって言ってくれるかも……!
けど。ヒオは、わたしの出した手から、ふいっと顔をそらした。
(……ダメ!?)
しょんぼりと手をしまった。
ヒオはわたしじゃなくて、リヒトの方を向く。
「ねえ、リヒト。プロのダンサー目指してるって言ったよね。聞きたいことがあるの」
「なにかな」
「あたし、多分。もうバレエでは一番になれないの。茨の道でもがんばろうと思えるほど、あたしには『好き』が足りなかったから。だから他で、一番になるために、新しくダンスを始めるとしたら……それって、逃げ?」
(逃げじゃないよ!)
わたしの心は、そう言ったけど。さっきまで、すらすらと喋れたのが嘘(うそ)みたいに、声は出なくなっていた。多分、さっきたくさん喋ったから、エネルギーを使い果 たしたんだと思う。きゅう……。
リヒトは、ヒオの質問にうなずいて。冷静に答える。
「…… 逃げかもね」
(え!?)
「でも」
リヒトは、優しい声で続けた。
「逃げるが勝ちって言葉もある。逃げて新しいことを始めて、新しい武器を手に入れることは、きっと勝つために役に立つ。それは、悪いことじゃないはずだ」
「……そう」
ヒオは、納得(なっとく)したようにうなずく。でもまだ、チームに入るとは言ってくれない。
もしかして、また、あとひと押しが足りないって感じ……?
「あ。それと」
リヒトが思い出したように言った。
「こっちのダンスは食事制限とかないよ。好きなもの、我慢しなくていい」
ヒオの目が、きらりと光った。
「やるわ」
その目は、わたしでもリヒトでもなくて、ベンチに置きっぱなしのシュークリームの空箱を見ていた。ごくり、とヒオの喉が動く。
……あれ? ヒオが『やるわ』って言った理由って。ダンスが好きだからとか、わたしと一緒に踊りたいと思ってくれたから、とかじゃなくて。
……好きなだけシュークリームが、食べたいから?
(な、なんか納得いかないかも!)
<第5回につづく>
ヒオがチームに加入決定!
いよいよコンテストに向けてチーム始動!?
続きは次回をお楽しみに!
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