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特別ためし読み 『こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!』第3回「いじめられている!」という訴えを相談されて…?

73万部突破の『こども六法』、待望の小説版!
いじめ、ブラックバイト、DV……法律の知識と思考力で、事件を解決することはできるのか!?
自分を守る力がつく法律エンタメ、ためし読み3回目は、「いじめられている!」という訴えを相談されて…?


 第1~2回を読みたい人は…▶


 二日後のことだった。
「ひどい話なんですよ」
 約束の時間から五分ほど遅れて事務所に現れた、その中年の女性は、少し興奮気味にそう言った。
 この人、藤沢和子さんはこの間のお客さんみたいに、チー姉を見ても驚いたり勘違いしたりしなかった。ひょっとすると、チー姉がテレビのニュースで取り上げられた時なんかに、姿を見たことがあったのかもしれない。
「…………」
 そして、その藤沢和子さんの傍には、ボクと同い年の女の子の姿があった。制服じゃなく私服のデニムスカートにTシャツっていう格好だから、ボクの記憶の中にある姿とは少し違う。けれど、やや吊り目で、ちょっときつい印象を受けるその顔には見覚えがある。藤沢恭子。今日、学校でも確認してみたけれど、やっぱり隣のクラスの子だった。そして──。
 最近、何かと騒がれてる姫崎美鈴と同じ、美術部に所属してる子だ。
「娘は学校ぐるみでいじめを受けてるんです。私一人で学校に抗議しても、らちが明かないし。これはもう、ちゃんと弁護士に間に入ってもらって、学校と話をしてもらった方がいいと思って」
 頬を紅潮させて話すお母さんの藤沢和子さんと違って、藤沢の方は居心地が悪そうに黙りこんで、ソファに座っていた。
「いじめですか」
 対照的な二人の姿を見ながら、チー姉はごく平然とした態度で応じた。普段の子どもっぽさはともかく、この、お客さんの勢いに釣られないところは、さすがだなってボクも思ってる。弁護士に相談に来るお客さんの中には、その時点で「ぜったい訴えてやる!」みたいな殺伐とした精神状態になってる人もいる。でも、チー姉はそれに乗せられたりしない。
「具体的にはどんないじめなんです?」
 チー姉はお母さんじゃなく、藤沢の方を向いてたずねた。
 けれど、声を高くして答えたのはお母さんの方だった。
「娘は無理やり学校を退学させられようとしてるんです。無実の罪で」
「無実の罪というと?」
「同じ部の子を脅して万引きさせた、っていう嘘っぱちですよ」
 相手の希望でその場に同席していたボクは、さすがに「あっ」と声をあげそうになった。その気配を察したのか、正面のソファに座っていた藤沢のお母さんがチー姉じゃなく、ボクの方に身を乗り出してきた。
「久家祐樹くん、よね? あなたは同じクラスだから、もちろん知ってるんでしょう? 姫崎美鈴さんのこと」
「は、はい。あの……」
 だけど、ボクが改めて口を開きかけたところで、横に座っていたチー姉がすっと手を挙げて、ボクを制した。
「その姫崎さんのことは、私も弟から聞いて少し知っています。最近は学校に来てないとか。その子が万引きをして、それをお嬢さんが無理にやらせたことになっている、ということですか?」
「そう! ──そうよね? 恭子」
 お母さんに確認された藤沢の方は、「あ、う、うん」とやっぱり居心地が悪そうに答えた。その様子を見たチー姉がほんの少し眉をひそめる。もっとも、藤沢のお母さんの方はそんなチー姉の表情にはまったく気づかなかったようで、さらに声高にまくしたてた。
「まったく、ひどい言いがかりよ。この子がそんなことするわけ……」
「ないということを証明するためにも、最初から順を追って聞かせてください。もちろん、詳しく、そして、落ち着いて、ですよ。そうすればするほど、私もお役に立てるはずですから」
「あ……え、ええ。そうよね」
 一気にボルテージが上がったタイミングを見計らったように、チー姉に諭されて、やっと藤沢のお母さんの興奮が少し収まった。声のトーンも下がる。
「つまり──」
 事が起こったのは、今から五日前。H駅の駅ビルにある雑貨屋なんだそうだ。
 その日、制服姿でお店を訪れた姫崎が、お店のスペースの外に出たところで、警備員に引きとめられた。姫崎が提げたカバンの中には、お店に並べられていたポーチが放りこまれていたらしい。もちろん、レジを通していない商品。捕まった姫崎も言い訳せず、万引きを認めたので、お店の人は学校に連絡した。姫崎の態度が素直だったし、盗られた商品も高額なものじゃなかったので、店側は警察には通報しなかったそうだ。
 残念だけど、ここまではボクが学校で耳にした噂の通り。ただ、藤沢のお母さんの話はここからが違った。
 連絡を受けた学校の先生たちは、もちろんお店まで出向き、店の人たちに謝罪した後、引き取った姫崎をひとまず自宅謹慎させた。で、次の日の職員会議で、学校として姫崎にどういう処分を下すか、話し合うことにしたそうなんだけど、その会議の結論が出る前に、今度は学内の別の生徒から訴えがあったのだ。
 あれは、姫崎のことを前からいじめていた藤沢恭子が、無理やり姫崎にやらせたことだ、って。
「そんなはずないじゃない! 大体、うちの子は小学校のころ、同じ塾に通ってた別の子からいじめられた経験もあるのよ。いじめの辛さを知ってるこの子が、そんなことするわけない。ね、そうでしょう!?」
 また感情が高ぶって、言葉も荒くなってきたお母さんの横で、藤沢は黙りこんでいる。
 思わずボクは隣にいるチー姉に目をやった。
 チー姉はやっぱり藤沢のお母さんじゃなく、藤沢の方に視線を向けながら、
「その、学校の先生たちに訴え出たという生徒──誰なのか、分かっているんですか?」
「美術部の先輩たちだそうです」
 こちらもまた、藤沢本人じゃなく、藤沢のお母さんが横から割りこむようにして、チー姉の質問に答えた。さらに、隣にいる藤沢に向かって、自分の顔を近づけ、
「そうなのよね? 恭子。あなた、前に言ってたじゃない。部の先輩たちはちょっと怖い、って。きっと、その先輩たちの方が、恭子に嫌がらせしてるんでしょ? それか、元々、姫崎さんをいじめていたのは先輩たちの方で、自分たちがやったことを恭子になすりつけようとしてるとか。そうなんでしょ? ほら、はっきり話して──」
「藤沢さん」
 さすがにたまりかねたのか、チー姉が藤沢のお母さんの言葉を途中で遮った。
「申し訳ありませんが、私は今、お母さんではなくお嬢さんに話をお聞きしているんです」
「? だから、私からもこうしてちゃんと話すように、この子に……」
「質問に対して、こう答えなさいと強制するのは、返答を促しているとは言えません。それと、もう一つ。この件に関して、弁護士の私がお嬢さんの学校と何か交渉するとなった時、私はお嬢さんの代理人として動くことになります。決して、お母さんの代理人になるわけじゃありません。ですから、お母さんにこう言いなさいと言われて出てきたお嬢さんの言葉ではなく、お嬢さんの素の返答を聞く必要があるんです」
 ぴしゃりと言い切ってから、チー姉は不満そうな藤沢のお母さんのことはもう相手にせず、改めて藤沢本人と向かい合った。
「部の先輩たちが訴え出た、と。で、学校の先生たちは、その先輩たちの話を信じてるんですか?」
「……。う、うん。多分」
 ようやく、藤沢も重い口を開いてチー姉の問いに答えた。
「職員室に呼び出されて、色々聞かれた……」
「あなたはそれに対して、何と答えたんです?」
「そんなことしてません、って」
「でも、先生たちは信じてくれなかった?」
「う、うん」
「どうしてでしょう?」
「さあ……」
「これは大事なことなので、もう一度、確認しますが、あなたはやってないんですね? 姫崎さんに万引きを強制するようなことは」
「え……あ……うん……」
 視線を泳がせながら口にした藤沢の言葉を聞いて、チー姉はすぐ横にいるボクだけが気づくくらいの、小さなため息をついたみたいだった。
 逆に藤沢のお母さんは、それみたことか、とでも言いたげな顔になり、
「ね? ひどい話でしょう? これってもう、先生たちのいじめじゃない。立派な人権侵害よ。裁判で学校を訴えてやってもいいくらいだわ」
 強気に言い放つお母さんとは逆に、藤沢の方は「裁判」という単語を聞くと、ぎくりと身を強張らせた。でも、藤沢のお母さんはそんな藤沢には構わず、また、ボクの方へ身を乗り出してきた。
「ね、あなた、祐樹くん」
「あ、はい」
「同じクラスなら、あなたからも姫崎さんに言ってあげてくれない? 怖がらずに本当のことを話してほしいって」
「え?」
「姫崎さん、このことで先生には何も話さないみたいなの。きっと、先生たちにでたらめな告げ口をしたっていう、その先輩たちのことを怖がってるんだわ」
 あ……。
 なるほど。
 だから、ボクにもこの場に同席してほしい、って。
「姫崎さんさえ本当のことを話してくれたら、それで全部解決なのよ」


第4回は「いじめ」の裏に隠れたトラブルが見えてきて…?(7月14日公開予定)


『こども六法ノベル その事件、こども弁護士におまかせ!』7月14日(木)発売!!


著:岩佐 まもる 原案:山崎 聡一郎 監修:飯田 亮真 カバーイラスト:佳奈

定価
1,320円(本体1,200円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041122112

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