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ものがたり

【大ボリュームためしよみ】ソノリティ はじまりのうた #23


中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪


#23 泣きそうな気持ち

「ん? なんだろ」
 涼万(りょうま)の問いに、晴美は答えた。
「吹部じゃない? きっと陸トレやってたんだよ」
 吹奏楽部は文化系の部活だが、運動系の部活並みに走り込みも行う。楽器を演奏するには体力作りも大事らしい。
「あっ吹部か」
 涼万の声が弾んだ。吹奏楽部の集団は、廊下の真ん中の階段口のところで曲がっていく。涼万は首を伸ばして、集団から誰かを探すような仕草をしている。
 晴美はそんな涼万の様子が気になる。本能的に嫌だと思った。
「じゃ、涼万先に戻ってて。わたし、これ片付けてから行くから」
 晴美はテーピングテープを救急セットにつめこむと、吹奏楽部の集団を追う視線を遮るように、涼万の前に立ちはだかった。
「おぅ、分かった」
 涼万も立ち上がった。立ってしまえば、頭ひとつ分背の高い涼万の視線を、もう遮ることは出来ない。涼万はもう一度、集団の方に目をこらした。一瞬だが、口もとに浮かんだ涼万の笑みを、晴美は見逃さなかった。
 晴美がくるっと振り返ると、集団の最後尾にぶかぶかの体操着を着た女子がいた。足取りはふらついて、色白の頬は真っ赤だ。早紀だ。
 そのときだ。突然、救急セットの留め金がはずれ、中のものが落ちて派手にばらけた。
「あっ」
 晴美の声と同時に涼万も、
「あちゃー」
 と声を上げた。さっき慌てていたので、留め金がきちんとはまっていなかったらしい。晴美は咄嗟にしゃがんで、ばらけたものを拾い集めた。涼万も手伝おうとしゃがみこんだ。
「いいから、涼万。もう行って」
「でも」
「だいじょうぶ、わたしがやったんだから。お願いだから早く行って」
 強い口調になった。なぜこんなことでムキになるのか、自分でもよく分からない。
「う、うん。じゃぁ」
 涼万は戸惑ったように立ち上がると、体育館の方へ駆けだした。絆創膏や氷のう袋など、ひとつひとつもとの位置につめていると、なんだか泣きそうな気持ちになってきた。
 自分で自分の感情がうまくコントロール出来ないし、理解も出来ない。本当に目がうるんできて、絆創膏の箱の文字がゆがんだ。
 どうかしてると、晴美はふぅっとため息をついた。そのとき、そばにぬっと学生ズボンが現われた。視線を上げる。
「井川、どした?」
「どした? ってこっちのセリフ。救急セットの前にしゃがみこんで、たそがれてるからさ」
「わたし?」
 また汗が出そうだ。
「うん」
 音心(そうる)の長い前髪のあいだから、切れ長の目が見えた。
「たそがれてなんかないよ。わたしアホだから、救急セットぶちまけちゃっただけ」
 おどけたように両手を広げると、切れ長の目が少し笑ったように細くなった。
「それより、井川は陸トレしないの? 吹部の子たちみんな走ってたみたいだけど」
「あぁ、今日は体調不良だから」
「まじ?」
「半分だけ」
 音心はにやっと口角を上げると、じゃあという風に片手を上げて、立ち去った。


※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。



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著者:佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041124109

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