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ものがたり

【大ボリュームためしよみ】ソノリティ はじまりのうた #18


中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪


#18 ありえない自分

 あれは、夏休みに入る前の音楽の授業のときだった。合唱コンクールの自由曲を決めるのと同時に、指揮者、伴奏者も選ぶことになった。伴奏者は音心(そうる)だけが立候補してすんなり決まったが、指揮者は誰も手を挙げなかった。
 音楽の宮下先生が教卓を指でつつきながら、
「誰か指揮者やってみたいっていう人はいないの?」
 とクラスを見わたした。反応がない。
 晴美の席は一番前だった。脈がとんとん速く打つのが分かる。手を挙げればすむことなのに、挙げられない。ふだんの晴美なら、考えるより先に行動しているのだが。
 よりによって一番前の席だから、後ろの様子が分からない。躊躇しているうちに、他の誰かが手を挙げてしまうのではないかと、気が気でなかった。誰かひとりでも立候補すれば、すんなり決まってしまうに違いない。
 晴美は思い切って後ろを振り向き、ぐるりと様子を見わたした。みんな先生と目を合わさないように、ややうつむき加減なのが分かる。
「困ったわねぇ」
 宮下先生の「困った」は、クラスのことを考えてというよりは、さっさと決めて授業を進めたいのに、という気持ちがにじみ出ていた。休みが多いから、今日は猛スピードで授業を進めたいのだろう。
「やる気があればいいのよ。やる気が」
 宮下先生の投げやりな言葉は、かえって晴美を勇気づけた。
 やる気があればいいんだ。それなら出来る!
 晴美は腕を机から浮かした。自分の腕なのに、鉛みたいに重たかった。そのとき、
「先生、さすがにやる気だけじゃまずいと思います。音楽性がないと」
 音心が珍しく発言した。鉛の腕は簡単に机に着地した。
「ま、そうよね。じゃ、どうしよ。んー。このクラスで吹奏楽部の人っていたっけ?」
 まずい展開になってきた。晴美は両こぶしを握った。
 どうして、音楽性イコール吹部になっちゃうわけ? 確かにうちの中学にはコーラス部がなくて、音楽系の部活っていえば吹部だけだけど。部活だけで決めるっていうのはどうよ?
 不満がぐるぐると頭をかけめぐる。
 晴美、いいから早く手を挙げろ。今ならまだ間に合う!
 脳は命令しているのに、音心の言った「音楽性」がまるでどこかの神経にひっかかってしまったみたいに、鉛の腕は持ち上がらない。
 やりたいことをやりたいと言えない自分。こんなありえない自分に会うのは初めてだ。理由は明白。
 晴美はオンチだったのだ。


※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。

#19へつづく(2022年4月16日 7時公開予定)

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著者:佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041124109

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