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ものがたり

【三題噺「卒業式」「絵本」「こうばん」】ペンネーム:山中ちえ さんの作品


「三題噺」とは、その名の通り、3つのお題からなる物語。
もともとは、落語の形態の一つで、寄席で演じる際に観客に適当な言葉・題目を出させ、そうして出された題目3つを折り込んで即興で演じる落語です。
現代では、落語のみならず、漫才やトーク番組などでも応用されて用いられています。
ヨメルバに応募してくれた作品の中から、審査員お気に入りの作品を選評とともにご紹介します。今回ご紹介するのは、ペンネーム山中ちえさんの作品。

ペンネーム 山中ちえ さん
(39歳女性)の作品

『予告状』

“今夜、美しい絵をいただく”。
森田小学校の六年生に初めて予告状が届いたのは10月だ。誰もがイタズラだと思った。しかし予告は現実となった。図工の達人・山中風子の絵がなくなった。
11月は“賢者の書をいただく”という予告状が届いたあと、秀才・鈴木千秋のノートがなくなった。12月は“スイーツをいただく”という予告状とともに、給食のデザートが盗まれた。生徒はがっかりし、教師は交番に通報したが、事件は解決しなかった。
冬、図書委員が「どろぼう先生」という絵本をみつけた。教師に変装したどろぼうが小判を奪って逃げていく、という内容だった。森田小学校には金の時計がある。生徒はウワサした。教師の誰かが金時計を狙っている。
1月の予告状は“輝きをいただく”だった。警察は金時計に探知機を仕掛けたが、盗まれたのはバスケ部のトロフィーだった。2月は“時をいただく”という予告状で、チャイムの音が盗まれた。その日は休み時間が長く、授業が短くなった。
そして3月。予告状は卒業式の前日に来た。“明日、宝をいただく”。
緊迫した中、卒業式は終盤となり、代表の林あらたが別れのあいさつを告げた。演台から降りる途中、あらたはくるりと向き直り、マイクを取ってこう言った。「宝は今からいただく」。次の瞬間、卒業生全員が一斉に立ち上がり「今まで本当にありがとうございました!」と声を揃え、わーっと体育館を飛び出した。
からっぽの席には、盗られたものが残されていた。よくみると、絵にはクラス全員の顔が描かれ、ノートには一人ずつの言葉が記され、トロフィーにはリボンが飾られていた。そしてカードにはこう書かれていた。“予告状あらため感謝状。六年間お世話になりました。あなたたちの宝はいま旅立ちます。森田小学校の全ての人に、幸あれ。六年生一同。PS給食のデザートは皆で食べました”。
チャイムがなった。風が吹いた。満開の桜が世界を春色に染めていた。

 

 選 評 
「卒業」を涙や別れではなく、“未来への希望に溢れたわくわく感”と捉え、そのわくわく感を「自分たちを“宝”と言い切るような子供たちの大作戦」として表現してくださいました。卒業間近にだけある、寂しさと期待が入り混じる独特で複雑な感情が、読んでいて思い起こされました。この大作戦を文字数制限なしで読んでみたいです。

 


 

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