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ものがたり

【三題噺「卒業式」「絵本」「こうばん」】ペンネーム:西出あや さんの作品


「三題噺」とは、その名の通り、3つのお題からなる物語。
もともとは、落語の形態の一つで、寄席で演じる際に観客に適当な言葉・題目を出させ、そうして出された題目3つを折り込んで即興で演じる落語です。
現代では、落語のみならず、漫才やトーク番組などでも応用されて用いられています。
ヨメルバに応募してくれた作品の中から、審査員お気に入りの作品を選評とともにご紹介します。今回ご紹介するのは、ペンネーム西出あやの作品。

ペンネーム 西出あや さん
(42歳女性)の作品

『今日、卒業します。』

 小学校に入学して一ヶ月後、わたしはハツコイをした。
 相手は――。
「おはよう! おっ、その恰好ってことは今日卒業式か」
「はい。えっと……六年間お世話になりました」
 いつもと変わらぬ明るい笑顔の結城さんの目の前で立ち止まると、両足をきちんとそろえ、ペコリと頭をさげる。
 結城さんは、小学校の登下校のときに、いつも交番の前に立ってわたしたちの安全を見守ってくれていたお巡りさん。
 わたしが一年生になったばかりの頃、同じくお巡りさん一年生の結城さんがこの交番にやってきたんだ。
 そして、下校途中に転んで、泣きながら歩いていた一年生のわたしの膝に絆創膏を貼って、絵本を読んでくれたのが結城さんだった。
 タイトルは『白雪姫』……だったはずなのに、なぜか毒リンゴで眠らされた王子様を助けるために、白雪姫が悪い魔女を倒しに行く冒険モノだったんだよ!?
 ずっと笑っていたら、膝が痛くて泣いていたことも忘れちゃった。
 それから毎日交番の前を通るたびに結城さんが笑ってくれていたから、わたしは毎日元気に学校に行くことができて……気付いたら恋をしていた。
「『六年間お世話になりました』だなんて、まるで嫁に行くみたいだな」
 なんて言って結城さんは笑った。
「本当は『これからもよろしくお願いします』なんですけどね」
「ああ、角川中? そっかそっか。んじゃまあ、これからも頑張れよ」
「はいっ」
「ハルカ、そろそろ行くぞ」
 後ろから不機嫌そうな声がかかり、振り返るとトウマの仏頂面。
「うん、今行く」
 結城さんに手を振ってトウマの方へ駆けだすと、ぷいっと顔をそむけてさっさと歩きだした。
「もうっ、結城さんにそういう態度やめてよね」
「別にいいだろ」
「なになに、すでにヤキモチですかぁ?」
 ニヤニヤしながらトウマの前に回り込む。
 かぁっと頬を真っ赤にしたトウマが、顔をそむけてボソリとひと言。
「そうだよ……六年間ずっとな!」
 今日。ハツコイも卒業して、新しい恋はじめます。

 

 選 評 
甘酸っぱいなぁ。6年間ずっとヤキモチだなんて…キュンとしてしまいました。たった一つのセリフに想いが詰まっていますね。これからの二人が気になります。

 


 

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