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ものがたり

【先行連載】『君のとなりで。』7巻発売直前 スペシャルれんさい 第9回 伝えられない想いのゆくえ


学校中のバレンタインチョコが没収(ぼっしゅう)されてしまった、からっぽのバレンタインデー。
悲しいけれど、前を向いて歩きだそうとするさくらの前にあらわれたのは……?
ぜったいドキドキ!の最終回です!!

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♪伝えられない想いのゆくえ

 

****************

 

 音楽室を出ると、ろうかのすみっこでぼんやりしている崎山くんがいた。

 

「さ、崎山くん。大丈夫?」

 

 そーっと近づいて行って、声をかけると、崎山くんはゆらりと顔を上げて私を見た。

 

「うん。平気だよ。はは……」

 

「……」

 

 崎山くん、目が死んでるよ……。

 

 ぜんぜん平気じゃなさそうだけど、気持ちはよくわかる。

 

「もしかして、チョコ……」 

 

 小さな声で言うと、崎山くんは、首を縦に振った。

 

「姉たちに教えてもらって、トリュフ作ったんだ……。最高においしいのができたのに……」

 

「うんうん」

 

「没収……された……」 

 

 ぷしゅーっと空気が抜けたように、ぐったりと壁によりかかった。

 

「私もだよ。生チョコ、がんばって作ったのになぁ……」

 

「切ないよね……。俺、さくらちゃんにも、友チョコ作ってきたのに」

 

「そうだったの!? 崎山くんが作ったチョコ、食べたかったよ。でも、その気持ちだけでうれしいな」

 

「そう言ってもらえて、ちょっと救われたよ。はぁ……」

 

 こんなにぐったり元気のない崎山くん、初めて見るよ。

 

 冬合宿のときとは、また違った落ちこみようで、なんて声をかけていいのかわからない。

 

「詩音、帰るわよ」

 

 そのとき、柴田さんがやってきた。

 

 崎山くんは、ゆっくりと顔を上げる。

 

「うん。帰る……」

 

「なんで落ちこんでるのかわからないけれど、元気出すのよ」

 

「うん……」

 

 柴田さんはきっと、崎山くんが落ちこんでる理由をわかっていて、わからないふりをしてるんだと思う。

 

 優しいな……。

 

 でも、柴田さんの気持ちを思うと、切なくなっちゃうよ。

 

 柴田さんは、ひそかに崎山くんが好き。

 

 でも、崎山くんが伊吹先輩を好きってことを、知ってるんだ。

 

 自分の好きな人が、「好きな人にチョコを渡せなかった」って落ちこんでる姿を見るのは、とてもつらいはずだよね。

 

 心配になって、柴田さんをちらりと見る。

 

 私の視線に気づいた柴田さんは、ふっと優しく笑った。

 

『大丈夫よ』

 

 そう言ってるみたいに。

 

「あ、そうだ」

 

 崎山くんが、何かを思い出したように柴田さんの顔を見た。

 

「月乃への友チョコ、家にあるんだ。うちによってってよ」

 

「えっ……私に?」

 

「うん。ガトーショコラ、作ったんだ。すっごくおいしいやつ」

 

「……ありがとう。うれしいわ」

 

 柴田さんは、ふんわりと、花が咲くように笑った。

 

 その笑顔がとってもすてきで、私も崎山くんも見入ってしまう。

 

「月乃、そんなによろこぶほど、ガトーショコラ好きだったっけ?」

 

「そうね。まぁ……好きよ」

 

「なにそれ~」

 

 あははと笑う崎山くんは、もうさっきまでの暗く落ちこんだ彼じゃない。

 

 よかった。柴田さんのおかげで、少し元気を取り戻したみたい。

 

 そして……。柴田さんも、とってもうれしそう。

 

「友チョコ」ってはっきり言われてもヘコまない柴田さんは、すごくすてきだ。

 

 心から崎山くんのことが好きなんだって、伝わってくるよ。

 

 私も、どんなことがあっても、チョコを渡せなくても、伊吹先輩のことが好きって気持ちは大切にしようって思ったんだ。

 

 

「帰ろうか」

 

 音楽室から出てきたさっこと加代ちゃんに、声をかけた。

 

「そうだね……」

 

「それしかないしね……」

 

 ここにも重症の乙女がいた……。

 

 ふたりは見たことがないくらい落ちこんで、ふらふらしている。

 

「ゾンビくんとデビルくんが……。私の力作が……」

 

 ホラー好きの高田先輩のために、がんばってホラーチョコを作ったさっこは、ぐったりとうなだれていた。

 

「そうだよね。あれは、本当に力作だったよね」

 

 さっこの肩をさすっていると、うつむいていた加代ちゃんが、少しだけ顔をあげた。

 

「実は私……。やっぱりオキテが気になって、村中先輩に渡す勇気がなかったんだ」

 

「そうだったんだ……」

 

 少し口をつぐんだあと、加代ちゃんはまた話し始めた。

 

「でも、みんながチョコを渡せないってことは、誰も村中先輩に渡せないってことだから、良しとするよ」

 

 ちょっとさびそうな目をしているけど、少し笑顔を取り戻したみたい。

 

 前向きな加代ちゃん、かっこいいな。

 

「そうか! 村中先輩も、高田先輩も、伊吹先輩も、誰からもチョコをもらってないってことだもんね」

 

「うん。つまり、みんなおあいこってことだよ」

 

「たしかにそうだよね!」

 

 バレンタイン禁止令のせいで、伊吹先輩にチョコを渡せない。

 

 でもそれって、誰も伊吹先輩にチョコを渡せないってことだ!

 

「加代ちゃん、すごいよ! 考え方とか見方を変えたら、こんなに気持ちも楽になるんだね」

 

「ふふっ。だから、さくらもさっこも元気出して!」

 

「うん!」

 

「……うん。ありがとう」

 

 ちょっとだけ元気になったけど、まだフラフラしているさっこを、私と加代ちゃんではさんで歩き始める。

 

 すると、ろうかの先からカレンが飛び出してきた。

 

「あ! さくら、さっこ、加代! 楓(かえで)を見なかった?」

 

「伊吹先輩……?」

 

「ずっと探してるのに、どこにもいないんだよ~!」

 

 もしかして、カレンは、先輩にチョコを渡すのかな?

 

 いや、カレンはチョコを持ってきてないんだった。

 

「たぶん、ソロコンテストの練習してるんじゃないかな、どこかで」

 

 加代ちゃんが答えると、カレンはぷーっとほおをふくらませた。

 

「今日はバレンタインデーだから、楓からプレゼントをもらうのを楽しみにしてるのに」

 

「伊吹先輩から、プレゼント……?」

 

 さっこが目をぱちくりさせた。

 

 あ! 朝のカレンの言葉を思い出した。

 

『だって、バレンタインって、男子がプレゼントを渡して告白する日でしょ』

 

 カレンは日本のバレンタインを知らないんだ!

 

 さっこと加代ちゃんもそれに気がついたみたい。

 

「ねえカレン、バレンタインデーって、日本では、女子が男子にチョコをあげて告白する日なんだよ」

 

「え!? ほ、ほんと!?」

 

 加代ちゃんに教えてもらって、カレンが目を丸くした。

 

「ほんとだよ。昼休み、校長先生の生配信で大さわぎになってたでしょ。……って、カレンはぼんやりお弁当食べてて聞こえてないっぽかったね」」

 

「え!? ええっ!? 今日バレンタインデーだよね? エイプリルフールじゃないよね!?」

 

「うん、ちゃんとバレンタインデーだよ」

 

「そ、そんな……!!」

 

 カレンはガクッとくずれ落ちた。

 

「楓のプレゼントと告白、楽しみにしてたのに……。私、チョコなんて用意してないよ~~!」

 

 泣きそうになってるカレンを、加代ちゃんよしよしとなぐさめる。

 

「大丈夫。バレンタイン禁止令のせいで、誰も伊吹先輩にチョコを渡せてないから」

 

「だけど~~~。楓に告白されて、やっとラブラブハッピーになると思ってたのにーー!」

 

「うんうん、わかるよその気持ち。床、つめたいから、冷えちゃうよ。とりあえず立とう?」

 

 がっくりと床に座りこんでいたカレンの腕を、加代ちゃんがよいしょと肩にかついだ。

 

 そして、キリッと顔を上げて、私に言った。

 

「さくら、さっこは任せた! 私はカレンを連れて帰るよ」

 

「わかった!」

 

 魂が抜けたようになってるカレンを引きずりながら、加代ちゃんは帰っていった。

 

「さっこ、私たちも帰ろうか」

 

「……うん。そうだね。ここで高田先輩を待ってても、渡すチョコがないと意味ないもん」

 

「あっ!!」

 

 “チョコ”でひらめいた!!

 

「ねぇさっこ、ホラーチョコの画像だけでも高田先輩に送ったら? 動画撮ってたよね?」

 

 そのとたん、さっこが、ガバッといきおいよく顔をあげた。

 

「そうか! その手があったね!!」 

 

 さっこの瞳に元気が戻って、キランと光る。

 

「さくらありがとう! さっそく動画送るよ! 今送ってもいい?」

 

「もちろんだよ」

 

 さっこはスマホを取り出して、ものすごい速さでメッセージを打ちこむ。

 

「『没収されてしまって渡せないけど、せめて動画だけでももらってください。ゾンビくんとデビルくんのホラーチョコです』……っと。動画も送って……よし!」

 

 顔をあげたさっこは、よみがえったみたいにキラキラの笑顔だった。

 

「動画撮っておいてよかったよ! 高田先輩、よろこんでくれるといいなぁ」

 

「よかったね! 高田先輩は、絶対によろこんでくれるよ! 私も、伊吹先輩の連絡先を知ってれば、生チョコ画像送れたんだけどな」

 

「そうだよね……。……あ!! もう既読がついた!」

 

「早いね!」 

 

 私の言葉が終わる前に、さっこのスマホがピコン!と鳴った。

 

 すごい! もう返事がきたみたい!

 

「さくら! 高田先輩、すごくよろこんでくれてる!」

 

「わ~~~! よかったね!!」

 

 私までうれしくなるよ!

 

 しかも、それだけじゃ終わらなかったんだ。

 

 さっこが、スマホの画面を見て「えっ!?」と声を上げた。

 

「さっこ? どうしたの?」

 

「『最恐(さいきょう)ホラー映画のチケットがあるんだけど、どう? もしよかったら、これから会って、映画を観に行く日を決めない?』……って、お返事がきた……」

 

 さっこは信じられないものを見るような顔で、スマホの画面を見つめて固まってる。

 

 小さくふるえているさっこの肩を、ポンポンと優しくたたいた。

 

「行っておいでよ、さっこ!」

 

「うん……うん! ごめん、さくら。私、ちょっと行ってくるよ」

 

「いってらっしゃい。よかったね!」

 

「ありがとう!!」

 

 うれしさのあまり、目に涙をためて駆けだしたさっこに手を振る。

 

 ふたりの秘密の待ち合わせ場所、『いつもの公園』で、高田先輩が待ってるのかな。

 

「さっこ、よかったね」 

 

 自分のことのようにうれしいよ。

 

 階段を駆け下りる元気な後ろ姿を見送って、カバンを持ち直した。

 

「さて、私も、帰ろうかな」

 

 窓を見上げると、そこには、高等部の時計塔がそびえたっていた。

 

 黒羽高校は、中等部のとなりの敷地にある。

 

 行こうと思えば、行けない距離じゃない。

 

 伊吹先輩が高等部に行ってしまったら、バレンタインチョコなんて渡せないって思っていたけれど。

 

 やってみる前からあきらめるなんて、私らしくないよね。

 

 来年は、この距離を、きっと飛び越えてみせる!

 

 そんな勇気さえわいているんだ。

 

 それはきっと、さっこのおかげ。

 

 ぜんぜん悲しくないし、心がぽかぽかにあったかくなってる。

 

 どうか、さっこは高田先輩といっしょに、楽しくて幸せな時間をすごせますように。

 

 そう願いながら、ろうかを歩きだす。

 

 そのとき――……。

 

 すぐ横の教室の扉が、少しだけ開いた。

 

「あ……」

 

「えっ」

 

 大好きな、低めの声がかすかに聞こえた。

 

 扉から顔をのぞかせていたのは、伊吹先輩だった……!

 

 

バレンタインは、もう終わり……そう思っていたのに、まさか、伊吹先輩とばったり会ってしまうなんて!?
でも、この伊吹先輩との出会いが、さくらの『バレンタインデー』の本当の始まりで……?
ぜったいキュン!なこのシーンのつづきは、2月9日発売の『君のとなりで。』7巻でたしかめてね!

第7巻先行れんさいを読みなおす(もくじへ)


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…チョコが、渡せない!?
先輩は、もうすぐ卒業。遠くに行ってしまうのに…。
恋の『終わり』まで、あと少し。大注目の第7巻です!


作:高杉 六花 絵:穂坂きなみ

定価
726円(本体660円+税)
発売日
サイズ
新書判
ISBN
9784046321336

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