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80万部突破の「こわいもの係」や「キミト宙へ」シリーズの
人気作家・床丸迷人さんの新シリーズ「しゅご☆れい探偵」を一足早く公開中です!
しゅご☆れい探偵➀ 床丸迷人・作
『たからさがし』
2 ちーちゃんからの電話
え? ええ?
いやいやいやいや、怖い怖い怖いっ。どういうことだよ、それっ!
可能性は低いかもだけど、『とおのしゅうご』って同姓同名の人違いでは……。
「知らないよ、そんなの。いいから早く代わってよ」
なにやら不気味なモノを感じとったのか、玲(れい)がぐいぐいとスマホを押しつけてくる。
やめろよ、玲が拾ったんだろ、まったく!
「あぁもう、わかった、わかったから」
根負けしたオレは、かなりビビりつつスマホを受けとる。
画面には『千夜』と表示されてあった。電話をかけてきた人物の名前だろう。
……ん? 千夜?
頭の中のすみっこのすみっこで、カチッとなにかのカギが開く音が響いたような気がした。
この名前……たしかどこかで……と、首をかしげつつ、おそるおそるスマホを耳に当てる。
「……え、えっと、も、もしもし」
“もしもし?”
すこしあまえたようなおさない声が、オレの耳をなつかしくくすぐった。
“わたし千夜(ちよ)だよ。ちーちゃんだよ”
え……?
頭の中でパッとなにかがはじけた。
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脳みその奥の奥にしまいこんでいた記憶の箱のふたが、おおきくパカッと開いた……って、そんな感じ。
同時にノスタルジックな温かみが、胸の中から全身に、じゅわあっと広がる。スマホを持つ手がしびれたようになって、全身に軽く震えが走った。
「……え、え、ひょっとして?」声も震える。
“ふふ、その『ひょっとして』だよ、シュゴくん”
う、う、う、うわぁぁぁあ。
十二年ほど生きてきたけれど、オレのことを『シュゴくん』って呼ぶのは、後にも先にもただ一人だけ。
もう間違いない。
「幼稚園の……よいこの森幼稚園のちーちゃん……だよ、ね」
“おぼえててくれたんだ、良かったぁ”
女の子は――ちーちゃんは、オレの記憶に残るあのころの声そのままに、ホッと安心した息をついた。
「うわ、すごいすごい。ひさしぶりっ! わぁあ、マジかぁ」
こっちの声もおおきくはずむ。
“うん、お話するのは五年とちょっとぶり、だね”
「そうだよな。いやいや、なつかしすぎるってコレ、いやホント」
なんだかめちゃくちゃ興奮して、すこし鼻息も荒くなる。
「ねぇ」
すっかり蚊帳の外となった玲が、不機嫌そうな顔でオレのわき腹をつんつんとつついた。
「だれ?」
「あ、ああ、えーっと、同じ幼稚園にいた千夜って名前の子。オレ、小学校に入る前はN県に住んでただろ? そのとき通っていた幼稚園の一つ年下のクラス……」
そこまで言ったところで、オレは、「ん?」と言葉をつまらせた。
あ、あれ?
なんだかヘンじゃないか、これ?
「ひさしぶり」とか「なつかしい」なんて軽い言葉で、キャッキャしていい話じゃないような気がする。
すこしとまどいながら、ふたたびスマホを耳に当てる。
「あ、あのさ、このスマホって、ちーちゃんの……スマホ?」
“うん。借りものだけどね”
あっさりと返してくる。
「え、えっと、じゃ、じゃあさ、これがココに落ちてたってことは、ちーちゃんは今、M市に住んでるってことなのか?」
“ううん、違うよ”
「そ、そう……なんだ」
でもそれって、やっぱりおかしすぎるんじゃないか?
奇妙な違和感に頭をひねっていると、ちーちゃんが、
“あのね、わたし、シュゴくんにお願いがあるんだ”と言った。
「お願い? なに?」
“そのスマホ、すこしの間、シュゴくんにあずかっておいてもらいたいの”
え? コレを? 「あ、う、うん、それはまぁいいけど……」
“あと、そのスマホってちょっと特殊(とくしゅ)なの”
特殊?
“だから、その……気を悪くしないでもらいたいんだけど、あんまりあちこちさわらないでほしいんだ”
「あ、う、うん」
まぁ、むかしの知り合いとは言え、オレとちーちゃんは他人同士だ。
当然に個人情報とかプライバシーとか知られたくない秘密があるだろうから、その要求はあたりまえのことだろう。
“特にカメラ機能で人間を撮(と)っちゃダメだからね。自撮(じど)りもダメ。絶対のぜったいダメだから。ねっ”
妙に力が入ったお願いだ。
けど、人を撮影しちゃダメってどういうことなんだ?
“お願い、そうでないと、すっごく困ったことになるの。それだけは約束して”
ちーちゃんの必死さにとまどいながらも、
「あ、う、うん。わかった」と約束する。
“ありがとシュゴくん。じゃあまた今夜、えーっと八時に電話するよ。くわしい話はそのときにね”
「ああ、わかった。じゃまたな」
“バイバイ”
別れの言葉を交わして、ふつと電話が切れるなり、
「ねぇ」と、玲がまたわき腹をつついてきた。「それどうするの? 交番に届けないの?」
「いや、コレ、ちーちゃんのモノみたいだから」
「ふぅん。じゃあその子ンちに届けに行くわけ?」
「いや、オレがあずかっておくことになった。ちーちゃんの家はN県だから、すぐには取りに来られないし……」
「え? なんで?」と、玲が目を丸くした。「なんでN県に住んでる子のスマホが、ここに落ちてんの?」
う、うーん……そう言われても。
けど、このシチュエーションならだれだってまず、その疑問を抱くよな。
オレが今住んでいるのはH県M市だ。N県とは、電車や新幹線を使って数時間かかるくらいの位置関係にある。
夏休みや冬休みでもないこの時期に小学生が……いや小学生でなく大人であっても、たやすく行き来できる距離じゃない。お金だって、そこそこかかるわけだし。
それなのに、なぜかたまたまオレたちの通学路にN県のちーちゃんのスマホが落ちていて、たまたまそれを見つけて拾ったのがオレたちで、そのタイミングでたまたまオレあての電話がかかってきた。
そんな怖いほどに奇跡的な偶然って、はたして起こりうるものなのか?
宝くじの一等を当てるほうが、まだ確率が高いような気がする。
「ね、ねぇ、いろいろヘンだよ、そのスマホ。だいじょうぶなの?」と、玲はすこし気味悪そうに顔をしかめた。
う、うん。言われるまでもなく、オレもそう思ってる。
でも……。
「夜の八時に、また、ちーちゃんから電話がかかってくることになってるんだ」
そう予告されていては、さすがに交番に持っていくわけにはいかない。
「とにかく今夜、ちーちゃんと話してみるよ。あんがいあっさりと真相がわかるかもしれないしね」
「ふぅん」
「いやぁ、それにしても懐かしすぎるって」
オレはスマホをなくさないよう、ランドセルのポケットにしまいながらきげんよく笑った。「ちーちゃんって、すっごくちいさくて、かわいい女の子でさぁ……」
数年ぶりのちーちゃんとの会話で、オレはすこしうきうきと浮かれていたようだ。
「あ、そ」
玲はおもしろくなさそうに唇をとがらせると、プイとそっぽをむいた。
「あたし、先に帰るね。バイバイ秀悟」と、スタスタと歩きだす。
「え、ちょ、なに言ってんだよ?」
オレと玲の家は道路をはさんで向かいあっている、いわゆるご近所さんだ。なにか特別な事情がないかぎり、小学一年生のときからほとんどいっしょに登下校してるってのに。
「あたしだってたまには一人で帰りたいこともあるの。じゃあねっ!」
ぷくとほっぺをふくらませた玲は、すこし荒めの口調でそう言い残して、さっさと行ってしまう。
……なんなんだよ、いったい。
オレはポカンとしながら、乱暴に縦揺れする赤いランドセルを見送ったのだった。
〈第3回へと続く〉
次回の更新は2月21日(月)を予定しているよ☆
楽しみに待っててね!
作:床丸 迷人 絵:雨宮 もえ
- 【定価】
- 748円(本体680円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046321527