
第10回角川つばさ文庫小説賞《金賞》受賞作☆
大注目の新シリーズをひと足はやく公開中!
『泣き虫スマッシュ! がけっぷちのバドミントンペア、はじまる!?』は、2022年11月9日発売予定です!

子どもかどうか、よくわからない。けど、自然と足が動いていた。
ベランダの真下の位置まで走りながら、せおっていたラケットバッグを両手に持ち替える。
これでレシーブして、せめて地面へたたきつけられるのを防ぐっ!
落ちてきそうな位置まで来て、上を見た。
落ちてきたのは、子どもじゃなく……
「クマーッ!?」
大きなクマのぬいぐるみだった!
でも、とりあえずレシーブ!
「ほっ!」
倒れこみながら、空から降ってきたクマにラケットバッグを差し出す。
ボスン! と、なんとか当てることに成功したんだけど、
「あっ!」
クマのぬいぐるみは、思いのほか高く跳ね上がった。
今度は川の方向へ飛んでいく。これには、あたしも間に合わない!
クマが川に飛びこんじゃう……と思ったとき、両手を伸ばして高くジャンプする人影が見えた。
さっきの、背が高いお姉さんだ!
お姉さんは長い髪をなびかせながら両手でクマをキャッチすると、きれいに着地を決めた。
ぬいぐるみを胸元にかかえ、じっとしている。
数秒間しーんとした後、通行人からぱちぱちと拍手が起きる。
「すごいよ、すごい」「いいもの見せてもらったよ」という声も聞こえてきた。
あたしと背が高いお姉さんの連係(れんけい)プレー? に対する反応だ。ちょっと恥ずかしい。
お姉さんのほうを見ると、彼女もクマをかかえたまま、顔を赤くしていた。
「子どもは無事です! ぬいぐるみ、そちらに取りに行きますから! ごめんなさい!」
そんな声が上から聞こえてきたので、マンションを見上げた。
例の部屋のベランダでは、母親らしき人が頭をぺこぺこさせている。
よかった、子どもは転落しなかったんだ……。ああ、なんか気が抜けちゃった……。
よろよろと立ち上がると、鳴りやまない拍手の中で、あのお姉さんが近付いてきた。
「あの……」
小声で、あたしに話しかけてくる。
「この子……おねがいしますっ」
そう言うと、こまった顔であたしにクマのぬいぐるみを手渡してきた。
「え、ええ?」
あたしがあずかるの? と思いつつ、なんとなく勢いで受け取る。
すると、お姉さんはくるりとあたしに背を向けて、走り去っていった。
……逃げちゃった。
クマを両手でかかえたまま、あまりきれいじゃないフォームで走るお姉さんを見ていた。
でも、あのジャンプ力はすごかった。
やっぱり背が高いって、うらやましいな。
※ ※ ※
ぬいぐるみ転落事件から三日後。
転校先の小学校で、初めての体育の時間をむかえていた。
あたしは五年二組なんだけど、一組の女子と合同でバスケットボールをするんだ。
しかし、単にバスケを楽しむってわけにはいかない。
自分と同じ二組だけじゃなく一組の子もふくめて、バドミントンに誘う子をさがすんだ。
できれば、あたしとペアを組んでくれる子を……。
早めに体育館に行き、後からやってくる女の子たちの様子を観察していた。
でも、見た目だけじゃ運動神経がいいかどうか、わかんないな……と思ったときだった。
見覚えのある姿が、目に入ってきたんだ。
大人の男の人くらい身長が高い、長い髪の女の人……。
『背が高いお姉さん』! この間、ぬいぐるみをキャッチした!
ひょっとして先生なのかも? と最初は思った。けど、あたしと同じ体操服を着ているから、 まちがいなく一組の子だ。
あたしと同じ小学五年生で、しかも同じ学校に通っていたなんて……。
ふふふふふ。
あたしは笑いをおさえながら、友達とおしゃべりしている『背が高いお姉さん』を見つめた。
理想的なパートナーを見つけてしまった……!
今のところ、ターゲットはあたしのことに気が付いていない。
いきなり声をかけるんじゃなく、まずはクラスメイトに「一組のあの子、すごく背が高いね?」と話を振って情報収集してみることにした。
名前は日下部(くさかべ)ことりさんというらしい。
やっぱりあの身長のおかげで、学校でも有名みたい。
話を聞いた子は、日下部さんは特に何かスポーツはしていないと思う、と言っていた。
これはチャンスじゃないの?
ぬいぐるみ転落事件のことがあるから話のきっかけはバッチリだし、あとはタイミングだ!
バスケが始まり、あたしはBチームに入ることになった。最初はコートの外で見学。
日下部さんがいる一組Bチームと試合するから、じっくり彼女を観察することにした。
やっぱり背が高いからか、日下部さんにボールが集まりがちだ。高いところにボールを投げれば、他の子じゃ取れないからね。
でも、日下部さんは自分でガンガンシュートしたりはしないし、ドリブルもほとんどしない。わりとすぐ、味方にパスを出しちゃうことが多い。
目立ちたくないのかな……? それから、もうひとつ気が付いたことがあるんだけど……。
試合が終わって、肩で息をしている日下部さんに近寄った。そして、声をかけてみる。
「ねえ、左利きなんだね」
「……え? う、うん」
日下部さんは、ちょっとびっくりしながらうなずいた。
「そうかー。これはますます理想的だな~」
さらに期待してしまう。
バドミントンでの左利きのメリットはいろいろあるんだ。
わかりやすいところだと、ショットの動きやテンポが右利きとちがってくるから、対戦相手が反応しにくいこととかね。
それだけでもずいぶん有利。これからが楽しみになってくる。
「あたし、二組の大鳥奈央(おおとりなお)。よろしくね!」
「あ、ええと、一組の日下部ことり、です」
急に声をかけられて、日下部さんはとまどっているみたい。
でも、ここで引き下がるわけにいかない。どんどん押していくぞ!
「うん、日下部さん。知ってるよ、有名人だもんね」
「……そう?」
「それと、この間! ぬいぐるみをジャンプしてキャッチしてたよね、商店街で!」
「ああ、やっぱりあのときの……」
よかった、覚えててくれた!
「あたし、この三学期に東京から香川へ引っ越してきたんだ」
「あ、見たことない子だと思ってたけど、転校生だったんだね」
日下部さんが納得したように言った。
「そそそそ。東京ではずっとバドミントンやってて、こっちでもクラブへ入ってさ」
「うん……?」
「コーチはあたしのマ、お母さんなんだけどね。で、そのクラブは女子が少なくて」
そこまであたしの話を聞いて、日下部さんが少し不安そうな顔をした気がした。
だからって、ここで止めるわけにもいかないので、話を続ける。
「六年生の子は卒業しちゃうし、他は二年生以下の子しかいなくてね。あと一人入らないと、このままじゃ青葉(あおば)カップっていう大会に出られないんだよ~!」
日下部さんがぽかん、としている。
だけど、まだ押す!
「それに、あたしとペアを組める相手もいないし。あたし、ダブルスで大会に出たいんだ!」
日下部さんの顔を見上げて、
「日下部さん! その身長と、左利き! バドミントンじゃすごく有利なんだよ。別のスポーツやってるわけじゃないんでしょ? 今から始めても、ぜんぜん遅くない」
「……」
「バドミントン、やろうよっ! いろいろ教えてあげるから、あたしとペアを組んでほしい!」
真剣な声で言った。この子とペアを組んでみたいって、本当に思ったから。
「……」
日下部さんはあたしの言葉を聞いて、目を閉じた。
やっぱり、すぐには決められないかな?
それならそれで、攻め方はいろいろある……と考えていると、彼女は「はあっ」とため息をついた後、目を開けた。
「ごめんね、お断りします」
<第4回へとつづく>(10月29日公開予定)
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
\小説賞受賞作を応えん/
この連載では、毎回感想を書きこめたり、
アンケートに答えたりできます。
あなたからの声が、新しい物語の力になります☆
つばさ文庫の新シリーズを、ぜひ応えんしてくださいね♪
『泣き虫スマッシュ! がけっぷちのバドミントンペア、はじまる!?』11月9日発売!
信じてみてよ、二人だからできること!
あたし奈央! バドミントンが大好きな小学5年生。
二人で一つのチームを組む「ダブルス」の大切な試合、あたしのせいで負けちゃった。
けれど、このままじゃ終われない!
転校先で出会ったのは、トクベツな才能(!?)をもった、ことりちゃん。
最高の新しいパートナーを見つけた!
でも「スポーツはもう絶対にしない」って完全キョヒ!?
それには、あたしと同じように、「らしさ」を押し付けられたことが関係していて?
「好き」のために一歩をふみ出したいキミへ、勇気をくれる応援ストーリーです!!
作:平河 ゆうき 絵:むっしゅ
- 【定価】
- 770円(本体700円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046322067