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学校中のバレンタインチョコが没収(ぼっしゅう)されてしまった、からっぽのバレンタインデー。
悲しいけれど、前を向いて歩きだそうとするさくらの前にあらわれたのは……?
ぜったいドキドキ!の最終回です!!
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
♪伝えられない想いのゆくえ
*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*
音楽室を出ると、ろうかのすみっこでぼんやりしている崎山くんがいた。
「さ、崎山くん。大丈夫?」
そーっと近づいて行って、声をかけると、崎山くんはゆらりと顔を上げて私を見た。
「うん。平気だよ。はは……」
「……」
崎山くん、目が死んでるよ……。
ぜんぜん平気じゃなさそうだけど、気持ちはよくわかる。
「もしかして、チョコ……」
小さな声で言うと、崎山くんは、首を縦に振った。
「姉たちに教えてもらって、トリュフ作ったんだ……。最高においしいのができたのに……」
「うんうん」
「没収……された……」
ぷしゅーっと空気が抜けたように、ぐったりと壁によりかかった。
「私もだよ。生チョコ、がんばって作ったのになぁ……」
「切ないよね……。俺、さくらちゃんにも、友チョコ作ってきたのに」
「そうだったの!? 崎山くんが作ったチョコ、食べたかったよ。でも、その気持ちだけでうれしいな」
「そう言ってもらえて、ちょっと救われたよ。はぁ……」
こんなにぐったり元気のない崎山くん、初めて見るよ。
冬合宿のときとは、また違った落ちこみようで、なんて声をかけていいのかわからない。
「詩音、帰るわよ」
そのとき、柴田さんがやってきた。
崎山くんは、ゆっくりと顔を上げる。
「うん。帰る……」
「なんで落ちこんでるのかわからないけれど、元気出すのよ」
「うん……」
柴田さんはきっと、崎山くんが落ちこんでる理由をわかっていて、わからないふりをしてるんだと思う。
優しいな……。
でも、柴田さんの気持ちを思うと、切なくなっちゃうよ。
柴田さんは、ひそかに崎山くんが好き。
でも、崎山くんが伊吹先輩を好きってことを、知ってるんだ。
自分の好きな人が、「好きな人にチョコを渡せなかった」って落ちこんでる姿を見るのは、とてもつらいはずだよね。
心配になって、柴田さんをちらりと見る。
私の視線に気づいた柴田さんは、ふっと優しく笑った。
『大丈夫よ』
そう言ってるみたいに。
「あ、そうだ」
崎山くんが、何かを思い出したように柴田さんの顔を見た。
「月乃への友チョコ、家にあるんだ。うちによってってよ」
「えっ……私に?」
「うん。ガトーショコラ、作ったんだ。すっごくおいしいやつ」
「……ありがとう。うれしいわ」
柴田さんは、ふんわりと、花が咲くように笑った。
その笑顔がとってもすてきで、私も崎山くんも見入ってしまう。
「月乃、そんなによろこぶほど、ガトーショコラ好きだったっけ?」
「そうね。まぁ……好きよ」
「なにそれ~」
あははと笑う崎山くんは、もうさっきまでの暗く落ちこんだ彼じゃない。
よかった。柴田さんのおかげで、少し元気を取り戻したみたい。
そして……。柴田さんも、とってもうれしそう。
「友チョコ」ってはっきり言われてもヘコまない柴田さんは、すごくすてきだ。
心から崎山くんのことが好きなんだって、伝わってくるよ。
私も、どんなことがあっても、チョコを渡せなくても、伊吹先輩のことが好きって気持ちは大切にしようって思ったんだ。
♪
「帰ろうか」
音楽室から出てきたさっこと加代ちゃんに、声をかけた。
「そうだね……」
「それしかないしね……」
ここにも重症の乙女がいた……。
ふたりは見たことがないくらい落ちこんで、ふらふらしている。
「ゾンビくんとデビルくんが……。私の力作が……」
ホラー好きの高田先輩のために、がんばってホラーチョコを作ったさっこは、ぐったりとうなだれていた。
「そうだよね。あれは、本当に力作だったよね」
さっこの肩をさすっていると、うつむいていた加代ちゃんが、少しだけ顔をあげた。
「実は私……。やっぱりオキテが気になって、村中先輩に渡す勇気がなかったんだ」
「そうだったんだ……」
少し口をつぐんだあと、加代ちゃんはまた話し始めた。
「でも、みんながチョコを渡せないってことは、誰も村中先輩に渡せないってことだから、良しとするよ」
ちょっとさびそうな目をしているけど、少し笑顔を取り戻したみたい。
前向きな加代ちゃん、かっこいいな。
「そうか! 村中先輩も、高田先輩も、伊吹先輩も、誰からもチョコをもらってないってことだもんね」
「うん。つまり、みんなおあいこってことだよ」
「たしかにそうだよね!」
バレンタイン禁止令のせいで、伊吹先輩にチョコを渡せない。
でもそれって、誰も伊吹先輩にチョコを渡せないってことだ!
「加代ちゃん、すごいよ! 考え方とか見方を変えたら、こんなに気持ちも楽になるんだね」
「ふふっ。だから、さくらもさっこも元気出して!」
「うん!」
「……うん。ありがとう」
ちょっとだけ元気になったけど、まだフラフラしているさっこを、私と加代ちゃんではさんで歩き始める。
すると、ろうかの先からカレンが飛び出してきた。
「あ! さくら、さっこ、加代! 楓(かえで)を見なかった?」
「伊吹先輩……?」
「ずっと探してるのに、どこにもいないんだよ~!」
もしかして、カレンは、先輩にチョコを渡すのかな?
いや、カレンはチョコを持ってきてないんだった。
「たぶん、ソロコンテストの練習してるんじゃないかな、どこかで」
加代ちゃんが答えると、カレンはぷーっとほおをふくらませた。
「今日はバレンタインデーだから、楓からプレゼントをもらうのを楽しみにしてるのに」
「伊吹先輩から、プレゼント……?」
さっこが目をぱちくりさせた。
あ! 朝のカレンの言葉を思い出した。
『だって、バレンタインって、男子がプレゼントを渡して告白する日でしょ』
カレンは日本のバレンタインを知らないんだ!
さっこと加代ちゃんもそれに気がついたみたい。
「ねえカレン、バレンタインデーって、日本では、女子が男子にチョコをあげて告白する日なんだよ」
「え!? ほ、ほんと!?」
加代ちゃんに教えてもらって、カレンが目を丸くした。
「ほんとだよ。昼休み、校長先生の生配信で大さわぎになってたでしょ。……って、カレンはぼんやりお弁当食べてて聞こえてないっぽかったね」」
「え!? ええっ!? 今日バレンタインデーだよね? エイプリルフールじゃないよね!?」
「うん、ちゃんとバレンタインデーだよ」
「そ、そんな……!!」
カレンはガクッとくずれ落ちた。
「楓のプレゼントと告白、楽しみにしてたのに……。私、チョコなんて用意してないよ~~!」
泣きそうになってるカレンを、加代ちゃんよしよしとなぐさめる。
「大丈夫。バレンタイン禁止令のせいで、誰も伊吹先輩にチョコを渡せてないから」
「だけど~~~。楓に告白されて、やっとラブラブハッピーになると思ってたのにーー!」
「うんうん、わかるよその気持ち。床、つめたいから、冷えちゃうよ。とりあえず立とう?」
がっくりと床に座りこんでいたカレンの腕を、加代ちゃんがよいしょと肩にかついだ。
そして、キリッと顔を上げて、私に言った。
「さくら、さっこは任せた! 私はカレンを連れて帰るよ」
「わかった!」
魂が抜けたようになってるカレンを引きずりながら、加代ちゃんは帰っていった。
「さっこ、私たちも帰ろうか」
「……うん。そうだね。ここで高田先輩を待ってても、渡すチョコがないと意味ないもん」
「あっ!!」
“チョコ”でひらめいた!!
「ねぇさっこ、ホラーチョコの画像だけでも高田先輩に送ったら? 動画撮ってたよね?」
そのとたん、さっこが、ガバッといきおいよく顔をあげた。
「そうか! その手があったね!!」
さっこの瞳に元気が戻って、キランと光る。
「さくらありがとう! さっそく動画送るよ! 今送ってもいい?」
「もちろんだよ」
さっこはスマホを取り出して、ものすごい速さでメッセージを打ちこむ。
「『没収されてしまって渡せないけど、せめて動画だけでももらってください。ゾンビくんとデビルくんのホラーチョコです』……っと。動画も送って……よし!」
顔をあげたさっこは、よみがえったみたいにキラキラの笑顔だった。
「動画撮っておいてよかったよ! 高田先輩、よろこんでくれるといいなぁ」
「よかったね! 高田先輩は、絶対によろこんでくれるよ! 私も、伊吹先輩の連絡先を知ってれば、生チョコ画像送れたんだけどな」
「そうだよね……。……あ!! もう既読がついた!」
「早いね!」
私の言葉が終わる前に、さっこのスマホがピコン!と鳴った。
すごい! もう返事がきたみたい!
「さくら! 高田先輩、すごくよろこんでくれてる!」
「わ~~~! よかったね!!」
私までうれしくなるよ!
しかも、それだけじゃ終わらなかったんだ。
さっこが、スマホの画面を見て「えっ!?」と声を上げた。
「さっこ? どうしたの?」
「『最恐(さいきょう)ホラー映画のチケットがあるんだけど、どう? もしよかったら、これから会って、映画を観に行く日を決めない?』……って、お返事がきた……」
さっこは信じられないものを見るような顔で、スマホの画面を見つめて固まってる。
小さくふるえているさっこの肩を、ポンポンと優しくたたいた。
「行っておいでよ、さっこ!」
「うん……うん! ごめん、さくら。私、ちょっと行ってくるよ」
「いってらっしゃい。よかったね!」
「ありがとう!!」
うれしさのあまり、目に涙をためて駆けだしたさっこに手を振る。
ふたりの秘密の待ち合わせ場所、『いつもの公園』で、高田先輩が待ってるのかな。
「さっこ、よかったね」
自分のことのようにうれしいよ。
階段を駆け下りる元気な後ろ姿を見送って、カバンを持ち直した。
「さて、私も、帰ろうかな」
窓を見上げると、そこには、高等部の時計塔がそびえたっていた。
黒羽高校は、中等部のとなりの敷地にある。
行こうと思えば、行けない距離じゃない。
伊吹先輩が高等部に行ってしまったら、バレンタインチョコなんて渡せないって思っていたけれど。
やってみる前からあきらめるなんて、私らしくないよね。
来年は、この距離を、きっと飛び越えてみせる!
そんな勇気さえわいているんだ。
それはきっと、さっこのおかげ。
ぜんぜん悲しくないし、心がぽかぽかにあったかくなってる。
どうか、さっこは高田先輩といっしょに、楽しくて幸せな時間をすごせますように。
そう願いながら、ろうかを歩きだす。
そのとき――……。
すぐ横の教室の扉が、少しだけ開いた。
「あ……」
「えっ」
大好きな、低めの声がかすかに聞こえた。
扉から顔をのぞかせていたのは、伊吹先輩だった……!
バレンタインは、もう終わり……そう思っていたのに、まさか、伊吹先輩とばったり会ってしまうなんて!?
でも、この伊吹先輩との出会いが、さくらの『バレンタインデー』の本当の始まりで……?
ぜったいキュン!なこのシーンのつづきは、2月9日発売の『君のとなりで。』7巻でたしかめてね!
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