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「1%」「スキ・キライ相関図」で大人気!
このはなさくらさんの新シリーズ『海斗くんと、この家で。』を一足早く公開中!
『海斗くんと、この家で。 ①初恋はひとつ屋根の下』は、2022年2月9日発売予定です!
人生にこんなビックリなことが起こるとは、夢にも思っていなかった。
わたしが恋をするなんて。
そのひとは、学校中が夢中になっちゃうほどカッコいい。
ちょっぴり意地悪でガンコなとこがあるけど、ホントはとってもやさしいんだ。
そして、同じ家でいっしょに暮らしているの。
どうしてかっていうと、きょうだいだから。
そう、わたしの好きなひとは『ぜったい好きになっちゃダメなひと』なんだ……!
もしよかったら。
だれにも言えない、ヒミツの恋のお話、聞いてくれる?
1 人魚じゃなくて王子さま
青い空。
まぶしい太陽。キラキラ光る水面。
それから、うきわでプカプカ浮いているだけの、わたし、小倉詩衣(おぐら しい)――。
あーあ、夏休み、あと二週間かあ。思ったより、短いなあ。
ユーウツな気分で、空を見あげているときだった。ザブンと水音がたって、横からぬっと手がでてきた。
「しーい!」
「わわっ!?」
浮かせていた両足を下げて、あわてて立つ。ふうー、ビックリした!
そこにいたのは、わたしのイチバンの親友、中嶋和花(なかじま わか)。
「詩衣、もう泳がないの? せっかく来たのにもったいないよ」
と、大きな目をパチパチしばたたかせている。
ドキッ。
「え、ええっと! つかれたから、ひと休みしてるとこ……!」
わたしは指をもじもじしながら答えた。
今日は、和花のお父さんに、市営のレジャープールに連れてきてもらっているんだ。
でも、わたし、五年生になっても十五メートル泳ぐのがやっと。
少しでも長く泳げるようになりたいキモチはあるのだけど、つい休憩を多めにとっちゃう。
「ねえ、泳ぎの上手なひとを見つけて、そのひとのマネしてみたら? あたし、うきわ持っててあげるよ!」
和花のアイディアに心が動いた。
「うん、やってみる。だれか、いいひといないかな」
さっそく、まわりをきょろきょろしてみると……いた!
プールの真ん中をスイスイと泳いでいる、ひとりの男子を発見。彼は長い手足をなめらかに動かして、ゆったり前に進んでいる。
うわあ、人魚みたい……。
ポーッと見とれてしまった。
でも、ここからじゃ細かい動きが見えにくい。
「もっと近くで見てくる!」
ジャブジャブ水をかきわけていったら。
「詩衣、待って! そっちは……!」
うしろから和花がさけんだ。
ふり返ろうとしてギクッとした。
いつのまにかアゴの下、ギリギリのところまで水がきている。
そうだ、このプール、真ん中は深くなっているんだった……!!
わたしの身長じゃ、足が届かない。
ヤバいっ! おっ、泳がなくちゃ!
あわてて水をかいたのだけど、かくたびに鼻や口から水が入ってきて大洪水!
こんなんじゃ息ができない……!
もがけばもがくほど、どんどん苦しくなっていって、意識がボーッとしてきた。
ポコポコと空気の泡が、いくつもあがっていくのが見えた。
まわりの景色がゆらゆらと波打っている。
あ、あー、わたし、死んじゃうのかなあ。
水のなかでボンヤリ思った、ちょうどそのとき、ガッとうでをつかまれた。
うしろから強い力でひっぱられていく。
あ、れ……?
わたし、泳いでる……?
*
「おい、生きてるか!?」の声で目をうすくあけると。
鼻と鼻がくっつきそうな距離に、男の子の顔が!
ええっ、だれ!?
ゴホゴホとセキがでる。く、苦しい!
「だいじょうぶだ。水、あまり飲んでない。落ち着いて大きく息を吸うんだ」
彼に言われたとおり、ゆっくり深呼吸をする。すると、呼吸をするのが楽になって、自分の身に何が起きているのか、だんだんわかってきた。
わたしはプールサイドに寝かされ、見知らぬ男子に介抱されていた。そして、わたしたちを囲むように、そのまわりにもひとがいる。みんな心配そうにこちらをのぞきこんでいる。
「あ……」
もう少しで、死んじゃうところだったんだ……。閉じていた回路が急に通じたみたい。恐怖と寒さにおそわれて、全身がガタガタふるえだす。
そうだ! 和花は? どこにいるんだろう。
「す、すみません!」
焦ってからだを起こすと、頭がふらついた。思わず、「うっ」と頭を手で支える。
「急に動いちゃダメだ。休まなきゃ」
ふわり、やわらかなものが肩にかけられた。
気づくと、男の子が、わたしのからだをバスタオルでくるんでいた。
息がかかりそうなほど近くで見た彼の瞳(ひとみ)は、ハッとするほどキレイ……。
なめらかな額(ひたい)、くっきりとした鼻筋。浅黒い肌に、スラリとのびた長い手足。
「!」
あらためて彼を見たとたん、胸の奥がキュッとなった。
このひと、さっき見てた泳ぎの上手な男の子だ。
そのときは人魚みたいって思ったけれど、人魚じゃなかった。
お、王子さまだ……!
じわじわ恥ずかしさがこみあげてきた。
ひええ、どうしよう。どうしよう!
彼に助けてもらっちゃったんだ!
心臓までドキドキいっている。
ここは水のなかじゃないのに、呼吸ができなくて。
おおぜいのひとに見られているのも恥ずかしくて。
プツン!
頭のなかで何かが切れる音がした。
「だ、」
「だいじょうぶですから~~~~!」
そこにいあわせたひとたちは、みんな、あぜんとしていた。
もちろん、助けてくれた男の子も……。
あわわ!
わたし、なんて大声っ!
「詩衣、だいじょうぶ!?」
和花の真っ青な顔が、わたしの視界にあらわれる。
「お騒がせしましたー!!」
わたしは、和花の手をつかんで、ビューン! といちもくさんにその場を逃げだした。
*
「うう、ゴメンね。せっかく連れてってくれたのに、だいなしにしちゃって……」
「気にしないでいいって。詩衣、次でおりるよ」
和花が手をのばして、窓の横にあるブザーを押す。
わたしたちが乗ったバスは、やがて停留所でとまった。
「明日は登校日だね」
「また学校でね。おじさん、今日はありがとうございました」
二人とわかれ、家に向かってトボトボ歩いていった。
アパートに着いた。カギを差しこんで、くるっとまわし、「ただいまー」とドアをあける。
けれど、だれかが待っているわけじゃない。わたしはお母さんと二人暮らし。
お母さんは、自転車で十分行ったところのスーパーで働いている。
お父さんは――知らない。顔も名前もわからないんだ。
きょうだいもいない、ひとりっ子。
だからってわけじゃないけど。
静かな部屋に帰ってきたら、また、プールでのことを思いだしちゃった。
「きゃー、やめてー!」ってさけびながら、床を転げまわりたくなっちゃう。
もーう、スッキリ忘れたいよー!
こんなキモチになったときは……。
水着バッグをちゃぶ台に置いたまま、押し入れの前に直行した。ふすまをあけ、なかからプラスチック製のピンク色の箱をとりだす。
これは、わたし専用のソーイング・ボックス(おさいほう箱)。だいじなたからものなんだ。
収納ケースから使い古したタオルを一枚ひっぱりだして、ぬいものを始めた。
こうしてチクチクぬっていると、キモチが落ち着いていく。
頭のなかが空っぽになる。
針を動かしているあいだは、何もかも忘れられる――。
「ようし、できた!」
ぞうきんの完成だ。うふふ、うまくできた!
でも……。
チラッと横目で見ると、部屋のすみにぞうきんが山のように積まれていた。全部、わたしが作ったものだ。だいぶたまってきたなあ。そろそろなんとかしないと。
ふいに、あの男の子の顔が浮かんで、盛大にため息をついてしまった。
あのひとにも、わるいことしちゃった。
「ごめんね」ってあやまりたくても、二度と会うことはないだろうなあ。
持って帰ってきてしまったバスタオル、どうしよう。交番に届けたほうがいいかな。
それよりも「だいじょうぶですから~~~~!」のほうが、ぜったいマズイよね。
はあー、やだやだ! 忘れちゃいたいのに、また思いだしちゃってる!
「気にしない気にしない、ケセラセラ、ケセラセラ、きっとだいじょうぶ!」
と、くり返しブツブツ唱えた。
この「ケセラセラ」とは、小さいとき、だれかが教えてくれた言葉。
日本語では「なるようになる」「肩の力を抜いて、前向きにいこうよ」って意味なの。
落ちこんだり、不安でいっぱいになったとき、おまじないみたいにいつも唱えているんだ。
でも、だれに教えてもらったのか、わたし、ぜんぜん覚えていないんだよね。お母さんでもないらしい。
どうして覚えてないんだろう。不思議だなあ。
教えてくれたひとがだれか、いつか、わかるといいんだけど……。
――このときのわたしは、まだ知らなかった。
王子さまみたいな彼と、再会することになるなんて。
<第2回へつづく>
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
『海斗くんと、この家で。』を読んだあとは…
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