お手伝いの担当決めは、マンガ家やロボット工学者講座はあっという間に埋まり、オタオタしてる間に、残り数枠。
ハチミツくん……じゃない、ミツくん……でもなくて、八上くんに、「何やりたい?」って聞いてみたら、なんでもいいそうだ。
矢神さんが来るかもしれないならと、わたしは気持ちを奮い立たせた。
「あっ、あの。ご、五組は紙漉き体験がいいですっ。……もし、他にやりたいクラスがなければ、なんですけど……」
「ほかに紙漉き体験やりたいクラス、いますかー?」
「いませ~ん」
紙漉きは準備も片づけも大変そうだから、ぶっちぎりの不人気だったらしい。
みんなから、どうぞどうぞってノリで、わたしたちの担当にしてもらえた。
桜とお手伝い係を代わってラッキーだったかもって、わたしはガゼン楽しみになってきた。
だけど、八上くんは一番大変な講座担当なんて、ほんとは嫌だったんじゃないかな。
後で謝ろうと思ってたら、彼は説明会終了と同時にいなくなっちゃった。
わたしは他のクラスの知り合いと、教室へカバンを取りにもどる。
「藤原さん、ハチミツと二人組って大変だねー。あたし、あいつと同じ美術部なんだけどね。たまに部活に来ても、ずーっと一人で動物の写真集を見ながらデッサンしてて、一言もしゃべんないよ」
「そうなんですね……。そんな感じで、寂しくないのかな」
「さぁ? だれにでもあの調子だから、ま、藤原さんも気にしないほうがいいよ」
彼女と別れて廊下を歩きながら、わたしはますます彼のことがふしぎだ。
毎日ひとりぼっちで、不安にならないのかな。わたしは休み時間、ちょっとでも一人でぽつんとする時があったら、他の人の視線が気になっちゃう。
彼はそういうのも、どうでもいいって思えるのかな。
強い人だなぁ……。
「あっ、りんねおかえり~っ」
教室に入ると、いつもの三人が集まって、おしゃべりしてた。
「待っててくれたの?」
「りんねちゃんに押しつけたくせに、先に帰れないよ。ありがとねぇ。ハチミツくん、大丈夫だった?」
桜が駆け寄ってくる。
「もうさぁ、りんねは優しすぎだから。嫌だったら我慢しないで、桜にやらせりゃいいんだからね~?」
「う、うん、でもホントに大丈夫だよ。たぶん」
桜の役に立てたなら、こうして三人の中にいる自分に、ちょっとだけ自信が持てる気がする。けど、わたしの中途半端な返事に、三人は顔を見合わせた。
わたしはアキのヒザに座らされ、またつむじをアゴでぐりぐり。
「それで、ハチミツはどんなだった?」
「ええと……」
こういう時、パッと言葉が出てきたらいいのにな。あの黒い煙を出しちゃわないかなとか、変なコトを言って笑われないかなとか考えるせいで、会話のテンポが遅れちゃう。
でも初等部からのつきあいの三人は慣れてるから、わたしがしゃべり出すのを待ってくれる。
わたしは八上くんの話をするよりも──と決めて、もらったばかりのプリントを出してみせた。
「あのね、すごいんだよっ。矢神センパイが、講師で来るかもしれない」
「えっ!? 『中等部の姫と王子』の、王子さまの!?」
わたしたちが初等部の頃、この中等部には「姫と王子」って呼ばれる伝説的カップルがいた。
姫のほうは、元・書道部の部長で、文化祭パフォーマンスの発起人。
王子のほうが、樹ちゃんのお兄さんの「矢神センパイ」。矢神さんちは五人兄弟で、そのセンパイは三番目。樹ちゃんは一番下の双子なんだ。
初等部でも書道部だったわたしたちは、合同練習で、中等部の「姫と王子」にいっぱいお世話になった。
大好きな二人の事を考えるだけで、わたしの胸はパァッと華やぐ。アキたちも、八上くんのことは一瞬で頭から消えたみたい。桜なんてプリントに飛びついてきた。
「これっ? この紙漉き体験? りんねちゃん、ここの担当になったのぉ?」
「うん、なれたっ。不人気で、最後のほうまで残ってたんだよ」
「これはたぶん、先生がわざと講師の名前をのせなかったんだなーっ。講座が争奪戦になっちゃうもん。おととし、『姫』が来てくれたときも大変だったらしいもんね」
「覚えてる。書道部のセンパイですら、倍率が高すぎてハズれたって言ってた」
アキと玲連もうなずきあう。
わたしは改めてプリントに目を落とし、ごくりと喉を鳴らした。
「じゃあわたしも、矢神センパイが来るかもしれないの、黙ってたほうがいいかなぁ」
「絶対に黙っときな。係まで交代するって言い出すコが出てくるよ。『王子』が書道の職人さんになったなんて知ってるのは、うちら、初等部からの書道部メンバーだけでしょ?」
「だ・け・どぉっ。もちろん、桜たちは紙漉き体験に申しこんじゃうよねぇ♡」
桜がほっぺたをピンクに染めて、うふ~っと笑う。
「でも、桜は大丈夫? ハチミツくんもお手伝い係だから、同じ教室だよ」
いちおう心配したわたしに、桜はひらひら手を振る。
「それはそれ、これはこれ! 王子さまに会えるかもしれないなら、そっち優先だよぉっ」
わたしたちは顔を寄せ、「じゃあ当日まで秘密だね」って、シーッと人差し指を立てた。
くすくす笑い合ってたら、
カシャッ。
シャッターの音が響いた。
玲連が、こっちにスマホを向けてる。
「ど、どうしたの? 急に」
「なんだ、なんにも写ってない」
玲連が画面を確かめて、眉間にシワを寄せた。
アキは玲連のスマホを取り上げて、首をかしげる。
「ふつうに撮れてるじゃん」
薄暗い教室の中だけど、わたしたち三人が笑ってる姿が、ちゃんと画面に表示されてる。
「ふつうじゃダメなんだ。これ、『未来さん、いらっしゃい』っていう占いアプリなの。予言者『未来さん』を呼び出して、未来の恋人を教えてもらうヤツでね。写真に、その相手が写り込むんだって」
「「「ええ?」」」
わたしたちは顔を見合わせる。
「おもしろそぉっ。それ、さっきインストールしてたやつでしょ?」
「予言者を呼び出すって、……ちょっと、コックリさんみたい? 大丈夫なのかな」
桜は興味しんしん、わたしは及び腰で画面を覗きこむ。
玲連が占いアプリでわたしたちを占ってくれるのは、よくある事なんだ。でも、わたしは霊感系の話は避けたいから、その度にひやりとする。
……だって、わたしがみんなの目には映らないものが見えてるのが、バレちゃうかもしれないから。
「玲連ったら、また怪しいアプリ使ってさぁ。課金してないでしょーね」
アキはスマホアプリの評判を調べて、「あれっ」とつぶやいた。
「『写った』ってレビューがついてる」
「ほんとだ」
わたしはアキの指がスライドする画面を、目で追いかける。ダメだったってコメントに交じって、
──やった、写った! ほんとになったらいいな~。
──変なおじさんが写ってんだけど(笑)。未来さん、カンベンしてぇー!
って、たしかにちらほらと成功例が載ってる。
ほんとに未来の恋人が写ったら……、スゴイよね?
「もう一度やってみよう。未来さん、未来さん、桜の、未来の恋人を写してくださーい」
「お願いしまぁす!」
玲連はヤル気も新たに、桜にスマホを向ける。桜も気合いに満ちた顔で、気をつけの姿勢。
……ところが、というか、やっぱりというか。何回撮っても、全部カラぶり。
教室の時計を見たら、もう四時半を回ってる。
あきらめて帰る? って言おうとしたら、玲連がスマホを差し出してきた。
「──りんね、自撮りしてみて。撮れる可能性が一番高そう」
「わたし?」
反射的に受け取ってから、自分を指さす。玲連は真剣にうなずいた。
「だって、りんねって霊感ありそうじゃん。前はよく、だれもいないトコをじっと見てたり、黒い煙が出てるとか言ってなかった?」
わたしは全身が凍りついた。
「あーっ、それ、懐かし~っ。でっかいカラスが友達だとか、お兄ちゃんがいたとかさ。なんかそんな話してたよね」
「りんねちゃんのとこは、弟のちぃくんだけなのにねぇ」
アキと桜も話に乗ってくる。わたしは笑みを貼りつけたまま、動けなくなっちゃう。
みんなまだ、しっかり覚えてたんだ……っ。
初等部二年の頃、わたしがウソをついてる、ついてないって話でケンカ……というか、イジられた時期があった。〝フシギちゃん〟のアダ名をつけられた時の話だ。
悪口を言うと出てくる、黒い煙。おしゃべりできる大ガラスの友達。
──それから、〝ちーちゃん〟って呼んでた、わたしの……お兄ちゃん。
みんなにとっては、あるはずのない、いるはずのない存在だから、ウソだって責められても、証明できないまま。そしてわたしは、彼らの話をするのをやめた。
だからもうみんな、とっくに忘れてくれてると思ってたのに。
三人はその頃の話で盛り上がり始めた。
わたしは全身に冷や汗をにじませて、アキたちを見回す。
急に、透明な膜を一枚隔てたみたいに視界がぼんやりして、彼女たちが、その頃の怖かった三人に見えてくる。
ゴクリと喉が鳴る。足が一歩下がる。
「今考えたらさ、りんねは霊感があって、ふつうは見えないモノが見えてたのかもしれないよ。この『未来さん』も、心霊写真みたいなモノだし。だから、りんねの自撮りが一番成功しそうだなって」
玲連は確かめるように、わたしをじっと見つめてくる。
今すぐに、「その話、ウソだったんだぁ」とか、「なにそれ、もう覚えてないよ」とか、軽く笑っちゃえばいい。そしたら、すぐにこの話は終わる。
黙ってる時間が長いほど、不自然になるよ。ウソをついたって、三人には黒い煙は見えないんだから、バレやしない。今だ、言っちゃえ。また〝フシギちゃん〟にされたくないもの。
……なのに、考えた言葉は、胸でせき止められたまま。
ちーちゃんが頭をなでてくれる大きな手のひらの感触が、カラスさんのふわふわの胸に飛び込んだときのぬくもりが、わたしの喉を細くする。
「──ま、まさか。わたし、霊感なんて全然ないよ。血みどろの幽霊とか、見た事ないもん」
結局、わたしはウソにならないギリギリラインの答えを返した。
これは本当だ。みんなが動物だと思ってる、だけど絶対に動物じゃないものは、たまに見かけるし、「あ、ちがうヤツだ」って分かっちゃうけど。
玲連が好きな、オカルト動画に出てくるような、おどろおどろしいのは見たことない。
わたしは三人の反応をそっとうかがう。声が震えて、不自然に聞こえなかったかな。
「まぁ、そりゃそうだよねぇ。じゃ、あの見えてる風の発言は、りんねの黒歴史ってやつだ」
最初にアキが笑ってくれた。桜と玲連も「だよね」って続けて笑う。
わたしはホッとすると同時に、……「黒歴史じゃないもん」って、心の中でつぶやく。
自分で話題を避けたくせに、わたしの大事な人たちの存在を、みんなの言葉でぬり消されそうになった気がして、胸がズキッとした。
「でも、試してみてよ。写ったらラッキーくらいで」
「うん……、同じだと思うけどなぁ?」
自撮りしたことないわたしは、玲連にシャッターボタンの場所まで教えてもらって、ぎこちなく自分にスマホを向ける。
「「「未来さん、未来さん、りんねの未来の恋人を写してくださーい」」」
三人が声をそろえる。わたしはボタンを押して、カシャッと音を鳴らす。
「りんねちゃん、きっと〝樹ちゃん〟が写ってるよぉっ」
「そ、そんなはずないよ」
画面には、一生懸命すぎてビミョーな笑顔のわたし。背景は教室の後ろの戸口だ。
その背景に──、
「これ……!」
わたしは思わず声を上げた。ぼんやり、人の横顔が写り込んでる!?
玲連にバッとスマホを取り上げられた。
わたしがへたくそなせいでピントが合ってないけど、彼女が写真を拡大していくと……、ほんとに、男子らしき人影が!
「えーっ、ウソ! りんねスゴイじゃん、ほんとに写ってる!」
驚くアキのとなりで、体が冷たくなった。
どうしよう。ふつうじゃないのが、こんな風にバレちゃうなんて、思ってなかった。
頭の中をいろんな言い訳が駆け巡る。
「あれ? これ、たぶんハチミツくんだよっ? ほら、おでこが出てる」
桜が大きな声を出した。
ほんとだとつぶやいた玲連に、アキが悲鳴を上げる。
「ヤダッ、りんねの未来の恋人が、あいつってこと!? なにそれ許さないっ」
「え? えっ?」
わたしはまさかの展開に、まぬけな声しか出てこない。
「──『え?』じゃねぇよ。勝手に人を巻きこむな」
背後に、剣呑な声が響いた。
振り向くと、教室の後ろのほうを八上くんが歩いていく。四人で騒いでたから、彼が入って来てた事に気づかなかったんだ……っ。
あ。じゃあこの写真って、ちょうど教室に入ってきた彼が、わたしが写真を撮ったタイミングで背景に写り込んじゃったのかな。
八上くんとスマホを見比べてから、わたしは青くなった。
わたしたちの今さっきの会話も、全部聞かれちゃった? 説明会の時に「好きじゃない」って否定したばっかりなのに、ま、また変に誤解される。
「ごめんっ。今ね、占いアプリで未来の恋人を写してもらう──っていうのをやってて。偶然八上くんがそこに写っちゃっただけなんです。ね、みんな」
あわてて同意を求めたわたしに、三人も急いでうなずいてくれる。
「くっだらね」
八上くんは吐き捨てて、机の荷物をカバンにつめ始める。「これ以上話しかけるな」オーラに、わたしたちもシンとなった。
「──あれっ。サヨナラできない」
玲連がスマホを連打する。画面には、「未来さんとサヨナラ」っていうボタン。玲連がそれを何度タップしても、無反応だ。
「未来さん、帰ってくんないの?」
アキがボタンを押してみてもダメ。アプリを強制終了しても、すぐにこの画面が出てくる。
すると唐突に、画面が暗転した。
勝手に電源が落ちた。……って、そんな事、ある?
真っ黒になった液晶に、覗き込むわたしたちの顔が映る。
玲連がスマホを持つ手を震わせた。
「わ、わたしさ、コックリさんが帰ってくれなくて、とり憑かれたコたちが大変なことに……とかいう動画、観た事ある。順番に病気になったり、事故にあったり……って」
「それマジで? これもそういう系? ヤバいじゃん、どうすんの。玲連がまた変なアプリ使うからぁ」
「そんな。アキだってノリノリだった」
空気が不穏になっていく。
「ヤダァ、桜たち、未来さんにとり憑かれちゃったの? ホントやめてよぉ~っ」
「は? 嫌なら嫌って言えばよかったでしょ。わたしのせいばっかりにしないでよ」
不安に駆られた三人の口から、黒い煙が出始めた。これ、いったん出始めると、ますます悪い言葉を誘い出して、相乗効果でどんどん濃くなっていくんだ。
そして──、そのうち煙に惹かれて、「未来さん」より、……もっと悪いものが寄ってくる。
「ね、ねぇ、スマホを立ち上げ直してみよう? ただ調子が悪かっただけかも」
わたしは煙にムセそうになるのを我慢しながら、顔に笑みを貼り付ける。
すると、ゲホッとだれか──、八上くんがセキをした。
今、黒い煙にムセた? 勢いよく振り向いたせいで、また目が合っちゃった。
「わざわざくっだらねぇことして、くだらねぇことでケンカして、バカじゃねぇの」
「ごめんなさい……」
わたし、体験会の説明会から、八上くんに変にからんじゃってばかりだ。
うなだれると、彼はチッと舌を鳴らした。
「……オレ、クラスで一番、藤原がムカつく」
「ハ、ハァッ? 八上、うちらの天使に向かって、なに言ってくれてんのっ?」
アキがつかみかかろうとしたのを、わたしはあわてて腕に抱きついて止めた。戸口で振り向いた八上くんは、冷えきった目をしてる。
「藤原が〝天使〟? だれも本気でそんなこと思ってないくせに、よく言うよな」
彼は言い捨てて、教室を出て行っちゃった。
「ちょっと待ちなよ! なに、今のセリフ!?」
「アキッ。わたし、気にしてないっ」
「でも、りんねちゃんはなんにもしてないのにさぁ! あんな言い方はないよねぇっ」
「なんなんだ、あいつ。珍しくたくさんしゃべったと思ったら」
桜と玲連も怒りが収まらないって顔だ。
玲連のスマホが、再起動完了の音を鳴らした。スマホは問題なく動いて、やっぱり「未来さん」が居座っちゃったワケじゃないみたい。
アキが廊下に出たら、八上くんはもう見当たらなかった。
人にムカつくなんて言われちゃったのは、やっぱりショックだ。
……でも、言われるまでもなく、わたしは自分を、いい意味の〝天使〟だなんて思ったことない。だからそこは、本当にそうだよねって。
それよりも八上くん、今、黒い煙にムセてた? 説明会でも、わたしの口もとあたりを見て、「ウソじゃないんだ」って言ってた。
あれは──、口から黒い煙が出てないか、確認してた? なら、あの人も「見える」人?
わたしの考えすぎ……なのかな。
第2回へつづく(12月12日公開予定)
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