
お休みの日に、みんなで楽しく遊園地へ! 苦手だけど、がんばってジェットコースターに乗っていた三風は乗り物酔いでヘロヘロに……。休憩している三風へ「にとちゃん!」話しかけてきた、小さな男の子。この子、もしかして、二鳥ちゃんの弟!? とんでもない事態のいっぽうで、別行動していた一花チームは……?
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11 うちの過去
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うちが池谷(いけや)家の養子になったのは、四歳のとき。
自分がお母ちゃんとお父ちゃんのほんまの子どもやないっていうことは、初めからわかってた。
でも、お母ちゃんもお父ちゃんも、ほんまにうちのこと、大事にしてくれた。
本当の娘みたいに、うんとかわいがってくれた。
これは本当の本当。
参観日には、必ず学校に来て、発表したらほめてくれたし。
運動会では、こっちがはずかしゅうなるくらい応援してくれたし。
海に連れていってくれたこともあったし、星を見に連れていってくれたこともあった。
いっぺん、小学一年生くらいのときやったかな。
うち、言うたことあるねん。
「うちを産んだお母さんが、『二鳥は私の子よ。二鳥を返して!』って、家にやってきたらどうする?」
って。
そしたらお母ちゃん、泣きそうな顔になって、お父ちゃんは、けわしい目になって。
二人はうちに、言うてくれた。
「二鳥は何があっても私らの子や! 絶対だれにもわたさへん」
うち、それを聞いたらうれしくて。
お母ちゃんがうちのお母ちゃんになってくれてよかった。
お父ちゃんがうちのお父ちゃんになってくれてよかった。
って、ほんまに心からそう思ったの。
あのとき、お父ちゃん、
「俺が家族を守るで! 悪いヤツが来ても大丈夫や」
って、なぜか急に筋トレしだしてさ。
あ、『俺が家族を守る』っていうのは、お父ちゃんの口グセな。
お父ちゃん、面白くて、たのもしい人やったけど……ちょっと考え方が乱暴っていうか。
『白か黒か』『敵か味方か』『100か0か』みたいな、極端な人やったなあ。
お酒飲みながら、テレビのニュース見てたとき、
「犯罪者なんか全員死刑にすればええんや」
とか、まじめな顔で言いだすんやもん。
お母ちゃん?
お母ちゃんはなぁ……。
優しくて、かわいらしい人やったけど……ちょっと子どもっぽいとこあったかな。
あと、ほんまに、めっちゃ心配性やったなぁ。
いっつも、遮断機の十メートルくらい手前で立ちどまって、踏み切り待ちしててんもん。
うちの手をぎゅっとにぎって、
「万が一のことがあったら……万が一のことがあったら……大変やろ」
ってつぶやいて。
せやな、お母ちゃんの口グセは、『万が一のことがあったら……』や。
って、話どっか行ってしもたな。
えーっと……。
うちが小学三年生のとき。
お母ちゃんのおなかに、赤ちゃんがいることがわかった。
お母ちゃん、元々体が弱くて、『赤ちゃんはあきらめてください』って、お医者さんに言われてたらしいんやけど。
ふしぎなもんで、とにかく子どもが生まれてん。
それがあゆむ。
うちは自分に弟ができるやなんて思ってもみなかったから、めちゃくちゃうれしかった。
でも、お母ちゃんはそれまで以上に、不安そうな顔してることが多くなったな。
赤ちゃんって、ちょっとしたことで死んでしまいそうなくらい弱々しいやん。
夜も泣いたりするし、少し目を離したら、危ないことするかもしれへんし。
だから心配やったんやと思う。
お父ちゃんは、ちょうど仕事がいそがしくなって、家に帰るのもおそくなって、イライラしてるみたいやった。
そのころ、家事を手伝うために、母方のおばあちゃんが、よう家に来てくれててんけど。
おばあちゃん、たぶん、うちのこと、よく思ってなかったんやと思う。
「二鳥ちゃん、お手伝いせんでええから、お外で遊んできい」
って言ったり、
「二鳥ちゃんはお外で遊んだから、手や体に見えないよごれがついてるやろ? あゆむくんをさわったらあかんよ」
って言ったり。
なんとなく、うちを、あゆむやお母ちゃんから遠ざけようとしてるみたいやった。
たまに家にやってくる、母方のおじいちゃんも、うちのことは知らんぷりみたいな感じで。
家の中は、ちょっとずつ、ちょっとずつ……イヤな空気になっていった。
それはそうと、知ってる?
赤ちゃんって、すごい速さで大きくなるねん。
一歳くらいになると歩きだすし、二歳くらいになると、お話できるようになるんやで。
まあ、あゆむが成長しても、お母ちゃんもお父ちゃんも、おばあちゃんもおじいちゃんも、相変わらずって感じやったけど……。
……それで……。
事件が起こってん。
あの日は、ちょうど秋から冬に変わろうとしていたころ。
うちは小学五年生で、あゆむは二歳くらいやったかな。
うち、お母ちゃんがあゆむの子育てでつかれてんの、もちろん知ってたから、
「今日はうちがあゆむの面倒見るわ! お母ちゃんは休んどって」
って言うて、あゆむを連れて、二人でマンションの敷地にある公園に遊びに行ってん。
……そしたら、あゆむ、ちょっと目を離したスキに、転んでもうて。
転んだとこに、ちょうど大きい石があったみたいで、おでこを切って。
血が流れでて……ううっ、あんまり思いだしたくないわ。
うちはものすごくびっくりして、あれ以来、血を見るのが苦手になってしまった。
とにかく、すぐお母ちゃんに言うて、大あわてであゆむを病院に連れていってもらって。
あゆむはおでこを二針ぬって、『ほかはなんともありません』って、お医者さんは言わはった。
うちはずっと泣きどおしで、お母ちゃんとお父ちゃんにあやまった。
「うちのせいでっ……うちがちゃんと見てなかったせいでっ……ごめんなさい……!」
お母ちゃんもお父ちゃんも。
おくれて病院に来た、おばあちゃんもおじいちゃんも。
うちには、何も言わへんかった。
けど、あの日から、何かが変わってしまった。
うちの居場所が消えてしまった。
うちは前よりもっと、あゆむに近づくことを禁じられた。
たぶん、お母ちゃんもお父ちゃんも、
『二鳥はしっかりしてないから、あゆむを任せられへんわ』
って思って、がっかりしたんやろうな。
だからって、あゆむと話すことまで禁止するなんて、ちょっとヘンやと思った。
でも何も言えへんかった。
それだけやない。
春休みから、うちは塾に行くことに決められて、『中学受験しなさい』って言われた。
うちの通ってた小学校、小中高一貫の私立やってん。
当然、付属の中学に進学するんやとばかり思ってたから、中学受験なんて寝耳に水や。
仲のいい友達とも、離ればなれになってしまうやんか。
でも何も言えへんかった。
塾に通うと、家に帰るのはいつも夜おそくになってしまう。
食事を一人でとることが増えていった。
でも何も言えへんかった。
……なんで、何も言えへんかったかって?
こわかったからや。
うすうす思っててん。
『うちは、お母ちゃんとお父ちゃんにさけられてるんやろか? きらわれてるんとちゃうか?』
って。
今思えば、もうまぎれもなく、さけられてたし、きらわれてたんやってわかるけどさ。
そのときのうちは、必死でこう信じようとしてたわけ。
(さけられてるなんて、きらわれてるやなんて、そんなこと、あるわけない)
(あゆむに近づいたらあかんって言われんのはしゃあない。うちかて目を離して悪かったし)
(中学受験は、お母ちゃんとお父ちゃんが、うちの将来のことを考えてくれたからや)
でも、もし本当に、さけられてて、きらわれてるんやとしたら。
そんな事実、つきつけられてしまったら……うちはどないしたらええの。
(さけられてるなんて、きらわれてるやなんて、絶対ありえへん! お母ちゃんもお父ちゃんも、『二鳥は何があっても私らの子や』って、言うてくれたことあるやないの)
そう、毎日自分に言いきかせて……。
あのころのうちは、一人になると、決まって耳にイヤホンをつけて、スワロウテイルの歌ばっかり聞いてたっけ。
それから、うちのほんまのお母さんが残したっていう、赤いハート形のペンダント。
あれを、お守りみたいにいつも身につけて、時々ぼんやり見つめてた。
そんなうちにも希望はあった。
それは中学に合格すること!
中学に合格すれば、絶対ほめてもらえると思った。
今になって考えたら、なんでこんなふうに思いこんだんか、ようわからんけど。
でも、中学に合格さえすれば、お母ちゃんもお父ちゃんもうちを見直してくれて、あゆむと遊んだり話したりしてもよくなって、なんかすべて、うまいことなるんやないかって。
そう思って、うちは勉強をがんばった。
ついに、第一志望の中学の入試が、無事に終わって。
寒い冬の日、合格発表を一人で見に行ったうちは、一目散に家まで走って帰った。
結果は、見事、合格やったから!
「お母ちゃん、お父ちゃん、合格したで!」
さけびながら、家のリビングにかけこんだら――。
そこには、お母ちゃん、お父ちゃん、おばあちゃん、おじいちゃんの四人が、ソファーに座って、うちを待っていた。
それで……。
全然お祝いムードとかやのうて、むしろ逆で。
しんとした空気の中、お父ちゃんが言わはった。
「二鳥。お父ちゃんな、春から関東に転勤になったんや。せやから、二鳥は中学の寮に入り」
え――?
体がいっぺんに、ぞわっ、とした。
お母ちゃんとお父ちゃんとあゆむ、関東に引っこすのん?
うちの合格したんは大阪の中学で、寮があるのも、もちろん大阪や。
つまり、うちだけ、家族と離ればなれになってしまうゆうこと?
「そんなん……い、イヤや……!」
うちは、ふるえる声で、ようやっと、『イヤ』が言えた。
でもおそすぎた。
「『イヤ』やない。こっちにも都合があるんや」
おじいちゃんが、おこったような口調で言って。
「二鳥ちゃん、今まで育ててもろたんやから、素直に言うことを聞き」
おばあちゃんは、さとすような口調で言って。
お母ちゃんとお父ちゃんは、だまったまま。
うちの味方なんかしてくれへん。
イヤな予感が、いきなり現実になって。
目の前が、もののたとえとかじゃなく、ほんまに真っ暗になってしまった。
一月がすぎて、二月がすぎた。
うちは絶望しながら、それでも少しずつ、寮に持っていく荷物をまとめてた。
このまま、うちは家族と離ればなれになってしまうんやろか?
大人になったらひとりぼっちになってしまうんやろか。
うちは、産みの親から捨てられ、育ての親からも捨てられてしまうんか。
よう考えたら、急に関東に転勤になったなんて、おかしな話や。
きっと、最初から仕組まれてたことなんやろう。
中学受験は、うちを寮に放りこむのが目的やったのかもしれへん。
お母ちゃんもお父ちゃんも、なんでそんなことすんの?
二人とも……二人とも……大きらいや!
そうして、ふさぎこんでいたある日。
国の福祉省の人が、急に、ピンポーン、って家をたずねて来はって。
お母ちゃんとお父ちゃんとうちに、『中学生自立練習計画』の説明をしてくれてん。
『大人から離れて、子どもだけでくらす』
それは、うちにはすばらしいことのように思えた。
自分の都合で子どもを捨てる大人なんかきらいや! って、思ってたとこやったから。
「うち、その中学生自立練習計画に参加する!」
うちは、福祉省の人に言うた。
それから、お母ちゃんとお父ちゃんのほうを向いてさけんだ。
「うち、もう、『池谷』をやめて、『宮美』にもどる! 宮美二鳥になる!」
……正直に言うとな……。
苗字まで変わって、ほんまに家族やのうなってしまうとなると、お母ちゃんもお父ちゃんも、あせってうちを引きとめてくれるんちゃうかなって。
そんな期待も、ちょびっとはあったんや。
でも。
「私……、私、そんなん、どないしたらええか、わからへん……」
お母ちゃんは、いつもの不安そうな顔でつぶやいて。
「もしかしたら、そのほうが二鳥のためになるかもしれへんな」
お父ちゃんは、納得したような顔でうなずいて。
ああ、これで、ほんまに――。
と思ったら、それ以上、立っていられなかった。
こうして、うちは正式に、お母ちゃんとお父ちゃんの家族ではなくなった。
つまり捨てられてしまった、というわけ。
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