【チャレンジしようよ。好きなものを「好き」って言うために。】
「毎日読んでます。はげまされます」「心がふるえる」「この先どうなるのか、ぜんぜん予想できない!」と話題そうぜん。毎日セカイにたちむかってるみんなへの応援ストーリー「ふたごチャレンジ!」1巻が、期間限定で全文無料ためし読み中。
ぜひ、この機会に追いついてね!(公開期限:2026年2月28日(土)23:59まで)
【このお話は…】
「「(太陽と・凜ちゃんと)本当に友だちになりたい」」
それぞれ、同じ結論にたどりついた、あかねと、かえで。
2人でいっしょに、新しい「チャレンジ」に踏みだす。
――チャレンジしたいんだ。
好きなものを「好き」って言うために。
※これまでのお話はコチラから
19 うちらの選ぶ道
「ただいまー!」
うちはくつを脱ぐと、急いで自分たちの部屋へむかう。
ドアを開けると、宿題をしていたらしいかえでが、すぐさま手を止めてふりむいた。
「おかえり、あかね! 太陽くんのところにいったんでしょ? どうだったの?」
「うん。さすがかえで、うちのことわかってるね」
かえでは自分のことのように、不安そうな表情をうかべている。
「からかってたんじゃないって、わかってもらえた――っていうか、最初からわかってたというか」
うちは、ニッと笑った。
「ぜんぶ、話してきた。うちとかえでの、これまでのこと、ぜんぶ。それでも、変わらないって言ってくれた。やっぱり太陽は、ずっと友だちでいたいって思える、いいやつだった!」
うちが強く言いきると、かえでも、自分のことみたいに、泣きそうなうれしそうな顔になる。
「そっか、よかったね、あかね」
「うん。……それでね、かえで。うち、これから『チャレンジ』をどうするか、考えた!」
「うん、ぼくも、さっき決めたよ」
「ほんと!? じゃあ、せーので言おう。せーのっ――」
「「――とりかえっこは、もうやめる」」
「ふふ、息ピッタリだったね」
「ね! これぞ、ふたごパワー!」
「ふたごパワーって、へんなの」
うちはおなかの底から笑って、かえでは口もとに手をそえながら、肩をゆらして笑って。
大笑いしたあと、かえでは少し緊張した顔つきになる。
「あのね、『チャレンジ』は終わりにするけど……ぼく、かわいい服は、このまま着ていたいって思ってる」
「そっか、よかった!」
「え?」
うちの反応を見て、かえではおどろいたように目を見ひらく。
そんなことを言われるとは、思っていなかったみたいに。
「だってかえで、かわいい服を着てるほうが、いきいきしてるもん!」
「……! うん。ぼく、こっちのほうが、好きなんだ」
かえではスカートのすそを宝物のように広げて、にっこりとうれしそうに笑った。
ふいに、ジーンと、目頭や鼻の奥に、熱いものがこみあげてくる。
うちらの『とりかえ』は結局、1か月たらずでおしまいになるけど。
うちにとっても、かえでにとっても、チャレンジしたことは、無意味じゃなかったんだ……!
「うちもね、『とりかえ』をやめても、サッカーをつづけるよ!」
と、言ったところで、うちはピタリと口の動きを止める。
サッカークラブのことを思いうかべたとき、ひとつの問題に気づいたから。
「『とりかえ』をやめる――つまり、みんなにヒミツを話すってことは、クラブ活動が……」
「そう、ぼくも、そのことについて話したいと思ってたんだ」
緑田小学校では、今の校長先生になってから、実質的に、性別によって入れるクラブが決まっている。
うちが入りたいサッカークラブには男子が、かえでが入りたいおえかきクラブには女子が所属することになってるんだ。
「校長先生、前に話したときはやさしそうだったし、正直に相談したら、わかってくれるんじゃないかな?」
「そうだよね……あ、そうだ。会いにいく前に、校長先生についてきいてみようよ」
「だれに?」
「柴沢くん。ほら、クラブ活動のことで、校長先生からなにか言われてたでしょ?」
「あー、たしかに!」
『とりかえ』のことを明かす前に、クラブ活動について調べたほうがよさそうだ。
うちらはそう結論づけて、明日になるのを待った。
「あかね、かえ……双葉さん、なんだよ、あらたまって?」
翌日の放課後。
うちとかえでは、藤司を屋上につづくおどり場に呼びだした。
かえでが「なんとなく、柴沢くんは、あまり人にきかれたくないんじゃないか」って言うから。
藤司はというと、チラッとかえでのほうを見て、なんだかうれしそうにほおをゆるませている。
……あーもしかして、期待しちゃってる?
ごめん藤司、その期待ははずれだ……!
「あのな、藤司。クラブ活動のことで校長先生との間になにがあったのか、教えてほしいんだ」
うちの言葉に、にやけてた藤司の顔が、サッとくもる。
「……言っただろ、別になんでもないって。ていうか、なんでそんなことが知りたいんだ?」
いつも明るい藤司が、急にこんなに不機嫌そうになるなんて、おかしい。
うちに代わって、かえでが言った。
「あのね、柴沢くん。わたしたち、どのクラブに入るか、悩みはじめちゃって……」
「そうそう。性別で限定されずにクラブを選びたいよなーって思ってさ!」
藤司にも、まだうちらの『とりかえ』のことは言えない。
でも、今話した内容に、ウソはない。
うちらがかわるがわる言うと、藤司は目をふせ、ため息といっしょに声をもらす。
「――――やめとけ、どうせムダだから」
「「えっ、ムダ……?」」
そろって、こてんと首をかしげる、うちら。
藤司は、その様子がおかしかったのか、ふっと笑みをうかべたあと、口を開いた。
「あかねにも双葉さんにも、イヤな思いをしてほしくないから、話すよ。……おれさ、ホントは、サッカークラブじゃなくて、金管クラブに入りたかったんだ」
「えっ、そうなの!?」
藤司は体育の授業のとき、すごく楽しそうにサッカーをしてるし、すごくうまい。
だから、クラブも当然、サッカーが第1希望だったんだろうって、勝手に思いこんでいた。
「……でも、金管クラブって、この学校では、女子むけのクラブ活動になってたよね」
「うん。前の学校にもあったけど、たしかに楽器を使うし、女子が多かったイメージかも?」
「そうかもな。おれは、姉ちゃんが中学の吹奏楽部に入ってて、去年コンクールを見にいったんだ。そうしたら、大人数で演奏するからすげえ迫力で、でもソロで演奏する部分もあって、それが、めちゃくちゃカッコよくてさ。あこがれて、楽器を演奏してみたくて、4年になったら金管クラブに入ろうと決めてたんだけど――」
藤司は、この春、クラブ決めのときにおこった出来事について、教えてくれた。
藤司が金管クラブを第1希望にすると、左野先生に呼びだされたこと。
「女子ばかりで友だちも作りづらいだろうし、考えなおさないか」と言われたこと。
左野先生も、なんとなく、先生自身の考えというよりは、だれかに言わされているような、ぎこちない感じがしたらしい。
藤司がすぐに断ると、そこに校長先生がでてきて、「男が女子にまざって楽器なんて弾いて、どうするんだ?」とあきれたように言いはなったこと。
それでも希望を変えずに希望用紙を出すと、左野先生から「希望人数が多くて抽選をした結果、柴沢くんは落ちてしまった」と告げられたこと……。
そしてなぜか、いつも第1希望だけで定員がいっぱいになるサッカークラブに入れたこと――。
「おれはサッカークラブ、第2希望にしてたのに。きっと、抽選とか理由をつけて第1希望を落としたから、罪ほろぼしのつもりで、こっそり入れたんだろうな」
「なんだよそれ、ひどすぎ!?」
藤司がサッカークラブに入るまでに、そんな経緯があったなんて。
校長先生の対応、『あかねくん』と『かえでちゃん』と話したときとは、ぜんぜんちがうじゃん!
でも、うちはうちで――。
「オレ、藤司はずっとサッカークラブが希望なんだって、ききもせずに決めつけてた。ごめん」
「いや、いいよ。だれにも話してないおれも悪いんだし」
「ちがうよ。柴沢くんは、話してないんじゃなくて、だれにも話せなかったんでしょ」
かえでが、そっとつぶやいた。
「え……」
藤司は、おどろいた顔でかえでを見た。
あごに手をそえて、視線をゆっくりと左右に動かす。
「……たしかにそうだな。なんかおれ、『かくさなきゃ』って思ってた。女子が入るクラブに入りたがる自分のほうが、はずかしいんだって……」
「そうだよな。校長先生も左野先生も、藤司にそう思わせるような行動をしてるし……!」
それに、望んでいないのに、サッカークラブに横入りしたことにまでなってるしね。
「柴沢くんは、なにも悪くないよ」
かえでが、そうハッキリと告げると、藤司の表情がやわらぐ。
「……ありがと。やっぱり双葉さん、やさしいな」
「えっ! ううん……わ、わたしも、そういう気持ちはよくわかるから……」
うれしそうに藤司に見つめられて、かえではぎこちなく視線をそらす。
……藤司、本当にかえでのことが好きなんだなあ。
ああそうだ、あともうひとつ、きいておかなくちゃ。
「藤司。おまえはこのまま、サッカークラブでいいのか?」
「サッカークラブもさ、ふつうに楽しいよ。もしあかねが入ってくれたら、もっとハイレベルなプレイができて楽しいと思う。でも、おれは……やっぱり、金管クラブに入りたかったな」
藤司は表情を引きしめ、ぐっと右手に力をこめる。
「そっか。話してくれてありがとな」
「いいよ。おまえらもおとなしく、あかねがサッカークラブで、双葉さんがおえかきクラブにしときなよ。先生たちの機嫌をそこねたって、いいことないぜ」
藤司の言うことは、もっともだ。
『みんな』とちがうことをしたり、さからったりするしんどさは、うちらだって十分に経験してきたから。
……でも、それと同時に、強く思う。
「それでいいのかな……?」
「えっ?」
だって、この――性別で決めつけられて、自分の好きなことを選べない環境は、うちとかえでを苦しめてきたんだ。
現に藤司だって、楽器や演奏へのあこがれを、ムリやりおさえこんでいる。
そして、こんなふうにつらい思いをしてる生徒は、きっと藤司以外にもいるはずだ。
これから先も、少なくとも校長先生がほかの人に替わるまで、増えつづけることになる……?
――左野先生は、自分を納得させようとしてるみたいに、「男女で分けるようにしてから、クラブ活動でのトラブルが少なくなった」なんて言っていたけど。
実際には、目に見える問題がなくなっただけ。
おとなが、勝手に満足しているだけじゃないのかな?
そのかげで、藤司のような生徒が、ひっそりと、好きなことをあきらめてきたんだ。
「そりゃ、このままでいいわけないよ。でもだからって、おれたちにはどうにもできないだろ?」
あきらめの笑みすらうかべている藤司の言葉に、うちはドキッとする。
うちらが『チャレンジ』をしたのも、今考えれば、「自分たちにはどうにもできない」と思ったからだから。
「この状況を変えられるわけがない」って。
――家族もクラスメイトも、みんなみんな、うちらを認めてくれない。
なら、ウソをついてしまえば、好きなことができて、人にも認めてもらえる――。
方法はそれしかないんだって、うちらは思いこんでいた。
でも、どうにもならないと感じることでも、変えられるかもしれないって、今は思える。
それにね。
うちは、『とりかえ』をやめても、絶対にサッカーをしたい。
もう「女の子だから」っていう理由で、サッカーすることをあきらめたくない。
その第一歩が、サッカークラブなんだ――!
顔をあげてかえでを見ると、すぐに視線が重なった。
不安そうではあるけど、それ以上に、決意と闘志に満ちた、りりしい表情。
口に出して、たしかめずともわかる。
かえでも、うちとおんなじ気持ちだ。
「藤司。やっぱり、オレたちはあきらめない。藤司にとって、おどろくことがおきると思うけど……オレたちのこと、見まもってほしい」
「え? お、おう、わかった」
藤司は、なんのことかサッパリだろうけど、うなずいてくれた。
さあ。かえでといっしょに、作戦を立てなくちゃ。
うちらが、ありのままで楽しい学校生活を送れるように。
藤司が、みんなが、好きなクラブを選べるように。
ここからまた、うちらのチャレンジが始まるんだ!
20 「チームふたご」のチャレンジ
「えー、今日の学活の時間は、お知らせしていたように、レクリエーションです!」
お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、左野先生が開口一番にそう言った。
ざわめきたつクラスメイトの表情は、明るい。
授業を受けずにすむってだけで、ラッキーだもんね。
「それで、レクの内容なんだけど、あかねくんとかえでさんがアイデアを出してくれてね」
みんなの興味しんしんの視線が、左野先生から、うちとかえでへとうつった。
「じゃあ2人から、どんなレクをやりたいのか、みんなに説明してくれるかな?」
うちは先陣を切るように、ガタンとイスを引いて、立ちあがった。
「はいっ! ええと、ひとことで言うと、みんな、オレらと勝負しませんか?」
うちが言うと、みんなが一気にざわざわしはじめる。
「勝負? あかねとかえでちゃんと?」「ええっ、なになに?」
うん、反応は上々だ。
うちは少しほっとしてから、トンと手のひらで自分の胸をたたく。
「まず前半は、オレと校庭で、PK勝負! オレがゴールキーパーをやるから、クラスのだれか1人でも点を入れられたら、みんなの勝ち!」
かえでに視線を送ると、そっと立ちあがった。
「えっと、後半は、わたしと教室で、おえかき勝負です。先生に出してもらったお題にそって、みんなで絵を描きます。そのあと、だれの絵かわからないように黒板にはって、一番うまく描けた絵をみんなで決めるの」
「で、かえでちゃんの絵が選ばれたら、『チームふたご』の勝ちってことか」
「あかねくん、PKで1点でも入れられたら負けって、ヤバくない?」
「でも、あかねくんめちゃくちゃサッカーうまいし、ありえるかもよ!」
「かえでちゃんも、すっごくおえかき上手だしね!」
ざわつく中、左野先生がみんなによびかけた。
「もう転校してきてだいぶたつけど、2人の歓迎会がわりに、みんなどうかな?」
「いいと思いまーす!」「やろうやろう!」
その言葉があと押しとなって、クラスメイトはみんな賛成してくれた。
「それじゃあ、みんな、校庭へ出ようか」
クラスメイトはぞろぞろと席をたって、教室をあとにする。
うちは、かえでの横にならんで、廊下を歩く。
「とりあえず、第1段階はクリアだねっ」
「うん、作戦どおり。まだまだ、ここからだけど」
「あの人に認めてもらうための、準備だもんね。――じゃあかえで、たのんだよ」
「うん、まかせて」
かえでは、こくりとうなずくと、1人で、下駄箱とは反対の方向へ歩いていった。
校庭に出ると、左野先生が、サッカーボールの入ったカゴとグローブを運んできてくれていた。
「先生、ありがとうございます!」
「いえいえ。いやあ、あかねくんもかえでさんも、すっかりクラスになじんで、よかったよ」
左野先生はそう言って、おだやかにほほえむ。
転校生であるうちらのことを、ずっと気にしてくれていたんだろうな。
そんなことを考えながら、左野先生から受けとったグローブを手にはめる。
「あかね、もう始めていいのか?」
「いや、もう少しだけ待ってくれ」
そろそろ、かえでがあの人をつれてきてくれるはずだから――。
ちらりと校舎のほうを見ると、小柄で白髪まじりの男の人が、こちらへむかってきていた。
左野先生はその人に気づくと、まぶしい日差しの中で、目を見ひらく。
「えっ、校長先生!? ど、どうされたんですか?」
「あかねくんとかえでさんに、申し出をうけていたんです。――『転校生だからって、どこでも好きなクラブに入れるというのは、みんなに対してフェアじゃない。だから、校長先生に、わたしたちの入部テストをしてほしい』と」
「そ、そうだったのですね。2人の希望は、あかねくんがサッカークラブで、かえでさんがおえかきクラブでしたね」
「ええ。あかねくんもかえでさんも、誠実で、すばらしい生徒ですよ。感心しました」
校長先生は、きげんよく答えた。
「校長先生、さっそく始めても、いいですか?」
「ええ、どうぞ。しっかり見とどけますから。左野先生、実況でも入れてあげたらどうです?」
「いいですね。――――さあ、いよいよ、チームふたご VS4年1組の歓迎試合がはじまります!前半戦はあかねくんとのPK勝負……いざ、試合スタートです!!」
左野先生の実況が、ムードを盛りあげてくれる。いいぞっ!
「よーし、1人ずつ、どんどんけってくれ!」
うちはサッカーゴールの前に立ってさけぶ。
「じゃあ、おれからいくな!」
まず、名乗りをあげたのは、藤司だった。
カゴからサッカーボールを取りだすと、うちとむかいあう。
「なああかね、結局、サッカークラブにするのか?」
藤司はまわりにはきこえないよう、小声でうちに言った。
そっか、藤司にはこの前、クラブのことで相談したもんね。
「ああ。オレ――あかねは、サッカークラブがいいんだ」
「そっか、わかった。――手かげんはしないからな!」
「あたりまえだ、こいっ!」
うちがニッと笑うと、藤司はボールから数歩距離をとる。
右か、左か……さあ、藤司はどっちでくる!?
かるくステップを踏みながら、タイミングをとった藤司が蹴ったのは――。
正面……いやっ、真上! しかも、ゴールポストぎりぎり!?
「ぅりゃっ!」
うちはとびあがりながら、頭上にとんできたボールへと両手をのばす。
手のひらに当たったけれど、いきおいをころしきれず、ボールが手からはなれる。
軌道がそれたボールは、音をたてて、サッカーゴールのポストにぶつかり、外にはずれた。
うわわっ、ギリギリ!
クラスメイトからも、おおおおっと歓声があがる。
「あーっ、おしい!」
「あぶないあぶない。さあみんな、どんどんこーい!」
藤司が率先して始めてくれたおかげで、ほかの子たちも、次々にボールを蹴る。
ヒヤリとするいいシュートもあれば、大きくはずれるものまで、いろいろだ。
やっぱり、ボールを蹴りなれているのは男子が多かったけど――。
「いくね、あかねくん!」
「おう!」
クラスメイトの……沢渡さん、だったかな? 背が低くてきゃしゃな女子から、はなたれた1本。
ゆったりした助走だと思っていると、とつぜん、リズムが変わって。
テンポアップしたまま、沢渡さんは迷いなくボールを蹴った。
ひざ下の低い位置を、サッカーゴールの左はじめがけて、するどくかけぬけていく。
「えっ、うわっ!?」
ふいをつかれたうちは、とびつくようにして、ボールを全身でかかえこむ。
砂だらけの地面にたおれこみながら、どうにかキャッチすることができた。
ギャラリーから、ここ一番の歓声がわきあがる。
「あ、あかねくん、大丈夫っ!?」
うちはむくりとおきあがると、すぐさま沢渡さんのそばへ走る。
「すごいっ!?」
「えっ?」
「今のシュートだよ! マジで、点入れられたかと思った!」
「ありがとう。じつは、お兄ちゃんといっしょに、サッカーチームに入ってたんだ」
どうりで! 助走からのフェイントなんて、初心者にはできないもの。
「ボールコントロールもテクニックも、すごかったよ!」
どうやら、左野先生も他の子も、沢渡さんがサッカー経験者だったことを知らなかったらしい。
「ひさしぶりに本気を出せて、楽しかったかも。点を入れられなかったのはざんねんだけど」
ぺろっと舌を出した、沢渡さん。
もしかしたら、サッカーやめたわけじゃないのかな? なんて予感がした。
「よかったら、またオレとサッカーしてよ。沢渡さんとプレイしてみたい!」
「本当? うん、ぜひ」
うちが言うと、沢渡さんは、目を輝かせて、うなずいた。
そのあとも、うちはひたすらゴールを守りつづけた。
「PK勝負の結果、あかねくんはみごと無失点! よって、チームふたごの勝利です!!」
「さあチームふたご、前半戦を勝利で折りかえし! 引きつづき後半戦にうつります!」
左野先生のノリノリの実況に、みんなくすくす笑ってしまう。
教室にもどったみんなに、かえでが1枚ずつ、白い紙をくばった。
校長先生も、クラスメイトも、ゆかいそうだ。
「えっと、予告どおり、次はおえかき勝負をします。校長先生、お題を出してくれますか?」
「わかりました。それじゃあ、せっかくですし、お題は『左野先生』にしましょう」
「ええっ」と悲鳴のような声をあげる左野先生に、教壇の上にイスをおいて、すわってもらう。
「制限時間は10分です。よーい、スタート!」
かえでの号令に合わせて、みんないっせいに、鉛筆をにぎる。
左野先生をぐるりととりかこんだクラスメイトたちが、じいっと見つめては、手を動かし、また見つめ――と、なかなかおもしろい光景だ。
「はは、みんなに見つめられるのはいつものことだけど……これはなんだか緊張しちゃうなあ」
左野先生は気はずかしそうに笑いながら、みんなの視線を受けとめている。
ちらりとかえでの様子をうかがうと、勝負に気おうわけでもなく、楽しそうに描きすすめていた。
クラスで1番になれるかはわからないけど、いい絵ができあがるのは、まちがいないね。
「それでは、時間終了です。みなさん、紙を裏むきにして、教壇の上にのせてください」
左野先生が、それをシャッフルしてから、絵の右上に番号を書く。
そして、黒板一面に、みんなの絵をはりつけていった。
左野先生のにがお絵が、黒板いっぱいに広がって、にぎやかだ。
みんな席を立って、わらわらと黒板の前に集まる。
お題はいっしょなのに、マンガっぽい絵から、現実的なタッチの絵まで、たくさん!
こうして、ながめているだけでおもしろい。
クラスメイトも、「すげー」とか、「これだれのだ!?」とか、口々にさわいでる。
んー、かえでの絵は、多分あれだな。
かえではふだん、教室では、かわいい動物やキャラクターの絵を描いているから、みんなにはパッと見じゃわからないだろう。
ひととおり絵を見おえると、うまいのを1つ選ぶとしたらどれか、という話になる。
そしてだんだんと、この2つのうちのどちらか、という空気になった。
1つは、やわらかなタッチで、あたたかく左野先生を描いた絵。
色づかいもせんさいで、とてもこまやかだ。
もう1つは、鉛筆をななめにしてはしらせた、画家さんのようなハッキリしたタッチの絵。
色はぬられていないけど、しっかりと左野先生の特徴をとらえている。
「この2つ、めちゃくちゃうまいよな」
「うーん、どっちだろう。迷う……」
挙手で決めた結果、わずかな差で、8番の絵が選ばれた。
鉛筆だけで描かれた、ハッキリした絵がらのほうだ。
「どのにがお絵も個性があって、先生はすごくうれしかったよ。でも、これは一応、チームふたごとの勝負っていう話だったもんね。――さあ、はたして、この選ばれた絵は、かえでさんのものなのでしょうかっ!?」
「この絵は――」
みんなが、かえでの答えを、かたずをのんで待つ。
「――わたしが描いたものです」
わっ、と教室がわいた。
「ってことは、チームふたご、W勝利じゃん! すごすぎだろ」
「もう1つの絵のほうは、だれが描いたんだろう?」
「えっと、もう1つのほうは、俺だよ」
クラスがそわそわしはじめた中、男子の1人が手をあげた。
いつも外遊びをいっしょにしてるメンバーの、真壁だ。
みんなのおどろいた表情を見て、真壁はふたたび口を開く。
「俺、外で遊ぶのも好きだけど、絵を描くのも好きでさ。学校には持ってきてないけど、今は、水彩色鉛筆で描くのにハマってる。描き心地はふつうの鉛筆だけど、水をたらすと絵の具みたいになって、色が混ざりあうのがおもしろいんだ」
「へー、すごいな! そういや、おまえんち、画用紙とかマンガとか、いっぱいあったな」
「おう、姉ちゃんがマンガ好きで、最近はいっしょに描いたりしてんだ。今度きたとき見せるよ」
真壁は藤司にむかって、うれしそうにそう告げた。
パチパチパチ
手をうつ音の主は、満足そうにほほえむ、校長先生だ。
「あかねくんも、かえでさんも、おみごとでした」
「あ、ありがとうございます」
「校長先生っ、入部テストの結果は?」
「もちろん、文句なしの合格ですよ。ぜひその才能を、サッカークラブとおえかきクラブで発揮してください」
校長先生はにこやかに、うちらを見くらべて言う。
「わかりました。――校長先生、その言葉、わすれないでくださいね」
「? ええ、男に二言はないですよ」
うちが念をおすと、校長先生はこまったように笑いながらうなずいた。
よっし! 第2段階、クリア!!
かえでと計画したとおり、はっきり言葉にして言ってもらえた
よし、いくぞ。
うちは、そっとかえでと視線を合わせて、小さくうなずく。
ここからは、うちらが……みんなが、自分らしくいられるための、第一歩。
行動をおこしたら、うちらは居場所をなくすのかもしれない。
それでも、うちらは戦うって、立ちむかうって、決めたんだ。
きっと……伝わるって。だれかがわかってくれると、信じて!
うちは、まっすぐに校長先生を見すえる。
「校長先生。今、特別に、クラブの入部の枠を増やしてくれたわけですよね、本当にありがとうございます。……でもそれ、もしもオレ――あかねが女子で、かえでが男子だったとしても、校長先生は、同じ対応をしてくれましたよね?」
「………………えっ?」
おだやかに堂々としていた校長先生の顔が、ぽかんと丸くなった。
まるで、化けの皮がはがれたタヌキみたいに。
「だって、オレもかえでも入部テストを合格したわけだから、性別なんて関係ないですよね?」
「や……いやいやあかねくん。きみたちは知らなかったかもしれないが、うちの学校では、サッカークラブは男子が、おえかきクラブは女子が、所属することになっているんですよ……」
「それは、どうしてですか?」
うちに言葉をさえぎられて、校長先生のタヌキ顔が、ちょっとだけムッとなった。
「それは、サッカークラブを希望するのは男子で、おえかきクラブを希望するのは女子だから。かんたんな話ですよ」
「つまり、サッカーを好きなのは男子で、絵を描くのが好きなのは女子だってことですか?」
「ええ、そのとおり」
かえでの質問に、校長先生は大きくうなずいた。
うちが、かわって口を開く。
「でもそれ、オレたちは、ちがうと思います。『そういう子が多い』っていうだけで、みんながみんな、性別で好きなものが変わるわけじゃないですよね?」
「……わかった、わたしの説明のしかたがわかりにくかったようですね。言い方を変えましょう。好きかどうかはともかく、得意なものには、よほど特別な人以外、どうしても性差というものがあるんですよ。ほら、女子は気配りに長けて手先も器用だし、男子は筋力があり、体格にまさる。それに、クラブごとに定員は限られているからね、なるべく、得意なことをやらせて、才能を伸ばしてあげることが、その生徒のためになるというのが、校長であるわたしの考えです。――どうだろう、わかったかな?」
校長先生は笑みをうかべ、うちらをさとすように、おだやかに告げる。
……でも、胸を張って言うその目は、さっきまでとはちがう。
笑ってなんかいない。
小柄だとはいえ、うちらよりはるかに高い位置から、じいっと見おろしてくる。
『校長先生の言うことに、だまって従いなさい』――そう言わんばかりに。
うちもかえでも、思わず後ずさりしそうになる。
だけど……ここでさがっちゃだめだ!
うちは、そっとこぶしをにぎりしめる。
――そもそも、校長先生の主張は、まちがってるよ。
レクリエーションが、あらためて気づかせてくれたんだ。
「さっきのレク、見てくれていましたよね。オレも正直、手ごたえのある人は、男子が多いと感じたけど……でも、だからって、オレから得点をうばいかけたのは、男子だけじゃなかった!」
「おえかき勝負で、わたしと最後まで競ったのも、女子じゃなかったです。あくまで、このクラスでの結果だけど……でも、得意かどうかは、性別のちがいじゃなくて、その人次第のはずです!」
食いさがるうちらに対して、校長先生は、わざとらしくため息をついた。
「そりゃあ、あくまで割合的な話ですから。例外を挙げれば、キリがないですよ」
「その『割合』っていうのだって、生まれつきの性別だけがつくるものじゃないと思う……!
――男の子だから。女の子だから。男の子らしい。女の子らしいって。なにげなくかけられる言葉が、『呪い』みたいに、子どもの『得意』をうばうことだってあるんだっ……!」
うちは思わず、教室にひびくくらい、さけんでしまった。
うちはサッカーチームにいられなくなってから、ろくに練習ができなかった。
体育の授業や、遊びとしてサッカーをしている子になら負けないけど、チームで毎日練習を積んでいるような人には、もう歯がたたないだろう。
かえでは、絵を描くのが好きだけど、色はぬらない。
ずっと、ノートのすみやチラシの裏紙に、鉛筆でこっそりと描いては、消しつづけてきたから……。
「どうしたんですか、さっきからきみたちは、むきになって。冷静になって考えてごらん。元気で運動神経バツグンなあかねくんが、サッカークラブに。つつましくて絵の上手なかえでさんが、おえかきクラブに……ほら、どこにも問題はないでしょう?」
校長先生は、荒ぶった子どもに言いきかせるように、威厳のこもった声を出そうとしてる。
うちが男子であること、かえでが女子であることを、強調しながら。
「問題なら、あります。わたしたちの存在が、校長先生がまちがっていることの証なんです」
「はあ? 意味がわからんな」
「だって、オレたちは――うちらは、『とりかえ』ているから」
「『とりかえ』……?」
校長先生が、たどたどしくくり返す。
いよいよ、『あかねくん』と、おわかれのときがきた。
「かんたんな話よ。うちらは『あかねくん』と『かえでさん』じゃなくて、本当は、『あかねさん』と『かえでくん』なの!」