「なんでそうなるの? おっちょこ先生、頭大丈夫?」
あきれた声をあげるいさなに、おっちょこ先生は不思議そうに首をかしげました。
「どうしてです? 魔法を解くなんて、わくわくしませんか? 魔法を使えるってことでもあるんですよ?」
「だって、あたしに魔法なんか使えるわけないでしょ? 呪文とか知らないし」
「確かに。あなたは普通の人間だから、魔気はないですものね」
「魔気? なに、それ?」
知らない言葉に、いさなは首をかしげました。
えへんと、ハムスターはせきばらいしました。
「魔気とは、魔法の素となるエネルギーです。魔女や魔法使いは生まれながらに魔気を持っています。逆に、魔気をまったく持っていない人のことを、ただの人間と呼びます。魔法の基本第一条です」
「うへえ、なんか勉強みたいでやだなあ」
いさなは顔をしかめました。勉強のたぐいは、なんでも苦手なのです。
でも、おっちょこ先生はかまわず話し続けました。
「普通、魔気がない人間には、魔法は使えません。もちろん、魔法を解くこともできません。ということで、今回は裏技を使いましょう。魔物を捕まえて、魔気を集めるんです」
魔物と聞いて、いさなはぎょっとしました。
「ま、魔物?」
「そうです。その力を利用して、魔法鍋を動かせられれば、きっと解除用の魔法湯をこしらえられるはず」
「え、なにそれ? 魔物って、怖いやつなんじゃないの?」
「怖いといったら、怖いものですね」
おっちょこ先生はまじめにうなずきました。
「魔物というのは、汚れた魔気が形となったものです。人間に取り憑き、性格をゆがませたり、その人らしくないことをさせたりします。中にはとても凶悪なやつもいます」
「うわ、怖ぁ。……って、そんなのを捕まえるの?」
「そうです。魔物とは、魔気の塊ですからね。エネルギーとしては申し分ないでしょう」
「……もしかして、その魔物もあたしが捕まえるの?」
「ピンポーン! 大正解ですよ、松谷さん」
「……こんなにうれしくない正解は初めてだ。ていうか、冗談じゃないです!」
いさなは憤慨して言い返しました。
「そんなことしなくたって、とっとと大魔女先生に頼んで、謝って、元の姿に戻してもらえばいいだけじゃない。怒られるのがいやだなんて、おっちょこ先生、子供すぎるよ」
「なんとでも言ってください。わたしはとにかく怒られたくないんですー」
ふんと、ハムスターのおっちょこ先生は鼻を鳴らしました。
「とにかく、あなたには魔物を捕まえてもらいますよ」
「絶対やだ」
「あ、断ろうというんですね? でも、もう遅いですよ。さっき、わたしはあなたに正式に依頼したんです。名前をフルネームで呼んで、頼み事をしたでしょう? あれは魔女式の契約です」
「え?」
「もうあなたは断れないってことです。もし、わたしの言うことを聞かないなら、あなたもだんだんとハムスターに姿が変わっていくでしょうね」
にやっと笑いながら、おっちょこ先生はいさなを見つめました。
「さあ、どうするんです? これでも手を貸さないと言いますか?」
「……これって脅迫じゃん。どこがいい魔女だっていうの?」
「ふふん。知恵が働くと言ってください。さあ、時間がありませんよ。まずはわたしをそこのロッカーのところに運んでください。あ、優しくね。さっきみたいに、ぎゅっとにぎらないでくださいよ」
もし大魔女の大岩先生と会うことがあったら、おっちょこ先生のやらかしたことを全部言いつけてやる。
いさなは固く心に誓いながら、しぶしぶロッカーのほうへと向かいました。なんの変哲もないただの備え付けのロッカーです。
もしかして、中に魔女の道具が入っているのかもしれない。
そう思って、いさなはドアを開けてみましたが、中に入っていたのはバケツやぞうきんやほうきでした。普通のそうじ道具です。
「このロッカーでなにを探せばいいの、おっちょこ先生?」
「いったん、ドアを閉めてください」
「んもう」
ばちんと、ロッカーのドアを閉めたいさな。
おっちょこ先生はにやりと笑い、小さな声でロッカーにささやきかけました。
「虹色コウモリと闇色ライオン、足してわったら、星の猫」
「……なに、その変な言葉?」
「パスワードです。さ、もう一度、ドアを開けてみて」
いさなは言われたとおりにしました。
次の瞬間、ぽかんと口を開けてしまいました。
ついさっきまで、そうじ道具がつめこまれていた小さなロッカーの中に、今は大きな部屋が広がっていたのです。
部屋の中は、たくさんの実験道具やつぼやびんがありました。きらきら光る結晶の塊や、銀のコインをつなげたネックレスが壁に飾られていたり、天井からは緑や紫、赤い薬草の束がつりさげられていたり。骨でできた不気味な人形があれば、星がきらめく天体図もありました。
そして本。図書室にも負けないほどの、たくさんの古そうな本があちこちの棚にぎっしり並んでいます。
そこはまさしく魔女の部屋でした。
「すごい! めっちゃすごい!」
やっとのことでそう言いながら、いさなは恐る恐るその部屋に入りました。
部屋の中は、不思議なにおいでいっぱいでした。鼻を刺すような強いにおいがするかと思えば、この世のものとは思えないような甘い香りが漂ってきます。
いさなはふんふんと嗅ぎまわりながら、あちこちに目をこらしました。
「先生、この紫の塊、なに? あと、あのびんの中で光ってるのはなに?」
「紫の塊は、魔法ラクダのフンです。あっちのびんの中身は、星虫の卵です。あ、触らないで。貴重なものですからね」
「……先生、ほんとに魔女だったんだねえ」
「さっきからそう言っているでしょう? ほらほら、ぐずぐずしないで、奥へ行ってください。あ、こら! まわりのものに触らないで!」
おっちょこ先生はいさなを急かして、奥へと歩かせました。そこには、黒い鍋がありました。お風呂に使えそうなほど大きなもので、これまた大きなだんろにおかれています。