「で、本物のおっちょこ先生は?」
「ロッカーの中です」
「入ってもいい?」
「どうぞ」
そこで、いさな達はロッカーの前に立ちました。ふだんは、バケツやほうきなどのそうじ道具が入っているふつうのロッカーなのですが……。パスワードを唱えて開ければ、たちまちおっちょこ先生の魔女の部屋へと通じるようになっているのです。
「虹色コウモリと闇色ライオン、足してわったら、星の猫」
千種がパスワードを唱え、いさながぱっとロッカーのドアを開けました。
いつもなら、ロッカーの中には、不思議な道具や薬草がどっさりある部屋が広がっているはずなのですが。
今日は違いました。
「えっ?」
「ど、どうしたんだろう、これは?」
二人がおどろくのも無理はありません。
そこには、がらんとした石造りの大きな部屋があったのです。
恐る恐る中に入ってみましたが、あれだけたくさんあった道具も、本も、天井からぶらさがっていた薬草の束も、見当たりません。棚や机、薬を作るための大鍋も暖炉もなくなっています。
「……ねえ、千種。おっちょこ先生、引っ越しでもしたのかな?」
「いや、それならあちこちにゴミやかけらが残っているはずだよ。あのおっちょこ先生が、こんなにきれいさっぱり部屋をかたづけられるはずない」
「それもそうだよね」
二人がひそひそとささやきあった時です。
「ちょっと、二人とも。ひどいこと言いますね」
聞きなれた声がしました。
はっと顔をあげれば、部屋のずっと奥のほうに、おっちょこ先生がいました。椅子にこしかけ、ぶっちょうづらをして二人をにらんでいます。
「おっちょこ先生! いたの!」
「どうなっているんですか、これは?」
あわてて駆けよる二人に、おっちょこ先生は深いため息をつきました。
「来てしまいましたか、二人とも」
「どうしたの、おっちょこ先生?」
「いつもの魔女の部屋は、どうしちゃったんですか?」
「……師匠が魔法を組み替えて、別のところに通じるようにしちゃったんですよ。……ここはお説教部屋です」
「お説教部屋?」
なんだかぎくりとした二人の前で、おっちょこ先生の様子が急に変わりました。目をぎゅっとつぶり、苦しそうに何度も首をふりだしたのです。
「おっちょこ先生? ど、どうしたの?」
「う、うるさい! うるさいです! ああ、もう! やめて、うるさい!」
「う、うるさいって……ちょっとひどくない?」
「違います! うるさいですってば! ああ、たまらない! な、なんとかしてください!」
苦しそうなおっちょこ先生に、いさなと千種は青くなりました。ですが、千種はさすがでした。すぐに、はっとした顔になったのです。
「もしかして……この部屋に魔物がいるのかも」
「え、ほんと?」
「ああ。魔女のおっちょこ先生にはそれが見えているんじゃないかな」
そこで、いさなはポケットに入れていた魔法のメガネをとりだしました。おっちょこ先生に返そうと思っていましたが、それは後回しです。
メガネをかけたとたん、それまで見えなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえだしました。
ジャンジャカ、パンパーン!
すさまじい騒音に、いさなはよろめいてしまいました。
見れば、おっちょこ先生のまわりを、一匹の魔物が飛びまわっていました。大きさはバスケットボールほど。緑と青の蠅のような見た目ですが、手にはシンバルや太鼓、それにラッパを持っていて、それをぜんぶ使って、大変な騒音を立てています。
なるほど、これではおっちょこ先生が「うるさい!」と言うのも無理はありません。
「いた! 千種、魔物がいた!」
いさなはメガネを千種に渡しました。今度は千種がメガネをかけました。
「うっ! うるさい!」
「だよね。すごくうるさいやつだよね」
「違うよ。こいつの正体だ。五月蠅。憑いた人間を神経質にさせて、あらゆる音に敏感にさせる魔物だ」
「うわあ、やなやつ。……まあ、このままじゃおっちょこ先生が気の毒だし、捕まえたほうがいいよね」
「ああ。いさな、頼む」
もう一度、いさながメガネをかけました。五月蠅の音にひるみながらも、すぐに飛びついて、「五月蠅、見つけた!」と、叫びました。
とたん、五月蠅は小さな緑色の玉となってしまいました。
相手の正体を見極め、その名前を声に出して言う。これが魔物の退治方法なのです。
五月蠅が消えて、おっちょこ先生がほっとしたように顔をあげました。
「た、助かりましたぁ。ああ、うるさかった」
「もう。そんなにつらかったんなら、自分で退治すればよかったのに」
「そうですよ、おっちょこ先生。どうして自分で退治しなかったんです?」
「できるものなら、とっくにやってますよ。でも、わたし、この椅子から立つことができないんです。接着魔法でくっつけられちゃっているんです」
「接着魔法? だ、だれがそんなことを?」
「私の師匠ですよ。いまの五月蠅も、師匠が放ったんでしょうね」
「……それは、なんのためにですか?」
「それはもちろん、わたしの秘密を知った子どもを見つけるため……いけない! ふ、二人とも、は、早く保健室に戻って! 急いで!」
おっちょこ先生が顔色を変えて叫んだ、まさにその時です。いさな達の後ろに、ふいに二脚の椅子が現れました。椅子は音もなく駆けよってくると、いさなと千種をすくいあげるようにして、座らせたのです。
「うわっ!」
「な、なにこれ!」
あわてて逃げようとしましたが、どういうわけか、椅子から立ちあがることができません。二人は怖くなり、ますます必死でもがきました。