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ものがたり

『5分で読書 全力の「好き」をキミにあげる』【特別ためし読み連載】第4回 眠れぬ夜の特効薬は、きみの声②


朝読にもおすすめの短編小説を集めた『5分で読書』シリーズから、みんながあこがる学生ラブをつめこんだ『全力の「好き」をキミにあげる』の特別ためし読みを公開!(全4回)
毎週木曜日更新予定♪

第4回 眠れぬ夜の特効薬は、きみの声②

これまで通話前にコーヒーを飲んでいたことがバレてしまった私。
その日から、日向(ひなた)くんに避(さ)けられるようになってしまい……。

 

 寝不足で迎えた翌日、《まだちょっと風邪(かぜ)気味だから、しばらく通話できないかも》とメッセージが届いた。昨日の今日で気まずかったから、正直ほっとしてしまう。日向くんの体調が悪いっていうのに、最悪だ……。
 またまた自己嫌悪しながら、私はその日も羊を数えて寝た。
 メッセージのとおり、日向くんの風邪はなかなか治らないようだった。数日経っても通話ができなくて、もちろん私は寝不足のまま。
 ああ、そういえばこうだった、となんだか新鮮な気持ちで思い出す。
 ――日向くんと出会う前は、ずっとこうだった。頭がすっきりすることがなくて、疲れやすくて、たまにふと、なんだか暗い気持ちになる。そんな日々。当時はそこまでつらいとは思っていなかったけど、日向くんのいる世界を知ってしまったら、やっぱり違うんだ。
 日向くんの声が……ううん、声だけじゃなくて、日向くんの全部が、私をそんな日々から救い上げてくれた。
 だから、私は――日向くんとちゃんと向き合わなきゃいけない。
 正直に、誠実に、気持ちを伝えなくちゃいけなかった。
 けれどそれからも、日向くんと話せない日々が続いた。
 ぜ、絶対避けられてる……!
 だって教室だと、私以外の人とは普通に話しているのだ。なのに私が話しかけようとすると、毎回「ごめんお手洗い行ってくる」とか小声で言って、まともに話せない。明らかにおかしかった。
 声が出しづらそうなのは確かだから、全部が嘘(うそ)というわけじゃないんだろうけど……私と話すの、嫌になっちゃったのかな。
 ベッドに入ってもずっとそんなことを考えているせいで、ますます眠れなくなった。
 友達から心配されるくらい、隈が目立つようになって――
《最近眠れてない? 大丈夫?》
 夜、日向くんからのメッセージが届いた。反射のように通話ボタンを押す。それから遅れて、日向くんだ!? とびっくりした。
 ど、どうしよう、なんにも考えずに押しちゃった。心配してくれて嬉しい、久しぶりにメッセージだけでも話せて嬉しいな、できればこの通話がつながってほしいけど無理かな……、あっ、先にありがとう大丈夫だよって返信するべきだった、私のばか!
 あたふたしているうちに、通話がつながってしまった。イヤホンを挿(さ)せていないので、急いでスピーカーをオンにする。
 数秒、こちらをうかがうような間があった。
 私から話しかけようとも思ったけど、今はベッドへの移動が最優先。寝落ちの準備をしなければいけない。
 ベッドに転がってかけ布団(ふとん)をかけたところで、日向くんのほうから話しかけてくれた。
『こ、こんばんは』
 ――あ、だめだ。
 とたんにすごい勢いで襲いかかってきた眠気に、太ももをつねる。せっかく久しぶりに、日向くんの声をちゃんと聞けたんだから……!
 目をしぱしぱとまばたきながら、返事をする。
「……こんばんは。こうやって話せるの、ひさしぶりだね」
『うっ、うん、久しぶり、だね……』
「あと、心配してくれて、ありがとぉ……」
『……ううん。ごめん』
 たったこれだけの会話で、かくっと意識が落ちそうになった。やっぱり日向くんの声って、私にとって特効薬みたいなものなんだな。
 ふわふわと、安心感のような優しい気持ちで満たされていく。
 好き、だなぁ。
「ごめん、もうげんかいになっちゃった……おやすみ……」
 通話を切るボタンを押せたかどうかも、もう覚えていない。
 気がついたら朝で、びっくりするくらいすっきりしていた。頭も体も軽い。うじうじした気持ちは全部吹き飛んだ。
 よし、と勢いよく決心する。
 ――勇気を出して、私のことを避けていた理由を訊いてみよう。


* * *

 二十二時少し前に、コーヒーを一気に飲む。急いで歯みがきをして、少し迷ってから冷たい水で顔を洗う。部屋に戻ったら、スマホにイヤホンを挿し、ベッドに座って。
 そして二十二時ぴったり――日向くんに、《ビデオ通話できない?》とメッセージを送った。
 普通の通話ですら断られるかもしれないのに……という気持ちはあるが、どうせなら、日向くんの顔を見ながら話したかった。
 返信よりも先に、日向くんのほうからビデオ通話がかかってきた。とっさに部屋の鏡に目を向け、変なところがないか確認する。……大丈夫、のはず。
 通話に出るボタンを押す指は、少し震えていた。
 映し出された日向くんが、勢いよく頭を下げる。初めて見る私服姿に、何かを感じる暇もない勢いだった。
『あのっ、ここ最近、ほんとにごめん! 実は……』
 ほ、本題が急すぎない……!?
 身構えることすらできていなかった私に、日向くんは何か重大な罪を告白するような、重い声で言った。
『…………声変わりが始まったんだ』
「……こえがわり」
 きょとんと、彼の言葉を繰り返す。
 声変わり。それがこの場面でどう関わってくるのか、よくわからなかった。
 スマホ越しの声は、かすれてはいるけれど低くなっているようには聞こえない。日向くん以外の男子の声なんて気にしたこともなかったから、声変わりの始まりがこういう感じだとは知らなかった。
「おめでとう……?」
『ありがとう。でも、僕にとってはめでたくないんだ。声変わりしちゃったら、名雪さんも眠くならないと思って……。がっかりされるのが怖くて、名雪さんと話せなくなった』
「がっ、がっかりなんてしないよ!」
『……うん、ごめん、僕が怖かっただけだ』
「……怖かった?」
 それって。それって、私のことが嫌になったとかじゃなくて。
 ――むしろ、その逆?
 ふわりと浮(う)かんできた期待に、頬(ほお)が熱くなる。言葉を続けようとした日向くんを、慌(あわ)てて止めた。
「待って、その先はまだ言わないで!」
 だって、私から言いたい。全部私から始めたことなんだから、その言葉だって、私から言いたかった。
 これで期待が外れていたら恥ずかしいけれど、なんにせよ、伝えたいことは変わらない。
 深呼吸する。
「……最初のころは、すぐに寝られるのが嬉しかった。だけどだんだん、まだ寝たくないって思うようになったの。眠気覚ましに、苦手なコーヒーまで飲んでた。もっといっぱい日向くんと話したかった。日向くんのことが、す……す、す――」
 詰まりかけた息を、大切な言葉と一緒に、ゆっくりと吐き出す。
「――好き、だから」
 消えてしまいそうな、微かな声。ビデオ通話でなければ、何か言ったことすら気づかれなさそうな声だった。
『……僕も』
 日向くんの白い肌が、うっすらと赤く染まっている。
『名雪さんのことが、す……好きだから、がっかりされるのが怖かった』
 真剣な顔で、私とは違うしっかりとした声で、日向くんは伝えてくれる。
『高めの声がコンプレックスで、自分の声が嫌いで、早く声変わりしてほしいと思ってたのに。……今は自分の声が好きだし、声変わりなんて一生しないでほしいと思う。名雪さんのおかげで』
 ふわりと笑った日向くんに、なんだか泣きそうになる。
 どうしよう。好きだ。好きだな。
 胸がどきどきするのに、もっとしゃべりたいのに、目が開かなくなってくる。顔を見ていると、声の効果が倍増するのかもしれない。
『眠い?』
「……ぅん、ごめん。コーヒーも飲んで、顔も、冷たい水であらったのに……」
『そこまでしてくれたんだ……。ありがとう。今日はもう、おやすみにしようか』
「やだ、ねおちするまでお話しする」
『そ、そう?』
 嬉しそうな、照れくさそうな反応だった。日向くんも、もっと話したいって思ってくれてるのかな。
 いつ寝落ちしてもいいように、座るのをやめてベッドに横向きに転がる。日向くんはなぜか、ぎくりとしたように目をそわそわと動かした。
『え、ええっと、今はまだセーフみたいだけど、完全に声変わりしちゃったら名雪さんも眠くならないよね。他の方法も探さなきゃ……』
「んん……すきな人の声って、どきどきするけど、安心するから……たぶんわたし、日向くんの声が、どんなふうに変わっても、ねむく、なるとおもうなぁ」
『そっ……そっかぁ』
 まぶたがくっつく。必死に開けようとしても、どんどん音が遠くなっていく。
 嫌だ、まだ寝たくない。
『名雪さん? 寝ちゃった?』
 まだ寝てない、と答えようとしても口が動かなかった。
 寝てないよ。起きてるよ。
 だから、まだお話ししよう。いっぱい話したいの。
『……おやすみ、名雪さん』
 ほほえましそうに、くすりと笑う声。
 ああ、だめだった。終わっちゃう。
 私も、おやすみ、ともにょもにょと口を動かした。


 もうほとんど夢の中に入っていたけれど。
 ――好きだよ、と内緒の練習のようにささやかれた声が、確かに聞こえた。


 



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著者:藤崎 珠里イラスト:花芽宮 るる

定価
1,210円(本体1,100円+税)
発売日
サイズ
B6判
ISBN
9784046818362

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