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ものがたり

『5分で読書 全力の「好き」をキミにあげる』【特別ためし読み連載】第3回 眠れぬ夜の特効薬は、きみの声①


朝読にもおすすめの短編小説を集めた『5分で読書』シリーズから、みんながあこがる学生ラブをつめこんだ『全力の「好き」をキミにあげる』の特別ためし読みを公開!(全4回)
毎週木曜日更新予定♪

第3回 眠れぬ夜の特効薬は、きみの声①

今夜も私はニガテなコーヒーを飲む。
彼とお話しできる時間を、少しでも長くするために!

 

 毎日の習慣がある。
 二十二時少し前にコーヒーをいれて、一気に飲む。急いで歯みがきをして部屋に戻ったら、スマホにイヤホンを挿(さ)し、ベッドに座って。
 そして二十二時ぴったり――どきどきしながら、アプリの通話ボタンを押すのだ。
「こっ、こんばんは、日向(ひなた)くん!」
『こんばんは、名雪(なゆき)さん』
 声変わりのしていない、透明感のある高めの声。それでも落ち着いた調子のその声は、すうっと耳になじむ。心地よくて、眠くなる声だった。
 ビデオ通話じゃないから向こうには見えないけど、ついぺこりとお辞儀をしてしまう。
「それでは、今日もよろしくお願いします」
 そんなかしこまらなくていいのに、と最初のころはあきれていた彼も、今じゃ『うん、よろしく』と普通に返してくる。この通話が彼にとっても習慣になった証のような気がして、ちょっぴりくすぐったい。
 クラスメイトの日向響也(きょうや)くん。――寝る前に彼と通話するのが、私の習慣だった。

 

* * *

 日向くんと出会う前、私は不眠症(ふみんしょう)に悩んでいた。
 子供のころからずっと寝つきが悪くて、眠れても三時とか四時に目が覚めてしまうことが多い。上手く二度寝ができないことも多かった。ぼんやりと眠い状態が続くのに、授業中ですら、うとうとはしても眠れない。
 さすがに病院に行くべきなのかも、と思ってはいた。だけど一応、成績に影響は出てないし、体調が悪くなることもないし……。
 そんなもやもやした気持ちで過ごしていた私の前に現れた希望こそ、日向くんである。
 高校の入学式、その後の自己紹介タイム。日向くんの声を聞いたとたん、とろんとまぶたが重くなって――はっと意識が戻ったのは、拍手の音が聞こえてから。せいぜい二、三分の間だけだったのだろうけど、こんなにすぐ眠れたのは初めてだった。
 あまりにも衝撃(しょうげき)的だった。
 だって、私が! 一瞬で眠れた!
 感動しているうちに全員分の自己紹介が終わって、お開きになった。教室を出ようとする男の子を目で追って、気がつけば実際に後も追っていた。あのときの私は、だいぶ冷静じゃなくなっていたんだろう。
 だから、「あの!」と呼び止めることすらできたのだ。
「日向くんの声を聞くと眠くなるの……! お願いします! 私と毎晩電話でお話ししてくれない!?」



 ……あれでよく了承してくれたよなぁ、としみじみと思う。本来内気なはずの自分の大胆(だいたん)さにびっくりだ。
 日向くん的には、いきなりなんの話!? という感じだっただろう。実際ぽかんとしてたし。だけど日向くんは、慌(あわ)てて言い訳を始めた私の話を、ちゃんと聞いてくれた。
 そして、「こんな声で眠くなるの?」とふしぎがりながらも、「短い時間でいいなら」とうなずいてくれたのだ。お人好しすぎる。そして私は、たったそれだけのやりとりでも寝そうになって危なかった。
 早速その日から夜の通話を始めた、のだけど。
 ベッドに入って、約束の時間をそわそわと待ち、通話ボタンを押して――こんばんは、とあいさつをした時点で記憶があいまいだ。たぶん私は、数十秒で寝落ちした。
 翌日からはさすがに、眠るまで五分はかかるようになったが、それでも日向くんの声の力はすごかった。私だけの特効薬みたいなものだ。
 しばらくして、もしや私の体質が変わったんじゃ……!? と思い、通話しないでみたら、やっぱりよく眠れなかった。それ以降、日向くんが忙しいとき以外は毎日通話をしてもらっている。
 始めてから半年以上が経つ今日もそうだった。
 たわいのないおしゃべりをしているうちに、眠気の限界がやってくる。
「……ごめん、そろそろ、ねます……」
『うん、おやすみ。今日もお疲れさま』
 優しい声にとどめを刺されそうになりながら、なんとか通話を自分から切った。電気はタイマーで消えるようにしてあるから、そのまま目をつぶる。
 意識が沈(しず)むのを感じながら、ぽやぽやと思った。
 コーヒーパワー……また三十分も持たなかったな……。



 日向くんと夜に通話をするようになってから、私は安定して五分くらいで眠りにつけるようになった。それは嬉しいことだ。
 嬉しいこと、なんだけど。
 ……毎日五分でも、こっちの一方的なわがままに付き合ってくれて、優しくお話ししてくれる子を、好きにならないわけがないんだよね……。
 日向くんと話すのが楽しくて、もう少しお話ししていたくて。私はだんだんと、眠りたくないと思うようになってしまった。
 だから、コーヒーを飲むことにした。コーヒーに含まれている成分は、眠りにくくしてくれる。家族にバレたら、「こんな時間に飲んだら寝れなくなるでしょ!」と怒られるだろうから、こそこそ用意してこそこそ飲んで、こそこそカップを洗っている。
 コーヒーパワーはすごかった。十分、二十分くらいなら普通にお話しができる。もっとすごい効果を期待していたけど、あんまり長時間付き合わせるのも申し訳ないからちょうどよかった。
 コーヒーを飲み始めたのは、一か月くらい前。いつも五分で寝てるのに、いきなり眠れなくなったらおかしいかと思って、通話の時間は毎日一分ずつ延ばすようにした。
 眠りたいからお話ししてもらっているのに、お話ししたいから眠りたくないなんて、わがまますぎるのはわかってる。
 ……だけど、日向くんも楽しそうにおしゃべりしてくれるから。それが嬉しくて、コーヒーを飲むのがやめられない。
 眠るまでに少し時間がかかるようになった私に、日向くんは特に疑問は抱いていないようだった。「僕の声に慣れてきちゃったからかな」と申し訳なさそうにしていたのが、こっちこそ申し訳なかったけれど。



 今日も今日とて、日向くんとの通話をそわそわと待つ。
 まだ二十一時だから、いつもの時間までは一時間あった。宿題は終わらせたし、予習だって終わらせた。準備は完璧!
 あとはもう少ししたらコーヒーを――と考えながらスマホをいじっていたら、メッセージが届いた。……日向くんから。
《いつもより早いんだけど、もうかけてもいいかな?》
「もっ、もう!?」
 思わず声が出る。心の準備もコーヒーの準備もできてない!
 で、でも、時間を早めたい理由があるんだろうから、呑気(のんき)にコーヒーなんていれないべきだよね。ただでさえいっつもわがままを聞いてもらってるんだし、これ以上迷惑(めいわく)はかけたくない。
 あたふたと無意味に部屋の中を動き回りながら、《大丈夫だよ!》と返信する。あっ、いやほん、イヤホン挿さなきゃ。
 スマホを耳に当てる形の通話だと、寝落ちたらスマホを落としてしまいそうで怖い。日向くんに心配をかけそうだし、何よりうるさいだろうから。
 そういうわけで超特急でイヤホンを装着(そうちゃく)し、ベッドに転がってから通話ボタンを押す。
「こんばんは!」
『こんばんは、名雪さん。こんな時間で大丈夫だった……?』
 おそるおそる尋(たず)ねてくる日向くん。いつもより控えめの声が、コーヒーを飲んでいない頭を直撃した。……つまり、もう、ねむい。
 なんでこんなに心地いい声なんだろう。というか、なぜ私以外の人が日向くんの声を平然と聞けるのか、ふしぎでたまらない。一応私も、昼間なら眠らずに済むようにはなったけど……。
 眠気に耐えるためにも、わざとらしいくらいに明るい声を出す。
「全然大丈夫!! この後、何か見たい番組でもあった?」
『それだったら普通に名雪さんとの通話優先するよ』
「そっか……そ、うん!? そ、そっか? そうなの? 他にしたいことあったら全然そっち優先でいいんだよ?」
『え? ……あっ、いや、ほ、ほら、テレビだったら録画できるじゃん。そのほうがCMも飛ばせて見やすいし』
 それもそうだ。私と話すことのほうが大切なのかな、なんて一瞬でも思ってしまったのが恥ずかしい……。
 目をしぱしぱさせながら、あくびをかみ殺す。真面目に聞いていない感じがしてやだ。これ以上なく、ちゃんと、聞いてるのに、ねむいせいで……。
『ちょっとのどの調子が悪くて。風邪(かぜ)かもしれないし、早めに寝ようと思ってさ』
「体調、悪いなら、むりしないで……。私とのつうわなんて、しなくてもいーんだよ」
『あー、三十分くらいなら全然……というか、もしかしてもう眠い?』
 一瞬否定しようか迷ったけど、どうせすぐに嘘(うそ)だとバレる。力なく「うん……」と返事をすれば、『今日は早いね』となんとなく残念そうに言われた。残念そうに、というのは私の気のせいかもしれないけど。
『前はこれくらいが普通だったけど……今日は疲れてた?』
「ぅうん……今日、こーひー、のめなかったから……」
『…………えっ、いつもは飲んでるの?』
 ――あっ。
 さあっと血の気が引く。眠気も一緒に飛んでいった。
「ああああのっ、これはその、ちがっ、違くて!」
『そ、そうだよね。わざわざ寝れなくなるようなことしないよね』
「うっ……うん、しない……」
 沈黙(ちんもく)。次のおたがいの出方を、おたがいにうかがっているのがわかる。じりじりとした緊張(きんちょう)感だった。
 こんな空気になってしまったら、嘘を貫き通すのも無理だ。何より、罪悪感がすごい。
「……ごめん。最近はずっと、通話の直前にコーヒー飲んでたんだ」
 小声で白状(はくじょう)する。実際に顔を合わせていたら、本当のことを言う勇気は出せなかったかもしれない。……顔を合わせていないから言える、というのもずるい話だけど。
 だけどこのときばかりは、顔の見えない通話でよかった、と心底思う。そうじゃなかったら、今ですらうるさい、ばくばくと騒ぎ立てる心臓はいったいどうなっていたんだろう。
 鼓動(こどう)に合わせるように、顔が熱くなっていく。
 スマホの向こうの日向くんは、黙(だま)り込んだままだった。きっと、どうして、ととまどっているにちがいなかった。
 イヤホンのマイク部分を、手で少し遠ざけて、深呼吸する。
 言おう。理由を、ちゃんと言うんだ。くだらない嘘をついてしまったのだから、せめてここでは誠実でありたい。
 大きく、吸って、吐いて、吸って――そうして私は、ここにいない日向くんの顔を思い浮かべ、ぎゅっと目をつぶった。
 かっこいいというよりは、かわいい顔。品がある、という表現も合うかもしれない。くりんとした大きな目は、今、何を見ているだろうか。
 想像の中で、私はその目をまっすぐに見つめた。
「――日向くんと、い、いっぱい話したかったから!」
 告白ではないけど、好意が十分に伝わってしまう言葉。
 どう思われてしまうのか不安で、何より恥ずかしくて、早口で続けてしまう。
「今日もすっごい眠くなったありがとう! おやすみなさい!」
『なっ、名雪さ――』
「ごめんね!! おやすみ!!」
 そのまま強引に通話を切ってしまった。
 ……日向くんの『おやすみ』、聞けなかったな。毎日の楽しみだったのに。
 そうしょんぼりする資格もないくらい、ひどいことをしてしまった。
「うああ、ない、これはない……」
 自己嫌悪が口からもれた瞬間、通知音が鳴った。ロック画面に表示される、日向くんからのメッセージ。
《おやすみ》
 …………こういう優しいところが、好き。
 好きだなぁ、と悶(もだ)えてしまって、ベッドの上で足がばたばたと忙(せわ)しなく動く。様子のおかしかったことには何もふれず、おやすみだけ言ってくれたの、優しい……! もはやその優しさが痛いくらいだ。
 どう返信をするか、そもそも返信するかしないか迷う。返信したら寝てないことがバレるけど、そんなのたぶん、日向くんだって気づいてるだろうし……。これ以上嘘を重ねるのは、だめだよね。
《おやすみ。ちゃんと今度、ちゃんと話すね…!》
 勇気を出してそう返信してから、目をつぶる。
 日向くんの声を思い浮かべても、眠気はやってこない。恥ずかしさとか申し訳なさとかまでぶり返してしまって、むしろ逆効果だった。
 しかたなく、久しぶりに羊を数えることにする。
 いっぴき、にひきー、さんび……待ってメェメェ鳴き声ごえが日向くんの声に聞こえるんだけどどうなってるの私の想像力!
 日向くんが羊の鳴き真似をしてるみたいでかわいいけど、これじゃあ意味がない。羊さんたち、みんなお口閉じてください……。
 眉間(みけん)にしわを寄せながら、なんとか羊を鳴かせずに数えていく。
 ……結局、眠りにつけたのは、一万匹以上の羊を数えて朝日が昇り始めたころだった。


 

通話前のヒミツがバレてしまった私の恋のゆくえは――?
次回もお楽しみに!(12月1日公開予定です)


著者:藤崎 珠里イラスト:花芽宮 るる

定価
1,210円(本体1,100円+税)
発売日
サイズ
B6判
ISBN
9784046818362

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