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ものがたり

『5分で読書 全力の「好き」をキミにあげる』【特別ためし読み連載】第2回 伊吹くんに、毎朝一番におはようって言える人になりたいです。②


朝読にもおすすめの短編小説を集めた『5分で読書』シリーズから、みんながあこがる学生ラブをつめこんだ『全力の「好き」をキミにあげる』の特別ためし読みを公開!(全4回)
毎週木曜日更新予定♪

第2回 伊吹くんに、毎朝一番におはようって言える人になりたいです。②

伊吹(いぶき)くんのどこが好きなのかを告白することになってしまった私……。
思いきって、全力の「好き」を伝えます!

 
 時間って、止まってほしいときに限って早く過ぎるものだよね……。っていうか緊張(きんちょう)しすぎて謎(なぞ)に授業中爆睡(ばくすい)しちゃったから、なおさら早かった。
 これは伊吹くんに責任を取ってもらって、今日の分のノート写させてもらおうかな。
 今日で嫌われたとしても、その約束を取り付けておけば少なくとも明日以降一回は話せる。……考えてたら悲しくなってきた。
「あんま人のいないとこか……。図書室前とか?」
「……はーい」
 ぎこちなくうなずいて、歩き出す伊吹くんの後をとぼとぼ追う。爆睡してたせいで心の準備もあんまりできなかったんだよねぇ。私アホすぎでしょ……。
 まだ放課後になったばかりだからか、図書室前に人はいなかった。
 定期テストもしばらくないし、誰も来なきゃいいなぁ。図書室のドアは分厚くて、声が中に聞こえることはなさそうだから、そこだけは助かる。
「よし、伊吹くん!」
 早めに済ましてしまおう、と早速口を開く。
「とりあえず、これから言うことにどれだけ引いても、今日の授業のノート見せてください! 緊張して寝ちゃったから!」
「緊張して寝るって……まあノートくらい貸すけど、本当に何言うつもり?」
「……しばらく何も言わないで聞いてくれると助かる。あと、後ろ向いてくれませんか? 顔見られてると恥ずかしい」
「寺崎の恥ずかしい基準がわかんないんだけど」
 あきれつつも、伊吹くんは私の言うとおり後ろを向いてくれた。
 ……吸ってー、吐いてー、深呼吸。人の字も書いて食べとこう。ふだんの告白とかプロポーズもどきは緊張しないけど、今はすごく緊張しているのだ。
 伊吹くんの後ろ姿を少しの間無言で見つめてから、意を決して話し始める。
「えっとね。私が伊吹くんに一目惚れしたのは知ってると思うから、まず外見の好きなとこ言うね。まとめてないから、外も中もだんだんごっちゃになるだろうけど」
 せっかくだから、今思いつく限りのことを伝えよう。
「何から言おうかなぁ……あ、柔らかい髪の毛が扇風機(せんぷうき)の風でふわふわ揺(ゆ)れるの、すごいかわいいです。ぱっちり二重でちょっと色素薄(うす)い目はずっと見てたくなるし、高めの鼻も、色っぽいくちびるも、整えられた眉毛(まゆげ)も、長くてきれいな睫毛(まつげ)も、耳の黒子(ほくろ)も……あ、どうしよう、顔の部位だけでも好きなとこ多すぎる! 伊吹くんが誤解(ごかい)するわけだ! ごめん外見一旦やめて次いきます!」
 手とか筋肉とかのどぼとけは後で言えばいいや。この告白の目的は伊吹くんの誤解を解くことなんだから、大事なのは中身の好きなところだろう。
 次はどうしよう。好きなところがありすぎて、何から言おうか本当に悩(なや)む。
「うーん……伊吹くんってさ、けっこう雰囲気(ふんいき)チャラいじゃん? 地毛だけど茶髪だし。だから余計、姿勢の良さが目立つんだよね。立ってても座ってても歩いてても、ぴしって背筋伸びてて、伊吹くんがいるところだけなんか空気が違って見えるんだー。神聖な感じっていうか。私けっこう猫背だから、すごい憧(あこが)れる」
 話していて、もしかして、と思う。最初に目を惹(ひ)かれたのは、姿勢のせいだったのかもしれない。そりゃあ顔だって、かっこいいパーツが完璧に配置されていると思うけど、ぱっと見の印象に姿勢が占める割合は大きいだろう。
 伊吹くんが顔だけそっと振り返ろうとしたので、慌(あわ)てて「そっち向いてて!」と叫ぶ。……だってたぶん、私今顔赤い。夏だからって理由もあるだろうけど、それにしたって顔だけ異様に熱いのだ。
「あとは、そうだな。人の話を流さないところ。今日も私が好きって言ったら、『あーはいはい』って流したけど、そういうことじゃなくて、なんていうのかなぁ。……伊吹くんは、私が話してるときちゃんと私の目を見てくれるよね。だから、声とか言葉が適当でも、ちゃんと聞いてくれてるって感じがするんだ」
 案外、人の目を見て話を聞いてくれる人って少ない。私もいろんなものに気を取られやすいから、視線がすぐあちこちいっちゃうし。
「あー、あと、声好き! きれいだよねぇ。聞いててすごい落ち着くよ。授業で小説とか音読してるの聞くと、読み聞かせしてもらってるような気がしてわくわくする。幼稚園(ようちえん)とか小学校とかで絵本の読み聞かせあったじゃん? あのわくわく感……あれ、違うな。まあいいや、とにかく好き」
「……なあ」
「ごめん何にも言わないで!? ……で、そうだなー。なんだかんだ、好き好きアピールすると嬉しそうなのがかわいい。いっぱい好きって言うと、あきれ笑いしてくれるでしょ? しょうがないなぁ、みたいな感じで。あれ、かわいくてすごい好きなんだよね。結婚してくださいはそんなに喜んでくれないけど」
 だから、プロポーズもどきは告白とは違ってできるだけしないようにしている。ついぽろっともれちゃうことも多いんだけど。
「それからそうだ、ありがちだけど笑顔が好きだよ。今言ったあきれ笑いもだけど、特に通常時のが。伊吹くんが笑うだけで、周りがぱあって明るくなるよね。自然とこっちも笑っちゃって、幸せになる」
「……」
「あと、伊吹くんと仲いい杉中くん、けっこう下ネタ言うよね。伊吹くんは基本それにもちゃんと笑って、たまに下ネタ返してるけど、そういうの苦手な人が近くにいるときは、さりげなく話題変えるじゃん。それがいいなーって思う」
「…………」
「えーっと、あとはそう、食べ方! 伊吹くん、箸(はし)の持ち方すごいきれいだよね! さっき言ったけど姿勢もいいから、伊吹くんの食べてる姿って絵になるんだよねぇ。毎日惚れ惚れしてます」
 あれだけ言いたくないと思っていたのに、いざ言い出すと口は止まってくれなかった。もしかしたら私、本当は言いいたくてたまらなかったのかもしれない。だって、気持ちがあふれてあふれて止まらないくらい、伊吹くんのことが好きだし。
 ……うぅ、でも、すでに引かれてる、よなぁ。
 頭の片隅で、冷静な私がストップをかけている。そんなストップを無視して、口は勝手に回り続けた。
「あとは、プリント回すときちゃんと後ろ見るところとか。後ろ見ないと、後ろの人が気づかないときちょっと間抜けっていうかさ……なんか、振り返らずに手だけで回すのって失礼な気がするんだよね。個人的な感覚だから、別に悪いってわけじゃないんだけど。で、伊吹くんはちゃんと後ろ見るし、後ろの人が何か他のことしてたら、一枚その人のために取ってあげて、残りはわざわざ立って後ろに回してくれるよね」
「寺崎――」
「うわぁ、まだ終わってないからツッコミは後で! ええっと、それから、走る姿素敵だよ。私陸上全然わかんないけど、伊吹くんは他の人よりもきれいに走ってる気がする。めっちゃ速いし、すごいよなぁ」
「……あのさ」
「あと、最近唯(ゆい)ちゃんの代わりに掃除(そうじ)とかやってあげてるよね? 頼まれてないのに、気づいて助けてあげられるってすごい。私の場合は『頼まれてないのに』とかっていう発想からしてだめなんだよなぁ」
 唯ちゃん、というのは、うちのクラスの女の子。体操部なんだけど、着地に失敗したとかで今は松葉杖状態だった。
 そんな彼女を、伊吹くんはよく助けていた。掃除当番を代わる他にも、移動教室のときに荷物を運んだり、階段の上り下りでは「大丈夫?」と手を貸したり。唯ちゃんの友達が近くにいないときに限り、だけど。
 ……あれっ、これもしかして伊吹くん、唯ちゃんのこと好きなんじゃない!? 普通、好意を持ってない相手にそこまでしなくない……!?
 と、とりあえず今は告白に集中しよう。冷や汗を拭って再開する。
「あ、そうだ、外見の続き! 私、伊吹くんの手好きなんだよね。運動部なのにあんまり焼けてなくて、指が細めで、でも大きい。すらっとしててきれい。恋人つなぎとかしてみたいなって……ああああ嘘なんでもないごめん冗談(じょうだん)です」
 口が滑った! 全然集中できてなかった! ますます冷や汗出てきた……!
 ええっと、と無意味に視線をうろうろさせていると、伊吹くんがおもむろに体の向きを変えた。
 つまり、私と向かい合う形になって。
「――ぎゃー!? ごめんなさい!」
 慌てて今度は私が後ろを向く。こんな顔を見られるわけにはいかない!
「……寺崎、俺のことそんな好きだったの?」
「引いた!? 引いたよね!? だって私自分でも気持ち悪いって思うもんうわーんだから嫌だったんだよ伊吹くんのバカ、好きぃぃ!」
 本当は、まだまだ言い足りないくらいなのだ。だけどこんな事細やかに好きだと言われたら、伊吹くんだってドン引きするだろう。
 涙がじわっとにじんできてしまったので、こぼれないようにまばたきを我慢(がまん)する。このまま消えろ。ここで泣くなんて最悪なことはしたくない。
 初恋は叶(かな)わないって言うもんな……。こんなに好きになっちゃったのが悪い。今度人を好きになるときにはほどほどに……だと幸せになれなそうだし、やっぱり恋するなら全力でしたいんだよなぁ。困った。
 涙がちゃんと引いてきてから、ゆっくりとまばたきをする。うん、顔の熱も収まってきた。
 そして振り返り――思わずぽかんとしてしまった。
「……伊吹くん?」
「いや、ちょっと、悪い、もう一回あっち向いてて」
 そう言った伊吹くんは、口元に手を当てていて。隠しきれないそのかっこいい顔は、赤く染まっていた。
 ……あれ? 予想外な反応……まさかの好感触? 今までどれだけ好き好き言っても一切動揺(どうよう)しなかったのに、あれ? なんで?
 つられて私まで顔がまた熱くなってきた。ああもう、せっかく収まってたのに!
「ど、どうしたの伊吹くん!?」
「あっち向けって」
「いやそんな顔の伊吹くん貴重だから! ちゃんと心のアルバムに収めたい!」
「うるさい」
 本気で嫌がっているわけではなさそうなので、じーっと伊吹くんを見つめる。頬を赤らめる伊吹くんとか最高です、ありがとうございます。かわいい。なんでかっこいいのにこんなかわいいんだろう、もはや罪だよね。
「……正直、細かすぎて気持ち悪かった」
「えっ、ここで落とされるの私!? そんな照れてるのに!?」
「照れてない」
「うっそだあ」
「で、気持ち悪かったんだけど。……俺ってもしかして変なのかも」
 変、とは。私の告白に毎日付き合ってくれてた時点で、相当変わってると思うんだけど……まさかその自覚がなかったの?
 続く言葉を待っていると、伊吹くんはふわっと笑った。
「ありがと。そこまで言ってくれると嬉しい」
「…………はっ、危うく呼吸困難で死ぬところだった待って死にたくないやめてごめんなさい私が悪かったですそんなふうに笑わないでええ!? かわいい好きです!」
 呼吸が止まっただけじゃなく、心臓がどきどきしすぎて本当に死ぬかと思った。
 だってだって、なんかめちゃくちゃ嬉しそうに笑うんだもん。ふわふわしてる。お花舞ってる。きらきらしてる!
「あのさ、これからはあんまり告白しないで」
「え!? なんで!?」
「……恥ずかしいし」
「今までのクールな伊吹くんはどこに行ったんですか!?」
「うっさい」
 ちょっと納得(なっとく)いかなかったけど、むすっとする伊吹くんがかわいかったので納得することにした。
 ……でも。
「ええっと……改めまして、私、寺崎愛は、伊吹くんのことが好きです。結婚してください」
「やめろって言ったそばから」
「いや、やめるなんて無理です。ごめん、勝手に口が動くから私にはどうしようもないんだ」
 きりっとした顔で言えば、伊吹くんは小さくため息をこぼした。
「……まず俺、まだ十八じゃないし」
「お、おぉぉ……!? そっ、それは、十八になれば結婚してくれるってこと!?」
「なわけあるか」
 すっと伸びてきた手に身構えれば、デコピンだった。軽いやつだったけど、「あいたっ」と声がもれてしまう。
 ……え、伊吹くんからのスキンシップ!? 伊吹くんからさわってもらったのって初めてじゃない!? これは快挙だ、ケーキ買って帰ろう!
 興奮してあわわわとその場で飛び跳ねていると、ぽつりと言葉が降ってくる。
「……まあ、付き合うくらいは、考えてもいいけど」
「マジですか! うひゃああ、ありがとう、嬉しい!」
「考えるだけだからな!」
「うんうん、ありがとう!!」
 こんなに幸せでいいんだろうか。勢いのまま伊吹くんに飛びつこうとして、はっと体を止める。そんなことして嫌われたら嫌だ! せっかく少しは私のことを意識してくれたんだから、今までどおりスキンシップは控えなきゃ。
 それでも顔はだらしなく緩んでしまって、それを見た伊吹くんがおかしそうに笑った。
「変な顔」
「恋する乙女は大体こんな顔だよ!」
「それはない」
 えーひどい、なんて言いながら、自然と私と伊吹くんは歩き出す。
「ねえ伊吹くん、好きだよ」
「……ん」
 また照れる伊吹くんに、かわいいなぁ、と目を細める。
 もしも付き合えたら、なんて考えたらいけないんだろうけど。だけど万が一付き合えて、それで社会人になってもまだ伊吹くんが私を好きでいてくれたら。一つ、言いたいことがあるのだ。
 実は私、一番ドン引きされそうなことをまだ言っていない。
 ――もうプロポーズの言葉は決めてるんだ、なんて言ったら、伊吹くんはどんな顔をするだろう。
 まあ、その言葉は『そのとき』が来るまで大事に取っておくって決めてるんだけどね。結婚してくださいなんて、私にとっては普通の告白の一環だ。だから今までのは、プロポーズもどきでしかない。
 いつか本当のプロポーズができたらいいなぁ。
 幸せな未来を想像して、ふふっと一人でにやけてしまう。怪訝(けげん)そうな伊吹くんにただ首を振って、一緒に昇降口へ。
 そんな未来がくる可能性なんて、たぶんすごい低いけど。想像して幸せになるくらいは許されるはずだ。
 あとは、毎日の告白も?
「あー、かっこいいかわいい好きです」
「いい加減にしてくれない?」
「照れてくれてるのに冷たい! でもそんな伊吹くんも大好きだよ!」

 




ほかにも、幸せいっぱいの恋愛ストーリーがもりだくさん!
『5分で読書 全力の「好き」をキミにあげる』は好評発売中!

次回からは「眠れぬ夜の特効薬は、きみの声」を公開します。
お楽しみに!(11月24日公開予定です)


著者:藤崎 珠里イラスト:花芽宮 るる

定価
1,210円(本体1,100円+税)
発売日
サイズ
B6判
ISBN
9784046818362

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