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ものがたり

【大ボリュームためしよみ】ソノリティ はじまりのうた #17


中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
音楽や部活の物語、恋の物語が好きな人はチェックしてね♪


#17 合唱の余韻(よいん)

第二章    キンタの場合     
    ──彫刻の手

1
 晴美は、すでに曲は終わっているのに、まだ音楽が流れているような気がしていた。音楽が自分の体の中でたゆたっているのだろうか。それともクラスの空気の中でなのか。きらめく余韻の微粒子が、そこここに漂っている感じだった。
 もっとひたっていたかったのに、岳の登場で余韻は蹴散らかされた。相変わらず岳は、前向きな雰囲気をぶちこわす奴だ。
 高揚感から一気に弛緩した空気に変わり、いったん後ろに下げた机をもとに戻そうと、机を引きずる生徒も出始めた。せっかく、初めて合唱らしい合唱になったのに、こんなふうにしまりなく、ずるずると練習が終わるのは良くない。
 指揮者の早紀は、終わりの挨拶をするでもなく、明日のことを言うでもなく、ただその場に突っ立って、困ったように目を泳がせている。
 晴美はサッと早紀の横に出て、声を張り上げた。
「みんな、朝練初日、お疲れ様でした。明日もやるから、また頑張ろうね!」
「キンタ、了解」
 他にもはーいとか、おぅとか、ポジティブな返事がそこかしこから聞こえた。晴美が早紀を見ると、ホッとしたように微笑んでいる。なんだかイラッとした。
 自分も机を戻そうと動きかけた早紀を、晴美は呼び止めた。
「ねぇ、水野さん」
「はい」
 ついきつめの口調になってしまったのか、早紀は気をつけの姿勢をしている。
「水野さんは指揮者なんだからさ。練習の始めとか終わりとか、もう少し仕切ってほしいんだよね」
「う、うん」
 早紀はうつむき加減になって、晴美を上目づかいで見上げた。
「涼万(りょうま)がまともに歌ってくれたおかげで、せっかくいい感じに盛り上がってきたんだからさ。今日はわたしが仕切ったけど、頼られてばかりでも困るし。指揮者なんだから、みんなをまとめないと」
 そんな言い方をすると、早紀がますます萎縮していくのは分かっているのに、和やかに伝えなきゃと思っているのに、晴美の口から飛び出した言葉は想定外につんけんしていた。上目づかいだった早紀の目が、スローモーションで下に落ちていく。
「ごめんなさい」
 早紀はしおれた案山子みたいに、肩を落とした。これではまるで晴美が早紀に説教をたれているか、いじめているみたいに見える。「説教」はあながち間違ってはいないけれども。
 晴美がちらちらっと周囲をうかがうと、こちらを注視している涼万に気づいた。晴美はややうろたえた。
 さっき合唱が終わったとき、晴美はまっさきに最後列にいる涼万を振り返った。あのときも涼万の目線は早紀に注がれ、何やらジェスチャーで会話しているようだった。心に小さくひっかかっていた、その光景が思い出された。
「ちょ、ちょっと、あやまらないでよ。ま、わたしも、もちろんクラスを盛り上げていくけどさ。水野さんも頑張ってってことだよ」
 と、すかさずフォローにまわった。早紀は決意するように下くちびるをかむと、まっすぐ晴美を見つめた。目の奥に力が宿っている。
「うん、分かった。ありがとう」
 離れていく早紀の華奢な後ろ姿を見ながら、小首をかしげた。
 あの子、おとなしすぎると思っていたけど、そうでもないのかな。ま、指揮をするのは、確かにうまいけど。でもなぁ……。  
 晴美は指揮者を決めたときのことを思い出して、くちびるを突き出した。あごに梅干しみたいなしわが寄る。
 本当は自分が指揮をしたかったのだ。みんなの前に立って指揮棒を振りたかった。目立ちたがり屋な性分の、格好の役目だ。適役だとも思う。そう、かなり真面目にやりたかったのだ。


※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。

#18へつづく(2022年4月15日 7時公開予定)

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著者:佐藤 いつ子

定価
1,650円(本体1,500円+税)
発売日
サイズ
四六判
ISBN
9784041124109

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