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中学生5人のさわやかで甘ずっぱい青春を描く、『ソノリティ はじまりのうた』大ボリューム先行れんさいがスタート!
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#7 放課後の特訓(とっくん)
弁当バッグをつかんだままの手で、頭の後ろをかいたときだ。どこか遠くの方から歌声がかすかに流れてきた。
──はじめはひとり孤独だった
弁当バッグを危うく落としそうになった。
えっ? 空耳? 頭を軽く振った。
耳に全神経を集中させる。
──ふとした出会いに希望が生まれ
新しい本当のわたし
歌声は続いた。
あの、声で。あの、透き通った声で。
涼万は歌声に向かって廊下に飛び出した。歌声は廊下の一番奥から流れてくる。音楽室だ。走り出したい衝動に、急ブレーキをかけた。もし足音が響いたら、驚いて歌声が止まってしまうかも知れない。
息をつめるようにして、そろりそろりと廊下を進んだ。しんとした廊下で、歌声は波になってまっすぐ自分に打ち寄せる。
廊下の壁にかけられたシューズ袋も、壁にはられた模造紙も、静かに歌声に聴き入る観客だ。窓から差し込む夕日は、細かな塵が空中で踊っているのを映し出す。塵はじっとしていられなくて、歌声に合わせて舞っているみたいだ。
涼万は音楽室の入口のすぐそばまできた。ドアは開いている。手前で立ち止まった。壁に身を寄せ、軽く目を閉じた。清らかな歌声は、まるで心の澱を洗い流すように、涼万の胸の奥まで押し寄せてはよどみなく流れていった。
ずっと聴いていたい。もっと近くで聴いてみたい。
首だけ伸ばして中をのぞいてみた。
早紀はいつもの指揮者が立つ位置で、指揮棒を振りながら歌っていた。
涼万は目を見開いた。
早紀の指先につながった指揮棒は、まるで体の一部のようになめらかに表情豊かに動く。目の前には誰もいないのに、合唱隊形に並んだ生徒たちがいるみたいだ。
水野がこんな透明な声で歌うなんて、誰も知らない。そのことを知っているのは、俺だけだ。うん、たぶん、きっと。
指揮棒を振りながら上体を揺らして歌う早紀の姿から目が離せなくなった。指先がじんじんしてきた。三度目の繰り返しのフレーズが始まった。もう歌が終わってしまう。
──はじめはひとり孤独だった
ふとした出会いに希望が生まれ
新しい本当のわたし
未来へと歌は響きわたる
次の「lalala」が続くところで、早紀は最初の「lala」でぷつんと歌うのをやめた。涼万の心臓がぼっこんと動いた。本当に何センチか前に飛び出したかと思った。
……気づかれた。
※実際の書籍と内容が一部変更になることがあります。
#8へつづく(2022年4月5日 7時公開予定)
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