「おいおい、トランプを拾うのがおまえさんの芸なんかい?」という声なども客席からあがってしまう始末。結局、つぎの歌謡ショーの時間がきてしまい、父さんは「いやあ、どうもすみません……」と長髪の頭をかきかき、舞台をおりてでていった。
タクミのとなりのテーブルのおばあさんたちが形ばかりの拍手を送りながら、ひそひそと話している。
「こんなにドキドキした手品ははじめてだわ」
「ほんとにねえ。心の臓に悪かったねえ」
まったくもって、無様としか言いようがない。
タクミは草介をうながして、そそくさと会場をあとにすると、控え室にいる父さんにはあいさつもせず、このマンガコーナーにやってきたのだった。
朝からつづいた不運と、まのあたりにした父さんの失態……。タクミがかなり不機嫌なのも無理はなかった。
「ねえねえ」と草介が笑いをかみ殺しながら、タクミに話しかけはじめた。
「……なにさ?」
タクミの仏頂づらなどには気づきもしないようすで、草介は手にしたマンガ雑誌を指さしながら話をつづける。
「この最新号の〈暗号刑事〉、読んだ?」
「……ああ」
「おもしろかったねえ。あのビリーがじつは外国の王子さまだった! なんて、びっくりだよ。でも今回の暗号は、けっこうむずかしいよなあ」
〈暗号刑事〉というのは、いま大人気の連載マンガだ。暗号を解くことだけが超得意で、ほかのことはダメダメの新米刑事、通称暗号刑事が、正体不明の利発な金髪少年・ビリーとともにコミカルに事件を解き明かす……というストーリーで、毎回ラストに次号へ持ちこす暗号がしくまれている。そして、読者がその暗号を解いて解答を雑誌社に送ると、正解者のなかから抽選で一名に作者のサイン入り色紙が贈られることになっているのだ。タクミも草介も、正解を書いたはがきをなんども送っているが、サインはいちどもあたったことはない。
草介が雑誌の暗号文をメモにひき写しつつ、うなっている。
「うーん、田んぼの絵だろ? つぎはひらがなの〈な〉、で、こっちは脳みその標本の写真、また〈な〉、最後が、蚊とり線香の絵……。いったいなんのこっちゃ? やっぱりぜんぜん、わかんないよ」
「そんなにむずかしくもないよ」とタクミ。
「そう?」
「ほら、まえに文章の行の最初の文字をつなげると意味が通じる暗号があったじゃない?」
「ああ、あったね」
「今回のは絵や写真がまざってるけど、基本はおんなじさ」
「あ! そうか!」
草介が目を輝かせて、メモにペンを走らせる。
「なるほど、田んぼだから、〈た〉でつぎはそのまま〈な〉、で脳みその〈の〉……。ああ、そうか。〈たなのなか〉ってことか!」
「そ。かんたんだろ」
「うう。まあわかっちゃえば、そうだなあ」
「草介はさ」とタクミがちょっとさとすように言う。「もうすこし注意深く考えたほうがいいよ」
「まあ、そうだよな」と草介は素直に頭を垂れている。
草介とは幼稚園のときからのつきあいだ。ケンカもいままでほとんどしたことがない。いつものタクミなら、笑ってすませるはずなのだが、今日のタクミはちがった。自分でも思いもよらないほどきつい口調で、草介にかみつきはじめた。
「そうだよ。おまえさ、いっつも自分で考えないじゃんか」
「……うん」
「このまえだって、結局オレが見つけた答えを書き写してたよね。ああいうのよくないよ」
「……なんなんだよ」うつむいていた草介が真っ赤にした顔をあげ、口をとがらせ反論しはじめた。「そりゃ、タクミは暗号を解いたりするの得意だよね。でも、ぼくは考えても考えても、ぜんぜんわかんないんだから、しょうがないだろ!」
「いろんな方向から考えなきゃダメなんだよ」とタクミもひかない。ぐいっとあごをつきだして草介にむきあう。「草介はいっつもうわっつらしか見ないで、まっすぐにしか考えないから、詰めが甘いんだ」
「人には、向き不向き、得手不得手ってのがあんだよ。タクミだって、ダメなところあるだろ! からくりのしかけはパッとわかっちゃうかもしれないけど、不器用だったり、とかさ」
「……! そんなの、わかってるよ! だから、努力してるんじゃないか!」
「さっきのおじさんの手品、失敗しちゃったから、機嫌悪いのはわかるよ。でもだからって、ぼくにあたってもしょうがないだろ」
「な! 父さんは関係ない!」
「そうかな?」
「そうだよ!」
いつしか、タクミと草介はつばをとばして言いあいをはじめていた。たしかにタクミは〈からくりじかけ〉のしくみを解き明かすのが得意だ。そのおかげか、からくり人形がらみの、町の老女をだまそうとする詐欺事件解決に一役買って、タクミと草介たちは〈からくり探偵団〉などと呼ばれたこともある。
そして、おそろしく〈不器用〉だということも、ほんとのことだ。タクミはそれを克服しようと、折り紙を毎日折ったり、木のおもちゃをつくる祖父の仕事の手伝いをしたりしているが、それでも手さきは思うようにテキパキと動いてくれない……。
草介もそのことはようく知っているはずだった。不器用なタクミをかばってくれたこともある。努力していることも知っているはずだ。それなのに、いまさらそんなことを言うなんて……。それも、父さんのことまで持ちだして……。