(いろは歌)に隠された「暗号」いっぱいのミステリー、君には解けるかな?3月26日発売予定『からくり探偵団 懐中時計の暗号を解け!』第1章を先行公開!

1 暗号刑事と不思議な少年
真坂タクミはテーブルにほおづえをつき、口をへの字にぐいと曲げ、マンガ雑誌をパラパラとめくっていた。
ここは、タクミの家の近所にあるスーパー銭湯だ。商業ビルの上層階にある銭湯で、館内の露天風呂からは東京スカイツリーが間近に見える。ジェットバスや打たせ湯といったさまざまな風呂のほか、サウナ、食事処などもあって、地もとの住民だけでなく、おおくの観光客も訪れるいやしの場となっている。
そしていま、タクミがいるのは銭湯内の休憩コーナーだ。ちいさいテーブルと椅子のセットが十組ほどと、リラックスできる寝椅子がいくつかならんでいて、棚につまったマンガ本は、どれもみな読み放題になっている。
タクミのとなりにすわっているのっぽの小学生は、タクミの友人・島田草介。老舗の天丼屋〈しまだ〉の息子で、いつもはしっかりしているのだが、いまはだらしなく口もとをゆるめ、ときおり「グフッ」と不気味な笑いをもらしつつ、マンガに夢中になっている。
とにかく今日、タクミは朝から、ありえないほどツイてなかった。
まずは、階段からまっさかさまに落ちる夢で目が覚めた。そのときベッドからズデンと転げ落ち、したたか腰を打ってしまった。トイレに入ればペーパーは芯だけで、予備もない。母さんが焼いたトーストは真っ黒こげ。文句をつけたら、逆に小言をかえされるわ、着ようと思ってタンスからひっぱりだしたシャツのボタンはとれているわ、飼い猫・フクのしっぽをふんづけてひっかかれるわ……。もうさんざんな一日のスタートだった。
そしてとどめが、さきほどの父さんの芸だ。タクミの父さんは芸人で、芸名は真坂ヨージロー。ずっとひとりで芝居やコントを演じていたのだが、最近おぼえはじめた手品が評判になり、ときおり宴会などに呼ばれるようにもなってきた。今日もこの銭湯の〈午前の部〉の歌謡ショーの前座としてまねかれ、一人芝居と手品を披露しにきたのだった。
が、しかし。
得意のサラリーマンネタの一人芝居はさておき、あとの手品が最悪だった。
畳敷きの広い宴会場には、朝風呂あがりの客が十数人。タクミと草介は父さんの付き人ということで無料で入館させてもらい、湯にゆったりとつかってきた。そしてさっぱりしたあと、会場のすみっこにちんまりすわって、父さんの演技をながめながら、パチパチと手をたたいていた。
客のほとんどが年配の人だった。昼まえだというのに、ビールを手酌で飲みながら競馬新聞を見ているおじいさん、押しだまってもくもくと刺身を食べている老夫婦、グループできているおばあさんたちはおしゃべりに夢中になっている。
そんななか、父さんがひときわ大きな声で客席にむけて呼びかけた。
「はあーい、お待たせしました! 真坂ヨージロー! これからみなさま待望の手品を披露いたしまーす!」
さきの一人芝居はまあまあ受けていて、笑いもそれなりにあがっていた。それで気をよくしたらしく、父さんは気あいいっぱいに一組のトランプをとりだした。と、そのとたん、トランプの札が手からこぼれ落ち、壇上に散らばった。客はそれがひとつの見せ場だと思いこんでくれたのか、視線をさらに父さんにそそぐ。
だが、タクミはもちろん知っている。いまのはただのポカミスでしかない。ほんとうだったら、手際よく切ったカードの束から一枚を客にとってもらい、そのカードの数字をピタリとあてるという手品のはずなのだ。
「あああっ! すみませんね。いやはや、どうしたものか。カードが勝手にとび散っちゃって……」とタクミの父さんが長身の体をかがめてトランプを拾いはじめる。
タクミがハラハラしながら見守るなか、ようやく父さんの手にカードがそろい、手品がはじまるか……と思ったとたん、またもやカードが散乱してしまった。
「あっちゃあ!」と父さんはまた腰をかがめてカードを拾う。
あろうことか、おなじようなことがこのあと四度もつづいてしまったのだ。
