
あかねとかえでは、見ためがそっくりのふたご。親たちから「ちゃんと女の子らしく、男の子らしくなって」と無理強いされちゃった2人は、ある「チャレンジ」を思いついて……?
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20 「チームふたご」のチャレンジ
「えー、今日の学活の時間は、お知らせしていたように、レクリエーションです!」
お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、左野先生が開口一番にそう言った。
ざわめきたつクラスメイトの表情は、明るい。
授業を受けずにすむってだけで、ラッキーだもんね。
「それで、レクの内容なんだけど、あかねくんとかえでさんがアイデアを出してくれてね」
みんなの興味しんしんの視線が、左野先生から、うちとかえでへとうつった。
「じゃあ2人から、どんなレクをやりたいのか、みんなに説明してくれるかな?」
うちは先陣を切るように、ガタンとイスを引いて、立ちあがった。
「はいっ! ええと、ひとことで言うと、みんな、オレらと勝負しませんか?」
うちが言うと、みんなが一気にざわざわしはじめる。
「勝負? あかねとかえでちゃんと?」「ええっ、なになに?」
うん、反応は上々だ。
うちは少しほっとしてから、トンと手のひらで自分の胸をたたく。
「まず前半は、オレと校庭で、PK勝負! オレがゴールキーパーをやるから、クラスのだれか1人でも点を入れられたら、みんなの勝ち!」
かえでに視線を送ると、そっと立ちあがった。
「えっと、後半は、わたしと教室で、おえかき勝負です。先生に出してもらったお題にそって、みんなで絵を描きます。そのあと、だれの絵かわからないように黒板にはって、一番うまく描けた絵をみんなで決めるの」
「で、かえでちゃんの絵が選ばれたら、『チームふたご』の勝ちってことか」
「あかねくん、PKで1点でも入れられたら負けって、ヤバくない?」
「でも、あかねくんめちゃくちゃサッカーうまいし、ありえるかもよ!」
「かえでちゃんも、すっごくおえかき上手だしね!」
ざわつく中、左野先生がみんなによびかけた。
「もう転校してきてだいぶたつけど、2人の歓迎会がわりに、みんなどうかな?」
「いいと思いまーす!」「やろうやろう!」
その言葉があと押しとなって、クラスメイトはみんな賛成してくれた。
「それじゃあ、みんな、校庭へ出ようか」
クラスメイトはぞろぞろと席をたって、教室をあとにする。
うちは、かえでの横にならんで、廊下を歩く。
「とりあえず、第1段階はクリアだねっ」
「うん、作戦どおり。まだまだ、ここからだけど」
「あの人に認めてもらうための、準備だもんね。──じゃあかえで、たのんだよ」
「うん、まかせて」
かえでは、こくりとうなずくと、1人で、下駄箱とは反対の方向へ歩いていった。
◆
校庭に出ると、左野先生が、サッカーボールの入ったカゴとグローブを運んできてくれていた。
「先生、ありがとうございます!」
「いえいえ。いやあ、あかねくんもかえでさんも、すっかりクラスになじんで、よかったよ」
左野先生はそう言って、おだやかにほほえむ。
転校生であるうちらのことを、ずっと気にしてくれていたんだろうな。
そんなことを考えながら、左野先生から受けとったグローブを手にはめる。
「あかね、もう始めていいのか?」
「いや、もう少しだけ待ってくれ」
そろそろ、かえでがあの人をつれてきてくれるはずだから──。
ちらりと校舎のほうを見ると、小柄で白髪まじりの男の人が、こちらへむかってきていた。
左野先生はその人に気づくと、まぶしい日差しの中で、目を見ひらく。
「えっ、校長先生!? ど、どうされたんですか?」
「あかねくんとかえでさんに、申し出をうけていたんです。──『転校生だからって、どこでも好きなクラブに入れるというのは、みんなに対してフェアじゃない。だから、校長先生に、わたしたちの入部テストをしてほしい』と」
「そ、そうだったのですね。2人の希望は、あかねくんがサッカークラブで、かえでさんがおえかきクラブでしたね」
「ええ。あかねくんもかえでさんも、誠実で、すばらしい生徒ですよ。感心しました」
校長先生は、きげんよく答えた。
「校長先生、さっそく始めても、いいですか?」
「ええ、どうぞ。しっかり見とどけますから。左野先生、実況でも入れてあげたらどうです?」
「いいですね。────さあ、いよいよ、チームふたごVS4年1組の歓迎試合がはじまります!前半戦はあかねくんとのPK勝負……いざ、試合スタートです!!」
左野先生の実況が、ムードを盛りあげてくれる。いいぞっ!
「よーし、1人ずつ、どんどんけってくれ!」
うちはサッカーゴールの前に立ってさけぶ。
「じゃあ、おれからいくな!」
まず、名乗りをあげたのは、藤司だった。
カゴからサッカーボールを取りだすと、うちとむかいあう。
「なああかね、結局、サッカークラブにするのか?」
藤司はまわりにはきこえないよう、小声でうちに言った。
そっか、藤司にはこの前、クラブのことで相談したもんね。
「ああ。オレ──あかねは、サッカークラブがいいんだ」
「そっか、わかった。──手かげんはしないからな!」
「あたりまえだ、こいっ!」
うちがニッと笑うと、藤司はボールから数歩距離をとる。
右か、左か……さあ、藤司はどっちでくる!?
かるくステップを踏みながら、タイミングをとった藤司が蹴ったのは──。
正面……いやっ、真上! しかも、ゴールポストぎりぎり!?
「ぅりゃっ!」
うちはとびあがりながら、頭上にとんできたボールへと両手をのばす。
手のひらに当たったけれど、いきおいをころしきれず、ボールが手からはなれる。
軌道がそれたボールは、音をたてて、サッカーゴールのポストにぶつかり、外にはずれた。
うわわっ、ギリギリ!
クラスメイトからも、おおおおっと歓声があがる。
「あーっ、おしい!」
「あぶないあぶない。さあみんな、どんどんこーい!」
藤司が率先して始めてくれたおかげで、ほかの子たちも、次々にボールを蹴る。
ヒヤリとするいいシュートもあれば、大きくはずれるものまで、いろいろだ。
やっぱり、ボールを蹴りなれているのは男子が多かったけど──。
「いくね、あかねくん!」
「おう!」
クラスメイトの……沢渡さん、だったかな? 背が低くてきゃしゃな女子から、はなたれた1本。
ゆったりした助走だと思っていると、とつぜん、リズムが変わって。
テンポアップしたまま、沢渡さんは迷いなくボールを蹴った。
ひざ下の低い位置を、サッカーゴールの左はじめがけて、するどくかけぬけていく。
「えっ、うわっ!?」
ふいをつかれたうちは、とびつくようにして、ボールを全身でかかえこむ。
砂だらけの地面にたおれこみながら、どうにかキャッチすることができた。
ギャラリーから、ここ一番の歓声がわきあがる。
「あ、あかねくん、大丈夫っ!?」
うちはむくりとおきあがると、すぐさま沢渡さんのそばへ走る。
「すごいっ!!」
「えっ?」
「今のシュートだよ! マジで、点入れられたかと思った!」
「ありがとう。じつは、お兄ちゃんといっしょに、サッカーチームに入ってたんだ」
どうりで! 助走からのフェイントなんて、初心者にはできないもの。
「ボールコントロールもテクニックも、すごかったよ!」
どうやら、左野先生も他の子も、沢渡さんがサッカー経験者だったことを知らなかったらしい。
「ひさしぶりに本気を出せて、楽しかったかも。点を入れられなかったのはざんねんだけど」
ぺろっと舌を出した、沢渡さん。
もしかしたら、サッカーやめたわけじゃないのかな? なんて予感がした。
「よかったら、またオレとサッカーしてよ。沢渡さんとプレイしてみたい!」
「本当? うん、ぜひ」
うちが言うと、沢渡さんは、目を輝かせて、うなずいた。
そのあとも、うちはひたすらゴールを守りつづけた。
「PK勝負の結果、あかねくんはみごと無失点! よって、チームふたごの勝利です!!」
◆
「さあチームふたご、前半戦を勝利で折りかえし! 引きつづき後半戦にうつります!」
左野先生のノリノリの実況に、みんなくすくす笑ってしまう。
教室にもどったみんなに、かえでが1枚ずつ、白い紙をくばった。
校長先生も、クラスメイトも、ゆかいそうだ。
「えっと、予告どおり、次はおえかき勝負をします。校長先生、お題を出してくれますか?」
「わかりました。それじゃあ、せっかくですし、お題は『左野先生』にしましょう」
「ええっ」と悲鳴のような声をあげる左野先生に、教壇の上にイスをおいて、すわってもらう。
「制限時間は10分です。よーい、スタート!」
かえでの号令に合わせて、みんないっせいに、鉛筆をにぎる。
左野先生をぐるりととりかこんだクラスメイトたちが、じいっと見つめては、手を動かし、また見つめ──と、なかなかおもしろい光景だ。
「はは、みんなに見つめられるのはいつものことだけど……これはなんだか緊張しちゃうなあ」
左野先生は気はずかしそうに笑いながら、みんなの視線を受けとめている。
ちらりとかえでの様子をうかがうと、勝負に気おうわけでもなく、楽しそうに描きすすめていた。
クラスで1番になれるかはわからないけど、いい絵ができあがるのは、まちがいないね。
「それでは、時間終了です。みなさん、紙を裏むきにして、教壇の上にのせてください」
左野先生が、それをシャッフルしてから、絵の右上に番号を書く。
そして、黒板一面に、みんなの絵をはりつけていった。
左野先生のにがお絵が、黒板いっぱいに広がって、にぎやかだ。
みんな席を立って、わらわらと黒板の前に集まる。
お題はいっしょなのに、マンガっぽい絵から、現実的なタッチの絵まで、たくさん!
こうして、ながめているだけでおもしろい。
クラスメイトも、「すげー」とか、「これだれのだ!?」とか、口々にさわいでる。
んー、かえでの絵は、多分あれだな。
かえではふだん、教室では、かわいい動物やキャラクターの絵を描いているから、みんなにはパッと見じゃわからないだろう。
ひととおり絵を見おえると、うまいのを1つ選ぶとしたらどれか、という話になる。
そしてだんだんと、この2つのうちのどちらか、という空気になった。
1つは、やわらかなタッチで、あたたかく左野先生を描いた絵。
色づかいもせんさいで、とてもこまやかだ。
もう1つは、鉛筆をななめにしてはしらせた、画家さんのようなハッキリしたタッチの絵。
色はぬられていないけど、しっかりと左野先生の特徴をとらえている。
「この2つ、めちゃくちゃうまいよな」
「うーん、どっちだろう。迷う……」
挙手で決めた結果、わずかな差で、8番の絵が選ばれた。
鉛筆だけで描かれた、ハッキリした絵がらのほうだ。
「どのにがお絵も個性があって、先生はすごくうれしかったよ。でも、これは一応、チームふたごとの勝負っていう話だったもんね。──さあ、はたして、この選ばれた絵は、かえでさんのものなのでしょうかっ!?」
「この絵は──」
みんなが、かえでの答えを、かたずをのんで待つ。
「──わたしが描いたものです」
わっ、と教室がわいた。
「ってことは、チームふたご、W勝利じゃん! すごすぎだろ」
「もう1つの絵のほうは、だれが描いたんだろう?」
「えっと、もう1つのほうは、俺だよ」
クラスがそわそわしはじめた中、男子の1人が手をあげた。
いつも外遊びをいっしょにしてるメンバーの、真壁だ。
みんなのおどろいた表情を見て、真壁はふたたび口を開く。
「俺、外で遊ぶのも好きだけど、絵を描くのも好きでさ。学校には持ってきてないけど、今は、水彩色鉛筆で描くのにハマってる。描き心地はふつうの鉛筆だけど、水をたらすと絵の具みたいになって、色が混ざりあうのがおもしろいんだ」
「へー、すごいな! そういや、おまえんち、画用紙とかマンガとか、いっぱいあったな」
「おう、姉ちゃんがマンガ好きで、最近はいっしょに描いたりしてんだ。今度きたとき見せるよ」
真壁は藤司にむかって、うれしそうにそう告げた。
パチパチパチ
手をうつ音の主は、満足そうにほほえむ、校長先生だ。
「あかねくんも、かえでさんも、おみごとでした」
「あ、ありがとうございます」
「校長先生っ、入部テストの結果は?」
「もちろん、文句なしの合格ですよ。ぜひその才能を、サッカークラブとおえかきクラブで発揮してください」
校長先生はにこやかに、うちらを見くらべて言う。
「わかりました。──校長先生、その言葉、わすれないでくださいね」
「? ええ、男に二言はないですよ」
うちが念をおすと、校長先生はこまったように笑いながらうなずいた。
よっし! 第2段階、クリア!!
かえでと計画したとおり、はっきり言葉にして言ってもらえた!!
よし、いくぞ。
うちは、そっとかえでと視線を合わせて、小さくうなずく。
ここからは、うちらが……みんなが、自分らしくいられるための、第一歩。
行動をおこしたら、うちらは居場所をなくすのかもしれない。
それでも、うちらは戦うって、立ちむかうって、決めたんだ。
きっと……伝わるって。だれかがわかってくれると、信じて!
うちは、まっすぐに校長先生を見すえる。
「校長先生。今、特別に、クラブの入部の枠を増やしてくれたわけですよね、本当にありがとうございます。……でもそれ、もしもオレ──あかねが女子で、かえでが男子だったとしても、校長先生は、同じ対応をしてくれましたよね?」
「………………えっ?」
おだやかに堂々としていた校長先生の顔が、ぽかんと丸くなった。
まるで、化けの皮がはがれたタヌキみたいに。
「だって、オレもかえでも入部テストを合格したわけだから、性別なんて関係ないですよね?」
「や……いやいやあかねくん。きみたちは知らなかったかもしれないが、うちの学校では、サッカークラブは男子が、おえかきクラブは女子が、所属することになっているんですよ……」
「それは、どうしてですか?」
うちに言葉をさえぎられて、校長先生のタヌキ顔が、ちょっとだけムッとなった。
「それは、サッカークラブを希望するのは男子で、おえかきクラブを希望するのは女子だから。かんたんな話ですよ」
「つまり、サッカーを好きなのは男子で、絵を描くのが好きなのは女子だってことですか?」
「ええ、そのとおり」
かえでの質問に、校長先生は大きくうなずいた。
うちが、かわって口を開く。
「でもそれ、オレたちは、ちがうと思います。『そういう子が多い』っていうだけで、みんながみんな、性別で好きなものが変わるわけじゃないですよね?」
「……わかった、わたしの説明のしかたがわかりにくかったようですね。言い方を変えましょう。好きかどうかはともかく、得意なものには、よほど特別な人以外、どうしても性差というものがあるんですよ。ほら、女子は気配りに長けて手先も器用だし、男子は筋力があり、体格にまさる。それに、クラブごとに定員は限られているからね、なるべく、得意なことをやらせて、才能を伸ばしてあげることが、その生徒のためになるというのが、校長であるわたしの考えです。──どうだろう、わかったかな?」
校長先生は笑みをうかべ、うちらをさとすように、おだやかに告げる。
……でも、胸を張って言うその目は、さっきまでとはちがう。
笑ってなんかいない。
小柄だとはいえ、うちらよりはるかに高い位置から、じいっと見おろしてくる。
『校長先生(わたし)の言うことに、だまって従いなさい』──そう言わんばかりに。
うちもかえでも、思わず後ずさりしそうになる。
だけど……ここでさがっちゃだめだ!
うちは、そっとこぶしをにぎりしめる。
──そもそも、校長先生の主張は、まちがってるよ。
レクリエーションが、あらためて気づかせてくれたんだ。
「さっきのレク、見てくれていましたよね。オレも正直、手ごたえのある人は、男子が多いと感じたけど……でも、だからって、オレから得点をうばいかけたのは、男子だけじゃなかった!」
「おえかき勝負で、わたしと最後まで競ったのも、女子じゃなかったです。あくまで、このクラスでの結果だけど……でも、得意かどうかは、性別のちがいじゃなくて、その人次第のはずです!」
食いさがるうちらに対して、校長先生は、わざとらしくため息をついた。
「そりゃあ、あくまで割合的な話ですから。例外を挙げれば、キリがないですよ」
「その『割合』っていうのだって、生まれつきの性別だけがつくるものじゃないと思う……!
──男の子だから。女の子だから。男の子らしい。女の子らしいって。なにげなくかけられる言葉が、『呪い』みたいに、子どもの『得意』をうばうことだってあるんだっ……!」
うちは思わず、教室にひびくくらい、さけんでしまった。
うちはサッカーチームにいられなくなってから、ろくに練習ができなかった。
体育の授業や、遊びとしてサッカーをしている子になら負けないけど、チームで毎日練習を積んでいるような人には、もう歯がたたないだろう。
かえでは、絵を描くのが好きだけど、色はぬらない。
ずっと、ノートのすみやチラシの裏紙に、鉛筆でこっそりと描いては、消しつづけてきたから……。
「どうしたんですか、さっきからきみたちは、むきになって。冷静になって考えてごらん。元気で運動神経バツグンなあかねくんが、サッカークラブに。つつましくて絵の上手なかえでさんが、おえかきクラブに……ほら、どこにも問題はないでしょう?」
校長先生は、荒ぶった子どもに言いきかせるように、威厳のこもった声を出そうとしてる。
うちが男子であること、かえでが女子であることを、強調しながら。
「問題なら、あります。わたしたちの存在が、校長先生がまちがっていることの証なんです」
「はあ? 意味がわからんな」
「だって、オレたちは──うちらは、『とりかえ』ているから」
「『とりかえ』……?」
校長先生が、たどたどしくくり返す。
いよいよ、『あかねくん』と、おわかれのときがきた。
「かんたんな話よ。うちらは『あかねくん』と『かえでさん』じゃなくて、本当は、『あかねさん』と『かえでくん』なの!」