「猫舌ですね。ごくごくポピュラーな魔物ですよ」
「ひえ……」
こんなのがポピュラーだなんて、冗談じゃない。
いさなの気持ちも知らないで、おっちょこ先生はぺらぺらとしゃべりつづけました。
「この魔物に取り憑かれると、熱いものを食べるのが苦手になり、よく口の中や舌を火傷するようになるんです。松谷さん、熱い食べ物が苦手になっていませんか? さっきも舌を火傷したって言ってましたよね?」
「そ、そういえば、最近、急に……ぜ、ぜんぶ、この猫舌のしわざだったってこと?」
「そういうことですね。さて、それではさっさと捕まえてしまいましょう。ほら、手でつかんで。そして、『猫舌、見つけた!』と、声に出して言うんです」
「……かみつかれないかな?」
「大丈夫ですよ。魔物は、人間の体を直接攻撃することはできないんです。だから、安心して、手でつかんでください。ほらほら、早く」
「……うそだったら、先生をぞうきんみたいにしぼるからね」
ちょっと泣きそうになりながらも、いさなは恐る恐る猫舌に手をのばしました。猫舌は逃げることもせず、おとなしくいさなの手の中におさまりました。まるでゼリーみたいな、ぐにぐにとした感触です。
「ひええ、なんか気持ちわる~!」
「ほら、早く言って。さっき魔法の呪文を教えたでしょう?」
「ね、猫舌、見つけた、が魔法の呪文だって言うの?」
いさなが言ったとたん、ぱちんと、音を立てて、猫舌が消えました。そして、いさなの手には、小さなビー玉のようなものが現れました。赤と黒の縞模様の玉です。
よくできましたと、おっちょこ先生が言いました。
「名前を言い当てることは、正体を暴くことです。そして、正体を暴かれた魔物は、姿を保っていられません。こうして、魔気の塊になってしまうというわけです」
「こ、これが魔気なの?」
「はい。猫舌の魔気です。あのティーポットに入れてください」
「……う、うん」
いさなは、魔気の塊をティーポットの中に落としました。こんと、小さな音がしました。
すると、真っ黒だったティーポットに、うっすらと銀色の文字が浮かびあがったではありませんか。
「うわ、なにこれ!」
「魔気が少したまったということです。魔気がたまればたまるほど、魔法陣と呪文が浮かび上がるのです」
「へえ」
「でも、これではまだまだ足りませんね。あと二匹分くらいは必要かしら」
「……その二匹も、あたしに捕まえろって言うんでしょ?」
「もちろんですよ」
当たり前のことを言わないでくださいと、おっちょこ先生はいさなを軽く睨みました。
「こんな調子で、どんどん魔物を捕まえて、魔気を集めていきましょう。世の中には色々な魔物がいますからね。すぐに集まると思います。そうだ。そこの魔物辞典を特別に貸してあげます。あとで読んで、色々と勉強しておいてください。あ、そうそう。そこのひきだしを開けて、人形を出してください」
「人形?」
ひきだしを開けてみたところ、中には確かに人形が入っていました。といっても、わらでできたわら人形です。げっと、いさなは顔をしかめました。
「わら人形って、誰かを呪うためのものなんでしょ? こんなの持ってるなんて、先生、最低」
「失礼な! 勘違いもはなはだしいですよ、松谷さん。これは呪い用じゃありません。魔女七つ道具の一つ、身代わりわら人形です。魔女って、急な魔女会があったりして、けっこう忙しいんです。そういう時でも、身代わりを残していけば、まわりの人に怪しまれずにすみますからね」
「このわら人形が、先生の身代わりになるの?」
「ええ。性能は抜群です。なにしろ、ブランド品ですからね。ほんと、高かったんですよ! それに、これは魔法というより、からくり道具ですからね。魔法が使えない状態でも、問題なく機能してくれます。さ、それを床に投げてください」
いさなはわら人形を床に投げました。
とたん、わら人形はぼんと煙に包まれ、次の瞬間、白衣姿のおっちょこ先生が現れました。どこから見ても、本物そっくりです。
「うわ、すご!」
「ふふ。これを保健室に残していけば、怪我人や病人の手当てもちゃんとやってくれますからね。わたしがいなくなったこともばれずにすむから、一石二鳥です」
「いいなあ。テストの時にほしいなあ」
そんなことをぼやきながら、いさなはおっちょこ先生と魔法のメガネと魔物辞典をかかえ、身代わりのおっちょこ先生と一緒に、魔女の部屋を出ました。ばしんと、ロッカーのドアを閉めれば、そこはもう元の保健室です。
身代わりのおっちょこ先生は、さっそく机の前の椅子に座り、消毒用の脱脂綿を作り出しました。それを見て、「本物よりも優秀かも」と、いさなは思いました。
「で、先生はどうするの?」
「とりあえず、保健室に隠れて、のんびりしています。また、明日、ここに来てください。一緒に魔物探しをしましょう。そうだ。できるだけ大きなポケットがついた服を着てきてほしいですね」
「……ポケットに入って、一緒に行動するってことね?」
「そういうこと。それから、明日までに魔物辞典をよく読んでおいてください。魔物の正体がわからなくては、見えても捕まえても、どうにもなりませんから」
「うへ、宿題かぁ」
首をすくめながらも、いさなはうなずきました。
その夜、いさなはぺらぺらと魔物辞典のページをめくりました。どのページにも、魔物の絵と名前と、どんな力を持っているのかが書いてありました。
なかなかおもしろそうでしたが、とにかく量がすごいので、勉強嫌いないさなはすぐに音をあげてしまいました。
「もういいや。明日、先生と一緒に探せばいいんだものね。先生なら、すぐに魔物の正体がわかるだろうし。……まったく。おっちょこ先生ったら、ほんと、ろくなことしないんだから」
でも、本当のことを言うと、いさなは少しだけ感謝していました。
おっちょこ先生のおかげで、自分に憑いていた猫舌を追い払えたのです。おかげで、今日の晩ご飯の熱々シチューを、おいしくいただくことができました。
「恩返ししなくちゃね」
明日中に、十分な魔物を捕まえられればいいなと思いながら、いさなはふとんに入ったのでした。

魔物探しをはじめることになった、いさなの運命は……?
『おっちょこ魔女先生 保健室は魔法がいっぱい!』は3月13日発売予定です!
楽しみに待っていてくださいね☆