「ちょ! こら、放しなさい! あ、違う。今のはなしなし! なんにも言っていませんよ、わたしは。ただのハムスターでーす!」
「もうごまかすのは無理があるってば、おっちょこ先生」
いさなはあきれながら言いました。
「つまり、おっちょこ先生は魔女で、間違って自分に魔法をかけて、ハムスターになっちゃったわけだ」
「な、なんでわたしが魔女だと!」
「だって、さっき自分でぺらぺらしゃべっていたでしょ? あれで、だいたいのことはわかるって」
「うう……」
頭をかかえるハムスター。
もう逃げないだろうと思ったいさなは、ハムスターをベッドの上に下ろしてあげました。
「ほんとにおっちょこ先生なんだ。……変な先生だとは思ってたけど、まさか魔女だったとは思わなかったなあ」
「ええ、ええ、そうですよ! わたしは乙千代子で、魔女ですよ!」
開き直ったかのように、ついにハムスターは認めました。
「魔女なのに、どうして保健室の先生なんてやってるの?」
「あら、けっこう多いんですよ。学校の保健室って、色々な子がやってくるでしょ? 怪我人や病人だけじゃなくて、悩みがある子、寂しい子とかが。いい魔女はそういう子供達を癒やすのが仕事だから、保健室の先生はうってつけなんです」
「じゃあ、おっちょこ先生の前にいた大岩先生も?」
「あの人もそう。というか大魔女で、わたしの師匠でもあるんです。……怒ると、すっごく怖いんですよ」
おっちょこ先生は大岩先生のことが相当怖いようで、ぶるぶると震え出しました。
「そうかなぁ? 大岩先生って、すごく優しそうに見えたけど」
「あんなの、見せかけです! 本当はほんとにほんとに怖いんだから! あれ? というか、松谷さん、どうしてここに? 見たところ、怪我はしてないようだけど、お腹とか頭とか痛いんですか?」
「……今頃、それに気づくなんて、やっぱりおっちょこ先生だ」
いさなは苦笑いしながら、舌を火傷したんだと話しました。
「ああ、舌の火傷って、けっこうぴりぴりしますよね。そこの机のびんの中に、いつものキャンディが入っていますよ」
「ありがと」
いさなはさっそくキャンディをつまみとり、口の中に放りこみました。なんともいえない甘みが広がり、舌の痛みがどんどんうすれていきます。
「そっか。おっちょこ先生が魔女ってことは、このキャンディも魔法の薬ってことだよね?」
「そのとおり。ちょっとだけ回復魔法がこめてあります」
「なるほどね。だから、食べると気分がよくなったり、痛みがひいたりするんだ。……もしかして、これ、先生が作ってるの?」
「当然です。回復キャンディ作りは、魔女学校で最初に習うことですからね。効き目抜群のキャンディをおいしく作れることは、一人前の魔女のあかしなんですよ」
むふんと、自慢そうに鼻息をつくおっちょこ先生。まるで自分をほめてと言っているかのようです。
キャンディをなめながら、いさなはおっちょこ先生に聞きました。
「じゃ、先生は一人前の立派な魔女ってことだよね?」
「もちろんです」
「その立派な魔女が、どうして、ハムスターになっちゃったの?」
「う……」
たちまちおっちょこ先生は弱気な顔になりました。もじもじと両手をもみながら、小さな声で言いました。
「それがその、暇だったから、変身魔法の練習をしようと思って。そこの枕をハムスターにしてみようとしたんです。でも、どういうわけか、魔法がはねかえってきて、わたしに当たっちゃったんです」
「自分で元には戻れないの?」
いさなの言葉に、ハムスターはイライラした様子で耳をかきました。
「それができたら、とっくのとうにやってますよ」
「あ、そっか」
「自分にかけた変身魔法は、自分ではとけないんです。魔法の基本第十一条にも書いてある常識ですよ」
「いや、あたし、そんな常識知らないし」
「ああ、大失敗ですよ。魔法に失敗したあげく、子供に正体を知られるなんて、師匠にばれたら……だいたい、昼間の学校では魔法は使っちゃいけないことになってるし。うー、どうしようどうしよう」
めそめそしているハムスターに、いさなは冷静にアドバイスをしました。
「しょうがないと思うよ。さっさと大岩先生に謝って、魔法を解いてもらったほうがいいって。師匠ってことは、先生よりすごい魔女なんでしょ? 大岩先生なら、元通りにできるんでしょ?」
「できるでしょうね。ちょちょいのちょいと魔法を解いて、その後、地獄の悪魔みたいにわたしのことをしかるに決まっていますよ。ああ、やだやだー! それだけはほんとにかんべんですよー!」
「しかられるのがいやって、そんな子供みたいなこと言ってちゃだめだよ」
「そんなことが言えるのは、師匠の怖さを知らないからですよ! もし今回のことがばれたら、きっとタワシの刑を受けます。タワシに変えられて、一日中鍋の底をこするのに使われるんです。いや、もしかしたら、ほうきの刑かも。でも、なにより最悪なのはぞうきんの刑ですよ! 汚い床やトイレそうじに使われるぞうきんにされるんですよ? こんな恐ろしい罰、他にないでしょう?」
「た、確かに、それはおっかないね」
「……こうなったら、最後の手段です」
きりっと、おっちょこ先生はいさなを見つめてきました。見た目はかわいいハムスターなのに、なんだか鬼気迫るような迫力が漂いだしていました。
「松谷いさなさん、あなたにわたしの魔法を解いてくれるよう、依頼します」