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【期間限定】『スピカにおいでよ 放課後カフェとひみつの仲間』1巻まるごとためし読み連載 第9回


【学校でもない。家でもない。見つけた!わたしの大事な場所】大人気作家・夜野せせりさんの『スピカにおいでよ』を、期間限定で1巻丸ごとためし読み♪ ユーウツな気分をふきとばす、応援ストーリーです!(毎週木曜更新、公開期限:7月31日(月)23:59まで)





   14 お庭でクッキーパーティ! 


 

 ひみつきちスペースの、右側から庭へ出る。
 ふわりと、やわらかい風がほおをなでる。ハーブのさわやかなかおりを、胸いっぱいに吸い込んだ。
 白いハナミズキの花がたくさん咲いて揺れている。きれいだなあ。
 庭の中心に、奏太朗(そうたろう)先生が、キャンプ用の折りたたみテーブルと椅子を置いた。
 七瀬(ななせ)くんが、テーブルに銀色の四角いトレイを置いている。
 トレイに並んでいるのは、たくさんのクッキー!
 まるいバタークッキーの真ん中に、真っ赤なジャムがトッピングされてる。
 ココア生地とバター生地がチェック模様になった四角いクッキーもある。
 スライスアーモンドが練り込まれたココアクッキーも。
 まるで宝箱をひっくり返したみたい!
 葉子(ようこ)さんが、透明なガラスポットに入った紅茶を、氷がぎっしり入ったグラスに注いでいる。
 わたし、実は紅茶って飲んだことないんだけど、すっごくおいしそうに見えるよ。
「アイスティー、シロップを入れたら甘くなって飲みやすいよ。おれはいつもミルクを入れる」
 七瀬くんが教えてくれた。
「家ではぜんっぜん飲まないけど。ここで飲むのは、おいしいんだ」
 ふんわりとやわらかい、七瀬くんの笑顔。
「あの、七瀬くん」
「ん?」
「きのうは、ありがとう」
 今日、学校で言いそびれていた。ずっと七瀬くんにお礼を言いたかったのに。
「きのう?」
 七瀬くん、ぴんときていないみたい。
「遠足の時。縄跳びにさそってくれて。あれがきっかけで、わたし」
 教室に仲間ができた。
「おれはべつに、なにも。おれが高梨(たかなし)さんと遊びたかったからさそった、それだけだよ」
 さらっと、なんでもないことみたいに、七瀬くんは言う。
 おれが高梨さんと遊びたかった……。
 深いイミはないってわかっていても、胸の奥が熱くなってしまう。
 どうしよう。心臓がどきどきして、七瀬くんに聞こえてしまいそう!
 その時。
「うまそーっ」
 突然、わたしと七瀬くんの間に、大きな手が割って入って、トレイのクッキーをつまんだ。
「ん。絶品」
 もぐもぐとクッキーを食べているのは、桐斗(きりと)くん!
「あっ、フライングずりぃ! おれはアイスティーができるまで行儀よく待ってんのに」
 七瀬くんが桐斗くんを軽くにらむ。
「昴(すばる)は優等生だからな。ほら」
 桐斗くんが七瀬くんの口元に、ココアクッキーを差し出した。
 鳥みたいにぱくっと食いつく、七瀬くん。
「うま」
「だろ。止まんねーよな」
 桐斗くんがジャムクッキーに手をのばす。
「こらっ!」
 かりんちゃんが割って入って、桐斗くんの手をぺしっとたたいた。
「いってー」
「ちょっと撫でただけじゃん。大げさだなあ」
 桐斗くんと七瀬くん、そしてかりんちゃん。みんな、仲いいんだ。まるできょうだいみたい。
 かりんちゃんは、学校に行けなくなったかわりにここに来るようになったって言ってたけど、桐斗くんと七瀬くんは、いつから通ってるのかな?
 何がきっかけで、ここを知ったんだろう。
 七瀬くんのレモンの鉢植えは、今日も元気にみずみずしい葉っぱをしげらせている。
 七瀬くんのこと……もっと知りたい。
 やがて人数分のアイスティーの用意ができて、みんなで乾杯。
 シロップを溶かして、ごくごくと飲んだ。なんだかおとなの味! 甘ずっぱいジャムクッキーがすごく合う。
「いいなあ。いつもこんなにおいしいおやつが出るの?」
 先週はレモンクリームソーダだった。
「うん。だから、高梨さんも通いなよ」
 七瀬くんがいたずらっぽくほほえむ。
「通いたいけど、それじゃまるで食べ物目当てみたい」
 でも……。ふざけあっているかりんちゃんと桐斗くん、そしてとなりにいる七瀬くんを交互に見やった。
「わたし、ママに頼んでみる。ここに通いたいって」
 アイスティーのグラスをにぎりしめた。
 苦手な算数克服のため、って言ったら許してくれるかも。
「そうしなよ。高梨さんが毎週ここに来ることになったら、かりん、すごく喜ぶと思う」
 七瀬くんのさらりとした前髪が春風にゆれている。
 かりんちゃんを見つめる、その横顔が、すごくおとなっぽく見えて……。
 息が苦しくなる。七瀬くんはやっぱり、かりんちゃんのことを想っているんだ。
 ふいに、七瀬くんがくすくす笑い出した。
「かりんのやつ、踊ってる。ダンスしてんのなんてはじめて見た。なんかすげーキレがあるんだけど」
「ダンス?」
 見ると、かりんちゃんが、奏太朗先生と桐斗くんの前で、かろやかにはねてはずんでステップを踏んでいる。
 そのすがたが、光が舞うように、きらきらかがやいて見えて。
 わたしは一瞬、見とれた。そして。
「あの振り付けは!」
 すぐに気づいて、わたしは立ち上がった。あのダンスは、「リアライズ」のファーストシングル、「ビタースイート・スクールデイズ(略してビタスク)」のサビの振り付けだ!
 わたし、実はむかし、こっそり動画を観て練習したことがあるんだ。でも、運動神経がないのかダンスセンスがないのか、何度やってもぜんっぜん思うようにからだが動かなかったの。
 いてもたってもいられなくて、わたしはかりんちゃんのそばに駆け寄った。七瀬くんもあわててついてくる。
「かりんちゃん、そのダンスは……!」
「くるみ! やっぱり気づいたか」
 かりんちゃんはにしし、と笑う。
「くるみがRUKA推しだって言ってたから、きのうリアライズの動画観てみたんだ。んで、ちょこっと真似してみたんだよね。どう?」
「ちょこっと? 真似してみた? それでそんなに踊れるの? すごいよかりんちゃん」
 わたしはかりんちゃんの両手をがしっとにぎりしめた。
「ってか、神!」
「そ、そう? 大げさじゃ……」
「だってここ、かんたんに見えるけどやってみるとすごく難しいもん。実際、合宿動画ではメンバーのERINAも苦戦してたし」
「合宿動画?」
「うん。オーディション最終グループに残ったメンバーで合宿に行って、この曲を練習したんだよ。でも選ばれてデビューできるのは10人中7人。つまり3人落ちるの。みんなライバルだけど仲間で、きずながあるから、メンバー発表の時はせつなくって……」
 ぺらぺらと早口でしゃべりまくるわたし。はっとわれにかえった時には、かりんちゃんも七瀬くんも、ぽかーんと口を開けていた。
「ご、ご、ごめんなさいっ!」
 うわーん、わたし、これで何度目?
「いいってば、あやまらなくても。前も言ったけど、くるみのそういうとこ、おもしろいと思うよ。なんで気にするの?」
 かりんちゃんは首をかしげた。
「おもしろいなんて言われたこと、今までなかったから。変わってるね、って言われたことはあるけど」
 ユキ以外の友だちには、けっこう引かれてたと思う。
 だから、好きなことについて話すの、控えるようにしようって思ってたし、RUKAへの愛をぞんぶんに語れるのは、同じリアライズファンのユキだけだった。
 高梨がアイドルに憧れてるとか、似合わないって言われたこともあるし。
 アイドルになりたいわけじゃなくって、推してるだけなのに。
「そこまで好きなものについて熱く語れるのって、長所だと思うよ」
 近くにいた奏太朗先生が、しずかにそう言った。
「引かないですか? その……、イタいって思わないですか?」
「なんで? ぜんぜん思わないよ」
 先生は、わたしの疑問をさくっと否定した。
「高梨さんって、自分じゃ気づいてないかもだけど、リアライズの話してる時、すっごく目がきらきらしてるんだよ。だから、おれもリアライズの曲聴いてみようかなーって気持ちになった」
 七瀬くんが言った。
「高梨さんに推されてるリアライズは、幸せだな」
「な、七瀬くん……」
 かあっと、顔が熱くなる。
「そうだよくるみ、あたしたちの前では、引かれるとか、そういうことはぜんっぜん気にしなくてもいいから!」
 かりんちゃんがわたしの手をとった。
「いっしょに踊ろうよ、ビタスク」
「う、うんっ!」
 それからわたしは、かりんちゃんに教えてもらいながらステップを踏んだ。でも、ぜんぜんできない。
「足がもつれる~」
 頭の中にはばっちりカンペキな映像があるのに、まったくからだが言うことをきかないの。
 でも、かりんちゃんはすごい。腕の動き、ステップのリズム、すべてさまになってる。
「運動神経いいんだね」
「まあね」
 かりんちゃんはさらっとこたえた。言われなれてるんだろうなあ。
「かりん、学校では毎日昼休みにサッカーやって、放課後はクラブでミニバスやってたんだよ」
 七瀬くんがこっそりわたしに教えてくれる。
「へえーっ!」
 そんな生活、想像しただけでへとへとになりそう。
「かりんちゃん、すごいね。わたしなんて、サッカーもバスケも、ドリブルすらできないよ。ボールがあっちこっちに行っちゃうの。ポンコツすぎて人に見られたくないレベル」
「そんなことないんじゃない?」
「いやいや、ほんとにひどいから。だから憧れるなあ、かりんちゃんみたいに運動できる子って」
「まあまあ、あたしの話はもういいじゃん?」
 かりんちゃんは苦笑した。
「それより、あっち行ってアイスティー飲もうよ。のどかわいちゃった」
 かりんちゃんはわざとらしいほど明るい声をあげると、わたしの手を引いて駆けだした。
「えっ、ちょっと待って」
 いきなりかりんちゃんが話の流れを切ったから、戸惑ってしまった。
 もしかして……。
 学校でのことを思い出した、とか? 今は学校を休んでいるから、ミニバスもサッカーもできないんだろうし。
「うわっ。クッキーもうほとんどないじゃんっ」
「残念だったな」
 桐斗くんが不敵にほほえむ。
「心配しないで。かりんさんとくるみさんのぶんは、ちゃんとこっちのお皿に取ってあるから」
 葉子さんが苦笑した。
「やった。ありがと」
 葉子さんが、わたしとかりんちゃんにアイスティーのグラスを渡してくれた。
「わあ、すごいスーッとする」
 と、かりんちゃん。
「ミントの葉を入れてみたの」
「へえー。おいしい。これ、夏に飲みたいな」
 かりんちゃんはものすごく明るい。さっき、サッカーやバスケの話をした時から、ずっと不自然にテンションが高い。
 だから、わたしは。胸が苦しくなって。
「かりんちゃんも学校に来たらいいのに」
 つい、ぽろりと、口に出してしまっていた。
 だってかりんちゃん、きっと昔は学校が楽しかったんだ。毎日走り回って、好きな仲間とバスケやって。
「かりんちゃんが校庭でサッカーしてるとこ、見たい。体育館でバスケしてるとこ、見たい。わたしもかりんちゃんといっしょに教室でおしゃべりしたい」
 かりんちゃんの目を見て、はっきりと伝えた。
 かりんちゃんの大きな瞳がゆらいで、一瞬、光がともった……ように見えた。
 でも。
「待って高梨さん、それは、まだ」
 七瀬くんがわたしの腕に手をかけた。
 はっと、われにかえる。
 わたしってば、かりんちゃんのつらさも、学校に行けなくなった事情も知らないくせに。
 ……来てほしいだなんて、すごく勝手なことを言ってしまった。
 そもそも、「今」のかりんちゃんの中に、学校に行きたいという気持ちがあるのかどうかも確かめてないのに。わたし、土足でずかずかと踏み込んで……。
「ごめんな、さ」
 うつむいて、あやまりかけた、その時。
「行ってみようかな」
 かりんちゃんのつぶやきが、聞こえた。
 思わず、顔を上げる。
「くるみがいるなら……あたし、行けるかも」
 今度は、はっきりとわかる。
 かりんちゃんの目に、星のような小さなかがやきが、宿っていた。
「かりんちゃん。わたし」
 かりんちゃんの瞳の中の小さな星を、しっかりと見つめる。
「かりんちゃんに昔何があったのかわからないけど、わたしは、絶対にかりんちゃんの味方だから!」
 それだけは、伝えたかったんだ。

<第10回へとつづく>(5月25日公開予定)


『スピカにおいでよ 放課後カフェとひみつの仲間』は好評発売中!
そして、第2巻『スピカにおいでよ ゆれる想いと仲間のきずな』が6月14日(水)に発売になるよ!
ずっと、みんなと一緒にいたい。「スピカ」で過ごす時間と、そこで出会った仲間たちは、くるみにとって何よりも大切――だったはずなのに、大事な“居場所”がなくなっちゃう!? どうぞお楽しみに☆

 


スピカにおいでよ ゆれる想いと仲間のきずな

スピカにおいでよ ゆれる想いと仲間のきずな

  • 作:夜野 せせり 絵:かわぐち けい
  • 【定価】836円(本体760円+税)
  • 【発売日】
  • 【サイズ】新書判
  • 【ISBN】9784046321633

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スピカにおいでよ 放課後カフェとひみつの仲間

  • 作:夜野 せせり 絵:かわぐち けい
  • 【定価】792円(本体720円+税)
  • 【発売日】
  • 【サイズ】新書判
  • 【ISBN】9784046321619

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