<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第16回 運命の瀬戸際

人の “不幸な未来”が見える「サキヨミ」の力を持つ私・如月美羽。林間学校で友だちの夕実ちゃんが行方不明になっちゃって……!?
※2023年12月15日までの期間限定公開です。
...。oо○ ①巻もくじ はこちら ○оo。...
...。oо○ ②巻もくじ はこちら ○оo。...
.。*゚+.*.。 16 運命の瀬戸際 ゚+..。*゚+
夕実ちゃんが、いなくなっちゃった……!?
「そそっ、それっ、どういうことですかっ!?」
思わず佐藤さんにつめよる。
「みんなで戻ろうとしていたところ、沢辺さんが急に何かに気づいて、拾い上げたそうです。止めたけれども聞かずに、そのまま滝のほうに走っていってしまった、と」
さっと、血の気が引くようだった。――滝のほう?
「どうして……!? 何かを拾ったって、それはいったい……」
「それが、よく見えなかったらしく、わからないそうです。みんな、ミミふわさんに、どうしたらいいのか聞きたいと言ってます。このままでは沢辺さん、ヘビにかまれてしまうんじゃないかって」
「ヘビ?」
塩野さんが眉をひそめる。
「それ……どういうことなんだ」
私は瀧島君と顔を見合わせた。瀧島君が、マスクの下から低い声を出す。
「……さっきミミふわが、彼女が毒ヘビにかまれるという占いをしたんだ」
「毒……!?」
塩野さんは大きく目を見開いた。その唇は、わなわなと震えている。
「沢辺さんは、私たちが助けます。あなたたちは、すぐ戻ってください!」
「あっ、あたしも行く!」
塩野さんが、真剣な表情で近づいてきた。
「あたしのせいだ。あたしが沢辺さんをここに連れてきて、あんなこと言ったから……」
「アカネだけのせいじゃないわ。私たちだって……」
「ううん、違う。ぜんぶ、あたしが悪かった。あたし、沢辺さんを盾にすることで、自分を守ってたんだ。だから、あたしが沢辺さんを助けなきゃ……」
「だめだ」
瀧島君だった。いつもより低い声で、ぴしゃりと言い放つ。
「なっ……ど、どうして!?」
「何が起こるかわからない以上、まきこむことはできない。沢辺さんは、僕たちが必ず見つけて連れ戻す。君はその帰りを待ちながら、彼女になんて言うのか、よく考えておくんだ」
塩野さんは何かを言いかけたけど、やがて口を結んでうなずいた。「行きましょう」と肩を抱く佐藤さんにうながされ、歩きはじめる。
「――僕らも行くぞ」
瀧島君が、耳元でささやいた。
「うん! 必ず無事に連れて帰るから、みんなで待っててね!」
そう言うと、塩野さんも佐藤さんも、私を見つめてうなずいてくれた。
瀧島君といっしょに、遊歩道を滝のほうへと走る。
(夕実ちゃん、いったい何を拾ったんだろう……?)
ぜんぜん、想像がつかない。でも、大あわてで走っていっちゃうくらいだから、きっと何か、よっぽどのものだったんだろう。
「さっき、話が途中だったけど……沢辺さんが言った『隠しごと』は、ミミふわのことだと考えていいんじゃないかな」
瀧島君の言葉に、どきんと心臓がはねる。
「やっ、やっぱり……そう、なのかな……」
「はっきりそうだとは、まだ言えないけどね。もしそうだった場合、如月さんはどうしたい?」
「どうしたい、って?」
「ミミふわのことは、できれば二人だけの秘密のままにしておきたかった。でも、如月さんが沢辺さんに話したいと言うのなら、僕はそれでいいと思う」
(えっ……!)
思いがけない言葉に、私は息をのんだ。それでいい、って……瀧島君、本気なの!?
「で、でも……! ミミふわのことがバレたら、雪うさの正体だって知られちゃうかもしれないんだよ!? 瀧島君、絶対に秘密は守り通さなきゃって言ったよね? 雪うさを続けるためにも、その、瀧島君の、大切な人のためにも……!」
「そうは言ったけど、如月さんにとっても沢辺さんは『大切な人』だろう。それに彼女なら、信頼できる」
「だけど……!」
そのとき、瀧島君が足をゆるめた。つられて私も立ち止まる。
立ち入り禁止の看板。その前に立ち、むこう側を見つめる夕実ちゃん。
「……そっちに行っちゃダメ!」
とつぜんの声に、夕実ちゃんがハッとふりかえる。私を見て、その目が大きく見開かれた。
「あなたの身に、危険がせまっているんです。だからお願い。私といっしょに、安全な場所まで戻りましょう!」
私の言葉に、夕実ちゃんはふるふると首をふった。
「それは、できません」
「どうして……!」
「やらなきゃいけないことがあるんです」
「自分の身を危険にさらしてまでやらなきゃいけないことなんて、あるわけ……」
そこまで言ったとき、夕実ちゃんは右手をこっちに突き出した。
その手にあるものを見て、息が止まりそうになる。
(私の、お守り――!)
夕実ちゃんが持っていたのは、プラ板と鍵のお守りだった。どうして……!? ジャージのポケットの中に入っているはずなのに!
「そ、それは……!」
思わず、声が上ずる。すると夕実ちゃんは静かに言った。
「ミミふわさんがいたところで、拾ったんです」
(あっ……もしかして……!?)
瀧島君と別れて、着がえるためにトイレに走っているとき。あのとき転んだの、ちょうどあのへんじゃなかったっけ……。
そうだ。きっと、あのとき落としちゃったんだ……!
「これ、私の友達のものなんです」
「え?」
友達、って……それ、だれのこと?
夕実ちゃん、それが私のものだって、知らない……よね?
「さっき、友達がこれを大事そうに持ってるのを見たんです」
さっきって、いつ?
私がこれを取り出したのは、トイレに行く夕実ちゃんを追いかけて、「大事な友達に隠しごとはしない」って言われた、あの後のこと。
まさか夕実ちゃん、あれを見ていたの……?
「それにこの絵、ジャスミンの花みたいだし」
「ジャスミン?」
「友達の誕生花なんです。六月八日の」
どきりとした。六月八日。それはまさしく、私の――如月美羽の、誕生日だ。
それじゃあつまり、夕実ちゃんの言ってる「友達」って……私のこと……?
「その友達が落としたんだとしたら、このあたりにいると思うんです。道に迷って迷子になってるか、この先まで行っちゃったか……それはわからないけど、とにかく連絡がつかない以上、絶対に捜して見つけなきゃいけないんです」
連絡、と聞いて、あっと思う。ポーチに入ってるスマホ、電源、切っちゃってるんだった。
「どうして、そこまで……」
「友達を助けるのに、理由なんて必要ですか」
友達、という言葉が、深く胸にひびいた。
(夕実ちゃん……私のこと、『友達』って言ってくれるんだ……)
涙が出そうになるのを、ぐっとこらえる。
「……その友達は、無事です。だから、私といっしょに――」
「無事かどうかは、この目で見ないかぎり、わかりません」
夕実ちゃんの言葉は、力強かった。私の知っている、ふんわりと優しい夕実ちゃんとはぜんぜん違う、勇ましい声。
「無事だと言うなら、友達をここに連れてきてください。そうでなきゃ、戻りません」
(そんな……!)
目の前が、真っ暗になる。
ヘビのサキヨミのことがある以上、夕実ちゃんからは一時も目を離したくない。
着がえるには、またあのトイレまで戻らないといけない。そんな時間はない。
ということは、残された手段はひとつ。
私が――ミミふわが、今ここで仮面を取って、「私が美羽だよ」と言えば……秘密を打ち明ければ、夕実ちゃんは納得してここを離れてくれる。
でも……でも、そんなこと、とてもできそうにない。
だって、打ち明けてしまったら、もう取り消せない。やっぱり言わなければよかったって思っても、どうにもならないんだ。
体が、震える。瀧島君が、一歩近づいてくるのがわかった。
メガネのむこうの瞳が、優しく細められると同時に、瀧島君は小さくうなずいた。
言葉はなかったけれど、何を言いたいのかはわかる。
「打ち明けるかどうか。それを決めるのは、如月さんだ」――きっと瀧島君は、そう言いたいんだ。
そのとき、夕実ちゃんは何かを決意したようにぎゅっと口を結んだ。そうしてくるりと背を向けると、立ち入り禁止のロープをまたいだ。
「ダメ!」
私の声にかまわず、夕実ちゃんは先へと進みはじめる。あせる心よりも先に、足が動いた。
「お願い、やめて」
夕実ちゃん、と声をかけたいのを必死にガマンして、腕をつかむ。
けれども夕実ちゃんは、キッと鋭い目つきで私を見た。
「……ミミふわさん、さっき言いましたよね。自分の気持ちを大事にして、言いたいことは言ったほうがいいって。だから、私はその通りにします」
「でも、ヘビが……!」
「その占いが当たることになっても、私は……この気持ちを、友達を助けたいっていう気持ちを、大事にしたいんです」
私を見つめる大きな目が、細かく震えていた。こんな表情をした夕実ちゃん、初めてだ。
「だから、離して……!」
言いながら夕実ちゃんは、私の腕を大きくふりはらった。
と、その手にあったお守りが大きく飛んだ。弧を描き、数メートル先の地面へと落ちる。
その、すぐ近くに――見覚えのある赤と黒の、細長いもの。
(……ヘビだ!)
ヘビは、つい今しがた、崖沿いの木の根元からはい出てきたようだった。Sの字になり、ゆっくりとお守りのほうへと近づいていく。
「ひっ……!」
ヘビを見たとたん、夕実ちゃんの体がびくっと固まった。体が、小刻みに震えている。さっき私がした「占い」の内容を、思い出したのかもしれない。
「危ない! 動かないで!」
抱きつくようにして、夕実ちゃんをその場に引き止める。
「でっ……でも……! あれは、私の友達の、大事な――」
そこまで言うと、ガクンと、夕実ちゃんの体が大きく下がった。
地面にひざをつく、真っ青な顔の夕実ちゃん。震える唇に、うつろな目。
「だっ、大丈夫……!?」
声をかけながら、ハッとする。
――私がサキヨミで見たのは……この場面?
夕実ちゃん、もしかして……ヘビを見たショックで、力がぬけちゃったの?
「……大丈夫、です」
夕実ちゃんは、弱々しくそう言って立ち上がった。でも、まだ力が入らないのか、足下はフラフラしている。
「大丈夫じゃないです! 早く戻りましょう!」
「……だ、ダメ。あれを、美羽ちゃんに、返さなきゃ……!」
夕実ちゃんはそう言って、くっとヘビのほうへと顔を向けた。
――やっぱり、もう言おう。それしかない!
私の正体を言って、お守りよりも夕実ちゃんのほうが大事だって、伝えなきゃ……!
じじじ……とノイズが走ったのは、そう決意した瞬間だった。
――フラフラと歩き出す夕実ちゃん。すると、その足が崖側の路肩を踏みぬいた。足下の地面が、ボロボロとくずれていく。あっと声を出す間もなく、夕実ちゃんは崖を滑り落ち、崖下の川へと落ちてしまう。夕実ちゃんは手足をバタバタさせるばかりで、どんどん流されていく。ついにその顔も水中に沈んでしまい……――
「……きゃあああっ!!」
サキヨミが終わったと同時に、私は悲鳴を上げた。
その声にハッとした瀧島君が、こっちに駆けよってきた、次の瞬間。
今見たばかりのサキヨミが、目の前でくりかえされた。
ボロボロとくずれる地面。落ちていく夕実ちゃん。
そのひとつひとつが、スローモーションのようにゆっくりと見えた。あわてて近づこうとするけれど、サキヨミを見た直後のせいなのか、体が思うように動かない。
重い体を必死に動かし、手を伸ばす。間に合わない。崖のむこうに、夕実ちゃんの姿が消えていく……!
(だめ、夕実ちゃんっ……!)
声にならない叫びが、ノドの奥に焼きついた。思わず目を閉じようとした――そのとき。
――ズサッ!
何かが、地面に倒れたような音がした。
見ると、目の前には、サキヨミで見たものとは違う光景が広がっていた。
くずれた路肩のすぐ近くで、崖の下に腕を伸ばす、瀧島君の背中。
(た、瀧島君……!?)
急いで走りよって、おそるおそるのぞきこむ。
すると、瀧島君の手の先に、真っ青な顔の夕実ちゃんがぶら下がっていた。
まさか、瀧島君……私の悲鳴を聞いて、とっさに動いてくれたの……!?
瀧島君の細い腕には血管が浮き上がり、ぷるぷると震えている。
「……危ないから、近よるな」
苦しそうに言った声は、私に向けられていた。
「でも、このままじゃ、二人いっしょに落ちちゃうよ!」
私は瀧島君のとなりにひざをつき、夕実ちゃんの腕をつかんだ。
「ダメだ、離れろ! ここは、大丈夫だから……人を、呼んできてくれ。もしかしたら、配信を見ていた人が、近くにいるかもしれない」
瀧島君は、声をしぼり出すようにして続けた。
「それに、君にもし万が一のことがあったら……正体がバレる、リスクが……」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ!」
言いながら、私は腕をつかむ手にぎゅっと力を入れた。瀧島君は私を横目で見ると、あきらめたように小さく首をふった。
だって、もし私が助けを呼びに行ってる間に、二人とも落ちちゃったら……私、後悔してもしきれない。
正体がバレるかもしれないから、何もしないなんて……そんなの、絶対にイヤだ。
それに、私はミミふわだ。夕実ちゃんの、あこがれの存在なんだ。
夕実ちゃんを、助ける。助けて、伝えるんだ。
ミミふわの正体。サキヨミのこと。瀧島君との秘密を、ぜんぶ。
そうして、「夕実ちゃんは大事な友達」だって……もっと仲良くしたい、もっとずっといっしょにいたいって、私の心の底からの本当の気持ちを、ありったけ伝えるんだ……!
――ズルッ……
つかんでいた夕実ちゃんの腕がすべって、数センチほど下へと落ちた。私たちを見上げる夕実ちゃんの目が、恐怖で大きく見開かれる。
(だっ、ダメっ……!)
あわてて、指の先にぎゅっと力を入れる。けれどもグローブをはめた手は、汗にぬれた夕実ちゃんの腕をしっかりとつかまえておくことができない。ひじのあたりをつかんでいたはずなのに、今にぎっているのは、夕実ちゃんの手首だ。
「ぐっ……」
となりで、瀧島君が苦しそうなうめき声をあげた。
その瞬間、夕実ちゃんの表情が、恐怖からあきらめへと変わったように見えた。
「ダメっ、あきらめないで……!」
そう、叫んだとき。
「代われ!」
後ろから、野太い声。同時に伸ばされる、浅黒くたくましい、太い腕。見慣れたジャージ。
(勅使河原先生……!?)
「沢辺、しっかりしろ! もう大丈夫だぞ!」
私をはじき飛ばすようにして瀧島君のとなりに入り込んだ先生は、あっという間に夕実ちゃんの体を崖の上まで引き上げた。夕実ちゃんは両手を地面につき、荒い呼吸に肩を上下させている。
(よかった……!)
泣きそうになるのをこらえ、私は夕実ちゃんの背中を後ろからそっとなでた。
息を切らしながら、瀧島君が先生を見上げる。
「……どうして、ここに……?」
「生配信ですよ。沢辺……彼女は、最近様子がおかしかったんです。注意して見てたのに、見失ってしまって。そしたらこの生配信に出てるじゃないですか。たまげましたよ」
「それで、ここまで来てくれたんですか?」
「沢辺といっしょにいた生徒たちから事情を聞いて、追ってきたんです。見に行こうってさわぐ生徒たちを止めるの、大変でしたよ」
そう、だったんだ……。先生、夕実ちゃんのこと、気にしてくれてたんだ。
もしかして、さっき私に声をかけたのも、夕実ちゃんのことを捜してたから、なのかな。
じいんとしていると、先生と目が合った。とたんに先生は、ぎこちなく視線を泳がせる。
「とにかく、彼女を運ばないと。うちの生徒のこと、守ってくれてありがとうございました」
そう言うと、先生は私と瀧島君に向かって深々と頭を下げた。そうして夕実ちゃんを抱きかかえると、もう一度頭を下げてから去っていった。
「よかった……もう、大丈夫かな」
私の言葉に、瀧島君はうなずいた。
「ああ。これで、沢辺さんの運命は変えられた。もう、安心だろう。……あ、そうだ」
そう言ってふりかえったかと思うと、立ち入り禁止のロープをひらりと飛び越えた。
「はい、これ」
プラ板と鍵のお守りを拾って戻ってくると、私に差し出した。
「あっ……ありがとう」
金色の鍵を隠すように、素早くにぎる。
瀧島君……私が鍵を大事に持ち歩いてることを知って、どう思っただろう。
思わず、かあっと顔が熱くなる。
そのとき、視界の端の木の根元で、赤と黒のものが動いた気がした。
すぐに目を向けたけれど、ヘビの姿はもう、どこにもなかった。