<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第13回 二重のノイズ

人の “不幸な未来”が見える「サキヨミ」の力を持つ私・如月美羽。友だちの夕実ちゃんが、何やら大変なことになってるみたいで……!?
※2023年12月15日までの期間限定公開です。
...。oо○ ①巻もくじ はこちら ○оo。...
...。oо○ ②巻もくじ はこちら ○оo。...
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遠足当日。空には雲ひとつなく、暑いくらいの陽気だった。まさしく、遠足日和。
学校からバスに乗って、キャンプ場のある自然公園まで移動する。座席はあらかじめくじ引きで決められていたんだけど、夕実ちゃんとは離れてしまって、一言もしゃべれなかった。
キャンプ場に着いた後は、班ごとに集まって自然観察をすることになっていた。
でも、うちの班は、最初からバラバラ。
塩野さんは相変わらず佐藤さんたちといっしょだし、夕実ちゃんはだれともしゃべらなくていいように、ひとり離れたところにいた。
最初は、追いかけてそばにいようとしたんだけど……夕実ちゃんは、まるで「来ないで」って言うように、硬い表情でじっと私を見つめてくる。
その大きな目で見られると、足がすくんでしまって。それ以上、近づけなくなってしまった。
でも、時間はまだまだある。
一番のチャンスは、お好み焼き作りのときだと思ってる。班のみんなで、いっしょに作業しなきゃいけないんだ。
だから、そのときをねらって、なんとか夕実ちゃんと……できれば塩野さんとも、きちんと話せればなって思う。
仲直りして、いっしょにお好み焼きを食べて。その後の自由時間を楽しく過ごせたら、最高なんだけどな。
夕実ちゃんと仲直りできれば、瀧島君についての誤解も、なんとか解けるかもしれない。
そうしたら、瀧島君にも事情を説明して、元の関係に戻れるかも。
うん、大丈夫! きっとできる。勇気を出さなきゃ!
私は、ポケットに入れたプラ板と鍵のお守りを、ジャージの上からそっとにぎった。
お昼。自然観察を終えた私たちは、さっそく屋根のついたバーベキューハウスでお好み焼きの準備を始めた。
心配していたけれど、塩野さんは思いのほか楽しそうだった。用具や具材をならべながら、てきぱきと男子たちに指示を出していく。
こんなふうに学校のみんなと外で料理をするのは、私にとっても初めての体験。
手を動かすうちに、緊張がだんだんと楽しさに変わっていくみたいだった。
「ゆ、夕実ちゃん! 豚肉切ったんだけど、これくらいの大きさで大丈夫かな?」
私の向かい側でだまってネギをきざんでいる夕実ちゃんに、思い切って声をかける。
けれど、返事をしたのは塩野さんだった。
「それ、ちょっと大きいな。もう少し小さく切ってくれないか」
「あ、はい! ご、ごめんなさい……」
私は言われた通り、一度切った豚肉をもう半分に切りはじめる。
そのとき、塩野さんがキャベツの葉を重ねてまな板に置いた。そうして、トントンと細かくきざみ出す。それを見たひとりの男子が、感嘆の声をあげた。
「塩野、うまいな。プロっぽい」
「まあな」
そのとき、夕実ちゃんの手が止まった。
「あ、キャベツは、もう少し大きく切らないと……」
けれど、塩野さんの手は止まらなかった。
聞こえなかった、わけじゃないと思う。まさかとは思うけど、無視してる……のかな。
夕実ちゃんはもう、それ以上何も言わなかった。
その後、塩野さんの指示のおかげか、具材の準備は順調に進んでいったのだけど……。
問題が起きたのは、男子のひとりがボウルで生地を混ぜているときだった。
「なんかこれ、すごく水っぽくないか?」
見ると、ボウルの中の生地は、たしかにべしゃべしゃ。
そばにいた夕実ちゃんが、それを見てぼそりとつぶやく。
「キャベツの水分かな……」
その小さな声を、塩野さんは聞き逃さなかった。
「それ、あたしが悪いって言いたいのか?」
夕実ちゃんは、あわてて首をふる。
「そんなつもりじゃ……」
その後に、ごめんなさい、という言葉は続かなかった。夕実ちゃんは、申し訳なさそうにうつむいただけ。
それを見て私は、昨日、塩野さんが「謝るな」って言ってたことを思い出す。
「これじゃ、もんじゃ焼きだな」
「いや、もんじゃにもならなくね?」
くちぐちに言う男子たちに向かって、塩野さんはいらだちの声を上げた。
「水分が多いってことは、粉を足せばいいんだ。小麦粉とってくれるか?」
「さっき、こっちもお好み焼きやりたいからちょうだいって言われて、あっちの班にあげちゃったけど」
「え、なんで!?」
「もういらないと思ったんだよ」
「そんな……!」
塩野さんの大声に、周りの班の子たちがこっちをふりかえった。
(あああ、どうしよう……!)
班の空気が、一気に重くなる。これじゃ、夕実ちゃんや塩野さんと、きちんと話すどころじゃないよ。
私は夕実ちゃんをちらりと見た。夕実ちゃんは、テーブルにならんだ食材を順番に見ている。
やがてその中から卵をひとつ取ると、そばにあった容器で溶きはじめた。
「あの……その生地、焼いてみてもいいかな」
生地のボウルを指さして言った夕実ちゃんに、私はあわてて「うん」と答えた。男子たちも、顔を見合わせてうなずく。
すると夕実ちゃんは、卵をそのまま鉄板に流し入れた。
だまったままの塩野さんが、けげんそうに眉をひそめる。
卵が固まりはじめると、夕実ちゃんはそこに生地を流し入れた。すると生地は卵の上に乗るように、きれいに広がった。
しばらく焼いてから、夕実ちゃんは両側からヘラを入れた。すると、ゆるい生地が少し周りに広がったけれども、卵が固まったおかげできれいにひっくり返すことができた。
おお、と男子から感嘆の声が上がる。夕実ちゃんはヘラを器用に使い、やわらかい生地が広がるのをおさえている。
「沢辺さん、やるな」
ほんと。夕実ちゃん、すごい……!
「夕実ちゃんって、料理上手なんだね!」
「えっ? そ、そんなことないよ」
そう言うと、夕実ちゃんは視線こそ鉄板から離さなかったけれど、うれしそうに笑ってくれた。 その笑顔が、すごくなつかしく感じられた。同時に、心がぱっとあたたかくなる。
「ううん、すごいよ。私、家で包丁を持ったことすらないもん」
そう言ってもう一度夕実ちゃんの顔を見る。すると、その表情は、また元の硬いものに戻ってしまっていた。
ふと鋭い視線を感じて、ふりかえると……塩野さんの、フキゲンそうな表情。
「……貸して。あとは、あたしがやる」
「えっ、でも……」
塩野さんは、なかば強引に夕実ちゃんからヘラを受け取った。夕実ちゃんは何か言いたそうにしたけれど、結局何も言えないまま、その場を塩野さんにゆずる。
……そんな。せっかく夕実ちゃんが、班のピンチを救ってくれたのに。
そのことが、ますます塩野さんとの仲をこじらせることになっちゃってる……!?
ああ、どうしよう。どうにかしなきゃ……!
オロオロと二人の顔を交互に見た、そのとき。
じじ……じじじ……。
(えっ……!? 何、これ……!?)
ノイズが、二重に聞こえる。こんなの、初めてだ。
とまどっている間に、視界がさっと切りかわった。
――「こんなことになるなんて、思わなかったんだ」
そう言う塩野さんの顔は、涙でぬれていた。塩野さんはそれをぬぐうこともせずに、ぐっとうなだれる。周囲にいるクラスメイトたちも、悲痛な面持ちで塩野さんを見つめている。
「まさか、沢辺さんが……」――
――木を背にして座りこむ、青ざめた顔の夕実ちゃん。唇を震わせながら、うつろな目つきで、力なく投げ出された自身の足先を見ている。そこにあるのは、カラフルな……ヒモ?――
(……今のは……塩野さんと、夕実ちゃんのサキヨミ……!?)
二つのサキヨミは、ほとんど一瞬で終わってしまった。映像の一部を切り取って次々と映し出す、映画の予告編みたいに。
だからなのか、細かいところまではっきりとは見えなかった。目が、追いつかなかったんだ。
でも、たしかなことはある。二人とも、ジャージ姿だった。
……ということは、今見たのは、今日これから起こるできごと……!?
(どうしよう――!!)
ざあっと、鳥肌が立つ。そんな。まさか、よりによって、遠足の日に……!
仲直りのチャンスだと思っていたのに。楽しい一日にしたいと思っていたのに。
なのに、今の不吉なサキヨミは、いったい何……!?
(あああっ、もう一度、思い出さなきゃ! 何が見えたんだっけ……!?)
最初に見えたのは、塩野さん。泣きながら、「まさか、沢辺さんが……」って言っていた。
夕実ちゃんも顔が真っ青だったし、何かにおびえているようにも見えた。
ということは、夕実ちゃんの身に、何か危険なことが起こる、っていうこと……!?
塩野さんのサキヨミは、きっと「夕実ちゃんに何か起こった後」のことなんだ。
「こんなことになるなんて、思わなかった」……そう言ってたよね。塩野さんが泣いてしまうほどの「こんなこと」って、いったい何なんだろう。
夕実ちゃんの身に何も起こらなければ、塩野さんのサキヨミは実現しない、ってことになるのかな。
(こういうとき、瀧島君だったら、どう考えるんだろう……)
B組のほうに、自然と目が向いた。一番端のテーブルで焼きそばを作っているのが、瀧島君の班だ。
瀧島君はもう食べ終えたのか、空の紙皿を片付けて立ち上がるところだった。
その瞬間、目が合った。ハッと、身がこわばる。おとといのやりとりや、昨日のメッセージが頭をよぎった。
けれども瀧島君の目は、すぐに私からそらされた。顔をそむけ、どこかに向かって歩いていく。
そのうち他の生徒たちの姿に隠れて、見えなくなってしまった。
(……ばかみたい)
私は、ふっと息をついた。今さら瀧島君を頼ろうなんて、都合がよすぎる。
きっと瀧島君も、そんな私の甘ったれた気持ちに気づいたんだ。
胸が、押しつぶされるようだった。息が苦しい。
でも……ひとりで、やらなきゃ。
夕実ちゃんと仲直りするって、決めたんだから。
夕実ちゃんの、本当の友達になるために。
自分だけの力で、夕実ちゃんを、助けるんだ――!