<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第8回 迫りくる運命
.。*゚+.*.。 二人の思い出 ゚+..。*゚+
「それじゃあ、あたしたちも帰ろっか」
バスの発車を見送ったところで、レイラ先輩が言った。
ここは、公園の正門。シュウと夏葉ちゃんが帰りのバスに乗りこむところを、美術部のみんなと見とどけにきたんだ。
「あの……雪うさには、おれたちのことを報告したりするんでしょうか?」
わくわくと目を輝かせる叶井先輩に、瀧島君はうなずいた。
「もちろん。皆さんのご協力に感謝することと思います」
「あの、あたしたち、いつでも力になりますから! ひー君に連絡くれれば、いつでも出動します!」
レイラ先輩が、叶井先輩を指さす。その横で、夕実ちゃんが私の顔をじっと見つめていた。
(まだ仮面してるし、大丈夫だとは思うけど……)
「如月美羽」であることに気づかれないように、あわてて視線をそらす。
「では、そのときはよろしくお願いします」
「ほんと? やったね、ひー君!」
「はい! 雪うさの力になれるなんて、光栄です!」
「……あの、ミミふわさん」
夕実ちゃんが、おずおずと話しかけてくる。
「な、なんでしょう?」
「今日のこと……私、すごく感動しました。ミミふわさん、あの子たちを危険から救ったんですよね?」
「え、ええ、まあ……」
正体がバレるんじゃないかと、ヒヤヒヤしながら答える。
「すごい! 私、ミミふわさんのファンになりました。あの、握手してもらっていいですか?」
(え……握手?)
そう言って差しだされた手を前に、私は瀧島君をちらりと見た。瀧島君は、「いいんじゃない?」と言うように、静かにうなずいた。
「えっと……では」
そう言ってぎこちなく手をにぎった私に、夕実ちゃんはとびきりの笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます! 私、今日のこと、忘れません」
そう言って、もう片方の手で私の手を包んでくる。
「こ、こちらこそ、ありがとうございました!」
少しだけノドに力を入れて、声を高くする。夕実ちゃんは笑顔のまま、私の仮面を見つめた。
「それじゃあ、お疲れ様でした!」
「またね、ミミふわちゃん!」
自転車で来たというレイラ先輩たちは、手をふりながら駐輪場のほうへと歩いていった。
瀧島君と二人になったとたん、体からどっと力がぬける。
「はあ~……つかれたぁ……」
その気のぬけた声に、瀧島君がクスリと笑う。
「ほんと、お疲れ様。そろそろ、元の姿にもどりたいだろ?」
「そうだね。拭いたとはいえ、髪もびしょぬれだし」
私は公園の中にもどり、人のいないトイレで私服に着がえた。
ミミふわの衣装をたたみながら、見晴台でのできごとを思いだす。
金網が倒れたのは、全員がその場を離れた瞬間のことだった。だれもいなかったから、もちろん怪我をした人はいない。
連絡を受けた管理事務所の人がすぐに駆けつけ、見晴台は封鎖された。
瀧島君が売店で買ってくれたタオルで体を拭き合っている間に、雨も上がっていた。
(ほんとに、成功したんだ……)
なんだか、実感がわかない。
着がえ終わり、鏡でじっくりと自分の顔を見る。見なれたはずのその顔が、いつもとは少しだけ違って見えた。
瀧島君が作ってくれた、「ミミふわ」というキャラクター。ミミふわになりきることによって生まれた、新しい私。
サキヨミを見るために、しっかりと顔を上げて、人の顔を堂々と見ることができた。こんなの、少し前までなら考えられなかった。
でも今では、このミミふわも私の一部なんだ。雪うさが、瀧島君の一部であるように。
(それにしても……なんだか、いまだに信じられないなあ)
あの優等生然とした瀧島君が、家では女装して動画を配信しているなんて。
今日家に帰ったら、雪うさの動画をもう一度じっくり見てみよう。
思わずフフッと笑いながらトイレの外に出ると、少し離れたところに瀧島君が立っていた。
もう、メガネとマスクの変装はしていない。髪はかわいてきていたけれど、服はまだのようで、ぬれた部分の色が濃くなっているのがわかる。
「瀧島君、寒くない?」
「ああ、大丈夫。歩いてるうちに、かわくだろ」
「歩いて?」
「さっき見たんだけど、次のバスまでまだだいぶ時間があるんだ。歩いて帰っても、せいぜい三十分くらいだから。如月さんはどうする?」
「ええと、私は……」
「どっちにしろいっしょに帰りたいから、バスで帰るなら待つけど」
「え……」
いっしょに、帰りたい?
(よくもそんなことをさらりと……!)
顔が熱くなるのを感じながら、私は言った。
「わ、私も、歩いて帰るよ」
「よかった。それならたくさん話せる。まだ、はっきり答えをもらっていなかったからね」
……え。
「答え……って?」
「僕の気持ちに応えてくれるかどうか、の答えだよ」
……あ。そっか。
昨日瀧島君に言われてから、まだちゃんと、答えてなかったんだ。
「ええと、瀧島君の気持ちっていうのは、つまり……サキヨミを使って、人助けに協力してほしい、ってことだよね」
「というより、僕たち二人で力を合わせて、いっしょに運命を変えていこう、ってことだ」
(二人で……か)
改めて、今日のことを思いだす。
本当に、いろんなことがあった。何度も「ムリだ」「できない」って思ったけど……。
私は今日、怖さに負けず、挑戦することが――「やってみる」ことができた。
瀧島君がほぐしてくれた、私の心。そこから生まれた強い気持ちが、シュウの……夏葉ちゃんの運命を、変えたんだ。
私は静かに息をついてから口を開く。
「瀧島君。私……」
「待って。答えを聞く前に、如月さんに謝りたいことがあるんだ」
「え? 謝る?」
「ああ」
瀧島君は、真剣な表情で私を見つめた。
「後悔してたんだ。如月さんを、ムリやり美術部に入部させてしまったんじゃないかって」
(ムリやり……?)
もち米子ちゃんのことを思いだす。言われてみればたしかに、強引ではあったけど……。
「べつに、そんなの……謝ることないよ。入部届を書いたのは、私の意志だし」
「でもあのとき引き止めなければ、入部していなかったんじゃないか?」
「そ、それは……」
……そうかもしれない。
「如月さん。どうして僕が君を美術部に入部させたかったか、わかる?」
「え? そりゃあ……」
……あれ。
そういえば、なんでなんだろう。そこは今まで、あんまり深く考えなかったけど……。
(サキヨミの話をするのに好都合だから……とか?)
すると、瀧島君が静かに口を開いた。
「如月さんと、いっしょにいたかったからだよ」
「………ふぇぇっ!?」
瀧島君の言葉に、思わず足を止める。いっしょに、いたかった……!?
(そ、それって……まさか、告白……!?)
立ちどまって口をぱくぱくさせている私を見て、瀧島君があわてて両手をふった。
「ああ、いや! ええと、その……いっしょにいる時間が長くても、不自然にならないようにしたかった、というか!」
そう言ってから、気まずそうに視線をはずす。
「今日、シュウ君と夏葉ちゃんを見てて、改めて思ったんだ。如月さんは、あの二人が付き合っているとカン違いしてた。それは僕も同じだ。つまり、年頃の男女が二人いっしょにいたら、そういう目で見られるってことになる」
(……あ。なるほど)
そういうことか。
つまり、瀧島君は、私とそういう関係だと思われるのがイヤ……ってことだね。
そりゃそうだよ。瀧島君は学校でも目立つモテ男子。一方の私は、存在感ゼロの地味女子。
いっしょにいたら、どう考えても「不自然」だよね。それに瀧島君には、「大切な人」がすでにいるんだから(性別不明だけど!)。あああっ、一瞬でもカン違いしたのが恥ずかしい……!
歩道橋にさしかかり、二人で階段を上る。瀧島君は、咳ばらいをしてから続けた。
「だから、その……今からでも、入部届は取り下げられるだろ? さっき、考えたんだ。ムリに入部しなくても、いっしょにいる方法なら他にもある。それはつまりその、実際に……」
「大丈夫だよ」
「え?」
私を見つめ、ぽかんと口を開ける瀧島君。どうやら、私の言葉が予想外だったみたい。
瀧島君を安心させるように、私は続けた。
「私、美術部に入りたい。夕実ちゃんと仲よくなれそうだし、レイラ先輩や叶井先輩もいい人たちだし。正直、絵はそんなに得意じゃないけど……瀧島君も、同じ美術部員ってことなら、私と話してても変なウワサは立てられないですむでしょ? だから、これからもよろしくね」
そう言った後も、瀧島君はしばらくぼんやりとした表情で私を見ていた。
「……ああ、うん。それなら、いいんだ。安心したよ」
そうして気を取り直したように階段を上りだした。その歩調は、心なしか速まっている。
私も瀧島君を追うように階段を上り、その背中に声をかけた。
「瀧島君。私、もう答えは決まってるよ」
歩道橋の、ちょうど真ん中。歩みを止めた瀧島君が、ゆっくりとふりかえった。
「私……瀧島君といっしょに、運命を変えたい」
その言葉に、瀧島君の顔は一瞬おどろきに包まれた。けれどもすぐに、やわらかくほころぶ。
「……その言葉が聞きたかった」
そう言って、私に体を向ける瀧島君。
「私、まだ瀧島君ほど上手にはできないだろうけど……できる限り、がんばるから」
「うん」
「見たサキヨミは全部言うし、どうすれば助けられるかも一生懸命考える。だから瀧島君も、私を頼ってほしい。まだまだ、頼りないだろうけど……」
「そばにいてくれるだけで、十分だよ」
瀧島君のその言葉に、思わず笑みがこぼれる。
(やっぱり……この人と出会ったのは、運命だったのかもしれない)
だれかといっしょにいてこんなに安心できたことなんて、今まで一度もなかった。
これからも、できるだけ瀧島君といっしょにいたい。
もちろん私と瀧島君じゃ、見た目も人気も、釣り合わないってことはわかってる。
でも、同じ力を持つ仲間なんだ。サキヨミの内容も、それを見る怖さも。もう、ひとりでかかえこむ必要はないんだ。
「行こうか」
瀧島君と、二人ならんで歩きだす。私はそのきれいな横顔を、ちらりと見た。
瀧島君のとなりにいられることが、なんだかすごくうれしくて、幸せだ。
今日一日ドキドキしっぱなしだった胸が、ふわりと優しさに包まれるようだった。
瀧島君のおかげで、私は変われた。きっとこれからも、どんどん変わっていける。
そうしていつか、「ミミふわ」に頼らなくても、人の顔を見られるようになりたい。ううん、なるんだ。
大事なのは、自分がどうしたいかっていう、気持ちだから――。
胸の中があたたかさでいっぱいになった、そのとき。
じじじ……と、ノイズが走った。私の気持ちなんか、まるでおかまいなしに。
(う、ウソ……!? まさか、瀧島君のサキヨミ……!?)
――その映像は、ほんの一瞬で終わった。
視界が切りかわった瞬間、私は瀧島君に飛びつくようにしてその腕をつかんだ。そうして、思いきり手前に引っぱる。
「うわっ!?」
とつぜん片腕を引っぱられ、バランスをくずす瀧島君。
(あ、危ない!)
支えなきゃ、と思った次の瞬間、目の前にあったのは瀧島君の顔だった。
よろめいた瀧島君は、どうやら私に向かって倒れ込んできたらしい。
気づけば、思いきり私にだきついた格好になっていた。
「ご、ごめん!」
あわてて離れる瀧島君。その顔は心なしか、赤く染まっている。
「い、今のはっ! わざとじゃなくて!」
「わかってる、私のせいだよね! ごめん、瀧島君!」
そうして私は頭を下げた。あわてて動いたせいか、心臓がドキドキとさわがしい。
「さ、サキヨミが見えたの。瀧島君が足をすべらせて、その階段から落ちるところが」
私はそう言って、数歩先のところにある階段を指さした。
「助けなきゃって思ったら、とっさに体が動いて……ごめんなさい!」
「いや……ありがとう。おかげで、助かったよ」
言いながら、瀧島君は恥ずかしそうに片手で口元を隠した。
「ほんとにごめん! 私のせいで、変なことになって……イヤだったよね」
「いや、べつに、イヤじゃないけど……」
(……あれ?)
そのとき、瀧島君のポケットがちらりと光った。見ると、何か金色のものがのぞいている。
「瀧島君、それ……」
「……え? あ!」
私の視線の先に気づいた瀧島君が、あわてたように手でそれを押さえた。
「それ……南京錠?」
そう。ポケットから見えていたのは、見晴台の売店で売っていた南京錠だった。すぐに使えるように、むき出しの南京錠に鍵が刺さっているものだ。
「いやその、これは、なんというか……」
気まずそうに視線をはずす瀧島君。見ると、耳まで真っ赤になっている。
「記念に、と思って……タオルを買うとき、ついでに買ったんだ」
「記念って……」
「……初めて如月さんと、だれかの運命を変えられた記念」
そう言って、赤い顔でうつむく。
(瀧島君、かわいい……)
いつもはクールなその表情が妙に子どもっぽく見えて、私は思わずくすりと笑ってしまった。瀧島君の顔が、さらに赤くなる。
「……ばかだと思ってる?」
「まさか! なんか、意外で。瀧島君、そういうの好きじゃないのかと思ってたから」
「雪うさやってるくらいだから、きらいじゃないよ。まあ、金網につけるのは危ないと思うけど」
そう言うと、ふっと真剣な表情になった。
「見つかっちゃったから言うけど……よかったらこれ、二人で分け合わないか?」
「え?」
瀧島君は、南京錠からはずした鍵を私に差しだした。
「シュウ君と夏葉ちゃんみたいに。今日の二人の思い出として、さ」
「……うん」
私は瀧島君から金色の鍵を受けとった。いつの間にか熱を帯びた手に、鍵はひんやりと冷たく感じる。
「あのさ。今日話してくれた、昔の友達のことだけど……。その子は如月さんのことを、うらんだりはしていないと思うよ」
(えっ……)
ユキちゃんのことだ。
南京錠を手のひらで包み、言葉を選ぶようにゆっくりと瀧島君は続ける。
「過去は、変えようがない。だから、もう……気に病まないでほしい」
まるで、ユキちゃん本人から言われているみたいだった。うれしくて、思わず顔がゆるむ。
「うん。ありがとう、瀧島君」
そう言う私の顔を見つめ、瀧島君は安心したようにほほえんだ。
「如月さんが僕の気持ちに応えてくれて、本当にうれしいと思ってる」
(……だから、その言い方は誤解をまねくってば……!)
そう思いながらも、顔は勝手に熱くなって。
赤くなってないかな……、と両手でほおを押さえたとき。
瀧島君が、そっと私の耳元に口をよせた。
「サキヨミ、雪うさ、ミミふわ。そして、今日のこと。全部、二人だけの秘密だ」
(……っ!)
秘密、という言葉の甘いひびきと、瀧島君の吐息のくすぐったさに、体がびりりとふるえる。
瀧島君と二人だけの、歩道橋の上。
「う、うん……!」
私は、そう答えるのがやっとだった。

家に着くと、シュウがソファに寝ころがってゲームをしていた。
いつものリビング、見なれた光景。その平和な日常風景に、思わず笑みがこぼれる。
「夏葉ちゃんは? ちゃんと、家まで送ってったの?」
「送ったよ。引っ越す日、おまえにもお別れを言いたいとか言ってたけど、いっしょに行くか?」
「え! いいの?」
「夏葉と友達になりたいって言ってただろ。今日、なんで来なかったんだ?」
「あ……」
そ、そうか。今日は、「ミミふわ」としてしか、夏葉ちゃんとしゃべってないんだ。
「てか、いっしょにいたの、だれだよ」
「へ?」
「体育館で、男といっしょにいただろ」
「男って……瀧島君のこと?」
「タキシマ、ね……」
シュウはそこで言葉を切って、少し考えこむようにだまった。
「……そいつ、カレシか?」
はい?
……カレシ?
カレシって……あの、彼氏彼女のカレシ? 加齢臭の略とかじゃなく?
…………はぁぁぁぁっ!?
「んんんんなわけなーいっ!! 瀧島君は、た、だ、の! 部活仲間でっ! 決してカレシとか、そういうんでは……っ!」
「ジョーダンだよ。必死になって、ばかみてえ」
くくっと笑うシュウ。や、やられた……!
そのとき。ピピピピピ、と、とつぜん電子音がひびいた。
私はあわててポケットからスマホを取りだす。これは、音声通話の着信音。
初めての着信に、瀧島君の顔を思い浮かべる。
けれど、画面に表示されていたのは、違う人の名前だった。
(夕実ちゃん……?)
「もしもし……」
廊下に出てから応答すると、元気な声がひびいてきた。
「あ、美羽ちゃん! もう体調は大丈夫?」
その言葉で、体調不良だとウソをついていたことを思いだす。
「う、うん! 体はもう大丈夫だよ、ありがとう」
「ほんと? よかった! さっきメッセージ送ったんだけど、既読がつかないから心配になって……いきなり電話して、ごめんね」
あああ、そうだったんだ、気がつかなかった。
「こっちこそ、気づかなくてごめんね。どうしたの?」
「実はちょっと、聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「うん、あのね……」
夕実ちゃんの声のトーンが、少し下がった。
「美羽ちゃんさ。私に何か、隠してること、ない?」
「……え?」
ぞわり、と背筋が冷たくなる。
(隠してること……って、まさか……)
思わずスマホを落としそうになるのをこらえ、つばを飲み込む。
(まさか、ミミふわのこと、夕実ちゃんにバレちゃった――!?)
<第9回に続く(9月19日公開予定)>
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