<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第6回 運命の日
.。*゚+.*.。 瀧島君の秘密 ゚+..。*゚+
瀧島君の顔を見つめながら、私はしばらく言葉を失っていた。
(雪うさは、僕……?)
……意味がわからない。だって、雪うさは女の子。瀧島君は、男の子だ。
え、待って。瀧島君、まさか、女の子だったの?
……いやいや、そんなわけない……よね。
「見せたほうが早いね」
瀧島君はあたりを注意深く見回した。そうして、静かにキャリーバッグを開ける。
そこに入っていたものを見て、私はあっと声を上げた。
「瀧島君、これ……!」
それは、ピンク色のド派手なワンピースだった。前にも見たことがある。これ、これは……。
「まさか、雪うさの……?」
「そう、雪うさの衣装。ただ、仮面と小道具は新しいものを用意した。妹分が、雪うさと全く同じ格好だとおかしいからね」
「妹分?」
「ああ」
瀧島君はうなずくと、左右に広がる天使の羽のような、白い仮面を取りだした。
「如月さんには、今から雪うさの妹分、『ミミふわ』になってもらう」
(………………はい?)
大マジメな顔をして言った瀧島君を見て、しばしぼう然とする私。
ええっと……今、なんて言った?
「設定は考えてきてある。雪うさの妹分で、占い修業中。決め台詞は、『ふわぽよ』。ポーズはこうだ」
そう言うと瀧島君は、両手を顔の横で羽のように羽ばたかせてみせた。真顔で。
「いやあの、ちょっと待って! 最初から、きちんと説明してほしいんだけど。まず、雪うさの正体が瀧島君っていうのは、冗談だよね?」
「本当だよ。これを見ても、まだそう思う?」
そう言って瀧島君は、ピンク色の衣装を指さした。
「いや、でも……っていうか、どうしたの、これ。買ったの?」
「姉が作ったんだよ。服飾専門学校の生徒でさ、よくマネキン代わりにされてるんだ」
へえ、瀧島君、お姉さんがいるんだ。
って、そこはひとまず、どうでもよくて。
「でもこれ、女の子の服でしょ? 雪うさは、女の子。でも瀧島君は、女の子じゃない……よね?」
不安げに問う私を見て、瀧島君はふっと苦笑いをした。
「たしかに、僕は男だよ。つまり……女装して、動画配信をやってたってこと。声は、後から加工してたんだ」
「えっ……」
一瞬、思考が停止する。
今……「じょそう」って言った?
じょそうって……助走? それとも除草?
いやでも、話の流れからしたら、どっちでもないよね。
ってことは…………「女装」?
(……えええええ――っ!?)
じょ、女装……っ!? 瀧島君が!?
「サキヨミで見たことを、雪うさの『占い』として発信してた、ってわけ。けっこう、人のためになってるんじゃないかと思うんだけど……」
口をぱくぱくさせる私から、ゆっくり目をそらす瀧島君。その顔は、ほんのり赤くなっている。

つまり瀧島君は、「雪うさ」になって占いをすることで、サキヨミで見た運命を変えようとしていた……ってこと?
「じ、じゃあ、去年雪うさがした大雪の予知! あれも、瀧島君がサキヨミで……!?」
「そう。引っ越す前、たまたまこっちに来たことがあってね。そのとき、あの体育館のとなりに住んでる人のサキヨミを見たんだよ。もち米子ちゃんのことも、おとといの『明日の占い』で警告してたんだけど。彼女は、視聴者じゃなかったみたいだ」
そ、そういえば、言ってたかも……!
「大事なものを持ち運ぶあなたは、折りたたみ傘を持ち歩くように」……大事なものって、あの交換日記のことだったんだ!
「で、でも、なんでわざわざ、女装……!?」
「……それは……そのほうが正体がばれにくいし、人気も出るだろ? たくさんの人に見てもらわないと、意味がないし……」
瀧島君はそう言いながら、ぎこちなく視線をさまよわせた。
(瀧島君が、女装――……)
衝撃的すぎて、まだ信じられない。
だって、瀧島君だよ?
真面目で頭がよくてかっこいいけど、ちょっときれいなお人形みたいだなって思っちゃうときがあるくらい、自分の気持ちをほとんど表に出さない、あの瀧島君だよ?
その瀧島君が、女装して「ぴょんぴょーん」とか……ちょっと、いやぜんぜん、想像できない。
「――おかしいって、思ってる?」
瀧島君の声に、はっとする。その顔は、いつものクールな表情に戻っていた。
「……女装までして、動画配信してること。変だって、思ってる?」
そう言って、キッと私を見すえる。まるでにらみつけるような、力強いまなざし。
(瀧島君のこんな顔、初めて見た……。怒ってる、のかな……)
――ううん、違う。何か、とても大きな……言葉にできない強い思いを、その表情のむこう側に隠しているように見える。
「思ってないよ」
私は、はっきりと首をふった。
「びっくりはしたよ。瀧島君が女装するなんて、想像できなかったから。でも、変だなんて思ってない。そこまでするのには、きっと何か……ワケが、あるんだよね?」
その言葉に、瀧島君の表情がやわらいだように見えた。
そう。瀧島君の行動に、意味がないわけがない。
きっと、何か理由があるんだ。女装してまで「雪うさ」として配信を続けたいって思う理由が。
「……ああ。あるよ、理由」
瀧島君は、静かにうなずいた。
「サキヨミが見えるようになったのは、昔、事故にあったことがきっかけだって言っただろう。僕は、事故のことも、この力を手に入れたことも、『災難』だったとは思ってない。僕にとって、このサキヨミの力は――ある人との絆そのものなんだ」
「ある人……?」
「その事故に、関わっていた人だよ」
そこまで言うと、瀧島君はじっと私を見た。
「僕が『雪うさ』として配信を続けているのは……その人に気づいてもらうためでもあるんだ。雪うさの正体が僕だとわかれば、僕の力のことにも気づくはず。雪うさという名前も、背景に飾ってあるウサギの絵も……僕につながるヒントになってるんだ」
「ウサギ……」
その言葉を聞いた途端、どくん、と胸が波打った。
なんだろう。何かを思いだしかけたんだけど……つかもうとすると、ふわっと消えてしまう。
(ウサギ……雪うさ……)
だまったまま考えている私に、瀧島君が言った。
「雪うさっていう名前は、『幸都』から来てるんだ。雪うさ、雪ウサギ……兎は漢字で書くと『ト』と読むだろう」
なるほど、そうだったんだ。それで「雪うさ」なんだね。
少しだけ、スッキリする。でも、名前のことじゃない。私が思いだしかけたのは、もっと別の何か。
(なんだろう……モヤモヤする……)
「僕は、その人に知ってほしいんだ」
瀧島君はそこで言葉を切ると、ふたたび私を見つめた。思いをこめたような、熱い視線。
「あの事故がきっかけで、僕の生き方がどう変わったのかを……あの事故で得たものを、どう生かしているのかってことを、ね」
――そっか。そうだったんだ。
真面目な瀧島君が、女装してまで配信をする理由。
そこには、瀧島君の事故に関わった「ある人」の存在があったんだ。
「瀧島君は……その人のこと、大切に思ってるんだね」
「ああ。すごく大切な人だ」
迷わず答える瀧島君を前に、きゅっと胸が痛んだ。
……その人、どういう人なんだろう。何歳くらい? 女の人、なのかな……。
そんなこと考えてる場合じゃないのに、胸の中のモヤモヤがどんどん大きくなっていく。
すると、瀧島君がにっこりと笑顔になった。
「だから、その人のためにも今日の生配信を成功させたい。でも、僕だけじゃムリなんだ。そこで、如月さんの出番ってわけ」
「……え?」
いきなり名前を出されて、きょとんとする。
「これを着て、『ミミふわ』に変身するんだ」
そう言って、ピンクの衣装を指さす瀧島君。
「これを、着て……?」
そういえば……さっき、そんなことを言っていたような……。
……って、ちょっと待って!
「なんで私がこれを着なきゃなの!? これ、雪うさの……瀧島君の衣装だよね!?」
「僕自身が雪うさとして出演できればいいんだけど、生配信では声の加工ができないだろう。だから、如月さんにミミふわになってもらう必要があるんだよ」
なるほど、声の加工ね……。
……って、いやいや! ぜんっぜん、わからないよ!
「そもそも、なんで配信なの? しかも生で!」
「生配信するのは、実際に雪うさチャンネルで放送することによって、ミミふわが雪うさの関係者だと信じてもらうためだ。ミミふわなんて新キャラ、明らかにうさんくさいからね」
「それ! その『ミミふわ』っていうのは、いったい何なの? さっき、妹分とか言ってたけど……」
「雪うさのもとで占い修業をしているという設定のキャラだよ。動画タイトルは、『ミミふわの突撃占い修業』。如月さんはミミふわに変身して、ここにいる人たちのサキヨミをするんだ」
「ミミふわで……!?」
一瞬、息が止まった。「ミミふわ」とやらになるのもムリなのに、そのうえ、サキヨミをしないといけないなんて……!
「む、ムリムリ! 絶対、ムリだよ!」
「いや、できる。君はこれを着た瞬間、ミミふわになるんだ。ミミふわには、怖いものなんてない。だから人の顔を堂々と見られるし、サキヨミもたくさん見ることができる」
「そんなの、瀧島君が考えた設定でしょ? それを着たところで、私は私だよ。そんなに簡単に、変われるわけないってば!」
「大丈夫。僕も、雪うさになることで変わることができたんだ。だから、信じてほしい。如月さんは、まちがいなく変われる。シュウ君を助けるためにね」
「でも……!」
そりゃあ、できれば私だって、瀧島君の言う通りにしたいよ。
「如月美羽」でいるよりも、「ミミふわ」になったほうが、人の顔を堂々と見られる……たしかに、そうかもしれないって思う。
でも、こんなの……いきなりすぎるよ。心の準備だって、ぜんぜんできてないのに……!
「さっきも言ったけど、できないと思うから、できないんだ。そう思ったら最後、どんなに簡単なこともできなくなってしまう」
「だって……! だって実際、私は何もできなかったんだよ。ユキちゃんのときも、レイラ先輩のときも……」
「過ぎたことは関係ない。大事なのは、今何をするのか、だ」
「でっ、でも……! でも、もし失敗したら……」
「そう考えてしまう気持ちは、よくわかるよ。でも、失敗を怖がって何もしないことを選んだ時点で、もう失敗したのと同じだ。僕も雪うさになってみて、わかったんだよ。『できない』のは、『やらない』からだって」
(…………!)
その言葉に、ほおを打たれたようだった。
――できないのは、やらないから。
「だから、まずは『やってみる』んだ。そうすればきっと、怖さを感じてる暇なんてなくなるよ」
……そっか。
私は、今まで……「やってみる」ってことすら、しようとしなかった。
きっと、ユキちゃんのことを、やらない言い訳にしてたんだ。
ユキちゃんの思い出を使って、怖いことから逃げようとしてた。
なんて……なんて、勝手だったんだろう。
「如月さん。僕たちは、運命共同体だ」
「運命……共同体?」
「そう。結果がどうなろうと、それは二人で作った未来だ。失敗したとしても、それは如月さんだけのせいじゃない。だから、喜びも、悲しみも、怖さも……全部、二人で分け合おう」
そう言った瀧島君の声は、ふわりと優しかった。
その優しさが、私の心をやわらかくしていくようで。
(二人で、分け合う……)
そうだ。今はもう、ひとりじゃない。
何が起ころうと、結果をひとりで背負わなくっていいんだ。
瀧島君と二人で、「分け合う」ことができるから。
「大丈夫。僕ら二人でやれば、きっと助けられる。言っただろう。強い気持ちが、運命を変えるんだ。僕は、シュウ君を助けたい。如月さんといっしょに」
そう言った瀧島君の顔は、真剣そのものだった。
ピンク色の衣装を見つめ、私は考える。瀧島君の言葉のおかげで、さっきよりも、少しだけ怖さがうすれたような気がした。
強い気持ちが、運命を変える。そうだ、きっとその通り。運命は、気持ちしだいなんだ。
「それに、何があったとしても……」
瀧島君が、じっと私を見つめる。
「如月さんのことは、僕が守るよ」
(――えええっ!?)
いきなりの言葉に、ぶわっと顔が熱くなる。でも……おかげで、少し勇気が出てきたみたい。
(なんとしても、シュウを助けたい。瀧島君といっしょに……!)
「……わかった。私……やってみる!」
キャリーバッグを持ってトイレに入り、急いで衣装に着がえる。
瀧島君サイズだから、少し丈が長い。でも背中のファスナーを閉めると、体にぴったりフィットした。
普段は絶対に着ないような派手な色の服に身を包むと、不思議と気持ちが高ぶった。何だろう。怖くて緊張しているはずなのに、力がわいてくるみたいだ。
「似合うね、如月さん」
トイレの裏にもどると、瀧島君は私の全身を満足げにながめた。
「すごく、かわいいよ。仮面をつけるのがもったいないくらい」
さらっと「かわいい」とか言わないでほしい。ただでさえ緊張のし過ぎで、心臓はさっきからばくばく。もう、破れつしちゃいそうなんだから。
「髪は……ツインテールがいいな」
そう言うと、瀧島君はいつの間にか用意していたヘアゴムを手に、私の髪をさらりとつかんだ。
「ちょっ! 何するの!?」
「髪型変えないと、もし知ってる人に会ったらバレるかもしれないだろ? あとツインテールかわいいし、似合いそうだし」
そう言いながら、瀧島君は手ぐしで私の髪をまとめ始めている。
「じ、自分でできるからっ!」
あわてて瀧島君から離れる。それから私は、髪を高い位置で二つに結んだ。
両手にグローブをはめ、にんじん形のポーチを肩からかける。最後に仮面とうさ耳カチューシャをつけると、瀧島君がスマホに何やら文字を打ちこみはじめた。
「そろそろ始めよう。準備はいい?」
「えっ、ちょっと待って、いきなり? 練習とかは?」
「大丈夫、もうどこからどう見ても完璧なミミふわだから。それにあまり時間もないしね」
「で、でも……カメラは?」
「スマホでできるんだよ。ほら、まずサムネイルの画像を撮るから、そこに立って」
「え? さむねいる?」
「メニューに表示される、動画の紹介画像みたいなものだよ」
ってことは、変装しているとはいえ、私の姿がネットで全世界に公開される……ってこと!?
いや、生配信が始まったら、当然そうなるわけだけど……って、ひぃぃぃ! 想像するだけで、体がプルプルふるえてくるよ!
「決めポーズしてよ」
「え……ええっと……?」
「ふわぽよ~、だよ」
瀧島君がやってみせるポーズを、あわててマネする私。
「ふっ、ふふふっ、ふわぽよ~~!」
「いいね。ばっちりだ」
瀧島君はスマホを私に向け、ぱしゃりと写真を撮った。
そのとき、体の中で花火が上がるような感覚を覚えた。はじけるようなぱちぱちとした気持ちが、胸の中に広がっていく。
私はもう、如月美羽じゃない。瀧島君……いや、雪うさの妹分、「ミミふわ」なんだ。
だって、いつも目を伏せて他の人の顔を見ないようにしている如月美羽は、こんなフリフリの格好をして「ふわぽよ~」なんてセリフ、絶対に言わないもん。
こうなったら、もう恥ずかしさなんて感じてる暇はない。
見た目だけじゃなくて、中身まで完全に「ミミふわ」になりきってやる!
<第7回に続く>
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