連載

  1. ホーム
  2. 連載
  3. 小説
  4. <①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』
  5. <①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第6回 運命の日

<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第6回 運命の日


人の “不幸な未来”が見える「サキヨミ」の力を持つ私・如月美羽。同じ部活のミステリアスなイケメン・瀧島君と二人で、協力して未来を変えることに――!?

 ※2023年12月15日までの期間限定公開です。

 ※前回までのお話を読む

.。*゚+.*.。 6 運命の日 ゚+..。*゚+

 土曜の朝。

 私は、まだうす暗い部屋で目を覚ました。

 昨日の夜中は、どしゃ降りの雨。窓をたたく雨音がうるさかったけれど、よくねむれなかった理由はもちろん、それだけじゃない。

 十時を過ぎた頃、シュウが部屋から出る音がした。私もあわてて廊下に出る。

 その服装を見た瞬間、思わずウッと息をつまらせた。

 青いカットソーに、黒のハーフパンツ……昨日サキヨミで見たものと、全くいっしょ。

 もちろん、まだ決まったわけじゃない。

 けど、あのサキヨミが実現するのは、今日の可能性がすごく高い。

 私はすぐさま、瀧島君にメッセージを送った。

 

『如月美羽:シュウの服、サキヨミと同じだった』

『瀧島幸都:そうか。やはり今日起こることだと考えて行動しよう』

『瀧島幸都:今、マンションに着いた。エントランス横で待ってる』

 

 私はスマホをポケットにしまいながら、シュウの背中に声をかけた。

「シュウ」

 スニーカーに足を突っ込んだシュウは、こちらをふりかえらずに「行ってくる」とだけ言った。

「行ってらっしゃい。あの……応援、しに行くね」

 返事はなかった。シュウはそのままドアを押し開け、外へと出ていった。

 すかさず瀧島君に連絡。そのままシュウを追うように家を出る。

(どうか……、どうか、今日が無事に終わりますように……!)

「おはよう、如月さん」

 エントランスを出ると、すぐ横から声をかけられた。瀧島君だ。

「あ、おは……」

 その瞬間、どきんと胸がふるえた。制服ではなく、私服姿の瀧島君。

 グレーのパーカーのフードをデニムジャケットの上に出し、黒いスキニーパンツに黒一色のシンプルなスニーカー。

 そのすべてがこなれていて、ムリしている感じも、服に着られている感じもない。

 つまり、すっごく自然に、かっこいいのだ。

(瀧島君、めっちゃおしゃれ……!)

 ぽうっと瀧島君の私服姿をながめていると、その足下に隠すようにして置かれているキャリーバッグに気づいた。布製のコンパクトなもので、リュックみたいに背負うためのベルトもついている。

「瀧島君、それは……?」

「ああ、これ。これは、なんというか……最終兵器、かな」

「……さいしゅう、へいき?」

「まあ、気にしないで。それより、早くシュウ君を追わないと」

 そうだ、見とれている場合でも、細かいことを気にして立ちどまっている場合でもない。シュウを守らなきゃ!

 私はキャリーバッグを引く瀧島君といっしょに、坂を駆けあがった。

 

 川北公園体育館。

 私と瀧島君は、二階の通路から試合を見守っていた。手すりをぎゅっと両手でにぎり、シュウの姿を目で追いかける。

 白に青いラインが入ったユニフォームが、シュウのチーム。相手チームは、黒にオレンジのラインだ。

 六年生のシュウは、他の選手よりもすらりと背が高い。ハーフパンツのスソがひざの下でひらひらゆれているくらい小さな子もいるから、よけいに目立つ。

 思えば、シュウのミニバスの試合を見るのは、今日が初めてだった。

「……あ、審判見逃したな、今の」

「え?」

 となりに立つ瀧島君は、コートから目をそらさずに言った。

「黒の六番の選手、相手チームの制限区域に三秒以上とどまってた。バイオレーションだからコールしないとなんだけど、審判は見てなかったみたいだ」

「ばいお……?」

「違反行為のことだよ。如月さん、ミニバスのルールって知ってる?」

「え? えっと……普通のバスケなら、まあまあ知ってるけど……」

「じゃあ、普通のバスケとミニバスは、何が違うと思う?」

「ええと、ボールが小さくて、ゴールが低い……とか?」

「それもだけど、ミニバスにはバックパスやスリーポイントシュートがなかったり、八秒ルールがなかったり、他にも細かい違いがあるんだ」

 なるほど……ぜんぜん、知らなかった。

「瀧島君、詳しいんだね。前にやってたことがあるの?」

「まあ、小学校時代に、少しだけね」

 瀧島君が言うと同時に、わあっと歓声が沸いた。夏葉(なつは)ちゃんの声も、その中に交じっている。壁ぎわから、ひとりでシュウに声援を送っていた。

「よし、外に行こう。作戦開始だ」

「え、もう? シュウのこと見てないで、大丈夫?」

「サキヨミの内容から考えると、試合中は安全と思ってよさそうだからね」

 たしかに。サキヨミで見たシュウは、ユニフォームを着ていなかったもんね。

 瀧島君と私はそっと体育館を出て、その前にある広い原っぱへと向かう。

 川北公園は、この原っぱを中心にして、いくつかのエリアに分かれている。

 美術部が参加する写生大会が行われていたのは、東側の正門近くの池エリア周辺。私たちがいた体育館は、公園の北側に位置していた。

「レイラ先輩たちと、ばったり会ったりしないかな」

「大丈夫。お昼を食べた後は池でボート、その後はサイクリングの予定だから、ここには来ないはずだ。昨日、叶井先輩に確認しておいたんだ」

 瀧島君は、多くの家族連れやカップルがシートを敷いている、大きな木陰の前で立ちどまった。

「よし。それじゃあ、このへんから始めよう」

「う、うん……」

 そうして私は、ふるえるこぶしをグッとにぎりしめた。

 ここに来る途中、瀧島君は昨夜考えたという「作戦」について、私に話してくれていた。

 その作戦の内容は……私が公園にいる人たちの顔を見て、「シュウのサキヨミにつながるサキヨミを見ること」。

 つまり、シュウのサキヨミを読み解くための、ヒントを探すんだ。

 たとえば、シュウが怪我をするところを見る人にとっては、「悲惨な場面を目撃する」こと自体が「災難」になるよね。だから、その「目撃する」ところをサキヨミできるかもしれないんだ。

 他にも、そのつもりがなかったのにシュウに怪我をさせてしまった……なんてことがあるとすれば、同じようにサキヨミできるはず。

 シュウが、なぜ、どのように怪我をすることになるのか。その答えを導きだすために、とにかくたくさんのサキヨミを見る必要がある――瀧島君は、そう言った。

 イチかバチかの挑戦だけど、これは、直前でもサキヨミが見える私にしかできないことなんだ。

(だ、大丈夫。シュウを助けるって覚悟を決めたんだから、もう怖くないはず……)

 ぐっとつばを飲み込む。そうして、おそるおそる顔を上げた。

 目の前に、小さな子どもがいる。シャボン玉で遊んでいる、三歳くらいの女の子だ。

(よし。まずは、この子から……)

 楽しそうにはしゃぎまわるその子の顔を、さっと見る。

 だけどその瞬間、勝手に目が動いて、視線が芝生へと落ちてしまった。まるで、顔を見ることから逃げるみたいに。

(どうして……!?)

 がく然としながらも、その答えはすぐにわかった。人の顔を見ないようにするのが、すっかりクセになってるんだ。

「どうした?」

 下を見たままの私のすぐとなりまで、瀧島君が歩みよってくる。

「瀧島君……私……」

「――できないなんて、思うな」

 はっと、息が止まった。力強くも、優しい声。

「できないと思ったら、何もできない。大事なのは――気持ちだよ」

「気持ち……?」

「自分が、何をしたいのか。今日ここに来たのは、いったい何のためなのか……それをもう一度、よく考えるんだ」

(私が、何をしたいのか……)

 それは、もちろん……シュウを、助けたいよ。

 でも……「人の顔を見る」っていうだけのことが、すごくすごく、むずかしい。

 どんなに助けたいって気持ちがあっても、怖さにジャマされちゃって……どうしても、顔を上げることができないんだ。

「怖い、という気持ちはわかる。僕も、昔はそうだったから」

(えっ……)

「瀧島君も……?」

 おどろいて、瀧島君を見あげる。

「でも、怖さに負けていたら、何もできない。何もしなかったら、助けられるものも助けられない。如月さんを縛っているのは、『自分にはできない』という思いこみだよ」

 すぐ目の前にある、瀧島君の顔。その大きな目が、じっと私を見つめている。

「強い気持ちがあれば、できないことなんてない。大丈夫。如月さんなら、できる」

「で、でも、私……」

 そのとき、背後で女性が大きな声をあげた。

「リンちゃん、危ないわよ!」

 ハッとして、こわごわふりかえる。と、シャボン玉の女の子が、芝生の上を走っている光景が見えた。

 あっと思ったときには、もうおそかった。女の子は、張りだした木の根につまずいて、勢いよく転んでしまった。

 お母さんらしき女性が、大声で泣きだす女の子をあわててだき起こす。その顔が、さっと青くなった。見ると、女の子の小さなおでこから、あざやかな血がにじみ出ている。

 その場から動くことができない私の体に、女の子の大きな泣き声が突き刺さった。

(……さっき、私がちゃんと顔を見ていれば……)

 今のできごとのサキヨミを、見られていたかもしれない。

 そうしたら、声をかけることができたのに。転んで怪我なんかせずにすんだかもしれないのに。

 あの子が怪我をしたのは、私が臆病なせいだ……。

 大声で泣き続ける女の子を見ながら、私はユキちゃんのことを思いだしていた。

 落ちていくユキちゃん。腕の中のシュウの体温。

 そのすべてが、私の体を――心を、かたく冷たい石のようにしてしまう。

「……如月さん?」

 急に目の前に瀧島君が立ち、びくりとする。

「どうしたんだ」

「……瀧島君。私……」

 ずっと、だれにも言えなかった、昔の記憶。今の私を作っている、つらい思い出。

 心配そうな瀧島君の顔を見て、決心した。

 私が、ここまで臆病になってしまった理由――ユキちゃんのことを、話そう。

「実は……小さい頃にも、見たことがあるの。シュウが怪我をするサキヨミを」

 重い口をムリやり開き、続ける。

「シュウはなんとか助けられたんだけど……代わりに、大事な友達に怪我をさせてしまったの」

 そうして私は、ユキちゃんの思い出を瀧島君に語った。

 その額に消えない傷を作ってしまったこと、最後まで謝ることができなかったこと。今でもたまに夢に見るほどに、後悔していること。

 また同じことが起こるのが怖くて、サキヨミを……人の顔を見ることが、できなくなってしまったこと。

「だから、できない。怖くて、人の顔をちゃんと見られないの。頭ではちゃんとやらなきゃって思うのに、どうしても体が言うことを聞かないんだよ……」

 実際、私のひざはカタカタと小きざみにふるえていた。見なければと思えば思うほど、胸の内で怖さがふくれあがっていく。

 やっぱり、ムリなんだ。私には、サキヨミを使って運命を変えることなんてできない。だれかを助けることなんてできない。今までそうだったように、これから先も、ずっと。

 瀧島君は、しばらくだまったままだった。私にあきれて、返す言葉もないのかもしれない。

 私は目尻ににじんだ涙をそっと指でぬぐい、体育館のほうをふりかえった。

「今日は、シュウを夏葉ちゃんに会わせないようにして帰ろう。夏葉ちゃんには悪いけど、そうすればきっと……」

「いや、まだだ。まだ、できることはある」

(え……!?)

 瀧島君のしっかりとした声に、私はまじまじとその顔を見つめた。

「来て。今度は、僕が秘密を打ちあける番だ」

「瀧島君の……秘密?」

「そう。最終兵器の出番だ」

 そう言うと、瀧島君は私の手を取って歩きだした。

(最終兵器って……あのキャリーバッグのこと? それより、秘密っていったい……?)

 歩きながら、ハッとする。私、瀧島君と手をつないでる。

 前にもこんなふうに手を取られたことはあったけど、あのときは、親が子どもの手をつかむような感じだった。

 でも今度は、そのときよりも深く、しっかりと瀧島君の指がからんできていて。

 そんな場合じゃないのに、なんだかドキドキしてきちゃうよ――……!

 瀧島君はまず、体育館前のコインロッカーからキャリーバッグを取りだした。それを持って、原っぱの隅にあるトイレに向かう。その裏に回ると、しげみに隠れるように腰を下ろした。

「これから、緊急生配信を始める」

「へ? 生、配……信……?」

 いきなりわけのわからないことを言いだす瀧島君に、私は首をかしげる。

 すると瀧島君は私に顔を近づけ、そっとささやいた。

「雪うさは、僕なんだ」


次のページへ

こちらの記事も読まれています