<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第5回 恐ろしいサキヨミ
.。*゚+.*.。 作戦会議 ゚+..。*゚+
――落ちつけ。落ちつかなきゃ。
私はたった今見たサキヨミの映像を何度も頭に思い浮かべながら、部屋の中をグルグル歩きまわった。
あれは、まちがいなくシュウだった。青いカットソーに、黒いハーフパンツ。あの服を着ているのを、前に見たことがある。
あざやかな血の赤が、頭から離れない。あの量は、ただごとじゃなかった。
そして、あの大きな悲鳴。あれは、夏葉ちゃんの声だ。
場所は、いったいどこなんだろう。夏葉ちゃんといっしょにいたということは、学校?
でも、コンクリートの地面なんて、そこらじゅうにある。
それに、いつ起こるできごとなんだろう。見えた情報が少なすぎて、ぜんぜん見当がつかない。
――あああ、どうしよう。このままじゃ、あの通りになっちゃう……!
待って。私はサキヨミを見ても何もしないって、決めたはず。
どんなに恐ろしい内容でも、レイラ先輩のサキヨミを見たときのように、自分では何もしないって。
でも、でも! さすがに今回は、わけが違う。
だって、怪我をするのはシュウ。自分の弟だ。
助けなきゃ。絶対に、助けなきゃ!
だけど家族は助けて他人は助けないって、それこそ勝手すぎる。
あああああ、でもでも、そんなこと言ってる場合じゃない! このまま何もしなかったら、絶対に、絶対に後悔する。
それこそ、ユキちゃんのときよりも、もっともっと後悔することになる。
(どうしよう。どうしたらいい……!? えっと、ええっと……!)

まず、シュウは頭から血を流していた。転んだ? それとも、何かが頭にぶつかったのかな。
そして、あのスマホは? いったいだれのもの? 家族のじゃない。そもそもシュウは、スマホを持ってない。
ということは……夏葉ちゃん?
――ありえる。
私は部屋を飛びだし、シュウの部屋をノックした。
「シュウ! ちょっと教えてほしいことがあるんだけど!」
しばらくして面倒くさそうに顔を出したシュウは、「何だよ」と私をにらみつけた。
またサキヨミが見えるかもしれない、と顔をじっと見つめる。でも、何も見えない。
「ええと……夏葉ちゃんって、スマホ持ってるのかな?」
「持ってるけど……だから?」
シュウの顔が、フキゲンそうにゆがむ。夏葉ちゃんのことを、話題に出されたくないみたいだ。
「そ、そのスマホって、かわいいケースに入ってたりする? たとえば猫耳形のとか……」
「ケース? そんなん、いちいち覚えてねえよ」
「お、お願い、教えて! 大事なことなの!」
私の必死の言葉に、シュウは少し考える様子を見せた。
「――たしか、手帳みたいなやつだった気がするけど」
「何色?」
「青。……てかそれ、今しないといけない話?」
「あ、ごめんごめん! えっと、夏葉ちゃんってモデルなんだね! 今日知ってファンになっちゃって、それで持ち物が気になって……ていうかほんとかわいいよね、夏葉ちゃんって!」
あわててまくしたてると、シュウはため息をついてドアを閉めようとした。
「わ、待って待って! 最後に、もうひとつだけ教えて!」
「……何だよ」
「あのさ、ええと……近々、夏葉ちゃんと二人で出かけるとか、予定ないの?」
「はあ?」
シュウが、うんざりとしたような目つきで私をながめる。
「……てか、さっきから何なん? もしかして、夏葉と友達になりたいとか?」
「いや、ええと、その、うん! そうなの!」
思いがけない話の展開に、天の助けとばかりに私は何度もうなずく。
「ほんっと夏葉ちゃんってかわいいよね! さっきもネットで調べちゃったけど、あ、私サイン入りの写真もらっちゃってさ! これすっごいレアじゃない?」
「……明日、川北(かわきた)公園でミニバスの試合があるんだけど」
「もう一生の宝物に………って、え? 試合?」
「夏葉が応援に来る。おまえも来れば、会えるんじゃねえの」
それだけ言うと、シュウはばたりと勢いよくドアを閉めた。
川北公園。ミニバスの試合。応援。
しばらく廊下に立ちつくした後で、私はキッチンに走った。冷蔵庫に、シュウが所属しているミニバスチームの予定表が貼ってあるんだ。
(川北公園体育館、十八日(土)、十三時から十四時……!)
明日の土曜、川北公園。偶然にも、美術部の親睦会と、日づけも場所も同じだ。
夏葉ちゃんも応援に来るっていうことは、試合の後にデートでもするのかな。もしかしてサキヨミの場所は、川北公園?
部屋にもどり、スマホで川北公園のサイトを見る。一五〇ヘクタールの敷地の中に、体育館やプール、ミュージックホールまである、大きな公園。地図の中には、レイラ先輩や夕実ちゃんが言っていた「見晴台」もある。
(コンクリートの地面なんて、たくさんありすぎて、どこかぜんぜんわからない……)
駐車場やサイクリングロードだけじゃなく、公園内のいろんなエリアをつなぐ広い道も、みんなコンクリートで舗装されている。もし、あの場所が川北公園だったとしても、正確な場所なんて、とてもわかりそうにない。
せめて、明日の試合前後の予定を聞ければ……と思ってもう一度シュウの部屋をノックしたけれど、もう出てきてはくれなかった。
あせる気持ちばかりがどんどんふくらんで、考えがまとまらないうちに夜になった。
夕食のときにもシュウに話しかけてみたけれど、夏葉ちゃんの名前を出したとたんににらまれて、ろくに口を利いてもらえなかった。
――だめだ。このままじゃ、あのサキヨミ通りになっちゃう……!
私はそれを……シュウのたどる恐ろしい運命を、ただだまって見ているしかない、のかな……。
(運命……)
その言葉が、ずしりと重く胸の中に沈んだ。
シュウの運命を、変えたい。でも、どうしたらいいのか、わからない。
今までサキヨミを無視してきたから、バチが当たったんだろうか。それとも、シュウの代わりに怪我をしたユキちゃんのうらみ、とか……?
(そんなこと、あるわけない……!)
でも、体のふるえは止まらなかった。
どうしよう。すごく……ものすごく、怖い。
目の前に、ユキちゃんが落ちていく映像がよみがえってくる。
いやだ。もうあんなもの、見たくない。
シュウを守りたい。もう絶対にだれも、傷つけたくない――!
そのとき。私の頭の中に、瀧島君の言葉がひびいた。
――運命を、変える。二人で力を合わせて。
スマホのチャットアプリを起動し、連絡先を開く。今までだれとも通話したことのない真新しいスマホを、私はぎゅっとにぎりしめた。
「……なるほど」
サキヨミのことを話し終えると、少しの沈黙のあとに、瀧島君は一言そう言った。
電話ごしでも、その声が少しふるえているのがわかった。
「他に見えたものは?」
「他には、何も。こんなときに限って、サキヨミもすぐ終わっちゃって……でもね」
スマホを持つ手に力が入る。
「シュウ、明日川北公園でミニバスの試合があるの。そこに夏葉ちゃんも来るって」
「家を出るのは何時頃?」
「わからないけど、たぶん午前中だと思う。十時くらいかな。この間の試合のときもそうだったから」
「そうか。本当は、今すぐにでもシュウ君を見てサキヨミが見えるかどうか確認したいところだけど……さすがにムリそうだね」
もし瀧島君がシュウの顔を見て、私と同じ内容のサキヨミが見えれば、それは明日起こるってことになる。
でももう、夜の九時。もっと早く瀧島君に連絡していれば、確認できたかもしれないのに……。
「ごめん。私、なんとかしなきゃってあわてちゃって……瀧島君みたいに、冷静でいられたらよかったんだけど」
「サキヨミを見たのが弟で、しかも内容が内容だ。僕だって如月さんの立場だったら、きっと冷静でなんていられないよ」
でも、と瀧島君は付けくわえた。
「連絡してきてくれてよかった。なんとしても、二人で協力してシュウ君を助けよう」
その言葉に、思わず涙が出そうになる。瀧島君がいると思うだけで、すごくすごく心強い。
「でも……どうすればいいのかな。シュウが危険な目にあわないように、ずっとそばにいるとか?」
「そうだね。とりあえず、明日の親睦会は断ろう。僕は急用、如月さんは体調不良ってことで」
「あっ……そうだったね」
そう、明日は美術部の親睦会があるんだ。しかも場所は、川北公園。
「いきなり二人で行けなくなって、変に思われないかな?」
「シュウ君の無事には代えられない。明日はシュウ君が家を出るのと同時に尾行して、体育館までいっしょに行こう。僕はこれから川北公園の情報収集をして、作戦を考えておくよ」
「作戦?」
「そう。おそらく……いや、ほぼ確実に、如月さんの力が必要になると思う」
私の、力……。
(それって、サキヨミのこと……だよね)
ぶるっと、体がすくみあがる。
でも……もう、迷っている場合じゃない。
「私……やるよ」
不安を押し隠して、はっきりと答えた。そう、もうこうなったら、やるしかないんだ。
「よし。それじゃあ、明日はシュウ君が家を出たら連絡して。近くで待ってるようにするから」
「わかった。それじゃあ、明日ね」
通話を終えて、スマホを下ろす。
その手は、小きざみにふるえていて。冷たい体には、じっとり汗がにじんでいた。
となりの部屋にいるシュウは、今何をしているんだろう。自分の運命を、知らずに……。
私は胸に手を当て、ひとつ深呼吸をした。
明日は絶対に、だれも傷つけない。
今度こそ犠牲(ぎせい)を出さずに、シュウを助けるんだ……!
<第6回に続く>
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【書籍情報】
サキヨミ!(1) ヒミツの二人で未来を変える!
- 【定価】792円(本体720円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】新書判
- 【ISBN】9784046320315