<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第5回 恐ろしいサキヨミ

人の “不幸な未来”が見える「サキヨミ」の力を持つ私・如月美羽。同じ部活のミステリアスなイケメン・瀧島君から、オドロキの提案をされちゃって――!?
※2023年12月15日までの期間限定公開です。
.。*゚+.*.。 5 恐ろしいサキヨミ ゚+..。*゚+
坂を下りながら、私はドキドキする胸を押さえていた。
『この気持ちに応えてほしい』――そう言った瀧島(たきしま)君の真剣な表情を思いだして、かぁぁっと顔が熱くなる。
いや、べつにあれは、お付き合いするとか、そういう意味じゃないってことはわかってる。わかってるんだよ!?
「協力していっしょに運命を変えよう」っていう、マジメな提案なの。
だから、こんなに取りみだしたところで、なんの意味もないんだってば!
それなのに……ドキドキは、ちっともおさまらない。
(この出会いが運命とか、カン違いしそうなこと言うから……っ!)
私は邪念をふりはらうように、ブンブンと首をふった。
ひとつ深呼吸をしてから、瀧島君に言われたことを思いだす。
――サキヨミを使って、運命を変える。
そんなこと……さんざんサキヨミを無視してきたこの私に、今さらできるのかな……。
考えだしたとたん、頭の中に、ユキちゃんの記憶がよみがえってきた。同時に、胸が痛くなる。
(やっぱり……できないよ)
私は、瀧島君とは違うんだ。サキヨミが怖くて人の顔を堂々と見ることすらできない、弱い弱い人間なんだから。
夕実(ゆみ)ちゃん――沢辺さんともせっかく仲よくなれそうだったけれど、もう美術部に行くのはやめよう。
流れで入部してしまったけれど、幽霊部員もいるって聞いたし、所属だけして顔を出さなければいいんだ。そうすれば、これまでと何も変わらない生活が待っている。
マンションに着き、私は重い足を引きずりながらエントランスに入った。
入ってすぐのところにある、オートロックの操作盤。その前に、ひとりの女の子が立っている。
(あれっ、この子って……)
腰まである長い髪に、人形のような顔立ち。
昨日家に来た、シュウのクラスメイト――夏葉(なつは)ちゃんだ。想像よりすらっとしてて、背が高い。
「こんにちは。夏葉ちゃん、だよね」
声をかけると、夏葉ちゃんはびっくりしたようにふりかえった。私を見て、不思議そうな顔をしている。
そっか。昨日はインターホンごしに話しただけだから、夏葉ちゃんには私の顔は見えてなかったんだ。
「いきなりごめんね。ええと、私、如月(きさらぎ)シュウの姉なんだけど……」
「あっ! シュウ君のお姉さんですか!」
夏葉ちゃんがぱっと笑顔になる。
「またシュウに会いに来たの?」
サキヨミが見えないことに安心しつつ、私は夏葉ちゃんのきれいな顔を見つめた。
「はい。でも、インターホン鳴らしてもだれも出なくって……まだ、帰ってないんでしょうか」
「どうだろう……シュウは、夏葉ちゃんが会いにくること、知ってるの?」
「はい。約束したんです、二人で会おうって。でも、忘れちゃってるのかも……」
そう言う夏葉ちゃんの表情は、すごくさびしそうだった。
「じゃあ、いっしょに入る? もしかしたらゲームしてて、インターホンの音が聞こえてないのかも」
「いいんですか? お願いします!」
二日連続で会えなかったら、いくらなんでもかわいそうだ。約束をしているのなら、よけいに無視できない。
私は夏葉ちゃんを連れ、部屋へと向かった。
「あの、よかったらこれ、受けとってください!」
エレベーターの中で夏葉ちゃんに差しだされたのは、一枚の写真だった。
そこに写っているのは、おしゃれな服装に身を包んでポーズを取る夏葉ちゃん。
隅には、「なつは」とサインらしきものが書かれている。
か、かわいい……!
「ええと、これは……?」
「あ、私、『ノエラ』でモデルやってるんです」
「え! モデル!?」
手元の写真をもう一度よく見ると、写真の端に『ノエラ』とロゴが入っていた。
これはさすがに、私でも知ってる。女子小学生向けの、ファッション雑誌の名前だ。
なるほど、雑誌のモデルかあ……! どうりで、美少女なわけだ。
「あ、ありがとう! 私、サインもらうの初めて。まさか、こんなところで有名人に会えるなんて……」
「有名人? べつに、そんな大したものじゃないですよ」
興奮してソワソワする私を見て、夏葉ちゃんはくすりと笑った。
「でも、モデルのお仕事、私に合ってるみたいで。すごく楽しくやらせてもらってるんです。できれば、長く続けたいなって思ってて」
「うん、がんばって! 応援するよ。雑誌も買うね」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
うれしそうな笑顔になった夏葉ちゃんとともに、玄関のドアを開ける。鍵はかかっていなかった。
「ただいま。シュウ、いるんでしょ?」
玄関からさけぶ。でも、返事はない。
私は夏葉ちゃんに上がるようにうながし、二人でリビングへと突入した。
そこには、ソファに寝ころがってゲームをしているシュウがいた。
シュウは、ボイスチャットのためのヘッドセットをつけている。やっぱり、これのせいでインターホンの音が聞こえなかったみたい。
「シュウ!」
顔を上げようともしないシュウに向かって、私はずんずんと近づいていった。
「うるっせえな、何だよ」
めんどくさそうに言いながら、シュウはヘッドセットをはずした。それから私のとなりに立つ夏葉ちゃんに気づいて、ぎょっと目を丸くする。
「な、夏葉!? なんで、ここに……!」
「シュウ君。私、言ったよね。二人で話したいことがあるって」
そう言ってずいと前に出た夏葉ちゃんの声は、ちょっぴり低い。
「いや、いきなり家に来るとか思わなかったし! 来週でいいだろ?」
「今日じゃなきゃだめだって言ったじゃない!」
「ていうか、家に来るとこだれにも見られてないよな?」
「何、それ。やっぱり私のこと、メーワクなの?」
「そうは言ってねえだろ!」
(こ、これは……)
ごくりとつばを飲む。これは、前に漫画で見たことがある。修羅場(しゅらば)ってやつだ。
(この二人……実はもう、付き合ってるんじゃ……?)
きっと、そう。ていうか、そうに違いない!
わざわざ家まで来るなんて、そうとう深い仲じゃなきゃ、ありえないでしょ。
私は二人から距離を取るように、ゆっくりとあとずさった。
「じゃ、じゃあ、あとはお二人でごゆっくり……」
「ちょっと待て、美羽! おまえ、連れてきたんだからセキニン取れよ!」
「お姉さんは悪くないし、そもそも関係ないでしょ!」
どなり合う二人を背に、リビングから逃げるように立ちさる。自分の部屋にすべりこんでカバンを置くと、ふうっと息をついた。
付き合うっていうのも、なかなか大変そうだなぁ。……まあ、私には関係ないけど。
(それにしても、モデルかあ。すごいなあ……)
手の中にある夏葉ちゃんの写真を、改めてながめる。
健康的な、はじけるような笑顔。すごく大人っぽくて、とても年下なんて思えない。
私はカバンを開けてスマホを取りだした。ブラウザの検索窓に、「なつは モデル」と入力する。
ずらりと出てくる検索結果の中に、「『ノエラ』専属モデル 夏葉」の文字。
(画像もたくさん出てくる……人気があるんだなあ)
検索結果のリンクをたどっていると、「『ノエラ』モデル夏葉について語ろう」という掲示板サイトのスレッドへとつながった。
なんとなくそれを開いた私は、すぐに見たことを後悔した。そこに書かれていたのは、本当かどうかわからないウワサや、夏葉ちゃんを攻撃するような悪口のオンパレードだったんだ。
どれも、今リビングにいる夏葉ちゃんのことだとは思えなかった。
(夏葉ちゃんは、こういうの見たりしてないのかな……)
もし私が夏葉ちゃんだったとして、こんなひどい書き込みを見てしまったら……きっと、立ち直れないくらいのショックを受けちゃうんじゃないかな。
重い気持ちでスマホを置こうとした、そのとき。
画面の端に見えた文字に、手が止まった。
(雪うさ……?)
そこにあったのは、「雪うさってどう思う?」というタイトルのスレッドだった。
雪うさ。昨日美術部で聞いた、占い系動画配信者。
(未来予知もできるって、叶井先輩が言ってたっけ……)
ふと興味がわいて、そのスレッドをタップする。
すると、まず目に入ってきたのは……「この人は本物」、という言葉だった。
「この人は本物。『明日の占い』のアドバイス通りにしたら、大事な面接に遅刻せずにすんだ」
その書き込みに対しては、「偶然だろ」「すぐだまされそうですね」という意見もあったけど、それ以上に「私も助けられた」「すごく当たる」という言葉もたくさんあった。
「本物」という言葉に、サキヨミのことが頭に浮かんだ。けれどもすぐに、ブンブンと首をふる。
(さすがに、サキヨミとは関係ないよね。でも……占いって、どんな内容なんだろう?)
動画サイトにアクセスし、「雪うさ」で検索する。一番上に出てきたのは――「雪うさの未来チャンネル」。
チャンネルを開くと、投稿されている動画の一覧が出てきた。そのタイトルは、「明日の占い」、「今日の一言」、「雪うさお悩み相談」などなど。「明日の占い」は、毎日夜の九時ごろに投稿されているみたいだった。
プロフィール画像には、ピンク色をしたロングヘアのカツラに、うさ耳カチューシャをした女の子の姿が写っていた。顔はちょうちょ形の仮面に隠れてほとんど見えないけれど、ピンク色のド派手なワンピースからのぞく手足は、白くてほっそりとしている。
コメント欄は、「今日もかわいすぎ」「雪うさちゃん愛してる」などなど、たくさんのファンの言葉であふれてる。
(ほんとに、人気者なんだなぁ……)
私は、「明日の占い」の最新動画をタップした。
背景は、色とりどりのリボンや旗が飾られた白い壁。
その中でもひときわ目立つように貼られていたのは、画用紙に描かれた白ウサギのイラストだ。輪郭だけで、顔は描かれていない。
(雪うさのシンボルマークか何かかな……?)
なんだか、そのイラストが妙に気になった。これ、どこかで見たことがあるような……?
じっくり見ようとスマホを顔に近づけたとき、壁の前に座っている雪うさが、頭の上までぴょこんと両手を上げた。
「今日も未来へひとっとび! 雪うさでーす! ぴょんぴょーん!」
「ぴょんぴょーん」に合わせて、両手の四本の指を折っている。なるほど、ウサギの耳に見立ててるんだ。これが、雪うさの決めポーズみたい。
「さて、では今日も雪うさの『明日の占い』、始めるよ~!
まず、最近幼なじみを彼氏にしたばっかりのあなた! とっさにウソをついてしまいそう。正直な言葉を心がけてね!
次は、明日仕事で大事なプレゼンがあるあなた。持ち物は、今夜のうちにチェックしておきましょう!
大事なものを持ち運ぶ予定のあるあなたは、お天気に注意。折りたたみ傘は、いつも持ち歩いてね!」
……なんだかちょっと、変わった占い。星座とか血液型で占うんじゃないんだ。
「それじゃあ、また明日! ぴょんぴょーん!」ともう一度あの決めポーズをしたところで、動画は終わった。

なるほど、これが「雪うさ」かあ。見た目も声もかわいいし、人気が出るのはうなずける。
でも、やっぱりこれは「占い」で、サキヨミとは関係なさそう。
未来予知したのはすごいと思うけど、それはきっと、マグレだったんじゃないかな。
瀧島君が私と同じ力を持ってるってだけで、キセキみたいなものなんだから。サキヨミが見られる人が、そうそう何人もいるわけないよね。
そのとき、パタパタと廊下を歩く足音がした。
そおっとドアを開けると、玄関のドアが閉まるのが見えた。
(夏葉ちゃんかな?)
気づくと、すぐそこにシュウが立っていた。何やら、むずかしい顔をしている。
「シュウ。夏葉ちゃん、帰ったの?」
「……美羽には、関係ないだろ」
そう言って、ぷいと顔をそむけるシュウ。
(相変わらず、かわいくないんだから……)
そう思った瞬間。
じじじ、とイヤな音がした。
はっと息をのむ。シュウがくるりと背中を向けるのと同時に、幕が下りるように視界が暗くなっていく。
あっと声を発する間もなく、それは始まってしまった。
――コンクリートの地面の上に倒れているシュウ。その頭から流れ出る、大量の血。力なく投げ出された手の先には、白い猫耳形のケースに入ったスマホが落ちている。
「……きゃあああああっ! シュウ君!――
空気を切りさくような悲鳴とともに、サキヨミは終わった。
目の前には、だれもいない廊下。
――シュウが。
シュウが……死んじゃう……!?