<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第4回 相合い傘
.。*゚+.*.。 運命をともに ゚+..。*゚+
勢いが弱まった雨の中、私と瀧島君は、同じ傘の下にいた。わざわざ私の置き傘を取りに行ってもらうのが、なんだか申し訳なかったんだ。
(こんなとこだれかに見られたら、何を言われるか! あ、でも、大丈夫か。私、クラスでも顔と名前、認識されてないだろうし……)
ちらりと瀧島君を見る。きれいな横顔。夕実ちゃんが言っていたように、女子に人気があるっていうのもうなずける。
勝手にドキドキしている私とは違って、瀧島君は落ちついていて、余裕があるみたいだった。
「如月さんは、いつからなの? 未来が見えるようになったの」
私の視線を感じたのか、瀧島君が静かに聞いてきた。どくん、と心臓がはねる。
(どうしよう……話しても、平気なのかな)
私は、迷っていた。今までユキちゃん以外だれにも話したことのない、サキヨミのことを話すかどうか。
瀧島君なら、どんなことを言っても受け止めてくれるかもしれない。そんな期待も、少しだけあったけど……。
……やっぱり、勇気が出ないよ。
サキヨミを無視してきたことを話したら、瀧島君にどう思われるのか――それを思うと、怖くなってしまう。
だまったままの私を見て、瀧島君がちょっと首をかしげた。
「まだ、信用してくれてないのかな」
「そ、そういうわけじゃ……」
「いいよ。それじゃ、僕から話そう」
瀧島君は、傘を持っていないほうの手で、長い前髪をとかした。
「僕は、小さいときにちょっとした事故にあったんだ。そのときからだよ。人の顔を見ると、その人にこれから起こるできごとが見えるようになった。それも、悪いことだけが」
(やっぱり……!)
胸の鼓動が、どんどん激しくなっていく。
瀧島君も、「見える」んだ。私と同じように、人の未来が……!
「それは、ノイズから始まる。その後で、未来の映像が頭の中に流れ込んでくるんだ。まるでそのできごとが目の前で起こっているような、すごくリアルな映像が」
(……私と、同じだ……)
ふるえるこぶしを、ぎゅっとにぎりしめる。
瀧島君は、静かな調子で続けた。
「そして、映像を見た翌日、それが現実になるんだ」
なるほど、翌日現実に……。
って、え?
「翌日?」
「そう。今までの経験では、見た内容は、必ず次の日に現実になった」
(次の日に……)
そっか。もち米子ちゃんのサキヨミ、それを瀧島君は、「昨日」見てたんだ。
だから、次の日――つまり今日、雨が降ることを知ってた……ってことだね。
「如月さんは、違うのかな?」
「うん、私はいろいろで、すぐ現実になることもあれば、三日後とかのことも……」
そこまで言って、ハッとした。
これじゃあ、私も瀧島君と同じく未来が見えるって言ってるのと同じじゃない……!
「やっと心を開いてくれたね」
瀧島君はそう言ってほほえんだ。私はあわてて口を閉じる。といっても、今さらおそいけど。
「うれしいよ。ずっと、同じ力を持つ人を探してたから」
(探してた……か)
私は……同じ力を持つ人がどこかにいるなんてこと、考えもしなかった。
しかもまさか、こんなに近くにいるなんて。
「……瀧島君は、どうして私が同じ力を持ってるってことがわかったの?」
「それは、知っ…………いや、カン、かな」
「か、カン!?」
「ほら、昨日言ってただろう。未来が見えるなら、見たくないものだって見てしまうはずだって。そのときに、もしかしたらって思ったんだよ。まるで見たくないものが見えてしまって、困ってるって言いたげだったから」
……そっか。昨日の時点で、瀧島君は感づいてたんだ。
「――昨日、非常ベルを鳴らしたのは、僕だよ」
(……!)
とつぜんの言葉に、私はハッと息をのんだ。
「前の日にレイラ先輩の未来を見て、どうにかしてそれが実現しないよう計画を練ったんだ。朝礼に向かう生徒が出はらった後で、体育館から一番遠い三階の端でベルを鳴らした。その後、朝礼が終わる頃に教室に入って、遅刻したフリをしたんだ。あれは、ちょっとした賭けだったよ。成功する保証はどこにもないんだ。手がふるえたよ」
そう、だったんだ……。
レイラ先輩は……瀧島君のおかげで、助かったんだ。
瀧島君は、決まっていたはずの運命を、自分の手で変えたんだ。勇気をもって、行動して。
(……すごい……)
「如月さんはさ、いつもうつむいてるよね」
そう言うと、瀧島君は私を見た。目が合ってすぐに、私はいつものクセで顔をそむける。
「ほら。そうやって、人の顔を見ないようにしてる。だからレイラ先輩の未来も、見たのは直前だったんじゃないの?」
――答えることが、できなかった。
まさしく、その通り……だったから。
「直前だったなら、何もできなかったのはしょうがない。自分を責めることはないよ」
瀧島君の言葉は、さっきからずっと静かで落ちついたまま、変わらない。私は、緊張とおどろきと怖さと……いろんな気持ちがまざりあって、ビクビクしっぱなしなのに。
「瀧島君は……レイラ先輩を助けたみたいに、今までもずっと人助けをしてきたの?」
「見たこと全部に対して動いているわけじゃないけどね。自分にできる限りのことは、するようにしているよ」
それを聞いたとたん、胸がずんと重くなった。
やっぱり瀧島君は、私とは違う。逃げたりしないで、みんなの運命とちゃんと向き合ってる。
「如月さんは……そうじゃない、のかな」
瀧島君の言葉に、体がふるえた。
一番、聞かれたくなかったことだ。でも、ここまで話してしまったら……もう、ごまかせない。
「……うん。私は……『サキヨミ』を見ても、何もしないって、決めてるの」
「『サキヨミ』?」
瀧島君が首をかしげる。
「あ、私は、そう呼んでいるの。人の顔を見ると見える、その人の未来の映像のこと」
「なるほど、『サキヨミ』か。いいね、それ。そう呼ぶことにしよう」
瀧島君はそう言うと、ひとつ大きくうなずいた。
その横顔を、私はどこかまぶしい思いでながめる。
「如月さん」
とつぜん、瀧島君が私に顔を向けた。その真剣な表情に、思わずどきりとする。
「今すぐに、とは言わない。でも、如月さんにも協力してほしいんだ」
「えっ……きょ、協力?」
「そう。サキヨミを使って情報を共有して、僕と二人で、運命を変えるんだ。二人で力を合わせれば、もっとたくさんの人の運命を変えられる。そうだろう?」
「でっ、でも……!」
そんなこと、急に言われても……困るよ。
たしかに、レイラ先輩を助けた瀧島君は、すごいと思う。
だけど、毎回うまくいくわけじゃない。失敗することだって、あるはず。
瀧島君は、怖くないのかな。もし失敗したらって、考えたりしないのかな……。
「あんまり、乗り気じゃなさそうだね」
「……瀧島君は、どうしてそんなふうに考えられるの?」
「そんなふうって?」
「その……積極的に人の運命を変えて、助けようっていうふうに。私は、ムリ。……怖いもん」
そう。私は、瀧島君とは違う。だれかの運命を背負うことなんて、とてもできない。
「まあ、そうだよな。その気持ちは、わかるよ」
でも、と瀧島君は続ける。
「僕は、サキヨミで見た不幸な未来を、現実にしたくない。レイラ先輩がいなくなった学校なんて、考えたくもないからね」
瀧島君はそう言うと、少しだけ遠い目になった。
不幸な未来を、現実にしたくない――……。
もちろん私だって、そう思ってる。でも、気持ちは同じなのに、どうして瀧島君と私は、こんなにも違うんだろう。
「これからも、たくさんの人を助けたいんだ。できれば、如月さんといっしょに」
ずきん、と胸が鳴った。
瀧島君の言葉は、一言一言が力強かった。その端々から、「運命を変えたい」というゆるぎない信念が感じられる。
(でも……)
やっぱり、私は……瀧島君のようには、なれない。
「もちろん、答えを出すのはすぐじゃなくていい。でも、考えておいてほしい」
「た、瀧島君、私……」
ムリだよ、と言いかけたところで、瀧島君はそれをさえぎるように立ちどまった。
「今日は、よかった。ずっと、如月さんと話したいと思ってたんだ」
「……えっ!?」
ドキッとして、思わず瀧島君を見上げる。すると瀧島君は私を見てにっこり笑った。
「今、すごくほっとしてる。この、ちょっとやっかいな力を持ってる人が僕の他にもいて、こうして出会うことができて……もう、ひとりじゃないんだって、思えたから」
そのくもりのない笑顔が、私の心をじんわりとあたためていくようだった。
(……なんで……)
なんで瀧島君は、私のことを責めないんだろう。
サキヨミを見ても何もしてこなかった、ひきょうで臆病な私のことを……。
いつの間にか、雨はやんでいた。瀧島君は傘を閉じると、右に入る路地に顔を向けた。
「僕の家はこっちだけど、如月さんは?」
「あ、私は、あのマンションだから……」
そう言って、坂の下に見えるマンションを指さす。
「気分はどう? 家まで送ろうか?」
「ううん、もう大丈夫。……傘、入れてくれてありがとう」
瀧島君とここまでいっしょに傘の中に入ってきたことが、なんだか急に恥ずかしくなった。
今まで二人で話してたことも、その内容も、現実じゃなくて夢だったんじゃないか……そんなふうに思えてきて。
けど、瀧島君は私の顔をまっすぐにのぞきこんで、はっきりとした声で言った。
「如月さん。これは、運命なんだよ」
「えっ?」
どきん、と心臓がはねた。
「運命」、という力強い言葉が、深く胸に突き刺さるみたいだった。
「僕たちの出会いは――運命なんだよ」
私を見つめる、瀧島君の真剣なまなざし。
その茶色い瞳に吸いこまれるようで、目をそらすことができない。
「――だから、この気持ちに応えてほしい」
「え!? き、気持ちって……」
「いい返事を、待ってるよ」
瀧島君はそう言うと、ぼう然と立ちつくす私を残し、路地の先へと去っていった。
<第5回に続く>
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【書籍情報】
サキヨミ!(1) ヒミツの二人で未来を変える!
- 【定価】792円(本体720円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】新書判
- 【ISBN】9784046320315