<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第4回 相合い傘

人の “不幸な未来”が見える「サキヨミ」の力を持つ私・如月美羽。ずっとこの力のことは秘密にしてきたんだけど、同じ部活のイケメン・瀧島君にも、なにやら秘密があるみたい――!?
※2023年12月15日までの期間限定公開です。
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「あー! 如月(きさらぎ)さん、こんなところに! って、瀧島(たきしま)君もいっしょじゃん!」
窓ぎわに立つ瀧島君と私のもとに、沢辺(さわべ)さんが駆けよってきた。
「沢辺さん、ちょうどよかった。今、如月さんといっしょに部活に行くところだったんだ」
「え、そうなの!? それじゃあ、入部するって決めてくれたんだね!」
沢辺さんは、私の制服のソデをぎゅっとつかんだ。
「よかったぁ。もしかして美術部に入るのがイヤになっちゃったんじゃないかなって、ちょっと心配してたんだ。うれしいよ。ありがとう!」
そう言うと、沢辺さんはパァッと明るい笑顔になった。
「ご、ごめん、沢辺さん。私、美術部には……」
「あれ、如月さん。さっきの話、忘れたわけじゃないよね?」
瀧島君が声を落として私の耳元でささやく。その冷たいひびきに、思わず背筋がぞくりとする。
「え、ええと、それは……」
「さあ、行こう。僕らの部室に」
瀧島君の目がきらりと光った。その視線にからめとられたように、体がぴしりと固まる。
気づけば私は、「ハイ……」と力なく答えていた。
「じゃあ、改めてよろしく、美羽ちゃん、夕実ちゃん!」
レイラ先輩はそう言うと、ガバッと私と沢辺さんをだきしめた。
美術室に連れてこられた私は、沢辺さんといっしょに美術部への入部届を書くはめになってしまった。
うれしそうな叶井(かない)先輩のとなりで、満足そうな笑みを浮かべる瀧島君。サキヨミが見えないのをいいことに、私はその顔を思わずにらみつけてしまった。
(さっきのこと……ちゃんとたしかめなくちゃ)
そう、まずはそれ!
――君と同じだよ。未来が、見えるんだ。
瀧島君は、そう言った。
信じられないけど、瀧島君にも私と同じように、サキヨミの力がある……ってことなのかな。
もしそうだとしたら、どうする? 私も素直に打ちあける?
でも、サキヨミについて話すってことは……私がこれまで、サキヨミを見ても何もしてこなかったことも、いっしょに知られてしまうってことになるのかも。
それを知ったら、瀧島君、どんな顔するのかな……。
「あのさ、私もこれを機に、美羽ちゃんって呼んでもいいかな?」
「へっ?」
とつぜんの沢辺さんの言葉に、マヌケな声が出る。
「私のことも名前で呼んでほしいな。いいかな、美羽ちゃん?」
――美羽ちゃん。
そんなふうに呼ばれたのは、すごく久しぶりな気がした。
私はくすぐったい気持ちになりながらも、「うん」とうなずいた。
「よろしく。……夕実(ゆみ)ちゃん」
そう言うと、沢辺さん――夕実ちゃんは、うれしそうにほほえんだ。
その様子を満足げにながめていた瀧島君が、ふとレイラ先輩のほうをふりかえる。
「そういえば、叶井先輩は二年生で副部長なんですよね。もしかして、三年生ってレイラ先輩だけなんですか?」
「そうなの! 昔はもっといたんだけど、いろいろあって、みんなやめちゃったんだよねえ」
「部員はこれで全部だ」
叶井先輩が鋭い口調で言うと、瀧島君があれっと首をかしげた。
「もうひとり、二年生部員がいると聞いてましたが」
「幽霊部員は、いないのと同じだろう」
「……ひー君は、相変わらずチバ君に厳しいね」
レイラ先輩がぼそりと言う。
どうやら美術部には、チバっていう名前の二年生部員がいるみたいだ。
「自分から出ていったんですから、放っておけばいいんです。部長も、昼休みのたびにヤツに会いにいくの、もうやめたらどうです?」
「あたしは部長として、もう一度みんなで楽しくできたらいいなあって思ってるだけだよ。ひー君こそ、チバ君ともっとちゃんと話せば……」
「話したところで通じる相手ではないということは、部長が一番よくご存じでしょう」
「だからって……!」
「ま、まあまあ! お二人とも、落ちついてください!」
夕実ちゃんがあわててなだめる。
「あああ、ごめんね夕実ちゃん、気をつかわせちゃって。まったく、ひー君はガンコで困るよ」
「そんなことより、部長。そのひー君っていうの、今年度からやめてくれるって約束でしたよね?」
「え? そうだっけ? 忘れちゃったなぁ」
レイラ先輩の言葉に、叶井先輩があきれたようにため息をつく。
「さてさて、仕切り直そう! 改めて、美術部について説明するね!」
言うなりレイラ先輩は黒板の前に立ち、手をチョキにしてつきだした。
「美術部の活動は週二日、火曜と金曜! それ以外は来ても来なくても自由! 顧問が見に来ることもないし、好きなことしててオッケーの自由な部! それが美術部!」
「誤解をまねくような言い方はよしてください! 文化祭での作品展示、ポスター制作、市の美術展への参加、写生大会、美術館見学……、活動計画は山盛りじゃないですか!」
「ええ……ひー君、それ、全部やるつもりなの?」
「当然ですよ。おれが副部長である限り、しっかりとした活動実績を作らせてもらいます」
「でもでも、部の基本方針は『楽しくやること』にしたの、忘れてないよね?」
叶井先輩がぐっと言葉をつまらせたのを見て、レイラ先輩がにやりと笑った。
「ということで、今日は明日の親睦会について話し合うよ! ひー君、書記ね!」
「親睦会?」
「そう! なんと明日の土曜、川北(かわきた)公園で写生大会が開催されるのです! 美術部として、これは絶対行かなきゃだよね!」
川北公園っていうのは、市内にある、一番大きな公園のこと。
何度か、家族でお花見に行ったことがあったっけ。でももう、最近は何年も行っていない。
人がたくさんいるところに行くのを、私がいやがったせいだ。
その理由は、もちろん……サキヨミを、見たくなかったから。
「と、いうわけで、それにかこつけて、川北公園にて第一回親睦会を行います!」
レイラ先輩は、人差し指を立てた手を高く上げた。
「第一回、というのがひっかかるんですが……」
黒板の前で、チョークを持ったまま叶井先輩がふりかえる。レイラ先輩はかまわず続けた。
「写生大会は、午前十時から正午まで! ということで、公園の正門前に九時半集合ね!」
「その前に、参加の可否を確認したほうがいいのでは?」
「あ、そうか。みんな、明日空いてる?」
レイラ先輩の問いかけに、私たちは一様にうなずく。あまりの勢いに、とまどう暇もない。
「じゃ、待ち合わせのために連絡先交換しとこう! みんなスマホは持ってる?」
この言葉に、全員がスマホを取りだした。本当はスマホの持ちこみは校則で禁止されているけれど、実際のところは黙認されていて、持ってきている生徒がほとんどだった。
私も、春休みに買ってもらったばっかりなんだけど……たまにネットで調べものをする以外、ほとんど使ってなかったんだよね。そのせいか、操作にちょっと手間取っちゃった。
チャットアプリのⅠDを全員が交換し終えると、叶井先輩が口を開いた。
「で、写生大会の後の予定は? 昼食はどうするんです?」
「もちろん公園で食べるに決まってるじゃん! 見晴台のそばにレストランあるでしょ? あそこにしよう!」
見晴台っていうのは、公園の一角にある丘の名前。そこからは、市内の風景を見わたすことができるんだ。
「しかし、あそこは南京錠(なんきんじょう)だらけで、あまり景観がよくないと思うのですが……」
「ああ、それ知ってます! カップルでやるやつですよね?」
夕実ちゃんが、目をキラキラさせながら言った。
「あのね、見晴台の金網に南京錠をかけたカップルは、永遠の絆で結ばれるっていう伝説があるんだよ。美羽ちゃん、知ってた?」
「へえ……知らなかった。初めて聞いたよ」
「私、彼氏作ったらあそこでデートするって決めてるの! いつになるか、わからないけどね」
「なるほど、沢辺さんのあこがれの場所ということか」
「え、えへへ、まあ……。叶井先輩は、彼女いないんですか?」
「いないし、作る予定もないな」
「ひー君、けっこうかっこいいのにねえ。もったいない」
「……からかわないでください」
叶井先輩はそう言うと、くるりと背を向け黒板のほうへと向きなおった。
「で……昼食後はどんな予定なんです?」
「もちろん、日が暮れるまで遊ぶんだよ!」
「しかし、明日の午後は雨の予報ですが……」
「雨が降ってくる前に遊びつくせばいいの! 足こぎボートでしょ、アスレチックでしょ、レンタサイクルにバドミントンに~、グリコ大会!」
そのとき、私のとなりにいた夕実ちゃんがくすりと笑った。
「レイラ先輩って、おもしろい人だよね。私、大好き」
たしかに。おもしろくて、明るくて、ステキで……太陽みたいな人だ。
瞬間、ずきんと胸が痛む。昨日見たサキヨミの内容が、頭の中によみがえった。
(もし、あれが実現していたら……)
照明の下にはさまれたレイラ先輩の体。流れる血……。
頭がくらくらしてくる。もしあれが現実に起こってしまっていたら、今頃先輩は……。
「……で、負けた人がアイスをおごるの! あれ……美羽ちゃん、どした?」
レイラ先輩が言った。
「み、美羽ちゃん!? 顔色悪いよ、大丈夫!?」
夕実ちゃんが顔をのぞきこんでくる。私はその顔を、まっすぐに見ることができない。

「ご、ごめん。なんでも、ないから」
出てくる言葉も、ふるえていた。
「大丈夫か? 保健室に行って、休んだらどうだ」
叶井先輩の言葉に、私は力なく首をふった。
「大丈夫です、たいしたことないので……。あの、すみません。私、今日は帰ります」
そう言って立ち上がったとき、瀧島君が近づいてくるのが見えた。
「如月さん、家はどこ?」
「え……幸町(さいわいちょう)だけど……」
「いっしょだ。家まで送ってくよ」
瀧島君は、さりげない動きで私の手を取った。
ひんやりスベスベの彼の手が、ちょっと汗ばんだ私の手に重なる。
「だ、大丈夫。ひとりで帰れるから……!」
あわてて手を引きぬこうとしたけど、瀧島君はグッと強くにぎってきて、離そうとしない。
「途中で倒れられでもしたら、こっちが困る。送っていくよ」
「でも……」
そのとき、夕実ちゃんがいきおいよく立ち上がった。
「瀧島君、お願い! 私の家、美羽ちゃんちとは反対方向だし、そうしてくれれば安心できるよ」
そう言って私を見た夕実ちゃんの顔は、心配そうにこわばっていた。
「あたしからも頼むよ、タッキー」
レイラ先輩が言う。さっきまでとは違う、静かな口調。
「美羽ちゃんのこと、守ってあげて」
「ほんとに、大丈夫か」
階段をゆっくりと下りながら、瀧島君が声をかけてくる。
どうして、こんなに動揺しちゃうんだろう。サキヨミを見ても、何も感じないようにしてきたはずなのに……。
私は、涙が落ちそうになるのを必死にこらえていた。
レイラ先輩の、明るさや優しさ。
それを見るのが、どうしようもなくつらかった。
彼女を助けられなかった自分の弱さが、なさけなくなってくる。
「――平気。ほんとにひとりで帰れるから、もどっていいよ」
私は顔をそむけた。泣きそうな顔を、瀧島君に見られたくなかったから。
「……平気じゃない」
言うなり、瀧島君は私の正面に回りこんだ。そうして、じっと私の顔をのぞきこむ。
「思いだしたんだろ。レイラ先輩がたどるはずだった、運命のことを」
「……!」
(なっ……なんで、そのことを……!?)
すぐ目の前にある瀧島君の顔を、おそるおそる見つめる。階段がうす暗いせいで、その表情はよくわからなかった。
レイラ先輩の、運命……それはつまり、「照明の下敷きになるはずだった」という、私が昨日見たサキヨミの内容のこと。
私の他に知ってる人がいるはずがない、「実現しなかった未来」のことだ。
(もしかして……)
「瀧島君は……あれを、知ってたの?」
「ああ」
ふるえる声でたずねた私に、瀧島君は静かにうなずいた。
「そ、それじゃあ、あのとき、非常ベルを鳴らしたのって……!」
「あ、その先は言わないで。だれが聞いてるかわからないからね。二人きりで話せる場所に行こう」
瀧島君はそう言うと、階段を下りだした。私に合わせるように、ゆっくりと。
昇降口に着くと、湿った空気が流れこんでくるのを感じた。
(あ、雨だ……)
勢いよく、滝のように地面をたたく雨。
それを見た私は、もち米子ちゃんのサキヨミを思いだしていた。瀧島君が言ったように、あれは今日起こることだったんだ。
そのうえ瀧島君は、レイラ先輩の運命のことまで知ってた。
ってことはやっぱり、瀧島君って――……。
「如月さん、傘持ってきてないだろ」
瀧島君はそう言うと、傘立てから大きな黒い傘を取りだした。
「置き傘取りにもどるの面倒だろうし、これでいっしょに行こう」
(……えええっ!?)
そ、それって、つまり……相合い傘……ってこと!?
「い、いいよ。置き傘取ってくる」
「そんな弱々しい声で言われてもな。まあ、いっしょに入るのがイヤだって言うなら、僕が取ってくるけど。ロッカーにあるんだよね?」
「いや、いいよ、私が行く」
「だめだ。君が行くと、階段でつまずいて転ぶことになる」
「え?」
瀧島君はふっと小さく笑った。
「そうか。自分のことは、見えないんだな。君も、僕も」