<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第3回 ユキちゃん
.。*゚+.*.。 雨とノート ゚+..。*゚+
次の日の放課後。
ホームルームが終わると、私はすぐに教室を飛びだした。
後ろから沢辺さんの呼ぶ声がしたけれど、ふりかえらずに走る。
本当はこんなの、逃げるみたいでイヤだったけど……しかたがない。
私は、美術部には入れない。
レイラ先輩も叶井先輩もいい人そうだし、入ったら楽しそう、ともちょっと思ったけれど……。
これまでと同じように、だれとも関わらず、人の顔も見ず、ひとりでひっそりと過ごしていく。そう決めたんだ。
沢辺さんとも、距離を置こう。このままズルズル友達を続けちゃうのは、よくない……よね。
ふと、沢辺さんの笑顔が頭に浮かんだ。
ひとりでいたところに声をかけてくれて、せっかく体験入部にも誘ってくれたのに……私が入部しないって知ったら、沢辺さんはガッカリするかもしれない。
(でも、しょうがないよ。それが私にとって、一番いい方法なんだから……)
「どこ行くの?」
「わっ!?」
急に後ろから肩をつかまれる。ふりかえると、そこには見覚えのある顔があった。
「た、瀧島君……?」
「あ、名前覚えてくれたんだ。光栄だな」
そう言うと、瀧島君はニコリと笑った。あわてて目をそらし、逃げるようにあとずさる。
「私、もう帰るから……!」
「あれ、美術部は? 行かないの?」
「……申し訳ないけど、部活には入らないって決めたの。それじゃあ!」
そう言って、目の前の階段を下りようとしたとき。
たくさんの生徒たちがダンゴみたいに固まってる中で、ひとりの女子の笑顔が、私の目に飛びこんできた。
(あっ、まずい……!)
でも、もうおそかった。
じじじ、という耳障りなノイズ。
見たくないっていう気持ちを無視するように、サキヨミが始まっちゃったんだ。
――帰宅途中、空模様が急変し、とつぜんの豪雨に見舞われる。教室に置き傘があったのに、学校を出るときは晴れていたから置いてきてしまっている。
カバンの中には、グループの子たちとやっている交換日記のノートが入っていた。
そこにびっしりと描かれているのは、「もち米子(ごめこ)ちゃん」というオリジナルキャラクターを主人公にした四コマ漫画。グループ全員によるリレー漫画形式で、何ページにもわたって話が続いていた。
「どうしよう……!」
帰宅してからびしょぬれになったカバンを開け、ノートを広げてがく然とする。水性ペンを使っていたせいでインクがにじみ、中の漫画は無残な状態になってしまっていた。
翌日、ノートをグループの子たちに見せる。
「ひどい。何これ」
「あーあ。これじゃもう、直せないね」
「せっかくおもしろくなってきたとこだったのに、なんかもう、しらけちゃった」
これをきっかけに、グループのメンバーはばらばらになり、ノートをぬらした女子はひとりで過ごすようになる。やがて学校を休みがちになり、そのうち完全な不登校となる。――
サキヨミが終わって、目の前に廊下の風景がもどってきた。
サキヨミが見えた子は、他の三人の女子と何かをしゃべって笑い合っている。サキヨミに出てきた、交換日記をしているグループみたいだ。
「もしかして……見たのか?」
「え?」
ふりかえると、瀧島君がじっと私の顔を見つめていた。
「み、見たって、何を?」
そう答えた私の声は、ふるえていた。
すると瀧島君はにやりと笑い、小さくうなずいた。
「やっぱりな。見えたんだろう、今。あの子の運命が」
(えっ……!)
どきん、と心臓がはねあがるようだった。
いったい、何を言ってるんだろう。まさか、サキヨミのことを……?
「……う、運命? 何のこと?」
ドキドキを隠すように、胸に手を当てながら言う。
「どうする? 僕が代わりに助けようか」
「……え?」
(『助ける』……?)
私はサキヨミを見てしまうかもしれない危険も忘れて、瀧島君の顔をまじまじと見つめた。
まさか……瀧島君、あのサキヨミの内容を知ってるの……?
……いや、ないない。そんなこと、あるわけないよね。
「な、何言ってるの? 意味がわからないんだけど」
私の言葉に、瀧島君はニッと目を細めた。
「じゃ、勝手にやらせてもらうよ。ただし、これを見せるには条件がある」
「条件?」
どういうこと、と問おうとする間もなく、瀧島君は私の耳に口をよせ、そっとささやいた。
「美術部に入部すること。いいね」
(……えええっ!?)
「ちょ、ちょっと待っ……!」
私が答え終わるのも待たず、瀧島君はくるりと背を向けた。
その視線の先には、サキヨミの女子をふくめたグループ。私たちのそばを通りすぎ、階段を下りるところだった。
「あー、忘れてた! 今日雨降るって言ってたんだ!」
それは廊下中にひびきわたる声だった。おどろいて固まる私にかまわず、瀧島君は続ける。
「ほら、置き傘取りにいくぞ! またノートびしょぬれになったら面倒だから!」
そう言いながら私の腕をつかみ、教室のほうへと引っぱっていった。
「なっ、何するの!」
「いいから、こっち」
小声でぼそりとそう言った瀧島君は、急に止まったかと思うと窓ぎわに体をよせ、外を見る格好になった。引っぱられていた私も、同じ体勢になる。
「たしかに、雨なんか降りそうにない空だな。降ることは決まってるんだけど……」
瀧島君は、ひとりごとのように言った。それを聞いたとたん、体がぶるりとふるえた。
(……なんでこの人は、雨が降ることを……しかも今日降るってことを、知ってるの?)
ドキドキと、心臓の鼓動が激しくなっていく。まさか。でも。そんな。
――人の顔を見ると、未来が見える。
昨日の美術部でのやりとりを思いだし、思わず首をふる。そんな。そんなはずない。
未来が見える人間なんて――私の他に、いるわけないんだ。
そのとき、背後を女子グループが通りすぎていくのがわかった。サキヨミが見えた女子の声が聞こえてくる。
「ぬれちゃったら大変だよね」
「うちらの宝物だしね」
そう言って笑う声に、そっとふりかえる。女子グループは、吸いこまれるように教室に入っていくところだった。
「これでもう大丈夫だ。あの子も、もち米子ちゃんも」
「え……!」
瀧島君は、私を見て満足げに笑った。
もち米子ちゃん……それは、あのサキヨミの内容を知らないと、絶対に出てこない言葉。
(やっぱり、瀧島君は……あのサキヨミの内容を、知っている……?)
ぼう然としている私の横を、置き傘を手にした女子グループが通りすぎていった。
「言っただろう。『運命は変えられる』って」
瀧島君はそう言うと、勝ちほこったような笑みを浮かべた。
私はその顔を真正面からじっと見て、ゆっくり口を開く。
「あなたは……何なの?」
「何って、君と同じだよ」
そう言って、長い前髪の下の目をすっと細めた。
「未来が、見えるんだ」
<第4回に続く>
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【書籍情報】
サキヨミ!(1) ヒミツの二人で未来を変える!
- 【定価】792円(本体720円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】新書判
- 【ISBN】9784046320315