<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第3回 ユキちゃん

人の “不幸な未来”が見える「サキヨミ」の力を持つ私・如月美羽。同じ部活のイケメン・瀧島君と出会って、人生が大きくかわることに――!?
※2023年12月15日までの期間限定公開です。
.。*゚+.*.。 3 ユキちゃん ゚+..。*゚+
「はああ~~……」
机にほおづえをついて、深いため息をつく。
目の前に置かれた英語の課題プリントは、まだ手つかずのままだ。
帰宅後。私は自分の部屋でひとり、瀧島(たきしま)君の視線や言葉を思いかえしていた。
(本当に、未来が見えるのかな……いや、そんなわけ、ないよね)
瀧島君は、「顔を見ると未来が見える」って言った。その占いはよく当たるらしいって、沢辺(さわべ)さんも言ってたけど……。
やっぱり、信じられないや。私みたいに、見たくもない未来を見てしまう力が瀧島君にもあるんだとしたら、あんなに堂々としていられるのは、どう考えたっておかしい。
(でも……)
『運命は、変えられる』
学校から帰る間も、家に着いた後も、その言葉が頭の中でぐるぐる回り続けてる。
運命は、変えられる……たしかに、そうかもしれない。
でも、いい方向に変わるとは限らない。もっと悪くなってしまうことだってある。
ううん、むしろ悪い運命は、どうあがいたところで、いいものになんて……絶対、変えられないんじゃないかな。
はぁぁ……。
今朝の夢のことを思いだして、またひとつ、ため息が出る。
夢で見たのは、「あの事故」の一場面。そこには、いつも――「ユキちゃん」がいる。
私のサキヨミの力のことは、だれにも話したことがない、って言ったけど……。
実は、ひとりだけいるの。
それが、ユキちゃん。小さい頃一番仲よしだった、私の大事な友達なんだ。
――あれは、私が四歳のときのこと。
「あ、あのひと、ハコをおとしちゃう」
幼稚園の園庭にいた私は、塀の向こう側を見て言った。そこには、大きな木箱を抱えた女の人。
「え?」
となりで地面に絵を描いていたユキちゃんが、ゆっくり顔を上げて女の人を見た。
「ほら、あのおっきなハコ。あれ、おとしちゃうよ」
私は、女の人が箱を落としてしまうというサキヨミを見たところだったんだ。
当たり前だけど、ユキちゃんは意味がわからないみたいで、きょとんとしたままだった。
「……ユキちゃんには、みえないの?」
私はおそるおそる、そう聞いた。このときの私はまだ、サキヨミが見えるのが自分だけだって、わかっていなかった。
「なにが?」
ユキちゃんが首をかしげた、そのとき。女の人の手から箱がすべり落ち、がしゃん、と何かが割れる音があたりにひびいた。
目を丸くしたユキちゃんが、私を見つめた。その唇が、少しだけふるえていた。
「……どうして、わかったの?」
その顔を見て、ようやくわかったんだ。
サキヨミは、他の人には見えない。私にしか見えないものなんだ――って。
「あの事故」につながるサキヨミを見たのは、それからしばらく経った頃のことだった。
家でシュウとテレビを見ていたとき。ふとシュウの顔を見たら、ノイズが走ったんだ。
――公園のジャングルジム。そのてっぺんから、落ちるシュウ。頭から流れる、たくさんの血。
病院でお医者さんらしい白衣の男の人が、お母さんと話をしている。
「傷は、だんだんとうすくなっていくでしょう」
「でも、一生残るんですよね?」
「その可能性はありますが、髪の毛で隠れる位置ですし」
「そういう問題じゃないでしょう!」
お母さんはそう言うと、両手を顔に押し当てて泣いた。頭に包帯を巻いたシュウは、「ママ、なかないで」と自分も泣きそうな顔で言った。――
それを見て、すぐに私は「ぜったいにおうちからでちゃだめだよ」とシュウに強く言った。シュウが落ちる音、血や病院、お母さんの泣き声。その全部が、すごくすごく、怖かった。
三歳のシュウは、私の言ったことがわかっているのかいないのか、ニコニコしながら「うん」とうなずいた。
私は、安心してしまったんだ。だから寝て起きて次の日になったら、シュウのサキヨミのことは、すっかり忘れてしまっていた。
シュウのサキヨミを見た次の日。シュウは朝から熱を出して、幼稚園を休んでいた。
その日、ユキちゃんが家に遊びにきた。シュウは和室に布団を敷いて寝ていて、お母さんはその横で、体温計を持ったままうつらうつらしていた。
起こしちゃいけないと思った私は、ユキちゃんといっしょにとなりの公園に向かった。
ブランコ、鉄棒、シーソーと、順番に遊んでいって。
シュウの声がしたのは、ジャングルジムのてっぺんに登ったときのことだった。
「おねえちゃん」
あわてて声のしたほうを見ると、シュウが、ひとりでよたよたとジャングルジムを登ってくる。
その瞬間、サキヨミの映像がよみがえった。
「シュウ、だめ! とまって!」
私がさけんでも、シュウは止まらなかった。
サキヨミで見た怖い光景が、次々に頭の中によみがえる。
「シュウ! おねがい!」
私の声は、ほとんど悲鳴のようになっていた。それを聞いたユキちゃんが、シュウのほうへと手を伸ばした。
「シュウくん、だめだよ!」
ユキちゃんは、シュウを止めようとしたんだろう。ところが自分に向かってつきだされた手のひらを見て、シュウはおどろいてバランスをくずしてしまった。
「いやっ! シュウっ!」
私はとっさに両手でシュウの体をつかんだ。
ユキちゃんの手を、押しのけながら。
「ユキちゃん! あぶない!」
次の瞬間、ゴーンと鐘(かね)のような音が頭の中にひびいた。
その音は、ユキちゃんが地面に落ちた音だったんだろうか。
それとも――、取り返しのつかないことをしてしまった、私自身のショックの音だったんだろうか……。

数日後。頭に包帯を巻いたユキちゃんと、道端で会った。
ユキちゃんは、それまでと何も変わらない笑顔を私に向けた。
「ユキちゃん……」
ごめん。ごめんね。ごめんなさい。
ユキちゃんに会ったときに言うために、何度も何度も練習したはずの言葉が、なぜかノドがグッと閉じてしまったように、つかえて出てこなかった。
「キズ、だんだんうすくなるんだって。かみのけでかくれるとこだし、よかったって、ママもいってた」
そう言って、ユキちゃんは眉の上に手を当てた。
私はすごく怖くて、後ろめたくて、ついに最後まで、「ごめん」って言えなかった。
それからしばらくして、ユキちゃんは引っ越してしまった。お父さんの仕事の都合らしい。
最後に会ったとき、ユキちゃんは手作りの「お守り」を私にくれたんだ。
それは、一枚の羽の絵が描かれたプラ板だった。上に開けられた穴に、ボールチェーンが通してある。
絵を描いた後で半分に切ったんだ、とユキちゃんは言った。
「こんどあうときにくっつけて、ひとつにあわせようね。やくそくだよ」
もう一枚の羽が描かれたプラ板を私に見せながらそう言った、ユキちゃんの笑顔。
今でも思いだすたびに、胸がずきんと痛む。
私のせいで、一生消えない傷をユキちゃんに負わせてしまったこと。
そして、とうとう謝れないまま、お別れしてしまったこと。
「こんど」なんて来なかったし、きっとこれからも来ないこと。
もちろん、私だってユキちゃんに怪我をさせたかったわけじゃない。
あれは事故だった。どうしようもなかった。ああしていなければ、シュウが傷を負っていたんだから。
でも……。でも、今でも私は、「あれでよかったのかな」って、ときどき考えてしまう。
私がしたことは、まちがっていたのかもしれない――。
だけど、何が正しかったのかなんて、どんなに考えたところで、私にはわからない。
だれかが怪我をしなければならない「運命」……だったのかもしれないんだから。
私はそっと机の引き出しを開け、その奥にしまいこんでいたプラ板のお守りを取りだした。
本当は、目につくところに飾りたいって気持ちもあるけれど……思いだしてしまうのがつらいから、どうしてもできないでいる。
もう片方の羽を持つユキちゃんは、今どこにいて、どんな中学生になっているんだろう。
サキヨミのことや、人の顔を見られない今の私、そして私のせいで怪我をしたことを知ったら、どう思うかな……。
今日出会った人たち――沢辺さんや叶井(かない)先輩、瀧島君にレイラ先輩の顔がよぎる。
私は結局、ほとんどまともにその顔を見ることができなかった。
(やっぱり……部活に入るのは、やめよう)
そもそも私には、美術部に入部する資格なんてないんだ。部長であるレイラ先輩の運命を知りながら、助けるどころか、何もしようとしなかったんだから。
今日の部活では何も見えなかったから、まだいいよ。でも、この先みんなと仲よくなって、またあれくらいひどい内容のサキヨミが見えてしまったら……私は、いったいどうする?
さいわい、まだ体験入部に行っただけで、正式な届けは出してない。
明日は沢辺さんに声をかけられる前に、急いで帰っちゃえばいいか――。
私はお守りをしまおうと引き出しを開けた。
(……ん? これって……)
ふと気になって、プラ板をじっと見つめる。そこに描かれた羽は、黒い線でふちどられ、ていねいに白くぬられていた。

(これ……羽じゃないのかも……)
――そうだ。このプラ板をくれたとき、ユキちゃんは「羽の絵」だとは一言も言わなかった。
私が勝手に羽だと思ってただけで、もしかしたら別の何かを描いたものなのかもしれない。
何だろう。何か、ひっかかる。
頭の中がモヤモヤした。何か、すごく大事なことを忘れているような――……。
――ピンポーン
「うわっ!?」
とつぜんの音に、びっくりして飛び上がる。インターホンが鳴った音だ。
あわててプラ板を引き出しにしまい、リビングに向かう。
モニターをのぞくと、そこに映っていたのは……ひとりの美少女。
(だれ……?)
初めて見る女の子を前に、私は首をかしげた。
白い肌に、大きな目。腰まで伸びた髪もつやつやしてるし、まるで人形みたいなかわいさだ。
「はい」
通話ボタンを押して言うと、不安そうだった女の子の顔が、ぱっと明るくなった。
「あの、如月さんのお宅ですか?」
「そうですけど……」
「私、高梨夏葉(たかなし なつは)といいます。シュウ君のクラスメイトです」
なるほど、シュウのクラスメイトなんだ。ってことは、小六だね。
それにしてはずいぶん大人っぽいし、しっかりしてる感じがする。
「あの、シュウ君、いますか?」
「ええと、まだ帰ってないみたいなんだけど」
言いながら、うす暗いリビングをふりかえる。シュウは、いつもならこの時間は、たいていソファに寝ころがってゲームをしている。
「そうですか……。じゃあ、また明日来ます。すみませんでした」
そう言うとちょこんと頭を下げ、画面から消えてしまった。
(何の用だったんだろう。やけに深刻そうな顔してたけど……)
もしかして、シュウに告白……とか?
さすがにそれはないか、と首をふってすぐに、案外そうでもないのかも、と思いなおす。
昔は「おねえちゃん、おねえちゃん」と言ってちょこまかと私の後をついてきた、かわいいシュウ。今じゃ「美羽」と呼び捨てなうえに、態度も言葉づかいも最悪。すっかり生意気になってしまった。
けど、その中身に似合わず、シュウは整った顔立ちの少年に育った。前にお母さんに聞いた話では、学校ではなかなかモテているらしい。
さっきの子も、わざわざ家まで来るくらいだし、もしかしたらシュウのことが好きなのかも。
地味な私とは違って、シュウは華やかな学校生活を楽しんでいるみたい。
(まあ、私には関係ないか……)
そんなことより、そろそろ課題をやらないと。
何度目かわからないため息をついてから、私は部屋へともどった。