<①~③巻トクベツ無料公開!>『サキヨミ!』第1回 その名はサキヨミ
.。*゚+.*.。 体育館の悲鳴 ゚+..。*゚+
登校してすぐ、体育館に向かう。今日は、全校朝礼の日だ。
(あの人たち、大丈夫だったかな……)
さっき見た自転車事故のサキヨミを思いだして、胸がずきんと痛む。
でも、どうしようもない。だって私は、サキヨミを見ても、何もしないって決めてるんだから。
まわりの子たちが数人で固まって楽しそうにおしゃべりをしている中、私はひとりで廊下を歩いていた。
まだ四月だけど、すでにクラスの中には、いくつかの仲よしグループができている。どこにも入らないで、いつもひとりでいるのは、私くらい。
でも……「ぼっち」には、慣れてる。小学校の頃から、ずっとそうだったから。
人の顔を見て話せないからか、私には仲のいい友達ができなかった。ううん、そもそも、作ろうとしなかったんだ。
だれかと友達になったら、きっといつか、その子のサキヨミを見ることになる。
仲よくなればなるほど、サキヨミを無視することが、つらくなると思うんだ。
だから私はもう、友達を作るつもりも、部活や委員会に入るつもりもない。
「ねえ、『雪うさ』がこの町に住んでるってウワサ、知ってる?」
体育館につながる渡り廊下にさしかかったとき。
すぐとなりを歩いている女子グループから、得意げな声が聞こえてきた。
「聞いた! でもそれ、ウソでしょ? SNSに上げられた写真の背景が、たまたま川北公園に似てたってだけじゃん。それだけでここに住んでるなんて言えないでしょ」
「いやいや、中学のそばを歩いてるのを見たって子がいるの!」
「ええ? あのカッコで?」
「そう! ちゃんとピンクのカツラに、うさ耳つけてたって!」
「うっそだー! そんな目立つカッコしてたらもっと目撃されてるって! 絶対ネタだよ!」
「けど、雪うさが近くに住んでると思うと、テンション上がらない?」
「そりゃそーだけどさぁ」
雪うさって、何だろう。ピンクのカツラに、うさ耳? 有名人なのかな。タレントか何か?
普段テレビをほとんど見ないから、私はこういう話題にもぜんぜんついていけない。
もし友達ができたとしても、「何それ?」「知らない」の連発で、きっと空気をしらけさせちゃうだろうな。
そう、私は「ぼっち」でいいんだ。それが一番、平和なんだから……。
「ねえ、あなた!」
「ひゃっ!」
とつぜん肩をたたかれて、思わず飛び上がる。
ふりかえると、ひとりの女子がにっこりとほほえんでいた。
後ろで結んだ天然パーマの髪が、ふわふわとゆれている。まるで、子犬のシッポみたい。
制服のリボンは、赤。ってことは、三年生だ。
この中学では、学年ごとにリボンやネクタイの色が決められてるの。今年度は、一年生は緑、二年生は青、三年生は赤。
「背中に、羽根がついてるよ」
「え……羽根?」
とまどう私の前に、彼女がさっと手を差しだした。その指がつまんでいたのは、小さな白い羽根。
鳥の羽根みたいだ。いつの間についたんだろう、ぜんぜん気がつかなかった。
「あ……、ありがとうございます」
お礼を言いながら、思わず顔を見てしまう。サキヨミは…………よかった。見えない。
ひそかに安心していると、その人は顔じゅうを笑みで満たした。

「白い羽根はねえ、天使がすぐそばで見てくれてるっていうメッセージなんだって! 朝から幸先いいねえ!」
てっ、天使??
いきなり出てきたファンタジーな言葉に、思わずきょとんとする。
「レイラ、行くよ!」
「はーい!」
レイラと呼ばれたその人は、「じゃね!」と言って体育館のほうへと走っていった。
何人かの友達にかこまれて、太陽みたいな笑顔をふりまいている。
(明るい人だなぁ……)
それに、友達も多いみたい。
……私とは、大違い。
そう思ったときだった。
じじじ、と、とつぜんのノイズ。
(……しまった!)
油断してた。サキヨミはこんなふうに、少しおくれてやってくることもあるんだった!
見たくない、という私の気持ちをあざ笑うかのように、それは始まってしまった。
――全校生徒が集まる体育館。壇上に、校長先生。
「……瀬戸レイラさんが、市立学校美術展にて最優秀賞を受賞しましたので、表彰を行いたいと思います」
居ならぶ生徒たちの中から、天然パーマの頭がひょこひょこと動いて壇上へと向かっていくのが見える。
「レイラー!」
友人だろうか、女子の声がひびいた。瀬戸レイラは、声の方をふりむいてピースサインを作ってみせている。
階段を上がり、ステージの中央に歩みよろうとしたときだった。
ガタン! と大きな音がしたかと思うと、ステージ上につりさげられている大型照明が落下し、瀬戸レイラの頭を直撃した。ワイヤーが切れたのだ。
体育館の中は、悲鳴でいっぱいになった。あわてて駆けよる校長や他の先生、照明の下から流れ出る血、倒れたまま動かない体……。
場面が切りかわり、数日後の教室。女子たちの遠慮のない声が聞こえてくる。
「あの人、頭蓋骨骨折したんだって。もう学校来られないらしいよ」
「頭蓋骨? それ、やばくない?」
「運悪すぎだよね。よりによってあのタイミングで表彰とかさ」
「賞なんか取らなければよかったのに」――
ハッと気づくと、私は生徒たちが流れていく渡り廊下の真ん中で、ぼう然と立ちつくしていた。
レイラ先輩の背中が、体育館の中に消えていくのが見える。
(どっ、どうしよう……! このままじゃ、あの人……!)
脚が、ガクガクとふるえた。
体育館じゅうにひびきわたる悲鳴に、流れる血……。
思いだすだけで、背筋がぞっと冷たくなる。
(……だめ。忘れなきゃ……!)
私は今見たことを頭から消し去るように、ぎゅっと目をつむった。
(何もしないって、決めたんだから。運命なんだから、ねじまげちゃいけないって……)
そんな思いとはうらはらに、私の耳には、レイラ先輩の軽やかな明るい声が残っていた。
『天使がすぐそばで見てくれてるっていうメッセージなんだって!』
『朝から幸先いいねえ!』
そう言って見せた、気持ちのいい笑顔……。
だんだんと、心臓のドキドキが激しくなってくる。
(だめ。忘れろ。忘れるんだ……! 私にできることなんか、何もない。何もないんだからっ……!)
棒みたいに硬くなった足を、なんとか持ちあげて前に出す。そうして、他の子たちにまぎれるように体育館の中へと入った、そのとき。
ジリリリリリリ――!
とつぜん、けたたましい音が鳴りひびいた。
「何これ?」
「火事?」
周りの子たちが、いっせいにざわめきだす。
そうだ。これは、火災警報器の音。
廊下とか特別教室に設置されている、消火栓。そこにあるボタンを押すと鳴る、警報の音だ。
「何だ!? だれか押したのか!」
私のクラスの担任で、体育の教師でもある、勅使河原(てしがわら)先生の大きな声が聞こえた。
そっか……。たしか、体育館にも消火栓があるんだっけ。
私は周囲を見回して、校庭側の壁に赤い消火栓を見つけた。
けれど、その周りにはだれもいない。
「落ちついて、その場から動かないで!」
今度は女の先生の声が聞こえる。と言っても、ベルの音が大きすぎて、かき消されそう。
体育館の前の方にいた先生たちは、あわてたように何か話し合っている。
そのうち、勅使河原先生が、体育館から飛びだしていった。
「ほんとに火事かもよ?」
「まさか。どっから火が出るってんだよ」
すぐ近くの男子たちが、興奮ぎみに言った。
しばらくすると、警報は止まった。フキゲンな顔の勅使河原先生が、生徒をにらみつけるようにしながら体育館にもどってくる。
「朝から面倒ごと起こすな!」
やっぱり、イタズラだったみたい。これは後で、先生の「やった生徒は正直に名乗り出なさい」活動が始まるかも。
周りの子たちは、まだこの事件から完全にぬけでることができないようだった。不安げにその場を動かなかったり、様子を探ろうときょろきょろしていたり。
なかなか整列しようとしないみんなに向かって、「早くならびなさい!」と先生たちが声をあげている。
(これは、朝礼の開始がおくれるかも……?)
そのとき、はっとした。
もしかして……いや、まさか、そんなこと……。
頭に浮かんだとっぴな考えを、必死に打ち消そうとする。
(でも……もしかしたら、このままいけば……)
数分後、ようやく整列が終わって、朝礼が始まった。
壇上に立った校長先生が、さっきの非常ベルについて話しはじめる。
その声をぼんやりと聞きながら、私は照明を見上げた。
ワイヤーでつるされたレールに、たくさんの照明がならんでいる。ワイヤーは、ここから見るぶんには、何の問題もないみたいだった。
ドキドキドキドキ……
胸の鼓動が、だんだんと激しくなってくる。
さっきのサキヨミで聞いた大きな悲鳴が、頭からはなれない。
(どうか……どうか……! 私の思った通りに、なりますように……!)
心の中で強く祈った、そのとき。
サキヨミで見た映像が、目の前でくりかえされた。
ワイヤーが切れて、照明が落ちる……!
(危ないっ……!)
ガッシャァァァン――!
大きな落下音の後で、きゃあっと悲鳴がひびいた。
だけどそれは、サキヨミの中の悲鳴とは比べものにならないくらい、小さいものだった。
「なんだ!」
「大丈夫ですか、校長先生!」
先生たちが、あわてふためいている。校長先生は、目の前で起きたことに、ただただぼう然としているようだった。
(やっぱり……!)
そう。サキヨミは、現実にはならなかった。
照明の下には、だれもいない。
レイラ先輩は、助かったんだ――!
<第2回に続く>
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【書籍情報】
サキヨミ!(1) ヒミツの二人で未来を変える!
- 【定価】792円(本体720円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】新書判
- 【ISBN】9784046320315