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- 【一巻まるごとスペシャル連載☆】『理花のおかしな実験室(6) 波乱だらけのハロウィン・パーティ!』第7回
【一巻まるごとスペシャル連載☆】『理花のおかしな実験室(6) 波乱だらけのハロウィン・パーティ!』第7回

【このお話は…】
わたし理花。理科が大好きな小学5年生。
クラスみんなでハロウィン・パーティ!
仮装して手作りお菓子交換って、楽しみすぎる!!
みぃちゃんだけ参加できないのが残念だと思ってたら、なぜかホッとした表情で……?
そしてパーティ当日、欠席のみぃちゃん家に届けたクッキーが、思いもよらない大事件に!?
【お菓子×科学の超人気シリーズ☆】
11月8日に待望の最新10巻『理花のおかしな実験室(10) 想いつながれ! あめの色づく運動会』が発売!
これを記念して、シリーズで人気の第6巻をまるごとためし読みできちゃうスペシャル連載がスタート!
(2023年12月12日(火)23:59まで)
みんなが読んでる人気作、追いつくなら今! ここから読んでも楽しめるお話だよ☆

13 それが「究極の菓子」になるまで
放課後。
話し合いの場所を実験室に移したわたしたちは、熱心に議論を続けていた。
シュウくんだけは用事で参加できなかったけど。
「シュウってまた用事?」
桔平くんがちょっと不満そう。わたしは理由を言えばいいのにって思いながらもフォローする。
「このごろ忙しいみたいだね」
すると、
「やりたいやつだけがやればいいし。ムリに付き合わせる必要ない」
そらくんが豆乳のパックを睨みながら言った。
ちょっとトゲがある口調には違和感があった。
そらくんはシュウくんとケンカすることが多いけど、こういう突き放した言い方はしなかった気がするから。
どうしたんだろ。わたしの知らないところで何かあった、とか?
みんなも気になったのかそらくんをじっと見る。
するとそらくんはちょっと気まずそうに豆乳のパックを掴むと、話を変えた。
「あのさ、牛乳の代わりに何かを使うって言ってたけど……。豆乳以外に牛乳の代わりにできるものあるのかな」
みんなキョトンとする。
「ジュースとか、水とか?」
桔平くんが言うと、
「うーん……かけ離れすぎてて、厳しい……味が想像できない」
そらくんが唸った。
「そもそも、バターが使えないのが痛い! あの匂いがあるのと無いので別物だろ!?」
わたしはバターの匂いを思い浮かべてうなずいた。
確かに!!!
クッキーでも、ケーキでも、焼けたときのあのバターの匂いが最高においしそうなんだよね。
バターが牛乳じゃないものからできたらいいのに……。
わたしはふと牧場に行ったときのことを思い出す。
生クリームを振ってバターができたよね。そしてその生クリームって牛乳からできてるって言ってた。ってことは——。
「牛乳からバターができるけど、豆乳からバターみたいなのはできないかな……?」
豆乳を振ったら固まって、そしてバターみたいなものってできないかなって。
みんなが「それだ!」っていうふうに目を見開いた。
だけど……。
「あ。それって……たぶん、豆腐じゃね? なんかテレビで見た!」
ちょっと呆れたように桔平くんが言って、
「あ」
わたしはがくぜんとする。
い、いい考えだって思ったのに!
ドヤ顔してたかも!? は、恥ずかしい!
小さくなっていると、そらくんが「豆腐……」とつぶやき、みんなの顔を見回した。
「豆腐って……行けそうじゃね?」
「え?」
「あ、みぃは豆腐は大好物だよ! 豆乳は匂いがあんまり好きじゃないけど、豆腐の匂いはキライじゃないって言ってた」
ゆりちゃんが言う。
「なんか前に見た気がする。豆腐使った菓子って……えっと……あ、理花、この間借りた本、まだ持ってるか?」
そらくんが聞いてわたしはうなずく。まだ貸し出し期間内だったから返さずにいたんだ。
家に戻って机の上に置いていた本を持ってくる。
ペラペラとめくったそらくん。
「あった! 豆腐のケーキ!」
みんな興奮した様子で覗き込む。だけど。
「うわ、これちょっとムズカシくねえ?」
桔平くんが顔をしかめた。
「っていうか、この材料、豆腐ヨーグルト? アレルギー用ミルク? ……どこに売ってるんだろ、見たことない」
ななちゃんも首を傾げた。
「うーん……なんか、ムズカシイし、材料高そうだし……気軽に作れる感じじゃないよね……豆乳カスタードクリームはカンタンだったのに」
ゆりちゃんが言うと、そらくんがタブレットを取り出す。
「あれ、タブレット? どうするの?」
わたしが聞くと、
「いや、なんかさ。本って専門家が書いてる感じだけど……なんていうか……それだとどうしてもムズカシくなる気がしてさ。もっと口コミっていうか、そういうののほうが、今回は向いてるんじゃないかって。ほら同じ悩みを持ってる人が他にもいるかもしれないだろ?」
そらくんが言う。
なるほど。アレルギーで悩んでる人はみぃちゃんだけじゃない!
「アレルギー」
検索窓にさっそく入力すると、アレルギーについてのページがヒットする。
「うーん……どの言葉で調べればいい? この間みたいに塗り薬ばっかりヒットしても困るし」
『クリーム アレルギー』で調べたときのことが軽いトラウマになっているみたいだ。
わたしもだけど!
わたしは考える。どうやったらうまく検索ができるか。
ふと司書さんのことを思い出した。
あのときどうやったから本が見つかったんだっけ?
あ。そうだ!
「そらくん。人に質問するみたいにやればいいんじゃないかな」
『アレルギーの何が知りたいのかな?』
司書さんだったらこんなふうに聞くかもしれない。それを思い浮かべながら、言葉を追加していくんだ。
そらくんはレファレンスのときにいなかったからピンとこなかったのか、「理花、たのむ」とわたしにタブレットを差し出した。
わたしはアレルギーの後ろに、「牛乳」と、入力する。
『牛乳アレルギー』についての病院の説明ページが多くヒットする。
うーん、まだ情報が足りないみたい。
『牛乳アレルギーの子がいるんだね? それでどうしたいの?』
頭の中の司書さんがたずねる。
うーんと。牛乳の代わりに豆腐を使ってお菓子を作りたい。
「豆腐」
そう追加したとき、「あ!」そらくんが声を上げた。
『卵・牛乳アレルギー対応のレシピ大特集』というページがヒットしたんだ!
興奮して思わず開くと、豆腐ケーキというのを見つける。
うわあ、これだ!
だけど……。
「こ、これ……豆腐そのまんまじゃね?」
見ると豆腐の上にトマトが載っている……外見だけケーキっぽくしただけのものだったのだ。
「見た目はケーキだけど!! これじゃない!」
がっかりしすぎて膝が折れる。だけど、
「まだ、何か情報が足りないんだ」
わたしはがんばって顔を上げる。
時間がない。のんびりやってたら、あっという間にタブレットが使えなくなっちゃう。
うん、豆腐そのものじゃなくって、何が知りたいのか。
「あ、『お菓子』……かな」
祈るような気持ちで、その言葉を検索欄に追加した。
すると。
「あった! 『豆腐でしっとりおいしいチーズケーキ!』。牛乳じゃなくて豆腐を加えることで、しっとりしてモチモチになる……」
そらくんがタブレットを食い入るように見つめながらページを読み上げた。
「……それ、ぴったりじゃない!?」
「あ、でもこれはダメ。ヨーグルトとクリームチーズが入ってる」
隣から覗き込んだゆりちゃんが残念そうに言う。
だけど。
わたしはもうがっかりしていなかった。
だって。
「でも。これなら」
「もしかしたら、おいしいのがあるかも!」
「ねばろうよ!」
わたしたちは見つけたレシピサイトをじっくりと調べていく。
やがて一枚の写真が目に飛び込んできた。
お砂糖をまとった、きつね色のまあるいドーナツ。
いい匂いが漂ってきそうなおいしそうな写真だった。
「これなんかどう!? 『ふわふわモチモチ豆腐ドーナツ!』」
材料を見る。
豆腐と小麦粉と砂糖と卵とベーキングパウダー。それを混ぜて油で揚げるのだそうだ。
顔を見合わせる。
「これなら……いけるんじゃない?」
「メッチャおいしそう……!」
「……作ってみるか!」
そらくんが言って、わたしたちはうなずき、メモをとる。
そして材料を揃えていく。豆腐だけ実験室にはなかったのでママに聞いてみると、冷蔵庫にあるものを分けてくれた。
生地ができると、フライパンに入れた少量の油で転がすように揚げていく。
油で揚げるのは初めてだったので、ドキドキしてたけど、そらくんは家でやったことがあるらしくて落ち着いていた。
さすが!
「きつね色になってきたよ!」
「肉団子っぽい。でも匂いは甘い! うまそー!」
桔平くんがごくりと喉を鳴らした。
それを合図のようにして、そらくんがフライパンからドーナツを取り出していく。
すぐに粉砂糖をまぶすと出来上がりだった。
ピックに刺すと、みんなでせーので口に運ぶ。
目が丸くなる。
「…………お、」
「「「「おいしい!!!!」」」」
「表面はカリカリ!」
「中はモチモチしてる!」
「甘さ控えめでいくらでも食べられそう〜!」
「これなら、みぃもきっと喜んでくれるよ!!」
ななちゃんが興奮した様子で言う。
だけど、それを聞いてわたしは顔を引き締めた。
「そうだね。だけど——もしダメでも」
わたしはそらくんを見た。
するとそらくんはわたしと同じことを考えていたのか、力強くうなずいたんだ。
「そのときはもう一回だな!」
そらくんはなんてことないっていう顔で笑っていた。
「ダメでも何度でも! 町田にとっての『究極の菓子』になるまで! 絶対に諦めない!」
そらくんの強い意志のこもったまなざしにみんなもうなずく。
一度ダメでも、諦めない。
そこでやめたらきっとみぃちゃんの笑顔が見られない。
そんなのはイヤだから。
押し付けじゃなくって、みぃちゃんの本当に食べたいものが作りたい。
強くそう思ったんだ。
14 ハロウィンのやり直し
その日のドーナツの試作は大成功!
だけど、そらくんが味の微調整をすることになった。
「ほら、プレーンだけだとつまんないだろ。他にもチョコ味とかさ、なんかできないかなって」
そらくんはこの間、豆腐のカスタードクリームを作ったときから、どうやら「オリジナルレシピの作成」に興味を持ち始めたみたいだった。
そして土曜日。みんなが再び実験室に集まった。
来週こそは、みぃちゃんが学校に来られるように。
そらくんの考えたドーナツはさらにおいしくなっていた。
砂糖の量を少しだけ減らして、その代わりにはちみつを入れてみたんだって。
そうしたらもっと生地がしっとりして、なめらかさとモチモチ感がアップした感じがした。
「そらくん、やっぱりすごい!」
そう言うと、そらくんはちょっと照れくさそうに頭をかく。
「まだまだ叶さんにはかなわないんだけどさ! ほら……今までみたいに、人のレシピを使って作るんじゃなくってさ。自分で考えた自分だけのレシピじゃないと、な」
ゆりちゃんとななちゃんはラッピング係。
黄色の紙袋にブラウンのリボンがすごく映えてて、パッケージからおいしそうな雰囲気がたっぷり漂ってくる。やっぱりすごくセンスがいいなって思った。
そして力持ちの桔平くんは買い物のときに大活躍だし。
っていうかこのチームって、案外役割分担ができてて最強なんじゃない!?
わたしは密かに興奮してしまう。
やがてドーナツが揚がる。
きつね色のプレーンドーナツ、茶色のチョコドーナツ、それから豆腐の代わりにバナナを潰して作ったバナナドーナツ。
全部乳製品は使っていない。チョコドーナツもココアパウダー自体は乳製品じゃないから大丈夫なんだって。
「バナナすげえ……これ、そらが考えたのかよ」
桔平くんがメチャクチャ興奮した様子で言った。
「味見していい?」
「もちろん!」
バナナ味のドーナツはふわりと良い香りがして、豆腐とはまた別のおいしさだった。
「豆腐は食感が最高だけど、匂いがちょっとだけ寂しいだろ? だからいい香りのものを混ぜてみたらどうかなって。だけど全部にしてしまうと飽きるしさ」
「チョコとバナナでチョコバナナ味!」
ななちゃんがうれしそうに一緒に頬張っている。
「それいいな! 最強の組み合わせ!」
アイディアがどんどん出てきて、楽しくてたまらない。
早くこの輪の中にみぃちゃんも交ざってくれないかなって思うと、すごく気が逸る。
可愛らしいラッピングが完成すると、そらくんが大きく息を吸って言った。
「行こう」
「うん!!!!」
みぃちゃんの家に向かう。そしていつものように玄関のチャイムを鳴らす。
すると少し困惑した顔でみぃちゃんが玄関から出てきた。
メイワクだったかな。
そんな考えが頭によぎってしまう。
この行為自体が『かわいそう』って思ってるからだってとられたら。
そう思って怯んでしまう。
だけど、そらくんが一歩前に出て言った。
「おれたちさ。これ、町田に食べてもらいたいって思って」
「……」
みぃちゃんの目がドーナツに落とされる。
その目はどこか寂しそうだ。
何を持ってきても、変わらない。わたしの本当の気持ちなんて誰もわかってくれない。
そんな拒絶が見えた気がした。
だけど。
「一緒に食わねえ?」
ニッと笑って、そらくんが言ったとたん。
みぃちゃんの目がハッと見開かれる。
「一緒に、食べよ?」
ゆりちゃんも続く。ななちゃんも微笑む。
桔平くんがニカッと笑った。
「メッチャうまくできたんだ! サイコーにうまいから、一緒に食べようぜ!」
みぃちゃんの顔がじわじわと赤みを取り戻していくような気がして、わたしも必死で言った。
「これね、牛乳をつかわないからこそ、メチャクチャおいしくできたんだ! だから、一緒に、食べよ!」
みぃちゃんの手がドーナツの袋に伸びる。
そして袋を開けると、その顔がパッと輝いた。
いいの? 問いかけるようなまなざしにわたしたちは顔を見合わすと、一人一つずつ袋を手にとった。
そらくんが袋に手を入れると、ピックでドーナツを刺して取り出した。
それを真似てみんながドーナツを手にする。全員がドーナツを手にみぃちゃんを見ると、みぃちゃんもおそるおそる真似をした。
「せーの!」
ぱくり。
みんなで一斉に口に入れると、みぃちゃんもあとに続いた。
そして目を丸くする。
「お、い……しい! え、本当にこれ、牛乳入ってないの……? って思うくらいおいしい!」
「それは絶対大丈夫! 豆腐を使ってるんだ」
「え、豆腐?」
「モッチモチだろ? そして冷めてもぜんぜん硬くならない!」
そうなんだ。これは後で発見したんだけど、豆腐でつくるとモチモチ感としっとり感が結構長い間続くんだ。
次の日に食べてもおいしいくらい!
牛乳を使ったドーナツだとぱさぱさになっちゃうんだけど、これだとおいしいままなんだ!
ふとみぃちゃんの袋を見ると空になっていた。
「みぃ……まだいる?」
ゆりちゃんがちょっとニヤニヤしながら問いかける。
紙袋の中にはまだいっぱいドーナツが入っている。
「いくらでもあるよ!」
みぃちゃんは思わずといったように喉をごくりと鳴らすと、ちょっと赤くなる。
そして、
「いる! メッチャおいしかった! ——っていうか、わたし……こうやってみんなとおんなじ物食べられたのが、すっごくうれしい!!!!」
と花が開くみたいに笑ったんだ。
その笑顔が、前みたいな作った笑顔じゃないのがわかって、思わず目頭が熱くなる。
ゆりちゃんとななちゃんがみぃちゃんにガバッと抱きついた。
「よかったぁああああ! 正解だった!!!」
「正解?」
ゆりちゃんとななちゃんの目には涙が浮かんでいた。
「いいの! ほんと、みぃのバカ! もう、これ以上学校サボっちゃダメだからね!」
洟をすすりながらゆりちゃんが言う。
「月曜はちゃんと学校に来るんだよ! わたしたち、迎えに来るからね!」
ななちゃんも言う。
二人の口調から遠慮が消えていた。そして、
「……わ、わかってるよ! あ、べ、べつにサボってたわけじゃないから!」
ぷうっとほっぺを膨らますみぃちゃんが、ハロウィンの前の仲良しに戻ったみたいで。
わたしはうれしくてうれしくて、ニヤニヤ笑いと、それから涙が滲むのを止められなかったんだ。

15 仲直りの方法
みぃちゃんと約束のゆびきりをしたあと、わたしたちはそれぞれの家に帰ることにする。
だけど紙袋の中には大量のドーナツが残ってしまっていた。
「揚げすぎたなぁ……どうする、全員で分けて持って帰るか?」
公園の前を通りかかったとき、そらくんが言った。
だけどわたしはすぐに首を横に振った。
「もっと良い使い道があると思う!」
そして公園の中を指差した。
「あ」
みんなが顔をしかめたけど、わたしは強引にドーナツの袋を掴む。
「わたし、このままじゃダメだと思うんだよ」
そう言ってみんなの目を見ると、みんなは気まずそうに目を逸らす。
だけどわたしはこれ以上にいいタイミングはないって思ったから、怯まなかった。
この分裂、このままにはしておけないから。
方法は間違ってたかもしれないけど、自己満足だったかもしれないけど……。
さやかちゃんは最初からずっとみぃちゃんのこと、考えてたと思うんだ。
発端となった、ハロウィン・パーティでの事件も、みぃちゃんが一人だけ寂しい思いをしないようにっていう思いやりから起きたことだったと思うし。
豆乳クッキーだって、きっと、ごめんねって気持ちをできるだけ早く形にしたいって思っただけ。
わたしたちとやり方がちょっとちがっただけなんじゃないかな。
「失敗っていう結果だけを見て、全部悪いって、わたしには言い切れないよ」
だって、わたしたちだってみぃちゃんのこと考えてても、失敗したじゃん!
「それに、もう誰かのせいにしなくっていいんだから、ね?」
そう言うとゆりちゃんがたっぷりため息を吐いたあと、つり上がっていた眉をへにゃりと下げた。
「あー、もう。おひとよしっていうんだよそういうの。一番の被害者の理花ちゃんがそう言うんじゃ……もう怒れないじゃん……」
「だよね」
ななちゃんと桔平くんがゆりちゃんとおんなじようにため息を吐く。
わたしはホッとして「じゃあ、行こう!」と公園に足を向ける。
だけど隣にいたそらくんの足だけが動かなかった。
あれ? と思って振り返ったわたしに、そらくんは言った。
「おれは、イヤだ」
え?
「だって、あいつらが謝るのが先だろ」
そらくんがむうっと不満そうな顔で訴え、わたしはびっくりしてドーナツを落としそうになった。
だって、あの、誰にでも優しいそらくんのセリフとは思えなくって!
そらくん、この間叶さんにあれだけのことをされても、にっこりさわやかに笑って許してあげてたじゃん!?
まさかそらくんがイヤって言うとは思わなかった! っていうかここまで怒ってるとは思わなかった!
桔平くんも「ど、どうした? そら」と慌てている。
「だって、あんなふうに理花にだけ責任押し付けてさ! あれで理花がどれだけ傷ついたと思ってるんだよ。おれ、相棒を傷つけられたら、そんなカンタンに許せねえんだけど」
すると、ゆりちゃんが「ふーん……優しいそらくんでも、こういうことだと許せないんだぁ」とつぶやいた。
ななちゃんもニヤニヤとした顔で「そっかぁ、うんうん……なにしろ『最強の相棒』だもんねぇ」とうなずく。
え、何?
二人の態度を不可解に思ったときだった。
「あ」
公園の中から声が上がる。
声の主——さやかちゃんと目があった。
真っ二つに線が引かれたように思えて、わたしは怖くなったけれど、二つのグループの間の溝を飛び越えるように近づいた。
「さやかちゃん」
中心にいたさやかちゃんはビクリと体を震わせた。
「これね、みぃちゃんのところに持っていったんだけど、余ったんだ」
「みぃちゃんのところ……?」
どうだった? みぃちゃん、元気だった?
心配そうな目がそう言っているように見えた。
「みぃちゃん、元気が出たって。だから月曜日、学校に来るって! さっき約束してきた!」
その場にいたみんなの顔がパッと輝いた。
ほうら、やっぱり。
みんな、心の中ではみぃちゃんのこと、本当に心配してた! そうだと思った!
それがわかったわたしは、後ろを振り向く。
そらくんをじっと見つめると、目で訴えた。
ね、もう、許してあげようよ! って。
するとそらくんが大きく息を吐き、しかたないなって顔で近寄ってくる。
「……ケンカ、もうやめようぜ」
大きなため息を吐いて。
そして色んな感情を飲み込んだ顔で。
「町田が戻ってきたときにさ、こんなんじゃまずいだろ」
そらくんが手を差し出すと、いつもそらくんと仲良くしてた男子が眉を緩ませて手を握った。
「だな!」
わたしも手を出した。
するとさやかちゃんもおずおずと手を差し出す。と同時に小さな声で言った。
「理花ちゃん……ごめんね。わたしの失敗だったのに……わたし、怖くて」
わたしはうなずく。
わかるよ。怖いよね。わたしだって怖かったからわかる。
「みんなが少しずつ失敗しただけだよ。だから、わたしも、ごめんね。レシピ、調べ終わるまで待ってって言えばよかった」
「ごめんなさい……ごめんね」
さやかちゃんがホロホロと涙をこぼす。つられたように周りの子にもしんみりした空気が伝染していく。
すると桔平くんが割って入る。
「ほ、ほら、ドーナツ食べて仲直り! メッチャうまいんだぜ!」
しんみりした空気を吹き飛ばすような大声だった。
涙を拭うとさやかちゃんがドーナツを食べる。
そして、
「おいしい……! え、これ本当に作ったの? お店のみたい!」
目を丸くするさやかちゃんに、なぜか桔平くんが「だろ!?」とドヤ顔で言う。
「桔平、ちょーしのんなよ! どうせそらが作ったんだろ!」
男子がからかうと、桔平くんが「バレたか!」と笑う。
つられたようにみんなが噴き出し、気まずい空気はウソみたいに吹き飛んだんだ。
和気あいあいとドーナツを食べていると、一人の女子が近づいてくる。
そしてわたしの隣に来ると、遠慮がちにたずねた。
「佐々木さん。これすごくおいしいけど……牛乳使ってないってホント? 卵は?」
かなちゃんという、あんまり話したことのない子。
ちょっとドキドキしていると、
「あーえっと……、卵は使ってる」
そらくんが隣から答えてくれた。
「そっかぁ……」
残念そうにため息を吐く。
「えっと、どうかした?」
「ええっと……ね。これ、卵アレルギーでも食べられるのかなって気になって」
「卵?」
そらくんがギョッとする。
「え、もしかしてアレルギーなの?」
わたしも焦った。だって食べたあとだったから。
ヒヤリとすると、かなちゃんは慌てて否定した。
「あ、ちがうよ、わたしは大丈夫! ただ、妹がアレルギーでね。もし卵が入ってなかったら作り方教えてもらえたらなって思ったんだ」
「そっかあ」
ホッとしつつ、かなちゃんの妹さんのことがみぃちゃんと重なった。
「もし卵アレルギーでも食べられるお菓子とか、知ってたら教えてほしいなって思ったんだけど……ダメかな」
ケンカしてたくせに図々しいかな。そんなふうに思っている様子だった。
教えてあげたいなって思う。
だけど、さっきのそらくんを思い出すと、大丈夫かなってちょっと不安になった。
でも、そらくんはすぐにカラッとした笑顔になった。
「いいよ。調べてみる」
「え、ほんと? ありがとう!!」
あんまりにもあっさりとした返事に、わたしがちょっとびっくりしてしまう。
かなちゃんがその場を去ると、そらくんがイシシ、といたずらっぽく笑った。
「おれ、いいこと考えたんだ」
そらくんが「あのさ」とわたしの耳にそっと顔を寄せる。
わ、わあ! そらくん、近いよ!!
どきりとしたけど、耳に入ってきた言葉にびっくりして、体をそらすのをやめてしまった。
「誰かのための『究極の菓子』って具体的にどうするか悩んでたけど……色んな人から募集したらいいんじゃないか?」
「募集?」
思わずそらくんの方を見ると、そらくんのキラキラした瞳がすぐ近くにあった。
その目が一段と強く輝き、わたしは思わず吸い込まれるようにそらくんに釘付けになった。
「『あなたの究極の菓子作ります』って。それだと、おれたちの目標にぴったりじゃね?」
わたしは目を見開いた。
うわあああ!
すごい!
「そらくん、すごい。それすごいよ!」
わたしたちの新しい目標。
『誰かのための究極の菓子』作りの大きな一歩に思えて、わたしは全身に震えが走るのがわかった。

ワクワクした気持ちのまま帰り道を歩いていく。
うわあ、募集ってすごいな!
とりあえずかなちゃんの依頼、引き受けたからにはがんばらないと!
と思ったけれどふと思い出した。
あ、来週ってそういえば科学発表会があるんだった!
そうだ、そらくんも誘おうって思ってたんだ。
「そ、そらくん、来週、ね。科学発表会があるんだけど……一緒に行ける?」
「来週?」
そらくんは一瞬目をさまよわせたあと、ハッしたような顔で言った。
「あーやばい! そうだった。来週、県大会初戦だった! さっきの菓子、引き受けたけどすぐには作れねえじゃん」
あ、やっぱり野球だった……! しかも県大会とか!
思わずがっくりと肩を落としてしまう。
そらくんはそんなわたしに向かって手を合わせる。
「ってわけで、来週はムリだった。科学発表会、一緒に行けなくてごめん……」
「わ、わかった。だいじょうぶ! 試合、がんばってね! わ、わたしも応援行けなくてごめん!」
そう笑顔で答えたものの。
『一緒に行けない』
その言葉がなぜかずしんと重くのしかかってくる。
しょうがないよね。だって科学のイベントだし。
そらくん、行っても楽しくないかもしれないし。
わたしの趣味に付き合わせちゃうのは申し訳ないよね。
だけど……。
ふと、もし料理のイベントだったら、そらくんはなにがなんでも行きたいって言ったかもしれない、そんなことを考えてしまう。
わたしが、科学イベントだったらどうにかして時間を作りたいって思っちゃうのと同じで……。
そんなことを考えたとたん、前に思い浮かべた光景が頭にブワッと蘇る。
桜の木の分かれ道。
ちがう制服を着たわたしとそらくんが、別々の道へと別れて歩いていく、そんな光景が。
ぎゅっと胸が苦しくなる。
ああ、わたし、やっぱりムリだ。
これからもそらくんとおんなじ道を一緒に歩いていきたいよ。
だって、わたし、そらくんと『最強の相棒』でいたいから。
だから……中学受験は、しないで、そらくんとおんなじ中学に行く。
そう決めると、なんだかホッとした。
だけど、千河学院のことは頭の隅に引っかかったまま。
……分かれ道のイメージを完全に頭から消すことができなかったんだ。

シリーズ最新第10巻は2023年11月8日発売予定!
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理花のおかしな実験室(6) 波乱だらけのハロウィン・パーティ!
- 【定価】770円(本体700円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】新書判
- 【ISBN】9784046321572