みんなのイチオシ! “怪盗レッドのナンバー1人気の巻” 前後編を全文ためし読み! 第7回

17 新たな強敵!
走りながら、これでもかっていうぐらい、頭をフル回転させる。
今手に入る情報で、大型ビジョンに映った場所を探しだす方法。
それがわからなきゃ、どうにもならない。
必死に考えて、なんとか1つだけ、思いついた。
案内図から、スタッフ専用の部屋がありそうな場所に、見当をつけるという方法。
そもそも、お客さんに開放されない場所だから、そこだけが案内図だと空白になってたりするしね。
これなら、いけるはず!
「きみにしては、上出来だ」
恭也の言葉に、パッとふりかえる。
本気でほめてるみたい……引っかかる言い方だけど。
「もっとうまい方法もあるんじゃないかって、言いたいんでしょ」
「いや。今いる人間で最善のことをする、というのは、おれは好ましく思う。いない人間の力を惜しんでも、しかたがない」
恭也が、暗にケイのことを言っているのはわかったけど、わたしはそれには反応しない。
今は、ケイのことを考えてる場合じゃないのは、恭也の言うとおりだし。
混乱状態のおかげで、わたしと恭也が、人をぬうように走っても、それほど目立たずにすんでる。
「次で6つめね」
スタッフ専用の部屋を見つけて、案内図に赤で○をつける。
今度の建物は大きめで、3階建てのスタッフ用の事務所らしい。
入り口の前には、UFパークの警備員にしては、目つきが悪い警備服の男が2人、立っている。
いかにも、あやしい。
さすがに、いきなり近づいたりはせずに、恭也が持ってきた単眼鏡を使って、中の様子を見る。
「ここって!」
わたしは確認すると、恭也にも見てもらう。
「どうやら、あの大型ビジョンで映っていたのと、同じ場所のようだね。ただ……」
「まったく、人の気配がないわ」
中の人は、だれも見えなかった。
死角にいるのか、本当にだれもいないのかは、ここからだと判断はできないけど。
「それに、あそこに立ってる警備員って、絶対にあやしいでしょ」
「タキオンがおれたちをさそっているのか……それとも本当に目つきが悪いだけの、善良な警備員かもしれない」
善良な警備員だなんて、絶対思ってないくせに。
とにかくアタリを引いたなら、ここからは、レッドとして動いたほうがよさそうだよね。
「ちょっと、着替えてくるから待ってて」
わたしは恭也に言って、Tシャツとショートパンツを、その場でぬぐ。
こんなときのために、レッドのコスチュームを、下に着こんでおいたんだ。
こっちには、お客さんもいないから、レッドのすがたを見られる心配はなさそう。
だれかに見られてもいいように、レッドのすがたになったんだけど、これ以上さわぎを大きくしたくないし。
「さて。準備が整ったし、さっそく忍びこんで……って、恭也!?」
恭也がスタスタと、警備員にまっすぐにむかっていく。
「やあどうも。あなた、マジックはお好きですか?」
恭也が、警備員に話しかける。
「なんだおまえ? そこで止まれ! これ以上近づくな」
警備員がさけぶ。
「そういうわけにも、いかないものでね」
恭也は、一気に間合いをつめる。
「……ぐはっ!」「げほっ!」
恭也が有無を言わせずに、パンチと手刀をはなって、警備員2人を気絶させる。
「せっかく、ばれないように行こうと思ってたのに、なにしてるの!?」
わたしは、恭也のもとに駆けよって、怒る。
「それはむりだな。おれたちがきていることは、ばれている。タキオンの新幹部には、きみの相棒のように、広く深い知識をもち、ハッキングに長けた人間がいる。監視カメラの映像はもちろん、どこにカメラがしかけられているか、わかったものじゃない」
恭也が、近くにあった監視カメラを、にらみつける。
いわれてみれば、タキオンのワナにはまったとき、ケイとハッキングで互角にわたりあっていたヤツがいた。
あの新幹部がいるのなら、たしかにこっちの行動なんて、バレバレにちがいない。
「そういうことなら、しょうがないか。……でも、前もって言ってよね。びっくりするでしょ」
わたしは小声で文句を言うと、事務所のドアをそっと開ける。
ギイィ
ドアがわずかにきしむ音をたてて、開く。
気配でわかっていたけど、中には人気がない。
やっぱり、だれもいない……。
部屋には、事務仕事用の机がならび、その上にパソコンや書類がおかれている。
人がいない以外は、変わった様子はなさそう。
「もぬけの殻だな。予想してはいたが、すでに移動したか」
恭也が、2階の給湯室をのぞいて、肩をすくめる。
「映像に映した場所に、いつまでも留まるわけがないか……」
それはわたしも予想してた。
タキオンが、そんな間のぬけたことを、するとは思えないし。
「だけど、時間はそうかけられなかったはずだし、なにか手がかりがあれば……」
ケイなら、そう考えるかもと思ったんだけど……。
考えながら、3階に上がる。
映像に映っていた部屋だ。
指令室のような役割なのか、通信設備らしい機材が備えつけられてるけど、それ以外はけっこう広々としてる。
ここにも人の気配はないし、手がかりもなさそ…………ゾクッ!
部屋に入った瞬間、背すじに寒気が走って、一歩体を引く。
ビュン!
目の前に、木の棒がするどく突きたてられる。
なに!?
木の棒がのびてきたほうに、視線をむけると、そこには背の低い、白髪交じりの黒髪の、茶色い着流しすがたの50代ぐらいのおじさんが、立っていた。
「わしの棍をかわすとは、なかなかやるのう」
着流しのおじさんが、2メートルはありそうな木の棒を、手もとに引きもどす。
その流れるような動きに、目の前にあったはずの木の棒を、つかむタイミングを失う。
棍……?
中国武術の1つに、棍術というのがあるって、前にお父さんに教えてもらったことがあったっけ。
でも、それよりもなによりも、一番おどろくべきなのは、気配を感じなかったこと。
この部屋に、だれか潜んでいる気配はなかった。
そんなことができるのは、ファルコンとかの一部の達人たちだけ。
つまり、目の前にいるおじさんは、そういう人だってことになる。
「さすがは、怪盗レッドということかのう」
なんでそれを!?
わたしは、おじさんをにらみつける。
わたしのことを怪盗レッドだと、迷いなく言った。
つまり、タキオンの関係者の可能性が高いってことだよね。
わたしは、ちらりと恭也を見る。
タキオンの関係者なら、恭也が知っているかもしれない。
そう思ったんだけど……。
「藤堂伊織……まさかあんたがいるとはな」
恭也はおどろいた表情で、おじさん――藤堂伊織を見ている。
「久々じゃのう、ファンタジスタ」
ひょうひょうとした調子で、伊織は言う。
会話している間も、一見してすきだらけなのに、間合いをつめられる気がしない。
すきだと思って飛びこんだら、たぶんやられるのは、こっちだ。
「……知り合いなの?」
わたしは、恭也にきく。
「ああ、そうだ。おれが知っていたときは、タキオンの武術顧問をしていた。棍術の達人だ。こんな話し方だし、見た目だが、だまされるなよ」
「そんなの、動きを見ればわかる」
わたしは、うなずく。
ファルコンのような、圧倒するプレッシャーはない。
だけど、静かにこちらをジリジリとしめあげるような、そんなプレッシャーは感じつづけてる。
「今は新幹部らしいがの。レッドよ。この間のあいさつのときには、行けずに悪かったのう。ちと用事があって、行けなかったんじゃよ」
タキオンの新幹部!? このおじさんが?
だけど、今むかい合うだけでも、その実力の高さは、幹部と言われても十分にうなずける。
しかも、この間のあいさつって言ってた。
たぶん、タキオンにワナにはめられたときのことを、言っているんだと思う。
あのとき、さらにこんな達人がいたりしたら、脱出は絶望的だったかもしれない。
「さて、話もこれぐらいにしようかの。わしの相手を、少しばかりしてもらおうかの。逃げられるとは、思わんことじゃ」
そう言って、伊織は棍をかまえる。
一気にプレッシャーがふくれあがる。
やばいっ!
この相手に、様子見や手加減なんてしてたら、すぐにやられるっ!
わたしは、半身になってかまえをとる。
そのすきをついて、恭也が動く。
予備動作なしに、切り口するどいカードを、伊織に投げつける。
「ほい、ほい!」
伊織は、棍の真ん中あたりで、カードをかるくはじく。
もちろん、恭也も当たるとは思っていなかったはず。
わたしは、恭也のカードに一瞬おくれて、一気に間合いをつめる。
全力の発勁をためるすきは、たぶんくれない。
だけど、威力をおさえた発勁なら!
「はあっ!」
わたしは、走るいきおいのままに、発勁をはなつ。
「ふうっ!」
伊織は、わたしの発勁の右手を棍で受け止めると、そのままななめに、受け流す。
う、うそでしょ!
体勢をくずされたところに、伊織の棍が上からふってくる。
「くっ!」
ギリギリで、体をそらしてかわす。
そのまま、右足でけりをはなつと、棍でかんたんに受け止められる。
ダメだ!
わたしは一度、距離をとる。
2メートルはある長い棍なのに、伊織はそれを上下左右にうまく使ってくる。
まさか、接近戦でも圧倒されるなんて……。
キュッと、くちびるをかむ。
だけど、勝って爆弾の情報を手に入れるしか、今は方法がない!
わたしは、恭也と視線をかわす。
もう一度、間合いをつめようと、ふみだすのと同時に、棍がするどく飛んでくる。
それをギリギリでかわしつつ、さらに間合いをつめる。
「なかなかいい動きじゃ!」
伊織が、棍を横になぐように、わたしにたたきつけてくる。
とっさに右手でガードする。
「ぐうぅ……!」
痛みに顔をしかめて、足が止まる。
だけど、それだけ時間がかせげれば十分。
恭也が、伊織の目の前まで近づいてる。
「これなら、どうかな」
恭也の手から、どこから出したのか、風船が次々と飛びだしていく。
風船は伊織にむかっていくと、
パンッ パンッ
と、次々と割れていく。
そして、風船の中から、粉が舞うようにばらまかれる。
「麻痺性の薬だ。吸いこめば、藤堂伊織といえども動けなくなる」
恭也は、自分が薬を吸いこまないように、距離をとる。
「それがどうかしたかのう」
伊織は、あわてる様子もなく、棍を手もとまでもどすと、一気に回転させる。
ブンブン、と風切り音をたてて、棍が扇風機のようにまわる。
すると、恭也がまいた薬が、散っていく。
「とんでもないな。常識外れをするのがイリュージョニストだが、さらに上をいかれるとはね」
恭也が、ため息まじりに言う。
「そんなこと言ってる場合?」
わたしは、ジロリと恭也をにらむ。
「どうしたかのう。もう攻めてこんのかな?」
伊織は、よゆうたっぷりに棍をふって、挑発してくる。
正直、打つ手なしだ。
正面から攻めても、受け流されるし、そもそも棍はリーチが長いから、近づくのすら難しい。
恭也のからめ手も、力業でねじふせられる。
伊織を倒す手が、見つからない……。
「じゃが、想像以上に粘っているのう。もっと早くに床にふしていると、思っておったが。その褒美に、いいことを教えてやろう」
いいこと?
わたしは、急な伊織の言葉に、まゆをしかめる。
「爆弾がしかけられているのは、観覧車じゃよ」
えっ!?
とつぜんの情報に、わたしは耳をうたがう。
なんで、いきなりそんなことを……。
わたしたちを、まどわすため?
どっちにしろ、信じられるわけない。
「なぜ、こんなことを教えるかわかるか?」
わたしも恭也も答えない。
「それはのう、爆発時刻は2時ちょうど。あと3分しかないからじゃよ。ここからじゃ、もう間に合わん。だから、教えたまでじゃよ」
そんな!
わたしは時計を確認する。
たしかに、2時まであと3分。
しかも観覧車って、実咲たちと待ちあわせしてる場所じゃない!
約束にあわせて、実咲たちは観覧車の近くにいるはずだよ!
わたしは、あわてて部屋を飛びだそうと、ドアにむかう。
ビュン!
その目の前に、伊織の棍がつきだされる。
「そうかんたんに行かせはせんよ」
カッ、と体全体の血が熱くなる。
そんな場合じゃないって、言ってるでしょ!
わたしは、伊織をにらみつける。
そのときだ。
『冷静になれ』
ふと、ケイの言葉が頭の中をよぎる。
いつだって、熱くなりそうなわたしを、ケイはおさえてくれてた。
そうだ。今はケイは近くにいない。
だけど、冷静にならなくちゃダメだ。
「恭也。わたしがしかけて、すきを絶対につくるから、アイツを動けなくして」
わたしは、まっすぐに恭也の目を見て言う。
どうやって? とか話してる時間はない。
「わかった。きみを信じるとしよう」
恭也がうなずく。
わたしは、思いっきり床をけって、前に出る。
作戦? そんなのない。
みんなイノシシだって言うんだから、イノシシになってやろうじゃない!
わたしは、まっすぐに伊織に突進する。
「読みやすい攻撃じゃな」
伊織は棍でついてくる。
わたしは、それを両腕をクロスして、受ける。
「ぐっ!」
衝撃に顔をしかめつつ、棍に手をのばす。
だけど、伊織はすばやく棍を引いて、わたしにつかませない。
もう一度、わたしは突進をしかける。
「しつこいのう!」
今度は、棍の連撃が飛んでくる。
目でとらえられるかどうか、あやしいぐらいの速さだ。
「くうぅ……」
だけど、一発一発はさっきよりかるい。
それに……!
わたしは、わざと右のわきばらにすきをつくる。
調子よく攻撃していた伊織は、さそわれるように、そこに攻撃を加えようと棍をのばす。
「しまっ……!」
伊織がさけぶ。
いくら速い攻撃でも、予測できるなら対処は可能だよ!
わたしは、わきばらと腕ではさむように、棍をおさえつける。
「恭也!」
わたしが言うのと同時に、恭也は伊織にせまる。
「あなどったのは、そっちだったようだね!」
パチン、と恭也が指をならすと、伊織の頭上に巨大な風船があらわれる。
パンッ!
風船が派手に割れて、さっきと同じ麻痺薬が伊織にふりそそぐ。
今度は棍をわたしが、おさえこんでいるから、ふせげない。
「それならば!」
伊織は棍を手放して、逃げようとする。
「させないよ」
恭也が、伊織の足にむけて、カードを放つ。
スパッと伊織の右足に切り傷をつくり、動きをにぶらせる。
その動きが止まった一瞬で、伊織は麻痺薬を吸いこむ。
「ぐううぅ……なかなか……やりおるのう……」
伊織が、体をけいれんさせて、床に倒れこむ。
「命に別状はないものだから、心配はいらない。いずれ回復する」
恭也が、床に倒れた伊織に言う。
わたしはすでに、階段をおりて、事務所を飛びだしてる。
――のこり時間は1分。
観覧車は……見えた!
400~500メートル先に、観覧車を見つける。
わたしは観覧車にむけて、全速力で走る。
途中にある、モニュメントの銅像を乗りこえて、噴水をとびこえる。
一直線の最短コースをとる。
お客さんが、おどろいたように、わたしをふり返る。
それを無視して、走る。とにかく走る。
そうじゃなきゃ、実咲たちが……!
――のこり30秒。
ダメだ。間に合わない。
まだ観覧車は、200メートルは先にある。
爆弾を見つける時間も、近くにいる人を避難させる時間もない。
たどりつけもしない。
やっぱり、わたし1人じゃダメなんだ!
大切な人を守りきれないんだ!
――のこり10秒。
もう間に合わない。
わたしは、足が止まりそうになる。
そのときだった。
『ガガガガッ』
通信相手のいないはずのインカムから、ノイズがきこえる。
『アスカ、きこえるか?』
それは、ひさしぶりにきいた、ケイの声だった。