みんなのイチオシ! “怪盗レッドのナンバー1人気の巻” 前後編を全文ためし読み! 第6回

2022年3~5月におこなわれた 「キミの好きな巻はどれ!? 怪盗レッド総選挙」で、見事に第1位にかがやいた15巻!
桜子を逃がすために、自分から「おとり」として敵に突っ込んでいったマサキ。
ピンチの桜子の前に現れるのは、「あの人」――!
人気キャラがぞくぞくと登場する15巻、見逃さないで!

7月13日(水)~8月3日(水)は、『怪盗レッド15 最高のパートナーを信じろ☆の巻』が毎週更新!

12 力を合わせて
あたしは、マサキといっしょに、あるビジネス街のビルのかげに、身をひそめていた。
ここは、マサキといっしょに忍びこんだビルが、見える場所。
平日の午後4時すぎだから、道路にはスーツすがたの会社員らしき人たちが、歩いてる。
「本当にここなのか?」
マサキは、まだ疑問をもっている顔をしてる。
「説明したでしょ」
あたしの推理はこういうもの。
タキオンは、マサキとあたしのことを知っていた。
そして、金髪の人の話から、動けるのはマサキとあたしだけ。
つまり、取引において注意すべき人間は、マサキとあたしということになる。
そのとき、対抗組織に気づかれずに、取引場所を決めるのなら、もともとある拠点の中から選ぶのが一番いい。
そして、その中でもっともあたしたちが、取引場所だと考えないところは、一度忍びこんだこのビル、というわけ。
一度忍びこまれたビルを、取引場所に使うとは、七音さんに言われるまで考えもしなかった。
セキュリティが厳重なところのほうが、選ばれやすいと思いこんでいたから。
「たしかに、理屈は通るが……合理的に考えればセキュリティが最強の拠点を選ぶだろう」
「もちろんよ。だけど、今のあたしたちが、1か所だけにしぼるのなら、ここしかない。賭けてみるしかないってこと」
確率100%にするなんて、もとからむりだ。
だから、相手の心理を考え、可能性が高い場所を割りだす。七音さんが言っていた推理とは、そういうことなんだと思う。
研究ばかりしてきたあたしには、人の心理は苦手な分野だけれど、コツがわかればできないことはない。
「――わかった。賭けに乗ろう。どっちにしろ、ほかの拠点を探してまわるほどのよゆうは、ないだろうしな」
マサキが、心を決めた顔で言う。
「でも、昼間だし、人通りもあるけど、どうするの? 忍びこんだら目立つんじゃない?」
「ここの裏口は、通りに面していない。そちらから入る。それに、取引を行っているなら、機密を守るタキオンの人間しか、今あのビルにはいないはずだ」
「それもそうね。事情を知らない末端の会社員が、取引当日の現場をうろうろしてるとは、思えないし」
そう言いながら、あたしもずいぶんと、こっちの世界の常識に毒されているな、と感じる。
「もちろん、あたしもいっしょに行くわ」
マサキがなにか言いかけたのを、さえぎるように、あたしは言う。
「だが、危険だ」
「でも、データの確認は必要よ。あたしならわかるわ。それに、パソコンやネットワーク上に保存されていたりしたら、あたしがいたほうがいいでしょ」
危険なのは、わかってる。
でも、もう後がない。ここで失敗すれば、取引は成功してしまう可能性が高い。
世界が、決定的にこわされてしまうかも知れないってときに。
危ないからという理由で、あたしがひかえていても、しょうがない。
あたしは、まっすぐにマサキの目を見る。
マサキは、考えるように目を閉じ、そして開いた。
「……そうだな。ついてきてくれ」
マサキが言って、あたしは緊張でこわばった笑顔でうなずく。
さっそく行動を開始する。
マサキが先に行き、ビルの裏口にむかう。
裏口は、低めのコンクリートの塀で、かこわれている。
まずは、裏口が見える、2車線の道路を挟んだ、別のビルのかげにたどりつく。
――と、あとをついていくあたしを、マサキが手で制する。
遠目にだけど、ビルの裏口の前に、警備用のジャケットを着た大男が、2人立っているのが見える。
とんでもない威圧感に、遠くにいるのに、見ているだけでも身がすくむ。
「警備を強化した、というレベルじゃないな。やはり当たりか?」
マサキが、警備の大男を見ながら、声をおさえて言う。
「とはかぎらないわ。おそらく、同じように外から確認できる、出入り口の警備だけ、強化しているところは、ほかにもあるはずだから」
あたしも、小声で答える。
「なるほどな。引っかけの可能性もあり、か」
タキオンという組織の行動を考えれば、それぐらいの手間はかけているはずだ。
だって、取引1つのために、遊園地でテロを行う組織なんだから。
「だが、この裏口からはむりだな」
小型の単眼鏡で、裏口を見ていたマサキが言う。
「どうして?」
マサキなら、あの2人の相手も、できそうに思えるけど。
「あの2人を倒すことは可能だ。だが、裏口のドアをよく見てみろ」
マサキが、単眼鏡をわたしてくる。
受け取って、あたしも裏口をのぞいてみる。
単眼鏡で、裏口の様子が拡大されて見える。
「……ん?」
あたしは裏口のドアを見ていて、違和感をおぼえて、目をこらす。
どこかが、おかしい。
……もうちょっと倍率をあげて……えっ?
ちょっと待ってよ! そこまでするわけ!?
あたしは、違和感の正体に気づいて、おどろかずにはいられない。
――裏口のドアが、コンクリートで固められている。
ドアそのものは、のこしてある。
だけど、よく見ると、ドアのつなぎ目のところは、コンクリートでしっかり固められている。
しかも丁寧なことに、コンクリートを、ドアといっしょの色でぬってある。
ちょっと見ただけだと、気づかないぐらいだ。
「裏口から侵入したら、ドアは開かずに相手にばれるだけになる、可能性が高い」
「つまり、これはワナってわけね」
あの屈強な大男の警備員ですら、マサキを釣るためのエサなんだろう。
よっぽど、前に潜入されたことに、怒っているのか。それとも、ここが本命だからなのか……。
「正面を突破するしかないな」
正面口に移動する。
こちらは、車の通りは少ない道路で、反対側にはビルがならぶ。
大通りからは1本外れているからか、そこまで人通りは多くなく、今も2、3人ぐらいが目標のビルの前を、通りすぎていくていど。
マサキとあたしは、気づかれないように、正面口のななめむかい側の、位置をとる。
ここからなら、警備員たちの視線も、角度的にとどかない。
さっき、ちらりと見た感じだと、正面口にいる警備員は、4人……いや5人だったかも。
かなり多い。
「あの人数は、1人ではむりか。……桜子、手伝ってくれ」
「……へ?」
こともなげに、マサキに言われて、あたしは飛びあがる。
「自慢じゃないけど、あたしは運動音痴な上に、運動不足よ」
研究ばかりの生活だったから、身体を動かすなんてこと、めったにしない。
「本当に自慢じゃないな……」
マサキが、あきれたような声を出す。
「だが、桜子でもできることだ。こいつを、あいつらがいる正面口にむかって、投げつづけてくれ。それだけでいい」
マサキはそう言って、布の袋から、ピンポン玉ぐらいの茶色い玉を、とりだす。
「それはなに?」
「やってみればわかる」
「でも、あたしはなにかを投げるのも自信ないわよ。警備員に当てるなんて、とてもじゃないけどむり」
「正確さは求めてない。正面口の近くにとどけばいいんだ。それならできるだろ?」
あたしは、自信がないながらも、うなずく。
「この袋に、同じ玉が10個入っている。おれが走りだしたら、投げはじめてくれ。投げきったところで、桜子も正面口に走れ」
マサキは言うと、袋をわたす。
袋の中をのぞくと、さっきと同じ茶色い玉が、ぎっちりと入っている。
マサキは気軽に言っているけど、これは失敗できない作戦だ。
この玉でなにが起きるか教えないのも、そこからあたしに、自分の役割の重要性に気づかせないため。
マサキなりのやさしさだ。
それに、応えないわけにはいかない。
あたしは、正面口に玉を投げ入れられる位置に、移動する。
警備員からも、こっちが見えるはずだから、警備員があたしの顔を知っていたら、いつ気づかれるかわからない。
時間をかけるほど、成功率が下がるから、すばやく準備する。
「できたわ。いつでもいける」
「カウントをとるぞ。……3、2、1……GO!」
マサキが、正面口にむかって走りだす。
距離は10メートルほど。
さすがに、マサキの足の速さでも気づかれる。
あたしは、思いっきりふりかぶって、玉を正面口にむかって投げる。
玉が落ちるのを見届ける前に、次の玉を手にとって、投げる。
パンッ! パンッ!
つづけざまに割れた玉は、とたんに煙を大量に発生させる。
これって、煙玉!?
正面口が、煙につつまれる。
「どうした!」「なにが起こっている!」
警備員の怒鳴り声がきこえる。
少ないながらも、通りがかりの人もおどろいたように、足を止めてる。
幸いなのは、煙に気をとられて、あたしに気づいていないこと。
あたしは手を止めずに、玉を投げつづける。
力のかげんがわからなくて、すぐに腕が痛くなる。
こんなことなら、少しぐらい運動をしておくべきだったかも。
「はあはあ……」
玉を投げ切って、あたしは息を切らす。
正面口は、煙につつまれたままだ。
どうなっているのか、さっぱりわからない。
この中につっこむの……?
……ううん! なやんでいる場合じゃない。
あたしは心を決めて、正面口にむかって走る。
すぐに煙の中に入りこみ、視界が煙でみたされる。
「こっちだ」
マサキの声のするほうに行くと、ぐいっと腕を引っぱられる。
「きゃっ!」
「おれだ。静かにしろ」
すぐ近くに、マサキの顔がある。
「警備員は?」
「倒した。奇襲成功だ。あっちは見えないが、こちらはギリギリまで、相手の立ち位置が、わかっていたからな。あの煙の中では、数の利は活かせない。このままビルの中に入るぞ」
マサキに手を引かれ、あたしはビルの中へと侵入する。
入ってすぐに気づいたのは、違和感だった。
一度きているから、見た目は、どことなく覚えている。
だけど、そういうことじゃない。
ビル中が、ひっそりとしている。
これだけの騒ぎが、正面玄関であったのに、だれ一人出てくる気配がない。
まだ、夕方で、仕事が終わるか終わらないか、という時間帯。
働く人が、このビルにいないなんて、ふつうならありえない。
「いないな」
マサキが、手近なドアを開いて、中にだれもいないのを確認する。
あたしも、マサキのうしろから見てみると、照明が落としてあり、まるで夜中みたいだ。
「警備もなし、か」
裏と表には警備員がいたから、中にもいると思っていたのに、出てくる気配がない。
もしかして、取引場所はここじゃなかった?
表だけそれっぽくして疑わせて、中は空っぽ。
そんなイメージが、頭をよぎる。
「上まで順番に見ていくぞ」
マサキが、階段を上がっていく。
あたしもついていき、階ごとに順番にドアを開けて、部屋をのぞく。
「だれもいない……」
あたしは、ぼうぜんとつぶやく。
のこすは、あと1階。最上階だけだ。
「これだけいないとなると、ここはハズレだったか、それとも……」
マサキは言って、言葉をにごす。
「ほかにも可能性があるの?」
あたしは気になって、マサキにきく。
「なくもない。あまり考えたくはないが」
マサキはそれだけ言って、最上階への階段を上がっていく。
最上階もひっそりしている。
ここにもいないとなると、ハズレ確定……。
自信はあったつもりだったのに……。
あたしがあきらめかけていると、マサキが急に足を止める。
どうかしたの? そうきこうとして、マサキの顔つきがするどくなっているのに気づいて、やめる。
カタッ
物音がきこえた。
あたしは、耳をすましてみる。
「…………については、…………これを見てもらえば…………」
……あっ。
声がきこえる!
「この部屋だ」
マサキが指でしめす。
ドアをそーっと、少しだけ開ける。
部屋の中の会話が、ききとれるぐらいの大きさになる。
「この中に、遺伝子組み換えをした植物のデータが入っている」
はっきりと、声がきこえてくる。
まちがいない!
今、「遺伝子組み換えをした植物」って言った!
取引現場!?
ドアのすき間からは、スーツすがたの男が、アタッシェケースを持って話しているのが見える。
マサキはすき間から、中の様子をうかがっていたけれど、急に顔色を青ざめさせて、ドアからはなれる。
そのときに、ちらりと見える。
スーツすがたの男の反対側に、右目に眼帯をした大男がいる。
あれが、取引相手のタキオンの一員?
ゾッとして、あたしはすぐにドアからはなれる。
「どうしたの、マサキ?」
ドアからはなれた場所で、小声でたずねる。
「まさかあいつがいるとは。だから、警備員がビルの中にいなかったんだ。最後の防衛策が――最強だから、必要なかった」
マサキは、熱にうかされているみたいに、ぼうぜんとつぶやく。
「なによ? あの片目に眼帯の大男が、問題なの? あれぐらいの大男なら、下でも倒してきたじゃない」
たしかに、強そうではあったけど。
「やつは別格だ。タキオンの幹部、ファルコン。主様と海にしずんだはずだが、やつも生きていたんだな」
幹部!?
マサキから出た言葉に、あたしはおどろく。
でも、考えてみればあたりまえか。
これだけ重要な取引なら、幹部が出てこないほうがおかしいぐらいかも。
ただ、それよりも気になるのは、マサキの様子だ。
いつものよゆうが、まったく感じられない。
こんなマサキを、見るのははじめて。
「かなわないの?」
あたしは、思い切ってきいてみる。
「以前戦ったことがある。結果は、こっちのボロ負けだ」
「うそ……」
あたしはおどろいて、口もとを手でおさえる。
今まで見てきたマサキは、どんな大男でも圧倒してきた。
だけど、そのマサキがボロ負けした?
あの眼帯の大男に?
「とにかく、すきを見つけて、遺伝子組み換え植物のデータが入っているという、アタッシェケースをうばいとるしかない」
マサキが言って、ドアに近づく。すると――
中で会話していた、スーツすがたの男と、ファルコンとマサキがよんだタキオンの幹部が、会話を止める。
「どうかしましたか?」
スーツすがたの男が、おびえたようにファルコンを見る。
「お客さんが、きたようだ」
ファルコンは、感情を一切こめない声で言うと、不意に片手で、手近にあったデスクトップパソコンの本体を持ちあげる。
……は、はい?
ここにあるタイプの、デスクトップパソコンは、15キロ以上、重いものなら20キロ以上はある。
それを片手で苦もなく持ちあげている。
ファルコンは、デスクトップパソコンをふりかぶると、こちらをむく。
冗談でしょ。
ブンッ!
うなりをあげて、デスクトップパソコンが、マサキとあたしがいるほうにむかってとんでくる。
「ちっ!」
マサキが、あたしにとびついて、そのまま床にころがる。
ガシャン!
大きな音を立てて、デスクトップパソコンが、壊れて床に部品をまきちらす。
なに、あのむちゃくちゃ。
背中に、ツーと汗がつたう。
今までの相手とは、ぜんぜんちがう。
こんなのから、どうやってアタッシェケースをうばいとるわけ!?
「やるしかないか」
マサキが立ちあがり、部屋に飛びこんでいく。
「マサキ!」
あたしも、ふるえる足をたたいて、なんとか部屋に入る。
ドガシャーン!
部屋に入った瞬間に見たのは、宙をとばされるマサキだった。
ファルコンとは反対側の、スチールロッカーに、背中からつっこむ。
人がとぶところなんて、はじめて見た。
ファルコンは、こちらを一瞬見ただけで、すぐにマサキのほうへ、視線をもどす。
あたしなんて、警戒する必要もないっていうことらしい。
それは当たってる。
あたしに、あんな怪物みたいなの、相手にできるなんて思えない。
そういえば、取引相手のスーツすがたの男は?
部屋を見まわすと、部屋のすみっこで、頭をかかえて丸くなって、ふるえている。
あれなら、だいじょうぶそう。
それよりも、マサキは!
あたしは、スチールロッカーにつっこんだ、マサキを心配する。
「ちっ、あいかわらず、むちゃくちゃだ……」
マサキが顔をしかめつつ、立ちあがる。
そのまま、体勢を低くして、ファルコンにつっこんでいく。
目で追えないぐらいの、スピードだ。
ファルコンの目の前までいくと、左にいくかのように動いてから、右に動く。
遠くから見るからわかるけど、目の前でやられたら、いなくなったように見えるはず。
だけど……。
バンッ!
にぶい音がして、ならぶ机の上に、マサキがころがるようにふっとぶ。
ファルコンは、あのマサキの速度に対応して、腕を一振りしただけで、はじきとばす。
「くそっ! あきらかに、前より強くなってるだろ。どうなってやがる」
マサキは舌打ちすると、今度はすぐにはとびかからずに、かまえをとる。
あたしは、それを見てることしかできない。
……できない。本当に?
七音さんに言われたことを、思いだす。
無意識にはずしてしまう存在。
今のあたしが、そうじゃない?
この場にいるだれもが、あたしは戦力外だと思ってる。
なにもできないし、脅威にならない。そう無意識に判断をくだしてる。
なら、この状況をくつがえすには、あたしが動くのが一番いい。
まだ、足のふるえは止まらない。
できることなら、この部屋から出ていきたい。
でも、そんなことをしたら、きっと一生後悔する。
変わってみせるって、決めたんだから。
あたしは、部屋を見まわす。
手近に、鈍器になりそうなものは、なくもない。
パイプイスや、ノートパソコンもそれなりの重さがあるし、なぐられたら痛い。
だけど、あたしがそれでファルコンをなぐったところで、たぶん足止めにもならない。
なら、どうする?
考える。考えて、考えて、頭をフル回転させる。
……あたしは、だれ?
宇佐美桜子。
天才だって言われてる、女の子でしょ!
この場を切り抜ける方法ぐらい、思いつけるはず。
その間も、マサキとファルコンの戦いは、つづいている。
マサキは、防御主体に動いて、ファルコンの攻撃の直撃をさけている。
それでも、ガードした腕ごと、ふっとばされたりしていて、長く持つとは思えない。
ファルコンは、マサキ以上のスピードに、マサキを圧倒するパワーがある。
本当に人間かどうか、疑わしいぐらい。
……ん? 今、なにか引っかかったような……。
もう一度、部屋を見まわす。さっきと景色は変わらない。だけど……。
そうだ! ファルコンだって人間だよね。
なら、できる方法はある!
あたしは、戦う2人を横目に、必要なものをとりにいくために、動きだす。
まずは、パソコンからのびている、電気コード。
それをパソコンとコンセントから1本抜いて、机の上にあったハサミで、コーティングしてあるゴムの部分を切り取る。
中から出てきたのは、にぶい色をした導線。
ふつうなら、絶対にやってはいけない方法だけど、あのファルコンという大男なら、死んだりはしないはず。
次は、室内にある小さめの給湯室に入る。
ドガシャ!
ものすごい音に、思わずふり返ると、マサキが机の上のパソコンをなぎたおして、倒れている。
そこにファルコンの追撃がくる!
危ないっ!
さけびそうになるのを押しとどめると、マサキが間一髪で、身体を起こしてパンチをよける。
起き上がるときに、マサキがあたしをちらりと見たけど、すぐに視線をファルコンにもどす。
逃げろ、とは言われなかった。
まだ、マサキはあきらめてないし、あたしがあきらめていないことに、マサキも気づいてくれてる。
だけど、あの様子だと、マサキがもう持たない。
いそがないと。
あたしは、給湯室の棚から、塩をとりだして、食塩水をつくって、2リットルの空のペットボトルにいれる。
導線がむきだしのコードと、ペットボトルをかかえて、あたしは部屋にもどる。
マサキ!
静かになった室内では、マサキがファルコンの右手で首もとをつかまれて、持ちあげられている。
「ううぅ……うあぁ……」
マサキが、うめき声をあげる。
足が床についてない。あのままだと、窒息しちゃう!
ファルコンは、あたしのことに気づいて、視線をむけてきたけど、その目は「まだいたのか?」と言いたげだ。
だけど、それぐらいあなどられていたほうが、今は都合がいい。
今は、マサキをつかまえていて、ファルコンも片手がふさがっている。
動くなら今しかない!
「うぅ……」
でも、あたしの足は動きだせずに、ふるえてる。
あたしの考える方法は、あのファルコンの、近くに行かなくちゃできない。
こわくないわけない。足がすくむ。体がふるえる。
……それでも!
あたしは、ふるえる両足をいきおいよく、両手でたたく。
痛みを感じるままに、ファルコンにむかって走りだす。
遠くから、ペットボトルの食塩水を、ファルコンにむかってあびせる。
ファルコンも、まさか水をかけられるとは思わなかったのか、それとも意味がないと思ってるからか、なんの反応もしめさない。
その無意識のあなどりを、利用させてもらうわ!
あたしは、ファルコンの近くまで行くと、身をかがめて、すべりこむようにファルコンの足もとにむかう。
つづけて、導線がむきだしのコードを持って、ファルコンの足にまきつける。
「さっきから、羽虫がうるさい」
ファルコンが、足をかるくふるう。
「きゃっ!」
あたしは、ふっとばされて、床をころがる。
だけど、反撃がくると思っていたから、両腕で顔をおおっておいて、正解だった。なんとか、まだ動ける。
ガードした腕も真っ赤になっているけど、折れてはなさそう。
「桜子!」
つかまれたままのマサキが、ふっとばされた、あたしにさけぶ。
「マサキ、そいつからはなれて!」
あたしはさけび返す。
作戦を、説明しているよゆうなんてない。
だから、あたしを信じてもらうしかない。
短い時間だけど、積み上げてきた信頼を信じるしかない。
「うおおおおおおっ!」
マサキが、首もとをつかまれたまま、ファルコンのお腹に連続でけりをくりだす。
ボコボコボコ、と連続でけりが決まる。
持ち上げられているとは、とても思えない威力だ。
「ちっ」
ファルコンは舌打ちすると、マサキをほうり投げる。
効果があったらしい。
――そして、この瞬間を待ってた。
あたしは、ファルコンの足にまいたコードの先を持って、コンセントにさす。
すると、電流がコードをたどっていく。
「ぐぅおおおおおおおっ!」
食塩水で、通電しやすくなったファルコンの体に、電流が流れる。
さけび声をあげていたファルコンは、ビクッと体をふるわすと、片膝をつく。
「感電、か……羽虫と思ってほうっておいたのが、まちがいだったか」
ファルコンが、ギロリとあたしを見る。
背中に寒気が走る。
だけど、もうこっちの作戦は、半分は終わってる。
マサキが立ちあがって、ファルコンを無視して、スーツすがたの男のところへむかう。
「それをわたせ!」
マサキは、スーツすがたの男からアタッシェケースをとりあげる。
「ひいぃ!」
スーツすがたの男は、すっかりおびえて、抵抗する気もないらしい。
ファルコンは、まだ感電から立ち直れておらず、動けていない。
マサキがアタッシェケースを開くと、USBメモリと、難しい数式や図形が書かれた書類の束。
マサキから見せられ、あたしはざっと書類に目を通す。
パッと見ただけでは、さすがに、なにが書かれてるかまではわからない。でも、遺伝子組み換えに関わる書類、ということは判別がつく。
ファルコンは、まだ片膝をついたまま立ちあがれてない。
マサキが、ファルコンを見る。
「今回はこっちの勝ちだ。城での借りは返したぞ、ファルコン」
「……ふん、負けを認めよう。だが、おれを生かしておくのなら、次はないぞ」
ファルコンが、マサキをにらみつける。
マサキは、ちらりとあたしを見る。
「さあな。次の相手は、おれでないことを祈っているさ」
マサキは言って、あたしの手を引いて、部屋を出る。
そのまま正面口まで、走る。
警備員が、よろよろと復活しているところを、マサキがうしろから走りながら、なぐりつけて、気絶させる。
そのまま外に出て、走る。
「ずいぶんと、むちゃをしたな、桜子」
マサキが、走りながら言ってくる。
「だって、ああでもしないとアイツは止められないと、思ったから」
あたしも、あのとき動きだせた自分の勇気に、おどろいてる。
「助かった。……桜子が協力者でよかった」
マサキが、なにかをぼそりと言ったけど、走る風切り音で、よくきこえない。
「え、なにマサキ。今、なにか言った?」
「いや。まだ、終わってないと言ったんだ」
そんな言葉だったかな? と思ったけど、それよりマサキの言うとおりだ。
しばらく走って、大通りぞいのオープンカフェまでたどりつく。
「追手はいないな」
マサキがまわりを確認して、つげる。
「それなら、この遺伝子組み換え植物のデータの使い道だけど」
「予定通りにいく」
マサキが言う。
「そうね。もともと、取引をじゃまするだけだと、あたしたちは負けだった。データを再度取引されたら、ふせぎようがない」
最初から、この作戦では取引阻止は、作戦目的の1つでしかなかった。
「そうだ。だからこそ、このデータが必要だった」
「作物を駆逐してしまう、遺伝子組み換え植物は正体不明だから脅威になる。だけど、その正体が調べつくされてしまえば、対応は可能だもの。世界の食料を人質になんて、とることはできない。このデータを、しかるべき研究機関で調べてもらえばだいじょうぶ」
村枝教授なら、この植物の脅威を理解して、どこかきちんとした研究機関を紹介してくれるはずだ。
「なら、行くぞ。休んでいるヒマはない」
「だいじょうぶ? マサキ、ふらふらみたいだけど」
よく見ると、マサキは体中、傷だらけだ。
あれだけ、何度も派手にふっとばされたら、とうぜんだよね。
歩く人にも、注目されてる。とはいっても、かかわり合いになりたくないからか、目をあわせようとする人はいないけれど。
「このていどなら、だいじょうぶだ。桜子こそ腕はどうなんだ?」
「痛いけど、折れてはいないわ」
「それなら、もうひと仕事、このまま行く」
マサキは、歩きだす。
「ほんと、人使いが荒いわね」
あたしは苦笑しつつ、マサキのあとをついていく。
ヘトヘトのはずだけど、なぜか足は動いてくれる。
それはもしかしたら、仲間がいっしょだからかもしれない。
そんなことを、マサキの背中を見て思いながら、歩いていった。
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