みんなのイチオシ! “怪盗レッドのナンバー1人気の巻” 前後編を全文ためし読み! 第1回

4 信じる? 信じない? のバランス
ガタッ
イスを引く小さな音に、わたしは顔をあげる。
テスト初日。
今は3教科目のテスト中なんだけど……。
ケイが、答案用紙を持って、わたしの横を教壇のほうに歩いていく。
「……終わりました」
ケイはそう言って、先生に答案用紙を手わたす。
「よし、いいぞ」
先生も慣れたようにうなずくと、ケイは静かに、教室の前のドアから出ていった。
時計を見ると、テストがはじまってから、まだ10分しかたってない。
もう、全部、解けちゃったの!?
わたしは、まだ3問目で、つまずいているのにぃ~!
はあぁ……。
まわりからも、ため息が、きこえてくる。
――でも、紅月くんだから、しかたないよね。
そんな声が、きこえてきそう。
テストを提出したら、あとは静かにしていれば、自由時間。
って、ほかの子は、そんなこと、ほとんどやってないけどね。
はじめのうちは、クラスから浮いちゃうんじゃないかと思ってたけど、ケイは別格って、みんな思ってるみたい。
ケイのことだから、どっかに行って、本を読むんじゃないかな。
次の教科の勉強なんか、絶対してないんだろうなあ……。
どうしていとこ同士なのに、こんなにちがうんだろ!?
……なんて、考えてもしかたないっ!
わたしは、目の前のテストに集中しなくっちゃ。
3教科のテストが終わって、今日は全部終了。
わたしはぐったりと、机に倒れこむ。
手ごたえは、まあまあかなぁ……。
いつもよりわるいってことは、ないはず!
でも、こんなのが、あと3日もつづくとか……。
考えたくないよ。
しかも、明日は、テストのあとにレッドの仕事だし。
「どうだった、アスカ?」
実咲が、わたしの席まできて、きいてくる。
「社会は、いちおう、解答欄は全部うめたけど……自信はあんまり」
「前のテストは、答えがうめられなかったんだから、進歩してるよ。近くにケイくんがいるから、くらべちゃうのかもしれないけど、アスカはアスカとして、できるようになればいいんだから」
そ、そうなのかな?
さすがに、ケイにはりあうつもりは、ぜんぜんないけど。
でも、わたしなりにがんばって勉強しても、ケイの10分の1もできないって、どこかで思っていたのかも。
勉強しても、成長してるのか、自信が持てないし。
よくよく考えると、わたしのまわりって、成績がいい友達が多いんだよね。
実咲は、学年でトップ10に入るぐらい頭がいいし、優月も苦手教科がいくつかあるけど、得意教科はバツグンに点数がいい。
水夏は、すごくできるってわけじゃないけど、わりとそつなく全教科こなしちゃうし。
無意識に、みんなにくらべて、わたしは勉強苦手って、思っちゃうことはあったかもしれない。
でも、最近は、ほんの少しずつだけど、点数がとれるようになってるんだよね。
それは実咲の言うとおり、ちゃんと進歩してるって、思ったほうがいいのかも。
「ありがと、実咲」
「まだ、テストは終わってないけどね」
実咲が、おどけたように言う。
「それを言わないでよぉ~」
思い出したら、ぐっと肩のあたりが重くなった気がするよ。
そんなふうに実咲と話していたら、
「ア~~ス~~カ~~先輩!!」
廊下のほうから、元気な声が近づいてくる。
この声は……。
ふり返らなくても、すぐわかる。
「奏!」
ドアのほうを見ると、奏が教室に飛びこんできたところだった。
ぴょんと2つ結びにした髪。
背は小さいけど、かろやかな動き。
それに、意志が強そうな瞳。
テストが終わったあとだというのに、奏は元気があふれてる。
「……あいかわらず、元気そうだね……」
「もちろんですよ! アスカ先輩のところにくるのに、元気じゃないわけないです!」
奏は、あたりまえのように言う。
……そ、そういうものなの?
「白里さんは? テストの調子はどうだった?」
実咲が、奏にきく。
「実咲会長! バッチリですよ!」
奏は、グッと親指をたてる。
う、そうなんだ。
奏――白里奏は、あの、高校生で現役の名探偵として有名な、白里響の妹。
本当は、もっと頭のいい学校に入れたのに、わざわざ、この春が丘学園に入学したらしい。
その理由は……なんと、響からウワサをきいて、紅月アスカ――わたしに会ってみたかったからってきいてたけど。
……本当に、頭がいいんだね。
テストをそんな楽ちんにこなすなんて、ケイとならんで、うらやましい相手の1人だよ。
そのとき、ちょうど、そのケイが教室にもどってきた。
自分の机にむかうケイが、チラリと奏を見た。
ドキッ、と心臓の音が高くなる。
じつは、奏には、もう1つの顔がある。
奏は、亡くなった自分の祖父母の家からうばわれた、美術品のコレクションをうばい返すと決めて、そのために、かなりむちゃもするのだ。
一度は、怪盗レッドの逃走ルートに、先回りして待ちぶせしてきた。
根性が8割ぐらいとはいえ、ケイを出しぬいたわけで……。
そのとき、かわした約束で、奏は怪盗レッドに、祖父母の美術品コレクションの奪還を、直接、依頼してくるようになったんだよね。
ただ、その情報がみょうに正確すぎたり、奏の依頼でむかった現場で盗賊組織ラドロとはちあわせしたりすることから、ケイは、奏とラドロがつながってるんじゃないかと、うたがってる。
でも、わたしは奏のことを信じるって決めた。
わたしが信じるぶん、ケイがうたがいを捨てずに奏を観察する。
今のところは、それでレッドのバランスがとれてるんだと思う。
「あっ、佐緒里と志野を待たせてるんでした。もう行きますね!」
「えっ、そんなにいそがしかったなら、わざわざ顔出さなくてよかったのに」
わたしが言うと、奏がニコッと笑って。
「先輩の顔が見たかったんです! じゃあアスカ先輩、明日のテストもがんばりましょうね!」
また元気よく言って、教室を飛び出していく。
「またろう下を走ってるし……」
実咲が、ため息をついてる。
ははは、あいかわらず、嵐みたいな子だけど、奏と話してたら元気出たかも。
明日は、苦手な英語のテストもあるし。
夜はレッドの仕事。
どっちも手はぬけないし、気合を入れていかなくちゃね。