怪盗レッド スペシャル 第9話 宝条有栖のちょっとした日常・下
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次の日の朝。
いつも通り、わたくしは学校にむかう。
校門を通りすぎたあたりで――
「有栖ちゃん!」
西園寺さんが、走ってくる。
あわててころばないか、心配だわ。
「ごきげんよう」
わたくしが、西園寺さんにあいさつすると、
「ごきげんよう」
西園寺さんも、今気づいたとばかりにほほ笑みを返してくる。
他人行儀なあいさつだけれど、これが、このお嬢様学校で定められている「上品なあいさつ」というだけのこと。
「それで、なにかあったの?」
わたくしは、単刀直入に西園寺さんにきく。
「それがね! 昨日、わたくしの家に泥棒が入ったんだよ!」
西園寺さんが大声で言うものだから、まわりの人たちが、おどろいた顔でわたくしたちを見ている。
「声をおさえたほうがいいわ。それで、泥棒が入って、西園寺さんは無事だったの?」
「うん! そうなの。だれかが、泥棒がうちに入ったところをつかまえてくれていたの。警察が、とつぜん家にやってきたときは、びっくりしたよ。泥棒が入ったらしいっていうから、屋敷の中を調べたら、本当に、しばられている人たちがいて……」
「それは不思議なこともあるものね」
「本当だよね。でも、警察の人によると、怪盗レッドのしわざかもしれない、って」
どうやら、うまくいったようね。
「でも、もし、あの怪盗レッドが助けてくれたのなら、ひと目会ってみたかったかも」
「あら。西園寺さんは怪盗レッドが好きなの?」
「好きっていうか、有名だから会ってみたいって感じかな。今回みたいに、悪いやつらに狙われてる人を助けてくれるなんて、いい人っぽいし」
西園寺さんらしい、ふわふわとした理由だわ。
でもこれでもう、大丈夫ね。
レッドならこう言うのかしら。
――「ミッション成功」って。
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学校が終わり、わたくしは、いつものように校門を出る。
今日も、サクスがわたくしを狙う人間を片づけてから、合流する。
そのまま、ラドロの本拠地のビルに行く。
「ボスのおじいちゃん」が、わたくしをよんでいると言われて、部屋へむかう。
でも、おじいちゃんはまだ、この部屋にきていないみたい。
わたくしは、わたくしの指定席になっているカウンター席にすわる。
「有栖、あの女の子に、なにも伝えなくてよかったのか? あの子のために動いたんだろう」
サクスにしては、めずらしく、おせっかいなことを言うわね。
「……べつに。あの子がいつも通り、笑って話しかけてくるだけで、じゅうぶんな報酬よ」
恩を着せたかったわけじゃないわ。
ただ、わたくしの日常を守りたかっただけ……そこに西園寺さんがいただけ、よ。
それ以外の反響は、おことわり。
「……まったく。ずいぶんと勝手なことをする、有栖よ」
低く、するどい声が、きこえてきた。
声がしたほうを見ると、車いすに乗った、ラドロのボスのおじいちゃんが、付きそいのボディガードといっしょに、部屋に入ってくるところだった。
「これぐらいは問題ないでしょ。ラドロの規則だってやぶってないし」
わたくしは、まったく悪びれずに、おじいちゃんに言う。
「どうせおじいちゃんも、あの男たちが気に入らなくて、いずれ手をまわすことになっていたのでしょうし」
あいつらのこと、おじいちゃんが手を出さずにいるとは思えないもの。
でも、西園寺家がどうなろうと、おじいちゃんはきっと気にしない。
だから、一足先にわたくしが、わたくしのために動いただけのことよ。
「私を相手にして、そうズケズケと言ってのける度胸と頭の回転の速さは……やはりお前をラドロの幹部にスカウトしてよかったな」
おじいちゃんが、くちびるのはしを上げて、ニヤリと笑う。
「あら。ありがとう。お礼は、チョコレートパフェでいいわよ」
「くっくっくっ……本当にへらない口だ」
そう言いながらも、おじいちゃんは、そばにひかえる配下に片手をふって指示を出す。
どうやら、本当にパフェをごちそうしてくれるみたいね。
「それで? なにかいいことでもあったの? これでもわたくし、少しぐらいは怒られる覚悟はしてきたのだけど」
本当に、ほんの少しだけれど。
「タキオンのことで、おもしろい情報がつかめた。どうなるかはわからないが、つけいるすきにはなるだろう」
「それはそれは。これから、いそがしくなりそうね」
使用人が、わたくしの前に、チョコレートパフェをおいていく。
自然とほおがゆるむ。
ここで出されるチョコレートパフェは、絶品なのよね。
いずれレシピをききだしてやろうと思っているのだけど、なかなか明かしてくれないのが、くやしいわ。
わたくしは、パフェをひとさじすくって、口に入れる。食べる。
ああ…………幸せだわ。
これだけでも、ラドロにきてよかったと思えるもの。
……あ、いまのは冗談よ。
さすがに、そこまで軽い気持ちじゃないわよ。
……本当よ。
おじいちゃんが静かだと思って目をやると、いつものように、チェス盤の前で、だまって深い思考の中にいる。
おじいちゃんが、悪だくみ……じゃなかったわ、計画をたてるときは、いつもそう。
まあ、だいたい毎日だけれどね。
タキオンとの戦いは、いつラドロが劣勢になってもおかしくないのだから。
それを1人で支えているのが、このおじいちゃんの頭脳。相手の動きを先読みした計画だといっていいもの。
そうでなければ、ラドロがこんな大きな組織になる前に、タキオンにつぶされていたわ。
だからそう。
「ま、いつものラドロね」
これはふだんの、ラドロの風景だ。
それも、もう少ししたら変わるかもしれないけれど。
わたくしは、わたくしのできることをやるだけだわ。
タキオンに世界を牛耳られては、こまる。
あいつらに支配された世界では、芸術もなにも意味をなさなくなってしまう。
あいつらの動きを阻止するために、わたくしはラドロに協力しているのだから。
わたくしは、もうひとさじ、パフェをすくって味わう。
これが、ラドロの日常。
わたくしは、早く、絵を描くだけでいい生活にひたりたいのだけれどね。
それには、まだ時間がかかりそうかしら?
わたくしは、そっと肩をすくめた。
【怪盗レッドスペシャルはまだ続くよ、お楽しみに!】