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【期間限定】『君のとなりで。』スペシャルれんさい 第69回 さしのべた手


◆第69回

とつぜんやってきたさくらに、自分の心の中を教えてくれた伊吹先輩。
そして、あらわれた高田先輩は、伊吹先輩に何を伝えるの?

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♪さしのべた手

 

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 

「伊吹の好きにしたらいいよ」

 

 高田先輩は、いつもと同じおだやかな声でそう言った。

 

「このまま全国大会に出たって、満足いく演奏なんてできないでしょ」

 

「まぁな」

 

「サッカーをやっちゃいけないって決めてるのは、伊吹自身だよ」

 

「……わかってる」

 

 高田先輩と、伊吹先輩のふたりの会話を、私がここで聞いていていいんだろうか。

 

 ダメだよね。

 

 そう思って、立ち上がろうとすると。

 

「すわってて?」

「すわってろ」

 

 顔を上げたふたりに、同時に言われてしまった。

 

 

「は、はい」

 

 ふたりがかりで言われたら、したがうしかない。

 

 私はおとなしく土手に座り直した。

 

「演奏のことも、気にしなくていいよ。ソロは、崎山くんがよろこんで吹いてくれると思うしね」

 

 うーん。でも、もし崎山くんが『伊吹先輩が吹奏楽部をやめる』って知ったら、伊吹先輩を追って、サッカー部に入りかねないのでは……。

 

 内心ひやひやしながらふたりの会話を見守る。

 

「伊吹には全国まで連れていってもらったんだし。そんなに気おわなくてもいいんだよ。あとはみんなで、楽しんで吹くから」

 

「あっそ」

 

「まぁ、金賞はとれないかもね。でも、銅賞だったとしても、来年、吉川さんたちが、がんばってくれるんじゃない」

 

 高田先輩は、ふんわり笑ってそう言った。

 

 苦い顔をして、伊吹先輩がつっこみを入れる。

 

「……それでいいのかよ」

 

「いいよ。いつまでも伊吹だけに頼ってられないから。来年は、伊吹なしで戦わなくちゃいけないって、みんなも気づいてるでしょ」

 

「そうか」

 

「でも、僕は信じてるんだ。伊吹がいなくても、黒羽中吹奏楽部は自分たちの演奏ができるって」

 

「……」

 

「だから、大丈夫。みんなにはいい感じに言っとくから」

 

「あいかわらずユルいな、お前」

 

「伊吹が固すぎるんだって」

 

 きっと高田先輩は、部長としてじゃなくて、親友として話をしに来たんだろうな。

 

 自分たちが、吹奏楽部が、伊吹先輩の足かせにならないように。

 

 思いっきり背中を押してるんだ。

 

 ふたりの深いきずなが伝わってる。

 

 伊吹先輩は、ふっきれたように笑った。

 

「じゃあ、好きにさせてもらう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、息をのんだ。

 

「……っ」

 

 覚悟はしてたはずなのに、動揺(どうよう)してしまう。

 

 先輩は、サッカーを選ぶんだろうか。

 

 もう、先輩と同じ舞台で演奏できないのかもしれない。

 

 でも、悲しいけれど、先輩の選択を応援するって決めたんだ。

 

 先輩が、過去の傷を乗り越えるためにも。

 

「伊吹先輩」

 

 私は意を決して、口を開いた。

 

「鈴木先生から先輩に、伝言があるんです」

 

「は?」

 

 鈴木先生の名前を出したとたん、伊吹先輩は面倒くさそうな顔をした。

 

 今さらながら、こんな伝言、伝えたくないけど……。

 

 往生際(おうじょうぎわ)が悪いぞ、と自分に言い聞かせて押しこめる。

 

「『サッカー部は、いつでも歓迎してるぞ』って言ってました」

 

「へぇ」

 

 にやりと笑った伊吹先輩を見て、キリリと胸が痛んだ。

 

 先輩は、どんな答えを出したんだろう。

 

 緊張して見つめていると、先輩はいきおいよく立ち上がった。

 

「弱小サッカー部なんて興味ねーよ。目指すは全国、金賞だろ」

 

「先輩……」

 

「出た。負けずぎらい」

 

「うるせーよ」

 

 先輩は、トランペットを選んだんだ……!

 

「俺がみんなを引っ張るんじゃない。『俺たち』で金賞とりに行くぞ」

 

 力強く、先輩が告げた。

 

「伊吹……」

 

「俺も、もっとみんなを信じる。みんなの気持ちがひとつになるまで、俺は俺のやるべきことをやって、信じて待つよ」

 

 伊吹先輩の瞳には、もう迷いはない。

 

 自信に満ちた、強い光が戻っていた。

 

 どっこいしょ、と高田先輩も立ち上がった。

 

「うん。明日また、部室で」

 

「ああ。行くぞ、ルイ」

 

 伊吹先輩はいぬおのリードを引いて、歩き出す。

 

 私も立ち上がる。

 

「じゃあね、いぬお」

 

「いぬおじゃねーから」

 

 振り返った伊吹先輩が、足を止めた。

 

「高田、吉川……ありがとう」

 

 その顔はすごく晴れやかで、胸がいっぱいになった。

 

 

 私と高田先輩は、伊吹先輩の姿が小さくなって見えなくなるまで、その場に立って見送った。

 

「ほんとにありがとう、吉川さん。伊吹もやっとふっきれたと思う」

 

「いえ……私は何も」

 

「吉川さんのおかげだよ。このメンバーで、全国大会に行ける」

 

 高田先輩の優しい笑顔は、心をおだやかにしてくれる。

 

 そんな高田先輩だから、するっと言葉が出てきた。

 

「先輩がサッカーを選んでも、絶対に応援するって思ってたんです。でも、本当に吹奏楽部からいなくなっちゃうんじゃないかって、すごく怖かったです」

 

「僕もだよ。怖かった」

 

「えっ」

 

 意外な言葉におどろいていると、高田先輩は遠くを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「伊吹は自己中心的に見えるけど、本当はものすごく、部のことも部員のことも考えているんだ。その伊吹が、はじめて部活を休んだから。正直、もう戻ってきてくれないのかもって、怖かった」

 

「そうだったんですね……」

 

 高田先輩の本当の気持ちを知って、じんと胸が熱くなる。

 

「でも、さっきのあの感じだと、大丈夫そうだね。明日の合奏が楽しみだな」

 

「はい! とっても楽しみです」

 

「こんなこと、みんなの前じゃ言えないけど……伊吹がいない合奏は、楽しくないから」

 

 ふふっといたずらっぽい顔で笑う高田先輩は、とてもうれしそうだった。

 

 見上げた空には、星がまたたいていた。

 

 

過去の傷に向き合って、答えを出した伊吹先輩。
次回から、全国大会に向けて、伊吹先輩といっしょの部活が始まります!

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