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【期間限定】『君のとなりで。』スペシャルれんさい 第68回 本当の気持ち


◆第68回

伊吹先輩に手をさしのべるために、走り出したさくら。
伊吹先輩は、さくらの手を取ってくれるの……?

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*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 

♪本当の気持ち

 

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 

 先輩の家の最寄り駅を出て、地図を頼りに道を急いだ。

 

 地図が示した場所は、大きな川ぞいの土手。

 

 夕暮れの河川敷(かせんじき)では、子どもたちがサッカーをしていた。

 

 きっと、ここだ。

 

 そう思って見回すと、いぬおを連れて土手を歩く、先輩を見つけた!

 

「伊吹先輩!!」

 

 思わず声が出る。

 

 先輩は、駆けよる私を、おどろいた顔で見下ろした。

 

「お前、なんでここに……」

 

 走ってきたから、胸が苦しい。

 

 胸をおさえて、息をととのえて、ようやく声をしぼりだした。

 

「先輩に、伝えたいことがあって、……来ました」

 

「……なに?」

 

 ぶっきらぼうに先輩が答えた。

 

 まるで、あの時みたい。

 

 地区予選のオーディション前に、どうしても指導してほしくて、お昼休みに押しかけたあの時も、こうやってふきげんな顔をしていた。

 

 だけど、ひるまない。

 

「少しだけ、お時間いただけませんか?」

 

「やだよ……って、おい、ルイ」

 

 見ると、いぬおがゴロンと土手に寝そべっている。

 

 リードを引っ張っても、びくともしない。

 

「はぁ……。しかたないな。わかったよ」

 

 伊吹先輩はあきらめたようにため息をつき、いぬおの横にすわった。

 

 いぬお、ありがとう。

 

 心の中でお礼を言って、少しだけ離れて先輩のとなりにすわる。

 

 話したかったことを、頭の中で必死につないで、口を開いた。

 

「私……行きたかった中学校に落ちた時、人生終わったって思いました。それに、黒羽中なんて、なんで通わなくちゃいけないんだって思ってました」

 

「……」

 

「地区予選前のオーディションに落ちた時も、県大会に出られなかった時も、すごくつらかったです。でも……」

 

 ぐっと力をこめて、先輩の瞳をまっすぐ見つめた。

 

「つらかったけど、決してムダじゃなかったです。そう思えるのは、伊吹先輩のおかげです」

 

「……」

 

 先輩は、じっと私を見つめ返している。

 

 感情の読めない瞳で、私の心の奥まで見すかすように。

 

 想いが伝わりますようにと願いながら、もう一度口を開く。

 

「何度も壁にぶつかって、何度も転びました。そのたびに、先輩に助けてもらったんです。伊吹先輩の言葉があったから、今の私がいます。何度も立て直して、乗り越えることができました。からっぽだった心に、今、やりたいことや楽しみなことが詰まっているのは、全部、先輩のおかげなんです」

 

「……」

 

 先輩の瞳がほんの少し、ゆれたような気がした。

 

 私がさしのべている手は、届いているだろうか。

 

「黒羽中に来て本当によかったって、心から思います。大切な居場所ができたから。自分のことしか見えてなかった私に、仲間ができたから……」

 

「吉川……」

 

 最後に、ありったけの決意をこめて、言った。

 

「私、伊吹先輩といっしょに、絶っっ対に、全国大会で金賞をとりたいです!」

 

「……」

 

「でも、先輩には自分の気持ちを大切にしてもらいたいんです」

 

 想いをこめて見つめる。

 

 しばらくして、先輩は困ったように笑った。

 

「全部……お前に言いながら、自分に言ってたのかもな」

 

 そして、河川敷でボールをけっている子どもたちをながめた。

 

「自分の本当の気持ちなんて、見て見ぬふりをするほうが、よっぽど楽だった……」

 

 ぽつりぽつりと、先輩の言葉がつむがれていく。

 

「だから、バカみたいにトランペットに熱中して、考えないようにしてた」

 

「……」

 

「大ケガして、あれだけまわりを失望させたんだ。俺はもう、サッカーをやる資格なんてない。わかってるのに、未練(みれん)があるなんて……誰にも言えないだろ」

 

 伊吹先輩は、息をつくようにかすかに笑った。

 

「もしサッカーを再開したら……夢中になって、トランペットへの興味を失くしてしまうかもしれない。そうなれば、また誰かを失望させてしまう」

 

「先輩……」

 

「ケガをしたのは、自業自得だ。南海中への入学が内定して、完全に浮かれていた。あと一歩のところだったのに、詰めが甘かったんだ」

 

 少しずつ、わかってきたような気がした。

 

 先輩が、毎日、昼休みにひとりでトランペットの練習をしていた理由。

 

 そして、誰よりも金賞にこだわっていた理由。

 

 それは全部、サッカーをやりたい気持ちを封じこめる意味もあったんだ。

 

 そうしないと、黒羽中吹奏楽部の仲間を失望させてしまうから。

 

「そう、だったんですね……」

 

 伊吹先輩がいなくなったら、黒羽中吹奏楽部は、きっと一気にくずれてしまう。

 

 それがわかってるから、先輩は本当の気持ちにフタをした。

 

 ……先輩は、本当はサッカーがやりたいんだ……。

 

 苦しくて、切なくて、どうしようもない。

 

 それでも、私は先輩に、手をさしのべたいから。

 

 先輩をまっすぐ見つめて、短く息を吸いこんだ。

 

「黒羽中吹奏楽部には、伊吹先輩が必要です。先輩がいないと、金賞はとれません。でも……。私は、先輩の本当の気持ちを大切にしてほしいです」

 

「そんなこと、できるかよ」

 

「〝自分は〟どうしたいか……って、自分の気持ちを大切にすることを教えてくれたのは、先輩です」

 

 ふるえるくちびるをかみしめて、せいいっぱいの笑顔を向けた。

 

「私は、伊吹先輩の選択を応援します」

 

「吉川……」

 

 一瞬だけおどろいた顔をした先輩は、ふっと目を細めて笑った。

 

「お前さ、強くなったな」

 

「え……」

 

「ほめてんだよ」

 

 いつもみたいに、意地悪く笑う伊吹先輩の顔が、夕陽に照らされていた。

 

 ああ、いつもの先輩だ。

 

 先輩は、私がさしのべた手を、つかんでくれたんだ。

 

 そうわかった瞬間、はりつめていた緊張が一気にゆるんで、ボロボロと涙がこぼれてしまった。

 

「先輩……」

 

「ん」

 

 先輩の指がのびてきて、涙を優しくぬぐってくれた。

 

 私、先輩のことが大好きだ。

 

 そう思った気持ちが、つい口から出てしまいそうになった、そのとき。

 

  ♪~♪~♪

 

 突然、伊吹先輩のスマホが鳴った。

 

「高田だ。悪い」

 

「は、はい」

 

 あぶない。もう少しで告白してしまうところだった。

 

 ポケットからハンカチを出して涙をぬぐった。

 

 しばらくして通話を終えた伊吹先輩は、私に向き直って言った。

 

「高田、こっち来るって」

 

「えっ。じゃあ、私は失礼しますね」

 

 こんな泣きはらした顔で、とてもじゃないけど高田先輩に会えない。

 

 回れ右しようとしたところを、先輩に止められた。

 

「いや、もうそこにいる」

 

「へ!?」

 

 土手から見下ろすと、こちらに手を振って歩いてくる高田先輩が見えた。

 

「来ちゃった」

 

「来ちゃったじゃねーよ」

 

「あれっ。吉川さんもいっしょだ」

 

「すみません。私が勝手に押しかけました」

 

「へぇ~」

 

 高田先輩は、ちょっとびっくりした顔で私と伊吹先輩を交互(こうご)に見たあと、にっこりと笑った。

 

 

伊吹先輩は、さくらの手を取ってくれた……!
そこにあらわれた、高田先輩は何を言おうとしているの? 次回もおたのしみに!

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