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【期間限定】『君のとなりで。』スペシャルれんさい 第67回 わたしの手にできること


◆第67回

部活を休んだ、伊吹先輩。
伊吹先輩に何かできないか、考えたさくらが起こした行動とは!?

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*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 

♪わたしの手にできること

 

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 

 のんびりとろうかを歩く背中をめがけて、ダッシュする。

 

 やっと見つけた!

 

「鈴木先生!」

 

「あ? 吉川? どうした」

 

 振り向いた先生は、ぽかんと口を開けた。

 

 

 数学準備室で、先生と向かい合って座る。

 

「今日、伊吹先輩が、初めて部活を休んだんです。考えてみたら、体育祭のあと、サッカーの試合に誘われた時から様子がおかしかったんです。それが気になって……」

 

「あ~……そっか。やっぱりな~」

 

 先生は、天井(てんじょう)を見上げた。

 

「やっぱりって……」

 

 視線をもどした先生は、少し遠くを見るような目で言った。

 

「伊吹は、戦ってるんだな、自分と。向き合うために」

 

「どういうことですか?」

 

 鈴木先生は、伊吹先輩が1年生だった時の担任だ。

 

 小学校から中学校にかけて、伊吹先輩に起こったいろいろなことを知っている。

 

「あいつはさ、平気な顔してるけど、まだ乗り越えてないってことだよ」

 

「え!?」

 

「無理もないと思う。あいつ、南海中への入学を取り消された時、大人の期待も、後輩のサッカー選手たちのあこがれも……いっぺんに全部失ったからなぁ」

 

 先生の言葉が、信じられなかった。

 

 伊吹先輩は、あんなに、迷っていた私を救ってくれていたから。

 

「だって、そんなそぶり、一度も見せたことがないですよ」

 

「そりゃそうだろ。伊吹はそういうやつだもん」

 

「そんな……」

 

 すべてのことは、通過点。過去がどうであれ、今をどう生きるかで未来が変化する。

 

 情けない自分ごと、みとめてあげる。自分の考えを受け止めて、気持ちを立て直す。

 

 そんな伊吹先輩の言葉が、胸の中に響いた。

 

「足のケガはすっかり治ってるし、スポーツだって楽しんでる。だけど、サッカーだけは絶対にやらないんだよな、あいつ」

 

 ふいに、ずっと前に聞いたさっこと加代ちゃんの話を思い出した。

 

『伊吹先輩って、スポーツはだいたい得意らしくて、球技大会もいろんな種目かけ持ちして活躍してるんだって!』

『さすがだね!』

『でも、サッカーだけは選ばないらしいよ~』

 

 頭の中で散らばっていた違和感が、つながっていく。

 

 荒木田先輩に、サッカー部の試合に出てほしいと勧誘(かんゆう)された時。

 

『嫌だ』と冷たく断った伊吹先輩は、まるで……。

 

 私が入部の勧誘をした時の、柴田さんみたいだった。

 

『今まではピアノを見るのもイヤだったの。見るとつらくて、苦しくて。だから避けていた。でもそれって、『本当はピアノが好き』って気持ちに、気づかないフリをしていただけだったのよ』

『どうでもよかったら、ピアノを見たって平気なはずだもの。わざわざ遠ざけていたのは、未練(みれん)があったから。そんな自分の本当の気持ちを、みとめるのが怖かったの』

 

 柴田さんが、私にそっと打ち明けてくれた言葉が、頭の中に響く。

 

 そして、椿先輩の部屋にあった、大きなトロフィーと、先輩の言葉も。

 

『サッカーをやめた時に、賞状も盾もトロフィーも、ボールも、楓は全部捨てたのよ』

『このトロフィーをもらった時が一番うれしそうだったから……私が拾って、勝手にあずかってるの』

『つらいことも、苦しいことも、いろいろあったけど。いつか、そういうのを全部ひっくるめて、楓にとって、いい思い出になればいいなって思ってるんだ』

 

 あの時の椿先輩の言葉の意味は、こういうことだったんだ。

 

 伊吹先輩が、今でもサッカーを避けているのは、まだ苦しんでいるからなんだ。

 

 本当は、サッカーが好きなのに……。

 

「そう、だったんですね……」

 

 胸がひりひり痛くなって、思わず手でおさえた。

 

「伊吹はさ、なんでも簡単にこなすくせに、意外と不器用なんだよな~」

 

 鈴木先生は、ずっと伊吹先輩のことを心配していたんだな。

 

「あいつ、完璧(かんぺき)に見えるだろ? でも完璧な人なんていないんだよ。誰かが支えてやらなくちゃ、あいつそろそろ壊れるだろうな」

 

「そんな……」

 

「でも、困ったよな。伊吹が助けを求めなきゃ、誰も助けてやれないもんな。伊吹自身は絶対に助けを求めたりしないし」

 

「……そう、ですよね」

 

 悲しいけれど、鈴木先生の言う通りだ。

 

 鈴木先生はもちろん、椿先輩と高田先輩も、そんな伊吹先輩のことを全部わかっていて、手をさしのべたいんだと思う。

 

 でも、伊吹先輩が、それを望んでいないということなら。

 

 それは、つまり……。

 

「伊吹先輩は、誰も信じてないってことですか?」

 

 もし、そうなら……悲しくて、苦しい。

 

 伊吹先輩のまわりには、こんなに優しい人たちがいるのに。

 

「うーん。入学当時はそうだったなぁ」

 

 鈴木先生は、遠くを見るような目をした。

 

「でも、伊吹はだいぶ変わったから。今は、仲間を信頼してるんじゃない?」

 

 そう言われて、柴田さんが言っていた言葉を思い出す。

 

『ひとりで光の中を歩くより、たとえ暗闇の中でも仲間といっしょに歩きたい』

 

 伊吹先輩が、そう言ってたって聞いた。

 

 先輩は、仲間がいることを、わかってくれているはずなんだ。

 

「伊吹先輩は、吹奏楽部を……仲間を大切にしてると思います」

 

「ん、そうだろ」

 

「でも……それなら、どうして先輩はひとりでかかえてるんですか?」

 

 鈴木先生は少し考えて、言った。

 

「……認めたくないからなんだろうな。乗り越えてないことを」

 

 そんなの、出口がない。堂々めぐりだ。

 

 私たちに、何ができることはあるんだろうか。

 

「どうしたら乗り越えられるんでしょうか……」

 

「あいつの場合は……そうだなぁ。自分をゆるせたら、だろうな」

 

「どういうことですか?」

 

 ゆるす? 伊吹先輩に、何のゆるしが必要だというんだろう。

 

「あいつさ、でっかい犬かってるんだよ。へんな名前の」

 

 急に話が変わって、思わずまばたきしてしまう。

 

「……はい?」

 

「犬の散歩コースに、川べりのサッカー場があってさ。あいつ、サッカー少年団の練習を見てるんだよ。でも、ボールが飛んできても絶対にけらないんだ。手で投げ返してる」

 

「それって……」

 

「たぶんな、ケガした自分のこと、責めてるんだと思う。たくさんの期待とか、あこがれとか、ぜんぶ裏切ってしまったって」

 

「そんな……!」

 

「見てて苦しくなるよなぁ。もういいよ、自分のこと、もうそろそろゆるしてやれよ、って思う」

 

 自分から離れていった人じゃなくて、その原因になった自分を責めてるなんて。

 

 日曜日の、部活帰りのあの時。

 

 先輩は、加賀谷くんのあこがれを裏切ってしまったって、自分を責めたんだ。

 

『自分が受けた仕打ちに対して、相手に罰を与えることよりも、どうやってゆるすかを考えたほうがいいと思うけど』

 

 私がもらった、伊吹先輩の言葉。

 

 あの言葉は、私を救ってくれた。

 

 相手だけじゃなくて、その原因を作ってしまった自分のこともゆるそうって思えたんだ。

 

 でも、伊吹先輩は……まだ、自分のことをゆるせていないなら……。

 

 じっとしてなんていられなくて、私は立ち上がった。

 

「先生、いぬおの散歩コース、教えてください!」

 

 先生はくしゃっと笑った。

 

「あー、そうそう、いぬおだ、いぬお」

 

 へんな名前だよな~とケラケラ笑ったあと、私をじっと見つめた。

 

「伊吹は手強いぞ」

 

「でも、自分にできることがあるなら、せいいっぱいやりたいです」

 

「よけいなお世話だって、おこられるかもよ」

 

「おこられたらあやまります」

 

 私は、必死だった。

 

「先生は、『他人の手の優しさを知ってる人は、ほかの誰かにもきっと、手をさしのべることができるから』って言ってましたよね。私、伊吹先輩の手の優しさもあたたかさも、たくさん知ってます。だから、先輩にたくさん助けてもらったぶん、今度は私が手をさし出したいです」

 

 私の手なんて、無力すぎる。

 

 椿先輩でも、高田先輩でも届かなかったところだ。

 

 あっさり、はらいのけられるかもしれない。

 

 でも、私だから届く可能性も、あるかもしれない。

 

「私は、先輩の気持ち、少しわかるから……」

 

 鈴木先生が、すっとまじめな顔になる。

 

「そうだな。お前なら、伊吹の気持ち、わかってやれるかもな。伊吹に必要なのは、『さしのべられた手をつかむ』ことだ。……吉川、つかみ方を伊吹に教えてやれ」

 

♪ 

 

鈴木先生は、破ったノートにさらさらと地図を書いてくれた。

 

 そして、私を見てふっと優しく笑う。

 

「お前たち、似てるもんな」

 

 前にもそう言われた。似た者同士だって。

 

 今なら、少しわかる。

 

「ありがとうございます!」

 

「あ、そうだ、ひとつ、伊吹に伝えてほしいことがあるんだけど……」

 

 地図と、鈴木先生の伝言を受け取ると、私は数学準備室を飛び出した。

 

 

今まで伊吹先輩にさしのべてもらってきた手を、今度は自分からさしだすと決めたさくら。
さくらの想いは、先輩に届くの……? 次回もおたのしみに!

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